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摩氣神社(園部町竹井)〈『文徳天皇實録』麻氣神社『延喜式』麻氣神社〔名神大〕〉

摩氣神社(まけじんじゃ)は 社伝には「嵯峨天皇御宇 弘仁二年(812) 僧空海の勧請せし所にして 摩氣郷十一ヶ村の總氏神たりといふ」とあるが『新抄格勅符抄』には「稱徳天皇 神護景雲四年(770)神封一戸を奉ず」とあり 奈良時代以前の創建と推測されます 延喜式内社 丹波國 船井郡 麻氣神社〔名神大〕(まけの かみのやしろ)です

山神社(高島市マキノ町牧野)〈『三代實録』麻氣神『延喜式』麻希神社〉

山神社(さんじんじゃ)は 『高島郡誌』神社誌に 西庄村大字牧野に鎭座する「山神社」の社傳として「社傳に云、もと麻氣神社と稱し、字 眞毛野に鎭座ありしが、中古 彌馬野(ヤマノ)に移して 彌馬野神社と稱したり」とあり 延喜式内社 近江國 高嶋郡 麻希神社(まけの かみのやしろ)とされています

冨都神社(磯城郡田原本町富本)〈『延喜式』富都神社〔鍬靫〕〉

冨都神社(ふつじんじゃ)は 創建年代等は不祥です 由緒を明確にする資料もありません 延喜式内社 大和國城下郡 富都神社〔鍬靫〕(ふとの かみのやしろ)に比定されていますが 地名「富本(とんもと」の文字が「富(ふつ・とみ)」と物部氏に通じるとの根拠としているらしく 確かな証はないとされています

天神社(一宮市萩原町西宮重東光堂)〈『延喜式』賣夫神社〉

天神社(てんじんしゃ)は 津田正生は『尾張國地名考』『尾張神名帳集設乃訂考』に延喜式内社 尾張國 中嶋郡 賣夫神社(ひめふの かみのやしろ)と挙げており 旧鎮座地は今の宮より艮〈北東〉二三町〈218~327m程〉天神と呼んだ所 又 今の宮の北東を彌宜屋〈社人住居〉 宮北を長福寺〈神宮寺〉と云い大宮の名残の証と記します

鏡作伊多神社(磯城郡田原本町宮古)〈『延喜式』鏡作伊多神社〉

鏡作伊多神社(かがみつくりいたじんじゃ)は 神社の東北にある池゛宮古池゛が かつて享保年間(1716~1736)迄は 字はを「伊多の坪」と呼ばれた地であったが その後 池となったと伝わり この「伊多」の地名が延喜式内社 大和國城下郡 鏡作伊多神社(かかみつくり いたの かみのやしろ)の論社の論拠とされています

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