愛知県

大井神社(名古屋市北区如意)〈『延喜式』大井神社〉

大井神社(おおいじんじゃ)は 社伝によれば 和銅・養老年問(700年代)に 現社殿の北西にあった大井の池のほとりに産土神として勧請された延喜式内社 尾張國 山田郡 大井神社(おほゐの かみのやしろ)の論社です 中世 大水の難を避けて現在地へ遷座し 江戸時代には六所明神社と称されていました

羊神社(名古屋市北区辻町)〈『延喜式』羊神社〉

羊神社(ひつじじんじゃ)は 群馬の多胡郡の領主 羊太夫が奈良の都へ上る時 この地(現辻町)に立ち寄った屋敷があり 土地の人々が平和に暮らせるように火の神を祀り 羊神社と名付けられたと伝えら「辻町」は「ひつじ」から「ひ」をとったとも云う 延喜式内社 尾張國 山田郡 羊神社(ひつしの かみのやしろ)の論社です

高牟神社(名古屋市守山区瀬古東)〈『延喜式』髙牟神社・羊神社〉

高牟神社(たかむじんじゃ)は 創建は社記に「養老元年(717)鎮座 高見と云ふ名稱を賜ふ」云々と見え 『本国帳』従3位高牟天神・『尾張本国内神明帳』従3位上高見天神とする古社で 延喜式内社 尾張國 春日部郡 髙牟神社(たかむの かみのやしろ)と云う 又一説に延喜式内社 山田郡 羊神社(ひつしの かみのやしろ)とも云う

勝川天神社(春日井市勝川町)〈『延喜式』髙牟神社〉

勝川天神社(かちがわてんじんしゃ)は 正和二年(1313)無盡禅師によって創建と伝え もとは高山という所にあったが 後世 今の地に移し 神仏混淆の時代には地蔵寺が祭祀を掌ったと云う 又『又張神名帳集説訂考』には従三位 高牟天神すなわち 延喜式内社 尾張國 春日部郡 髙牟神社(たかむの かみのやしろ)とする説があります

五社神社(春日井市玉野町)〈『延喜式』髙牟神社〉

五社神社(ごしゃじんじゃ)は 社伝は明らかではありませんが 『張州府志』に「五社祠 玉野村に在り 明神、神明、天神、八幡、多度、の五社を祀り 永享元巳酉年(1429)村民之を建てる」とあります 一説には 延喜式内社 尾張國 春日部郡 髙牟神社(たかむの かみのやしろ)とする説があります

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