延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)

玉諸神社 奥宮(甲州市塩山竹森)〈『延喜式』玉諸神社〉

玉諸神社 奥宮(たまもろじんじゃ おくみや)は 社伝によれば かつて高さ7尺 周囲6尺8寸の水晶の玉が神体として祀られおり この神体が神社名の由来と云う 玉諸神社(甲州市塩山竹森)の北東約600m竹森山(水晶山)中腹に奥宮として鎮座する 延喜式内社 甲斐國 山梨郡 玉諸神社(たまもろの かみのやしろ)の論社です

玉諸神社(甲州市塩山竹森)〈『延喜式』玉諸神社〉

玉諸神社(たまもろじんじゃ)は 創建勧請の年代は不祥ですが 祭神は 天羽明玉命〈八坂瓊五百箇御統玉(やさかにのいほつみまるのたま)を造った神〉を祀り 高さ七尺余(約212cm)周囲六尺八寸(約206cm)許りの水晶を御神体としていると伝わる 延喜式内社 甲斐國 山梨郡 玉諸神社(たまもろの かみのやしろ)の論社です 

老尾神社(匝瑳市生尾)〈匝瑳郡の総鎮守『延喜式』老尾神社〉

老尾神社(おいおじんじゃ)は 式内社 老尾神社(をいをの かみのやしろ)です 社伝には 経津主神の御子 阿佐比古命を祭神として 崇神天皇の御宇 神田を附し恆例の祭祀はこの時より初まると云う 又『續日本後紀』に物部小事(おごと)大連が坂東を征した功勳により 鎮座地 匝瑳郡は建郡されたと記され 祭神は小事とする説があります

蘇我比咩神社(千葉市中央区蘇我)〈『延喜式』 蘇賀比咩神社〉

蘇我比咩神社(そがひめじんじゃ)は 日本武尊が東征の際 走水海で暴風雨に遭い 后の弟橘姫が同道して来た五人の姫達と共に身を海中に投じ それを鎮めました 社伝には その一人 蘇我大臣の娘 蘇我比咩は浜に打上げられ 里人により蘇生し都に帰った これを知り応神天皇が国造に任命した蘇我氏により 春日神・比咩神を祀り創建と云う

橘樹神社(茂原市本納)〈『三代實録』橘樹ノ神『延喜式』橘樹神社〉

橘樹神社(たちばなじんじゃ)は 『古事記』に「日本武尊の后・弟橘比賣命が走水の海に身を投じて 七日の後 后の櫛が海辺に依りき その櫛を取りて御陵を作り治置きき」と記され 社伝では 尊が后の櫛を納めた御陵を作り 橘の木を植えたのが創祀と伝える 延喜式内社 上総國 長柄郡 橘神社(たちはなの かみのやしろ)です

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