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國中神社(越前市中津山町)〈『延喜式』國中神社二座〉
國中神社(くになかじんじゃ)は 社伝によれば 当社は越前の中央にあり 越の中山と称し 和名抄に中ツ山の郷とあります 祭神は越國の御霊彦姫の二柱を祭る 延喜式内社 越前國 今立郡 國中神社二座(くになかの かみのやしろ ふたくら)とされ 往古より上宮外宮と分け祀り 当社は上宮の一座であったとされます
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國中神社(四條畷市清滝中町)〈『延喜式』國中神社〉
國中神社(くになかじんじゃ)は 創建年代は不詳です しかし国中と云う名の如く この地域の中心として 鎮座地が創建より一度も移動した記録は無く四神相応の鎮座地であった事が明白であると伝わる 延喜式内社 河内國 讃良郡 國中神社(くなかの かみのやしろ)です
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大井神社(亀岡市大井町並河)〈『延喜式』大井神社〉
大井神社(おおいじんじゃ)は 和銅3年の創建。祭神の木俣命が保津川を鯉に乗って上がってきたと伝えられ、通称「鯉明神」といわれています。この地域ではでは鯉を神の使いと考えられ、鯉を食べず、鯉のぼりも揚げない風習が伝わっています
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走田神社(亀岡市余部町)〈『延喜式』走田神社〉
走田神社(はせだじんじゃ)は 天正の兵亂(1573~92)に古文書 悉く焼け島有に帰して記録はありませんが 口伝によれば 奈良時代の元明天皇 和銅4年(711)創建と云う 走田大明神と呼ばれ厚い尊崇を受けてきた 延喜式内社 山城國 乙訓郡 走田神社(はしりたの かみのやしろ)とされます
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走田神社(長岡京市奥海印寺走田)〈『延喜式』走田神社〉
走田神社(はしりたじんじゃ)は 創建年代不詳ですが 社号「走田」は゛初穂(走り穂)を作る田んぼ゛早稲田(わせだ)の守護神と云う意味 神仏習合期に寂照院(じゃくしょういん)の鎮守として「妙見社(みょうけんしゃ)」と呼称 明治期「走田神社」に改称 延喜式内社 山城國 乙訓郡 走田神社(はしりたの かみのやしろ)の論社です





