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粟神社跡(泉大津市式内町)〈『延喜式』粟神社〉
粟神社跡(泉大津市式内町)は 神社合祀令によって明治41年(1908)大津神社に合祀された 延喜式内社 和泉國 和泉郡 粟神社(あはの かみのやしろ)の旧鎮座地です 祭神は「天太玉命」を祀り「粟直」の祖と云われ安房國安房郡 安房坐神社〔名神大月次新嘗〕と同神であると伝えられています
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石津神社(堺市堺区石津町)〈『延喜式』石津太社神社〉
石津神社(いしづじんじゃ)は 起源は古く 人皇五代孝昭天皇(西暦前475)の御宇7年8月10日、勅願により創建されたと伝えています 人皇十一代垂仁天皇の御宇 天穂日命14世孫 野見宿禰を当宮の神主と定めたと云う 延喜式内社 和泉國 大鳥郡 石津太社神社(いはつたの かみのやしろ)の論社です
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石津太神社(堺市西区浜寺石津町中)〈『延喜式』石津太社神社〉
石津太神社(いわつたじんじゃ)は 太古 蛭子命が 葦船に乗せられ漂着されたと伝承される聖地(石津浦)が現在の御旅所〔発祥の地〕孝昭天皇7年(紀元前469年)創建と伝え 孝徳天皇が白雉3年(653)孝謙天皇も天平勝宝元年(749)に参拝したと云う 延喜式内社 和泉國 大鳥郡 石津太社神社(いはつたの かみのやしろ)です
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美多彌神社(堺市南区鴨谷台)〈『延喜式』美多彌神社〉
美多彌神社(みたみじんじゃ)は 創建年代等詳らかではありませんが 延喜式内社 和泉國 大鳥郡 美多彌神社(みたみの かみのやしろ)と伝わります 南北朝時代には 楠木正成の守護神として崇められ広大な境内に大樹が生い茂り堂々とした神社でしたが 天正5年(1577)兵火にかかり消失し文禄元年(1592)本殿が再建されました
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美歎神社(鳥取市国府町美歎)〈『三代實録』美歎神『延喜式』美歎神社〉
美歎神社(みたにじんじゃ)は 『三代實録』貞観十六年(八七四)「因幡国従五位下 美歎神に従五位上を授く」とあり 又『延喜式』因幡國 法美郡 美歎神社(みたにの かみのやしろ)です 元々は昔 因幡山の頂上付近 屋敷鳴に氏神として祀られていたが 金内(屋敷谷)に移転更に現在地に奉遷されたと云う





