延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)

熊野神社(朝来市山東町塩田)〈『延喜式』朝來石部神社〉

熊野神社(くまのじんじゃ)は 創建年代は不祥 幕末~明治時代の神職 宮本池臣(みやもと いけおみ)の説によれば゛瀧田村に山王社と稱するあり 礒部庄に塩田明神と稱するあり 礒部の方よき社地なり何れか式社なりとも分きかたし゛ 延喜式内社 但馬國 朝来郡 朝來石部神社(あさこのいそへの かみのやしろ)の論社と伝えています

菅生石部神社(加賀市大聖寺敷地)〈加賀國二之宮〉

菅生石部神社(すごういそべじんじゃ)は 宮中でお祀りしていた神様を用明天皇ご即位元年(五八六)この地にお遷ししたことが創始 六国史『日本三代実録』に菅生神・『延喜式』には菅生石部神社(すかふのいそへの かみのやしろ)と所載される由緒ある古社で 加賀國二之宮とされています

宮村岩部神社(加賀市宮町)〈『延喜式』宮村いそ部神社〉

宮村岩部神社(みやむらいそべじんじゃ)は 創建年代 祭神ともに不祥 祭神は 天神 或いは櫛日方命とも云う 現在も本殿はなく 瑞垣(土塀)にて囲む内に磐座が祀られる謎多き古社で 古へに社地の南方2km程に遙拜所があった所に 今は鳥居のみが残っています 延喜式内社 加賀國 能美郡 石部神社(いそへの かみのやしろ)です

箭代神社(氷見市北八代)〈『延喜式』箭代神社〉

箭代神社(やしろじんじゃ)は 元は現在地の後方 中山丘陵にあったとされる 延喜式内社 越中國 射水郡 箭代神社(やしろ かみのやしろ)で 祭神は武内宿禰の第八子 葛城襲津彦命とされますが 武内宿禰の子 波多八代宿禰とする別説もあります いずれにしても氏子にも武内宿禰の後裔が多く「氏祖の神社」と里人に呼ばれています

神明宮(氷見市磯辺 上宮)〈『延喜式』礒部神社の元鎮座地〉

神明宮(しんめいぐう)は 磯部神社(氷見市磯辺)の旧社地とも云われ 延喜式内社 越中國 射水郡 礒部神社(いそへ かみのやしろ)の論社となっています 磯部集落の中でも山間部の上宮(かみや)集落に鎮座したが 集落過疎化の為 神社の維持管理ができなくなり 礒部神社に合祀の神事〈2022年11月26日〉が執り行われました

Copyright© Shrine-heritager , 2026 All Rights Reserved.