延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)

式内 天目一神社(多可郡多可町中区間子)〈加都良神社の境内摂社〉

式内 天目一神社(多可郡多可町中区間子)は 式内社 加都良神社の境内摂社として祀られています 天目一命は 多可町内では他に 青玉神社(山寄上やまよりかみ) ・青玉神社(鳥羽とりま)・西宮神社(清水きよみず)で主祭神として 大歳金比羅神社(鍛冶屋かじや)・加都良神社(間子まこ)では 摂社として祀られています

岡田鴨神社(木津川市加茂町北鴨村)〈賀茂氏族の祖神 建角身命を祀る神社〉

岡田鴨神社(おかだかもじんじゃ)は 崇神天皇の御代に賀茂氏族の発展を祈り祖神 建角身命を 洛北の賀茂御祖神社より 岡田賀茂の地に勧請し創建した 延喜式内社 山城國 相楽郡 岡田鴨神社(大月次新嘗)(をかたかもの かみのやしろ)です その後 木津川の水害により 元明天皇の岡田離宮跡に創建された天満宮の境内に遷座しました

青玉神社(多可郡多可町加美区鳥羽)〈祭神の天戸間見命は 鍛冶の神 天目一箇命〉

青玉神社(あおたまじんじゃ)は 伝承では 祭神の天戸間見命は 鍛冶の神 天目一箇命で 初め三国岳の山頂に祀られていた ある時 鳥羽(とりま)の村人が三国山に狩りに行くと 急に背中が重くなり不思議に思いながら下山した 村はずれで急に背中が軽くなり「背中に乗った神様が降りられた」として社を建てたのが現在の社地と云う

天目一神社・平野神社(西脇市大木町)〈天目一箇命を祀る古社〉

天目一神社(あめのまひとつじんじゃ/てんもくいちじんじゃ)は 天正八年(1580)兵火にあい記録類を失い 江戸時代には社地も不明でした 明治維新の後 当時 惣堂天王社のあったこの地を式内社 天目一神社(あまめのひとつの かみのやしろ)の跡地と定め 鎮守である平野神社も合祀され 大正12年(1923)復興されたものです

天一神社(佐用郡佐用町東徳久)〈播磨國風土記・六国史・延喜式に所載の社〉

天一神社(てんいちじんじゃ)は 社伝には゛今より約二千年前(彌生時代)に創立 日本でも最古の神社で寶剣(銅剣)が御神體なるは天智記に「安置御宅」゛と記され 『六国史』天安元年(857)天一神に從五位下が奉授 その7日後に官社に列すと記され 『延喜式』播磨國 佐用郡 天一神玉神社(あめひとつかんだまの かみのやしろ)です

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