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大年神社(江津市都野津町)〈『三代實録』大歳神『延喜式』大歳神社〉
大年神社(おおとしじんじゃ)は 神亀貮乙丑(725年)六月朔日伊勢別宮より 都濃郷大年免に鎮座と伝わり『三代實録』貞觀十三年(871)に大歳神として從五位上を奉授 『延喜式(927年)』石見國 那賀郡 大歳神社(おほとしの かみのやしろ)の論社とされます 正徳元卯年(1711年)都山〈現地〉に遷座したと伝わります
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阿沼美神社(松山市味酒町)〈『延喜式』阿治(阿沼)美神社(貞・名神大)〉
阿沼美神社(あぬみじんじゃ)は この地方の総鎮守で 往古 勝山の峰(現在の城山)に鎮座していました 久米氏の氏神で 延喜式内社 伊豫國 温泉郡 阿治(阿沼)美神社(貞・名神大)(あじみの かみのやしろ)とされます その後 越智氏が国司となり その氏神も祀り 慶長年間加藤嘉明により現在地に移遷され 味酒神社と呼ばれました
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阿沼美神社(松山市平田町宮内)〈『延喜式』阿治(阿沼)美神社(貞・名神大)〉
阿沼美神社(あぬみじんじゃ)は 社伝に武国凝別〈第12代景行天皇の皇子〉十城別王〈日本武尊の御子〉の宮居所とあり 天明二年(1782)「阿沼美三島新宮」の古棟板 天保四年(1833)御幸橋の地下から石額「阿沼美宮」が発掘され 延喜式内社 伊豫國 温泉郡 阿治(阿沼)美神社(名神大)(あじみの かみのやしろ)とされます
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伊佐爾波神社(松山市桜谷町)〈『延喜式』伊佐尓波神社〉
伊佐爾波神社(いさにわじんじゃ)は もとの鎮座地は現在の道後公園山麓でした 建武年間(1334~38)河野通盛により湯築城の構築のため現在地に移転し 寛文7年(1667)松山藩主 松平定長により造営された現存の社殿は 石清水八幡宮を模した「八幡造り」で 宇佐八幡宮と合わせて 全国にわずか3例しかありません
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湯神社(松山市道後湯之町)〈『延喜式』湯神社・出雲崗神社〉
湯神社(ゆじんじゃ)は 延喜式内社 伊豫國 温泉郡 湯神社(ゆの かみのやしろ)で 古くは道後温泉の起源の地〈鷺谷(道後鷺谷町)〉に鎮座したが 大永年間(1521~28)地震で温泉が埋没 社殿も大破し 冠山〈現在地〉に鎮座する式内社 出雲崗神社に合祀され 明治4年(1871)湯神社に出雲崗神社を合祀する形式となりました





