熊野神社〈五社神社〉(甲府市右左口町)〈『延喜式』表門神社〉

五社神社(ごしゃじんじゃ)は 熊野神社とも呼ばれ 神仏習合時代は「七覚御神幸さん(しちかくみゆきさん)」と云われました 大宝二年(702)役小角が ここに至り 富士山霊峯の御神体を無事に開山され 小角が我が屋敷神として発起したと云う 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社です

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表門神社(市川三郷町上野)〈『延喜式』表門神社〉

表門神社(うわとじんじゃ)は 第7代 孝霊天皇二年の鎭座 第72代白河天皇の永保元年(1081)官より社頭並に五十一の末社迄 御造営を受け 併せて市川の郷を神領に賜り勅願所と認められ それより市川明神とも称せられていたと云う 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)と伝わります

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御崎神社(甲府市美咲)〈『延喜式』宇波刀神社〈参考論社〉〉

御崎神社(みさきじんじゃ)は 初め甲斐の国主 武田家の居館のあった石和郷に鎮座 永正十六年(一五一九年)武田信虎公 つつじが崎に居城を構えた時 三の郭内に神殿建立し遷され 徳川時代 文禄三年(一五九四年)甲府城を築いた際 現在地に遷座 延喜式内社 甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の参考論社です

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宇波刀神社(韮崎市円野町下円井宇波刀)〈『三代實録』宇波刀神『延喜式』宇波刀神社〉

宇波刀神社(うわとじんじゃ)は 第18代反正天皇の第2皇女 円比女が 封を此の地に受け 洲羽国 諏訪明神を勧請して守護神と崇め奉った その後 養老2戊午(718年)国守 社殿を造営し合祀 『三代實録』に宇波刀神『延喜式』に甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)と云う 宇波刀神社諏訪大明神と称されました

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宇波刀神社(甲府市宮原町)〈『三代實録』宇波刀神『延喜式』宇波刀神社〉

宇波刀神社(うはとじんじゃ)は 堀河天皇 寛治年中(1087~1094年) 新羅三郎義光の再建された延喜式内社 甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)と伝わります 武田氏(信虎)全盛の頃 源氏の氏神 石清水八幡宮にあやかり 八幡宮と改称され 近世には宇波刀神社とも称していたと云う

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宇波刀神社(北杜市明野町上手)〈『三代實録』宇波刀神『延喜式』宇波刀神社〉

宇波刀神社(うわとじんじゃ)は 社記には「創立は平城天皇 大同年中(806~810年)に在り」・『三代實録』に「貞觀八年九月甲辰従五位下 宇波戸神授ニ 従五位上」と神位の奉授あり・『延喜式』に記載 式内社 甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)と伝えています

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神明神社(笛吹市石和町窪中島)〈『延喜式』神部神社〉

神明神社(しんめいじんじゃ)は 社記には「創祀は允恭天皇八年秋九月(西暦四一九年)当社は神部の神社にて 伊勢大神宮勧請最初の霊場石和総郷の鎮守なり」とあり 「石和御厨(いさわみくり)」〈伊勢外宮の御厨〉があった場所で 延喜式内社 甲斐國 山梨郡 神部神社(かむへの かみのやしろ)の論社です

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二岡神社(御殿場市東田中)〈『延喜式』丸子神社〉

二岡神社(にのおかじんじゃ)は 日本武尊東征の時 国司に命じて 二岡に木花之開耶姫命 四岡に天津彦火瓊々杵尊の社を造立したと云い その後一岡から七岡に分散していた7社の神々を合祀し 二岡七社大権現と号した 又 この地の川を丸子川と云い 延喜式内社 駿河國駿河郡 丸子神社(まろこの かみのやしろ)の論社とする説があります

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丸子神社(沼津市本)〈旧社地(現 御旅所)〉〈『延喜式』丸子神社〉

丸子神社(まるこじんじゃ)〈旧社地(現 御旅所)〉は 延喜式内社 駿河國駿河郡 丸子神社(まろこの かみのやしろ)の旧社地です 江戸時代の火災により焼夫し 現社地〈丸子神社 浅間神社(沼津市浅間町)〉に遷座しました 現在は 御旅所となっています 

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丸子神社 浅間神社(沼津市浅間町)〈『延喜式』丸子神社〉

丸子神社 浅間神社(まるこじんじゃ せんげんじんじゃ)は 2社の合殿 一扉二社で祀らます・丸子神社は 延喜式内社 駿河國駿河郡 丸子神社(まろこの かみのやしろ)で 江戸時代の火災により焼夫し旧社地〈現 御旅所〉から現在地に遷座・淺間神社は社家の傳に云く「當社は延暦年中 坂上田村麻呂東征の時の鎮座」と伝わります

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