住吉神社は 対馬 厳原港のシンボルとして 東岸にそそり立つ「立亀岩(タテガミイワ)」の横に鎮座しています 住吉神社は3柱の住吉神を祀ります 又 合祀された志賀明神は 3柱の綿津見神(ワタツミノカミ)を祀る式内社の論社で 以前は 厳原港の西岸の志賀ノ鼻と呼ばれる場所に鎮座していました 厳原港は かつて東に「住吉神」西に「綿津見神」を祀る 航海の神の湊であったのでしょう
目次
1.ご紹介(Introduction)
この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します
【神社名(Shrine name)】
住吉神社〈志賀明神 合祀先〉
(Sumiyoshi Shrine)<Worship together with Shiga Myojin>
(すみよしじんじゃ)〈しがみょうじん ごうし〉
[通称名(Common name)]
【鎮座地 (Location) 】
長崎県対馬市厳原町厳原東里353
[地 図 (Google Map)]
【御祭神 (God's name to pray)】
《主》表筒男神(Uwatsutsuwo no kami)
中筒男神(Nakatsutsuwo no kami)
底筒男神(Sokotsutsuwo no kami)
《配》表津少童神(Uwatsu watatsumi no kami)
中津少童神(Nakatsu watatsumi no kami)
底津少童神(Sokotsu watatsumi no kami)
【御神格 (God's great power)】(ご利益)
【格 式 (Rules of dignity) 】
・『延喜式神名帳(Engishiki jimmeicho)』所載社
【創 建 (Beginning of history)】
・不詳
【由 緒 (History)】
・不詳
【境内社 (Other deities within the precincts)】
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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)
この神社は 由緒(格式ある歴史)を持っています
『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載
(Engishiki Jimmeicho)This record was completed in December 927 AD.
『延喜式(Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂〉
その中でも巻9・10を『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』といい 当時〈927年12月編纂〉「官社」に指定された全国の神社(式内社)の一覧となっています
・「官社(式内社)」名称「2861社」
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」
[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)西海道 107座…大38・小69
[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)対馬島 29座(大6座・小23座)
[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)下県郡 13座(大4座・小9座)
[名神大 大 小] 式内小社
[旧 神社 名称 ] 敷嶋神社
[ふ り が な ](しきしまの かみのやしろ)
[Old Shrine name](Shikishima no kamino yashiro)
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫
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【オタッキーポイント】(Points selected by Japanese Otaku)
あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します
『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載
「對馬嶋 下縣郡 敷嶋神社」には 4つの論社があります
・敷島神社(対馬 加志)
・志賀島神社(対馬 鹿ノ島)
・住吉神社(対馬 東里)〈志賀明神合祀先〉
・志賀鼻休息所〈志賀明神跡〉(対馬 久田道)〈旧鎮座地〉
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神社にお詣り(For your reference when visiting this shrine)
この神社にご参拝した時の様子をご紹介します
厳原フェリー港から 約350m 徒歩10分程度
民家の間にある狭い通路を抜けると石段があり その石段の上に鳥居が建っています
鳥居の扁額には「住吉神社」と刻まれています
住吉神社〈志賀明神 合祀先〉
(Sumiyoshi Shrine)<Worship together with Shiga Myojin>
に参着
一礼をして 鳥居をくぐり 山道の参道を上がります
石段が付けられているので 上がりやすいですが 山肌は急峻です 石段を上がりきると
鏡のように平らな岩が 山肌から覗いていて この岩は 周りの樹木がなければ 太陽光や月光を反射して 港を行き交う船に 遠くから位置を知らせる事が出来るような気がします
古い石造りの鳥居〈文化11年(1814) 正月吉日と刻まれています〉が建ち
その先にコンクリート製の祠〈社殿〉が建っています 社殿にすすみます
賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります
振り返ると 先程の山肌から覗いていた岩肌は 社殿のすぐ脇迄 延びていました
鳥居を向けて 振り返り一礼をして 急な参道を戻ります
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神社の伝承(A shrine where the legend is inherited)
この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します
『日本三代実録(Nihon Sandai Jitsuroku)』延喜元年(901年)成立 に記される伝承
對馬嶋(上縣・下縣)の式内社の神々とともに 神階の昇叙が記されています
敷嶋神(シキシマノカミ)と記されます
意訳
貞観12年(870)3月5日 丁巳の条
詔(ミコトノリ)を授(サズ)くに
對馬嶋(ツシマノシマ)の
正5位上 多久都神(タクツノカミ)に 従4位下
従5位上
和多都美神(ワタツミノカミ)
胡簶神(コロクノカミ)
御子神(ミコノカミ)
嶋大國魂上(シマオオクニタマノカミ)
高御魂神(タカミタマノカミ)
住吉神(スミヨシノカミ)
和多都美神(ワタツミノカミ)
太祝詞上(フトノリトノカミ)
平神(タイラノカミ)
並びに 正5位下大吉刀神(オオヨシカタナノカミ)
天諸羽神(アマノモロハノカミ)
天多久都麻神(アマノタクツマノカミ)
宇努神(ウノノカミ)
吉刀神(キトノカミ)
小枚宿祢神(ヲヒラノスクネノカミ)
行相神(ユキアイノカミ)
奈蘇上金子神(ナソカミカネコノカミ)
嶋御子神(シマミコノカミ)
国本神(クニモトノカミ)
銀山神(カナヤマノカミ)
和多都美神(ワタツミノカミ)
敷嶋神(シキシマノカミ)
並びに 従5位上
【原文参照】国立公文書館デジタルアーカイブス
『日本三代実録』延喜元年(901年)成立 選者:藤原時平/校訂者:松下見林 刊本(跋刊)寛文13年 20冊[旧蔵者]紅葉山文庫
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000047721&ID=M2014093020345388640&TYPE=&NO=
住吉神社〈志賀明神 合祀先〉
(Sumiyoshi Shrine)<Worship together with Shiga Myojin>に「拝 (hai)」(90度のお辞儀)