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平野神社(京都市北区平野宮本町)〈全国唯一の「皇太子御親祭」が定められた神社〉
平野神社(ひらのじんじゃ)は 延暦13年(794)平安京遷都の際 第50代・桓武天皇の命により 平城宮〈奈良〉で祀られていた今木神 久度神 古開神をこの地に遷座し 後に相殿に比賣神が祀られて四座となり『延喜式神名帳』には゛山城國 葛野郡 平野祭神四座(ひらのの まつりのかみ よやしろ)並名神大゛と所載されます
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久度神社(王寺町久度)〈延喜式内社 久度神社の論社〉
久度神社(くどじんじゃ)は 『續日本紀』延暦二年(783)には゛官社に列す゛『延喜式神名帳』には゛大和國 平群郡 久度神社(くとの かみのやしろ)゛と所載される由緒ある古社です 尚〈延暦十三年(794)〉奈良〔平城京〕から平安遷都に際し創建された平野神社の第二座には 当社から遷された゛久度神゛が祀られています
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久度神社(南あわじ市神代國衙)〈延喜式内社 久度神社の論社〉
久度神社(くどじんじゃ)は 『六国史』に神階を進む記録があり 『延喜式神名帳(927 AD.)』所載 淡路國 三原郡 久度神社(くとの かみのやしろ)とされます 戦国時代に廃絶し その由蹟も不詳となり 元禄(1688~1703)中頃 僧の碧湛が探り得て 此処に宮居を再建したと伝わります
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大和大國魂神社(南あわじ市榎列上幡多)〈淡路國二之宮〉
大和大國魂神社(やまとおおくにたまじんじゃ)は 文武天皇が慶雲元年(704)諸国印及諸社に下し賜われた゛銅印゛が今も存し『日本文徳天皇實録』仁寿元年(851)に官社に列したとあり 延喜式には淡路國 三原郡 大和大國魂神社(貞・名神大)(やまとの おほくにたまの かみのやしろ)゛と記される由緒ある古社です
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磐坂神社〈医家神社 旧鎮座地〉(三好市池田町シンヤマ)
磐坂神社(いわさかじんじゃ)は 医家神社(三好市池田町)の旧鎮座地であると伝わります 従って『延喜式神名帳(927 AD.)』所載 阿波國 美馬郡 倭大國玉神大國敷神社 二座(やまとおほくにたまのかみおほくにしきのかみのやしろ ふたくら)の旧鎮座地の論社となっています
