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大宮神社(伊豆大島 野増)〈『延喜式』阿治古神社〉
大宮神社(おおみやじんじゃ)は 元々は三原山の近くに阿治古(あじこ)と呼ばれる古い地域に集落があり 阿治古神社が鎮座していた たびたびの噴火降灰により 室町時代 文正二年(1466)大宮の現在地に遷座され その際に天照皇大神が合祀されたと云う 延喜式内社 伊豆國 賀茂郡 阿治古神社(あちこの かみのやしろ)です
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賣夫神社(稲沢市平和町嫁振)〈『延喜式』賣夫神社〉
賣夫神社(めふじんじゃ)は 『日本書紀』崇神天皇10年 四道将軍派遣の時 武淳川別命に従ってきた大咩布命〈第十代 崇神天皇の御母の弟 伊香色雄命の御子〉が この地に留まり その子孫が繁栄しやがて命の靈を氏神として祀ったと云う 延喜式内社 尾張國 中嶋郡 賣夫神社(ひめふの かみのやしろ)とされます
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高売布神社(三田市酒井字宮ノ脇)〈『延喜式』高賣布神社〉
高賣布神社(たかめふじんじゃ)は 推古天皇の頃の創立と伝えますが明らかでない 神社の後方に独立丘は 古の齋場の跡とされ 土俗は酒井の斎さま(さかいのいつきさま)と称し 勧請の昔は齋女が神の意を伝えた古代の様子を今に伝えている 延喜式内社 攝津國 河邊郡 髙賣布神社(たかひめふの かみのやしろ)です
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賣布神社(宝塚市売布山手町)〈『延喜式』賣布神社〉
賣布神社(めふじんじゃ)は 社傳には 推古天皇十八年の勧請とある 神仏習合時に「貴船大明神」と称されましたが 徳川八代将軍吉宗公が元文元年(1736)寺社奉行大岡越前守忠相に命じ大阪の佛者並河五市郎が調査し「賣布社」であると判明 延喜式内社 攝津國 河邊郡 賣布神社(ひめふの かみのやしろ)の比定社です
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賣布神社跡(豊岡市日高町国分寺字山ノ脇)〈『延喜式』賣布神社〉
賣布神社跡(めふじんじゃ あと)は 延喜式内社 但馬國 氣多郡 賣布神社(ひめふの かみのやしろ)の跡地です 往古は禰布ヶ森に鎭座し 洪水で社殿が流され 中世に天神山中腹に遷宮 萬延元年(1860)本殿再建 文久二年(1862)この地に遷座 令和元年(2019)中世の鎮座地〈現 荒神神社に合祀遷座〉へと戻りました





