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衆良神社(京丹後市久美浜町須田天王谷)〈『延喜式』衆良神社〉
衆良神社(すらじんじゃ)は 延喜式内社 丹後國 熊野郡 衆良神社(もろよしの かみのやしろ)とされます 創建は 第11代 垂仁天皇の朝の勸請と伝わり 祭神は川上麻須(かわかみます)〈娘の川上麻須郎女は 丹波道主命の妃となり 孫の日葉酢媛は 垂仁天皇の皇后となり 第12代 景行天皇の外祖父〉とされます
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聴部神社(京丹後市久美浜町友重 式ノ谷)〈『延喜式』聞部神社〉
聴部神社(きくべじんじゃ)は 社伝によると第10代 崇神天皇の御宇 丹波之河上之摩須郎女(たんばのかわかみのますのいらつめ)による勧請と伝わる 延喜式内社 丹後國 熊野郡 聞部神社(ききへの かみのやしろ)です 別説には 筑紫聞物部(つくしのきくのもののべ)一族が当地に移住 その祖神を奉斎したとする説があります
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國原神社(京丹後市弥栄町国久)〈『延喜式』久尓原神社〉
國原神社(くにはらじんじや)は 延喜式内社 丹後國 竹野郡 久尓原神社(くにはらの かみのやしろ)です 旧鎮座地「高田の森」〈国久集落から南へ約500mの水田の中にある丘 今は樹木はなく地膚をのぞかせている 大杉のあった頃は その日影が国久まで届いたと云う〉明治43年(1910)杉森神社に合併し更に 国原神社と改称した
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白山神社(春日井市外之原字前田)〈『延喜式』訓原神社〉
白山神社(はくさんじんじゃ)は 社伝は失われ明らかではありませんが 里老の口伝には「延長元癸未年(923年)の創建」と伝えられます 『張州府志』には鎮座地の「外原と訓原と字様も相近く 鎭座も古く」と云った理由から 延喜式内社 尾張國 春日部郡 訓原神社(くにはらの かみのやしろ)の論社とされています
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訓原神社〈栗原天神社〉(北名古屋市井瀬木東五反地)
訓原神社(くにはらじんじゃ)は 創始年代不詳ですが 延喜式内社 尾張國 春日部郡 訓原神社(くにはらの かみのやしろ)とされます 祭神については 社説には少彦名命(すくなひこなのみこと)を祀ると云い 一說には 火明命十七世の孫 尾治佐迷連の子 尾張栗原連とし この栗原連を祀るのではないかとする説もあります





