-

石床神社(平群町越木塚)〈『三代實録〉』平群石床神『延喜式』平群石床神社〔大月次新嘗〕〉
石床神社(いわとこじんじゃ)は 延喜式内社 大和國 平群郡 平群石床神社〔大月次新嘗〕(へくりの いはとこの かみのやしろ)です 「舒明天皇三年(631)肇国創業の御功神 饒速日命を祀らせ給いしに創る」と石碑文にあり 古来 御神体の巨岩(陰石)を祀る旧鎮座地〈現在地の南方〉より大正13年(1924)現在地に遷座しました
-

平群坐紀氏神社(平群町上庄)〈『延喜式』平郡坐紀氏神社〔名神大 月次新嘗〕〉
平群坐紀氏神社(へぐりにますきしじんじゃ)は 平群に居住した紀氏の名をとって名付けられたことは『類聚國史』天長元年(824)紀百継・末成らの奏上から明白で 創建はそれ以前とされます 延喜式内社 大和國 平群郡 平郡坐紀氏神社〔名神大 月次新嘗〕(へくりにます きのうじの かみのやしろ)です
-

大川神社(舞鶴市大川)〈『日本三代實録』大川神・『延喜式』大川神社〔名神大〕〉
大川神社(おおかわじんじゃ)は 社伝に第23代顕宗天皇 乙丑年(485)3月23日に宮柱を立て鎮祭したところから始まったと云う由緒ある古社で 伝説も数多く残ります 『日本三代實録』大川神〈国史見在社〉・『延喜式』丹後國 加佐郡 大川神社〔名神大〕(おほかはの かみのやしろ)〈延喜式内 名神大社〉です
-

物部神社(高岡市東海老坂)〈『延喜式』物部神社〉
物部神社(もののべじんじゃ)は 当初鎮座地は この谷の奥地「氷見の庄 物部神社と称し(氷見との境界の奥山に鎮座)」とされ 次に現在地の西方 鳥帽子山という山に遷座 その後に 現在地〈海老坂八幡宮のあった地〉に遷座しました 延喜式内社 越中國 射水郡 物部神社(もののへの かみのやしろ)です
-

櫛田神社(射水市串田)〈『三代實録』櫛田神・『延喜式』櫛田神社〉
櫛田神社(くしだじんじゃ)は 社伝によると「創建は 平城天皇 大同貳年(807)」又「千数百年前の昔 大和朝廷から この地に遣わされた武内宿祢が斎主となり創建」とも云う 『三代實録』貞觀十八年(867年)櫛田神・『延喜式』〈927年〉越中國 射水郡 櫛田神社(くしのた かみのやしろ)と記載されている由緒ある古社です





