杉山神社(横浜市都筑区茅ケ崎中央)

杉山神社(すぎやまじんじゃは 社伝に 天武天皇の御代 白鳳663安房国 安房神社 社主 忌部勝麻呂が 神託に依り朝廷に奏上し 武藏杉山のに神籬を立て 大神を奉齋せしめた それ故杉山神社というとあり 式内社 武蔵國 都筑郡 杉山神社(すきやまの かみのやしろ)の有力な論社とされます

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目次

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1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

 【神社名(Shrine name

杉山神社(Sugiyama shrine

 通称名(Common name)

 【鎮座地 (Location) 

神奈川県横浜市都筑区茅ケ崎中央57-18

  (Google Map)

 【御祭神 (God's name to pray)】

 《主》五十猛命(いたけるのみこと)

 《合祀》明治四十三 神奈川縣指令之第二九三四號ヲ以テ
無格社 神明社(中川村茅ケ崎
東前八〇八番地《主》天照皇大命
天王社(中川村茅ケ崎八二五番地《主》素盞鳴命
稲荷社(中川村茅ケ崎六二七番地《主》稲倉魂命

 【御神徳 (God's great power)】(ご利益)

 【格  (Rules of dignity) 

・『延喜式神名帳engishiki jimmeicho 927 AD.所載社

【創  (Beginning of history)】

 社伝に 天武天皇の御代 白鳳663安房国 安房神社 社主 忌部勝麻呂が神託に依り 朝廷に奏上し 武藏杉山のに神籬を立て 大神を奉齋せしめた それ故杉山神社という

天武天皇 白鳳 堅田主命二十代ノ孫忌部勝麻呂 依御霊而奏天朝 武蔵國 枌山乃國ニ立 神籬 右大神ヲ奉リ 枌山社ト號シ奉ル

 【由  (History)】

 茅ケ崎杉山神社 由緒(階段下之碑)

 勅願所 式内武蔵國都筑郡之一座 當國三ノ宮 枌山神社 祭神 由布津命 傅記云 由布津命ハ 天日鷲命之孫也 天武天皇 白鳳 堅田主命二十代ノ孫忌部勝麻呂 依御霊而奏天朝 武蔵國 枌山乃國ニ立 神籬 右大神ヲ奉リ 枌山社ト號シ奉ル 勝麻呂ノ弟 義麻呂祭主トシテ奉仕 麻ノ貢ヲ奉リキ 仁明天皇 承和年預宮幣ニ 嘉祥月授従五位下封田ヲ寄玉フ 遥後元暦年正月二十一日依御願而従鎌倉殿 御奉幣有之タリ 鎮座記元一千二百十余年也
合資由来 明治四十三 神奈川縣指令之第二九三四號ヲ以テ 御認可 神奈川縣都筑郡中川村茅ケ崎字境田二〇九八番地 村社 枌山神社 祭神 五十猛命 被合併神社 同東前八〇八番地 無格社 神明社 祭神 天照皇大命 同字八二五番地 天王社 祭神 素盞鳴命 同字六二七番地 稲荷社 祭神 稲倉魂命 右三社ハ 村社 枌山神社に合祀 空社地立木ハ 村社基本財産ニ編入 本社ノ経営成 大正月指定村社ニ昇格 同年十三日中川村長供進使トシテ奉告祭ノ式ヲ挙ゲタリ 碑ヲ建テ以後世ニ傅フ

大正十三日 氏子中  二子石工小俣刻

社頭の張り紙より

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 神社の境内 (Precincts of the shrine)】

・社殿

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・稲荷社

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・御神木旧地碑

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・手水舎

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・参道石段の朱鳥居

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・社頭の鳥居

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・社頭の石碑

゛良き道辿れば良き里あり 港北ニュータウン発祥の地゛と刻字

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・社頭の社号標&神橋

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神社の境外 (Outside the shrine grounds)】

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 この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

 この神社は 由緒(格式ある歴史)を持っています

『續日本後紀(Shoku nihon koki)〈貞観11年(869)完成〉』に記される伝承

 枌山(スキヤマノ)神社or゛杦(スキヤマノ)名神゛として
承和五年(八三八)官社に預かった事 承和十五年(八四八)神階の奉授 が記されています

 【抜粋意訳】

第七 承和五年(八三八)二月庚戌廿二〉の条

 ○庚戌
武藏國 都筑(ツツキノ) 枌山(スキヤマノ)神社 らむ官幣てなり靈驗あるを

 十八 承和十五年(八四八・嘉祥元年)五月庚辰廿二〉の条

 庚辰
上幸冷泉院を  地震せり 奉授 武藏國 无位 杦山名神從五位下

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス『続日本後紀』(869)貞観11年完成 選者:藤原良房/校訂者:立野春節 刊本 寛政07年[旧蔵者]内務省https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000047680&ID=&TYPE=&NO=

国立公文書館デジタルアーカイブス『続日本後紀』(869)貞観11年完成 選者:藤原良房/校訂者:立野春節 刊本 寛政07年[旧蔵者]内務省https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000047680&ID=&TYPE=&NO=

『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)(927年12月編纂)に所載
(Engishiki JimmeichoThis record was completed in December 927 AD.

 延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂
その中でも910を『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)といい 当時927年12月編纂「官社」に指定された全国の神社式内社の一覧となっています

「官社(式内社)」名称「2861
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」

 [旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東海道 731座…大52(うち預月次新嘗19)・小679

[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)武蔵国 44座(大2座・小42座)

[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)都筑郡 1座(小)

[名神大 大 小] 式内小社

[旧 神社 名称 ] 杉山神社
[ふ り が な ](すきやまの かみのやしろ)
[Old Shrine name]Sukiyama no kamino yashiro)

 【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス  延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

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【オタッキーポイント】Points selected by Japanese Otaku)

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

 延喜式内社 武蔵国 都筑郡 杉山神社(すきやまの かみのやしろ)の論社について

 式内社 杉山神社〈武蔵国 都筑郡 唯一の式内社〉の所在については 諸説がありますが いずれも確証はなく 未だに比定はされていません
しかも その論社の数は非常に多く〈杉山神社(杉山社 椙山神社)と号する神社は 都筑郡(横浜市北部)と周辺に70社程〉存在しました

 現在でも旧跡も含めて40社以上あり この中から 式内社 杉山神社の有力な論社を挙げます

式内社 武蔵國 都筑郡 杉山神社(すきやまの かみのやしろ)

杉山神社横浜市緑区西八朔町

大棚・中川 杉山神社横浜市都筑区中川

・杉山神社(横浜市港北区新吉田町

・杉山神社(横浜市都筑区茅ケ崎中央

戸部杉山神社横浜市西区中央

星川杉山神社(横浜市保土ケ谷区星川

・杉山神社(横浜市港北区新羽町

勝田杉山神社横浜市都筑区勝田町

・鶴見神社杉山大明神横浜市鶴見区鶴見中央

川島 杉山神社(横浜市保土ケ谷区川島町)

その他の主な〈杉山神社(杉山社・椙山神社)について

都筑郡(横浜市北部)と周辺
杉山神社 (鶴見区岸谷)《主》日本武尊
杉山神社 (神奈川区片倉)《主》大物主命
杉山大神 (神奈川区六角橋)
杉山社(神奈川区菅田町)《主》五十猛命
杉山社(神奈川区菅田町)《主》五十猛命
杉山神社 (南区南太田) - 横濱水天宮《主》日本武尊,《配》天照皇大神,大物主神,崇徳天皇,豊受比売神,菅原道真《合》大山咋神,木花咲耶姫命,天照皇大神,稲倉魂命,宇気母智命
杉山神社 (南区宮元町)《主》市杵島姫命,《配》木花開耶姫命《合》天照皇大神,宇賀御魂命
杉山神社 (保土ケ谷区和田)《主》日本武尊
杉山社 (保土ケ谷区仏向町)《主》五十猛命
杉山社 (保土ケ谷区上星川)《主》日本武尊
杉山社 (保土ケ谷区西久保町)《主》五十猛命
杉山神社 (保土ケ谷区坂本町)
杉山神社 (港北区岸根町)《主》五十猛命,大山祇命
杉山神社 (港北区新羽町)《主》大己貴命
杉山神社 (港北区樽町四丁目)《主》日本武尊《合》素盞嗚命
杉山神社 (緑区中山町)《主》五十猛命
杉山神社 (緑区青砥町)《主》五十猛命,《配》日本武尊,応神天皇,大日霊貴命,面足尊
杉山神社 (緑区鴨居)《主》日本武尊《合》天照大神
杉山神社 (緑区三保町)《主》日本武尊
杉山神社 (緑区寺山町)《主》五十猛命
千草台杉山神社 (青葉区千草台)《主》五十猛命《合》素盞嗚命,大日霊命,豊受姫命,大己貴命,保食神
市ヶ尾杉山神社 (青葉区市ケ尾町)《主》五十猛命
みたけ台杉山神社 (青葉区みたけ台)《主》五十猛命,《配》誉田別命
上恩田杉山神社 (青葉区あかね台)《主》日本武尊
鐵神社 (青葉区鉄町) - 旧社名:青木明神・杉山明神合社
杉山神社 (都筑区大熊町)《主》日本武尊《合》天御中主命,伊弉諾命,伊弉冉命,面足命,稲田姫命,天照皇大神
杉山神社 (都筑区佐江戸町)《主》五十猛命
杉山神社 (都筑区池辺町)《主》五十猛命

神奈川県(横浜市以外)
杉山大神 (川崎市幸区小倉)
杉山神社 (川崎市高津区末長) 《主》五十猛命
杉山社 (川崎市多摩区西生田)《主》日本武尊
杉山神社(三浦郡葉山町上山口)《主》大物主命,豊佐賀男命,伊邪冉命,早玉命,向津日売命

 東京都
江島杉山神社 (墨田区千歳) - 江戸時代の杉山検校(杉山和一)を祀る
杉山神社 (稲城市平尾)《主》日本武尊,《配》弟橘姫命《合》須佐之男命,猿田彦命
椙山神社 (町田市三輪町)
杉山神社 (町田市成瀬)《主》日本武尊,《配》天照大神,熊野大神
杉山神社 (町田市金森)《主》日本武尊
杉山神社 (町田市金森)《主》日本武尊
杉山神社 (町田市つくし野)
杉山神社 (町田市能ヶ谷) - つくし野出張社務所《主》日本武尊,事代主命,大山咋命

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【神社にお詣り】(For your reference when visiting this shrine)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

 地下鉄 センター南駅から北西に約450m 徒歩6分程度

 社号標には゛武蔵國茅ケ崎 杉山神社゛と刻字

杉山神社(横浜市都筑区茅ケ崎中央)に参着

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神橋を渡ります

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一礼をして 鳥居をくぐり 石段を上がります

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石段を上がると境内 手水舎で清めます

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石畳みの参道を 拝殿にすすみます

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拝殿の扁額には゛杉山神社゛

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賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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社殿に一礼をして 参道を戻ります

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神社の伝承】(A shrine where the legend is inherited)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『神名帳考証土代(Jimmyocho kosho dodai)』〈文化10年(1813年)成稿〉に記される伝承

 式内社 杉山神社について 小六天神(古呂玖宮 ころくみや)〈現 港区赤坂の氷川神社の旧鎮座地(古呂故が岡 ころこがおか)or氷川神社の境内社 四合稲荷に合祀された古呂故天神社境内に鎮座していた呂故稲荷(ころこいなり)〉ではないかと記しています
その他に゛小机庄の内 小机村にあり杉山明神゛゛吉田村゛とも記しています

 【抜粋意訳】

都築郡一座 杉山(スギヤマ)神社

 續日本後記
承和月庚戌、武蔵國 都筑郡 杉山神 之官幣以霊験也、同十五月庚辰、奉授 武蔵國 無位 杉山名神 從五位下

 ゛春村云 古呂玖天神をここに つけたるは 小六と称ちかき故るいみなり 強ことなり 杦山とす橘樹郡宿見村にあり 往古は此地 都築郡ならん為へしこの神社の参あらひに杦の字の事なり附考巻一にたはしく出つしみるべし

 惣風
荏原郡赤坂庄 小六天神 或 古呂故 圭田三十五束三毛田 天武天皇三年甲戌十一月始行神札有神戸巫戸所祭 大己貴命 少彦名韓神也 号小六者以古呂故 岡名之故也

 地考
古呂玖宮 江府赤坂にあり氷川明神と称す
〇或いは曰 都築郡の内 小机庄の内 小机村にあり杉山明神と称す
〇或いは曰 吉田村にあり
〇信友云  對馬嶋上縣郡 胡禄神社 又 胡禄御子神社あり 古呂玖宮と同神也
又云 (スギ)は杉の古書の例之 能登國鳳至郡 神神社あり

 【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブ『神名帳考証土代』(文化10年(1813年)成稿)選者:伴信友/補訂者:黒川春村 写本 [旧蔵者]元老院https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000039328&ID=M2018051416303534854&TYPE=&NO=画像利用

『新編武蔵風土記稿(Shimpen Musashi fudokiko)』文政13年(1830)完成 に記される伝承

 杉山神社(横浜市都筑区茅ケ崎中央)ついて 式内社 杉山神社であると伝わるが 吉田村に坐す杉山社も論社とされている

だだし この社の鍵をあづかれる助之丞と云もの が現存していて 今は北村を氏だが遠祖は杉山氏で その所蔵の系圖もあり  家に傳と云記録あり 安房國 安房郡 安房神社の神主 天日鷲命の孫 忌部の勝麻呂の子孫で 神職をしていた家だが その後 百姓となって社を守っている と記しています

 【抜粋意訳】

 新編武蔵風土記稿 巻之八十五  都築郡之五 神奈川領 茅ヶ崎村

 杉山神社

 見捨地 二畝歩 村の西北の隅にあり
これ神名帳にのせたる神社なりと云
或は傳ふ 左にはあらず 神名帳に載たるは 郡中吉田村に坐す杉山社これなりと されど當社の方 證跡多きに似たれば 恐らくは當社こそ昔の式社なるべけれ
神名帳に當国小社の内に 都筑郡杉山神社とあり  續日本後記 承和五年二月庚戌の條に 當社靈験あるを以 官幣に預りしことをのす  同書 嘉祥元年五月庚辰の條に 武蔵國无位杉山名神に従五位下を授け奉られしこと見ゆ これによれば 神田もありしなるべけれど それらの傳も皆うしなへり
 かかる古社なれど 中古よりおとろへはてて今はわづかに存するのみ ここに鍵取とて この社の鍵をあづかれる助之丞と云ものあり 今は北村を氏とす かれが遠祖は杉山氏なり その所蔵の系圖もあり  家に傳へしと云記録あり その略に云 安房國 安房郡 安房神社の神主 天日鷲命の孫  布津主命の二十二代の孫 忌部の勝麻呂 人皇四十代 天武天皇御宇 白鳳三年秋九月 神託によりて 武蔵國杉山の地に 太祖 高御座巣日太神 天日和志命 由布津主命三柱の神をまつり 杉山神社と號すと云々 また鍵預助之丞が傳へには 日本武尊を祀るとも云り

 神體は銅のごとき金にて作る 鏡のかたちしたるものにて 中へ不動の像を鋳つけたるなり 圓径三寸六分ほど
八幡神明の二座を合殿とす 本社二間四方 拝殿二間に三間半
前に石階ありて 下に鳥居をたつ
ふるき棟札二枚存せり その一は面に甲午奉造立杉山大明神砌天文三年九月十六日としるし 裏面の文字は磨滅してよむべからず ただ以悦衆生故長澤新左衛門尉源六 大工直近丹六郎太郎四郎などの數字わづかによむべし  一枚は奉建杉山大明神御鳥居一間事大旦那領主深澤備後守 同代官下山新介 禰宜藤原朝臣金子惣右衛門尉秀長 大工原太郎兵衛勝正 天正四年丙子十一月廿二日とあり これによれば昔は禰宜もありしことしらる 近き頃まで神主玄蕃とて當社のことをうけたまはりしが 後その子孫百姓となりて今も社の鍵を預れり 前に見えたる鍵取助之丞是なり
別當は村内 自性院なり 例祭は年々十一月五日にて 橘樹郡平村の禰宜来りてそのことにあづかれり

 稲荷社

見捨地一畝 字城山にあり わずかなる社にて すこしく高き所にたてり 自性院の持なり

 【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス『新編武蔵風土記稿』 著者:間宮士信[数量]265巻80冊[書誌事項]活版 ,明治17年 , 内務省地理局[旧蔵者]太政官正院地志課・地理寮地誌課・内務省地理局https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000002820&ID=M2017051812110439332&TYPE=&NO=

『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承

 式内社 杉山神社の所在について「分明ならず」として いくつかの説を挙げています
吉田村字杉山〈現 杉山神社(新吉田町)
小机郷小机村〈現 ?
茅ケ崎村〈現 茅ケ崎杉山神社(都筑区茅ケ崎中央)

 【抜粋意訳】

杉山神社

 杉山は須岐夜萬と訓べし

〇祭神 五十猛命、地名記
○在所分明ならず、
地名記云、吉田村字杉山、
式社考云、小机郷小机村、
参考云、茅ケ崎村、孰れかしらず、

 神位 官社
日本後紀、承和月庚戌、武蔵國 都筑郡 山神 之官幣以霊験也、同十五月庚辰、奉授 武蔵國 無位 杉山名神 從五位下

 【原文参照】

国立公文書館デジタルコレクション『神社覈録』著者 鈴鹿連胤 撰[他] 出版年月日 1902 出版者 皇典研究所https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991015

 『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容

 式内社 杉山神社の所在について 朔村 六宮椙山大明神〈現 杉山神社横浜市緑区西八朔町〉sと記しています

 【抜粋意訳】

都築(ツヅキノ)郡一座 杉山(スギヤマノ)神社

 〇按 本書一本、及 續日本後紀、杉をに作る、蓋二字互いに通用ふ、

今 八朔村にあり、六宮椙山大明神と云ふ、神道集、松屋外集、

仁明天皇 承和月庚戌、此の神 霊験あるを以て、官幣に預らしめ、十五年五月庚辰、無位より從五位下く、續日本後紀

 【原文参照】

国立公文書館デジタルコレクション『神祇志料』https://dl.ndl.go.jp/pid/815490著者 栗田寛 著 出版者 温故堂 出版年月日 明治9[1876]

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承

 式内社 杉山神社の所在について 論社が多く いずれも明証がなく選ぶことができない と記し 様々な諸説を挙げています

・橘樹郡下星川村字大明神前
・橘樹郡鶴見郡
・都築郡茅ケ崎村字宮谷山
・吉田村字杉山
・大棚村字宮脇山
・西八朔村字宮山
谷本
・佐江戸
小机庄

 【抜粋意訳】

都築郡一座 杉山神社

祭神

神位
仁明天皇 承和月庚戌 武蔵國 都筑郡 山神 之官幣以霊験也、同十五月庚辰、奉授 武蔵國 無位 杉山名神 從五位下

社格 

所在
今按 杉山神社と称ふる社 所々にありて何れか實跡ならん詳かならす
橘樹郡下星川村字大明神前と云に社ありて祭神 日木武尊なりと云ひ
又 同郡鶴見郡にも同名同神の社あり
都築郡茅ケ崎村字宮谷山に 高皇産霊神と天日和志命由布津主命を祭れる神社是なりと云ひ
吉田村字杉山には 祭神 五十猛命と云もを實跡とし
大棚村字宮脇山に 日本武尊を祭る社なりとも
西八朔村字宮山に鎮座の神なりとも云り
然るに 猿渡容盛云 父盛章の考に西八朔村に極樂寺と云る真言佛寺の境内にいと幽(カスカ)にて坐す社 かの茅ケ崎吉田などの社よりも中々に故あるべく覚ゆ
其は都筑郡村々には 大かた杉山大神を崇め祭られぬ里なく
市が尾 谷本(タニモト)西八朔(ハツサク)青砥 佐江戸 池邊 吉田 勝田 大棚 茅が崎 上星川 川島 恩田 久保 中山など云村々何れも此社あり なほ此外 橘樹郡久良郡のうちにもあまた所ありて すべて二十五六ヶ所に及ぶと云り

 容盛郡都筑郡中をあまねく尋ね索めつれど此を實跡と定むべき證もなし 茅ケ崎と吉田とは外より聊故づきて覚ゆれど證とすべき事なし 此二つにつぎては 谷本 佐江戸にます社も同じ程にて故ありけなれどすべて無微にして決しがだし西八朔村なるは未だ誰一人實跡と云る人もなけれど 余が考には中々に茅ケ崎 吉田などの社には勝りて故あるべく覚ゆと云れど 是亦明証あらねば如何に共しがたし
姑く附て後考を俟つ 武蔵演路には杉山神社 小机庄にあり 土俗杉山明神と云 茅ケ崎村とあり

 【原文参照】

国立公文書館デジタルコレクション『特選神名牒』大正14年(1925)出版 磯部甲陽堂https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/971155

国立公文書館デジタルコレクション『特選神名牒』大正14年(1925)出版 磯部甲陽堂https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/971155

本殿の裏゛境田貝塚゛について

 境田貝塚の遺跡範囲は 公園内に鎮座する杉山神社境内とその背後の樹林や広場一帯にあたります
縄文時代早・前・中期の貝塚と 弥生時代中・後期および古墳時代後期の集落を含む複合遺跡です
杉山神社(横浜市都筑区茅ケ崎中央)が かつて海に面していたこと 安房國から渡ってきた伝承とも整合性があり 又 創建の古さを 想定できるものとなります

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境田貝塚

  境田貝塚は、ハマグリや温暖種のハイガイなどを主体とした縄文時代前期(約6000~5500年前)の貝塚です。貝塚は、物の捨て場(ゴミ捨て場)で、ムラのまわりなどに貝殻等を捨て、積み重なって出来たものです。

 現在よりも温暖な気候であったこの時代、港北ニュータウンの中央を流れる早淵川流域には海が入り込んでいました(縄文海進)、入り江周辺の丘の上には貝塚を伴うムラがいくつか形成され、その最奥部の海辺を見下ろす場所に位置している境田貝塚もそうしたムラの一つと考えられます。

港北ニュータウン土地区画事業に伴う発掘調査では、弥生時代・古墳時代の住居跡等が発見されていますが、貝塚をつくった時代の人々の住居跡は、まだ確認されていません。

境田貝塚の案内板より

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杉山神社(横浜市都筑区茅ケ崎中央) (hai)」(90度のお辞儀)

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武蔵国 式内社 44座(大2座・小42座)について に戻る       

  

 

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世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」のクライテリア(iii)として「古代から今日に至るまで山岳信仰の伝統を鼓舞し続けてきた 頂上への登拝と山麓の霊地への巡礼を通じて 巡礼者はそこを居処とする神仏の霊能を我が身に吹き込むことを願った」と記されます

2

出雲國(izumo no kuni)は「神の國」であり 『出雲國風土記〈733年編纂〉』の各郡の条には「〇〇郡 神社」として 神祇官の所在する社〈官社〉と神祇官の不在の社を合計399社について 神社名の記載があります 『出雲國風土記 神名帳』の役割を果たしていて 当時の出雲國の神社の所在を伝えています

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大国主神(おほくにぬしのかみ)が 坐(ましま)す 古代出雲の神代の舞台へ行ってみたい 降積った時を振り払うように 神話をリアルに感じたい そんな私たちの願いは ”時の架け橋” があれば 叶うでしょう 『古事記(こじき)』〈和銅5年(712)編纂〉に登場する神話の舞台は 現在の神社などに埋もれています それでは ご一緒に 神話を掘り起こしましょう

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出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかんよごと)は 律令体制下での大和朝廷に於いて 出雲国造が 新たにその任に就いた時や 遷都など国家の慶事にあたって 朝廷で 奏上する寿詞(ほぎごと・よごと)とされ 天皇(すめらみこと)も行幸されたと伝わっています

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出雲国造(いつものくにのみやつこ)は その始祖を 天照大御神の御子神〈天穂日命(あめのほひのみこと)〉として 同じく 天照大御神の御子神〈天忍穂耳命(あめのほひのみこと)〉を始祖とする天皇家と同様の始祖ルーツを持ってる神代より続く家柄です 出雲の地で 大国主命(おほくにぬしのみこと)の御魂を代々に渡り 守り続けています

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宇佐八幡宮五所別宮(usa hachimangu gosho betsugu)は 朝廷からも厚く崇敬を受けていました 九州の大分宮(福岡県)・千栗宮(佐賀県)・藤崎宮(熊本県)・新田宮(鹿児島県)・正八幡(鹿児島県)の五つの八幡宮を云います

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行幸会は 宇佐八幡とかかわりが深い八ケ社の霊場を巡幸する行事です 天平神護元年(765)の神託(shintaku)で 4年に一度 その後6年(卯と酉の年)に一度 斎行することを宣っています 鎌倉時代まで継続した後 1616年 中津藩主 細川忠興公により再興されましたが その後 中断しています 

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對馬嶋(つしまのしま)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳』に所載されている 対馬〈対島〉の29座(大6座・小23座)の神社のことです 九州の式内社では最多の所載数になります 對馬嶋29座の式内社の論社として 現在 67神社が候補として挙げられています

-延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)
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