延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)

末刀岩上神社(京都市左京区松ケ崎林山)〈延喜式内社 末刀神社〉

末刀岩上神社 (まといわがみじんじゃ)は 江戸時代までは社殿がなく 御神体゛大岩゛を磐座(いわくら)として 古代からの自然崇拝が今に続きます 桜井水〈涸れた事のない泉〉が下鴨神社へ流れる泉川の源流とされ 江戸時代に 下鴨神社の摂社 末刀社を名乗り 式内社 山城國 愛宕郡 末刀神社(まとの かみのやしろ)の論社となります

愛宕社・稲荷社(京都市左京区下鴨泉川町)〈下鴨神社 境内〉

愛宕社(おたぎのやしろ)賀茂斎院御所の守護神〉・稲荷社 忌子女庁屋の守護神〉の両社は 文明の乱で焼失以降 相殿として旧地に祀られます 又 末刀神が降臨したと伝わる゛水ごしらへ場゛と云う岩〈下鴨神社本殿の傍〉の祭祀が継承された愛宕社は 延喜式内社 山城國 愛宕郡 末刀神社(まとの かみのやしろ)の論社となっています

御蔭神社(京都府京都市左京区上高野東山)〈下鴨神社 境外摂社〉

御蔭神社(みかげじんじゃ)は 太古 賀茂の大神が降臨された所〈御生山(みあれやま)〉と所伝があり 現在でも 葵祭に先立って 祭神を降臨地である御蔭山から賀茂社へ迎える御生(みあれ)神事が行われています 綏靖天皇の御代(BC581)に創建起源とされ 二つの式内社〈①出雲髙野神社②小野神社二座 鍬靫〉の論社でもあります

猿田彦神社(京都市上京区上御霊前通烏丸東入上御霊前町)〈平安京遷都を託宣せる神〉

猿田彦神社(さるたひこじんじゃ)は 桓武天皇が この神の託宣により平安遷都を決意され 延暦12年(793)勅願によって社殿を造営と伝えます かつての広大な境内も 応仁の乱以後 度々火災に遭い悉く焼失 寛政5年(1793)現在地に遷座 延喜式内社 山城國 愛岩郡 出雲髙野神社(いつもの たかのの かみのやしろ)の論社です

上御靈神社(京都市上京区上御霊前通烏丸東入上御霊竪町)

上御霊神社(かみごりょうじんじゃ)は 平安時代 御霊の祟りを恐れ 貞観5年(863)御霊会が修せられたのが 両御霊神社の創祀と云う 元は愛宕郡出雲郷の出雲路にある出雲氏の氏寺・上出雲寺に祀られた鎮守社 二つの式内社〈出雲井於神社(いつものゐのうへの かみのやしろ)出雲髙野神社(いつものたかののかみのやしろ)〉の論社です

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