北陸道に鎮座する 352座『延喜式神名帳』の所載一覧

『延喜式神名帳(engishiki jimmyocho)』は 延長5年(927年)に編纂されました
当時の「全国の官社」(祈年祭(毎年2月)に神祇官から幣帛を受ける神社)の一覧表が所載されています

大分類は 当時の行政区分ごと
「宮中・京中」「畿内」
「七道(東海道・東山道・北陸道・山陰道・山陽道・南海道・西海道)」
中分類は 国 別(現在の県に近い分類)
小分類は 郡 別(現在の市町村に近い分類)
詳 細は 神社別 に網羅され記されています

このページは
「北陸道」に鎮座する(352座…大14(うち預月次新嘗1)・小338)神社の一覧表です

若狭国 42座(大3座・小39座)

遠敷郡 16座(大2座・小14座)

多太神社

・多田神社(小浜市)

一緒に読む
多田神社(小浜市)

多田神社(ただじんじゃ)は 『延喜式神名帳』では若狭国遠敷郡の筆頭に挙げられる「多太神社(Tata no kamino yashiro)」の比定社です 元は 多田大明神 多田明神 多太明神社と呼ばれていました 「社伝に 天平神護二年(766年)創建すと傳ふ」と記されている古社です

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若狭比古神社二座(名神大)

・若狭彦神社(上社)

・若狭姫神社(下社)

一緒に読む
若狹姫神社 下社(小浜市)

若狹姫神社 下社は 若狭彦神社 上社と2社で一つの神社「若狭国一の宮」とされています 上社「若狭彦神社」は 和銅7年(714年)に今の遠敷郡下根来村白石に創られたと云われ 霊亀元年(715年)に現在の地に遷座しました 下社「若狭姫神社」は 上社から北1.5kmの遠敷(onifu)の里にあり 6年の後の養老5年(721年)の鎮座と伝わります

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小浴神社

・小浴神社(小浜市)

一緒に読む
小浴神社(小浜市)

小浴神社(こあみじんじゃ)は 『延喜式神名帳』の論社とされる古社です 鎮座地の小浜市金屋は かつての若狭国府の故地とされていて 小浴神社には かつての「惣社」が合祀された その惣社には 国宝級の絵巻が伝わっている新八幡宮(もともとあった小浜八幡に対して「新」八幡)が含まれていたのであろうと言われています

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石桉比古神社

石桉比売神社

椎村神社

波古神社

久須夜神社

・久須夜神社

・大神岩(久須夜神社旧地)

一緒に読む
大神岩〈久須夜神社旧地〉

大神岩(おおかみいし)〈久須夜神社旧地〉は 久須夜神社の由緒によれば「境内 山中に岩があり大神岩という 往古 大神がこの岩上に鎮座されたという 里人は 狼岩といって畏怖している 若狭国の名山 久須夜岳は 久須夜神社の名に依って生まれ 久須の夜雨は若狭八景に数えられている」

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弥和神社

丹生神社

阿奈志神社

曽尾神社

許波伎神社

苅田比古神社

苅田比売神社

大飯郡 7座(貞・並小)

青海神社

伊射奈伎神社

香山神社

静志神社

日置神社

大飯神社

佐伎治神社

三方郡 19座(大1座・小18座)

須可麻神社

御方神社

伊牟移神社

多由比神社

丹生神社

織田神社

和尓部神社

・日吉神社 (美浜町佐柿)

佐支神社

宇波西神社(名神大月次新嘗)

高那弥神社

仁布神社

須部神社

木野神社

弥美神社

於世神社

常神社

能登神社

闇見神社

山都田神社

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越前国 126座(大8座・小118座)

敦賀郡 43座(大7座・小36座)

気比神社七座(並名神大)

・氣比神宮(敦賀市)越前国一之宮

加比留神社

剣神社

丹生神社

田結神社

久豆弥神社

野坂神社

志比前神社

角鹿神社

大椋神社

和志前神社

市振神社

金前神社

五幡神社

阿蘇村利椋神社

白城神社

横椋神社

伊多伎夜神社

横山神社

伊部磐座神社

質覇村峯神社

鹿蒜神社

高岡神社

大神下前神社

鹿蒜田口神社

三前神社

織田神社

石田神社

天八百万比咩神社(貞)

天利剣神社

天比女若御子神社

伊佐奈彦神社

天国津彦神社

天国津比咩神社

天鈴神社

玉佐佐良彦神社

信露貴彦神社

丹生郡 14座(大1座・小13座)

兄子神社

雨夜神社

大虫神社(貞・名神大)

斗布神社

長岡神社

麻気神社

枚井手神社

大山御板神社

佐佐牟志神社四座

小虫神社

雷神社

今立郡 14座(並小)

灮山神社

国中神社二座

石部神社

岡本神社

・大瀧神社・岡太神社(越前市)

・奥の院 三社〈紙祖神・大瀧神社・岡太神社〉

・岡太神社(越前市粟田部町)

・神明社(鯖江市水落町)

須波阿須疑神社三座

丹津神社

刀那神社

小山田神社

鵜甘神社

加多志波神社

敷山神社

足羽郡 13座(並小)

杉社郡神社

土輪神社

・足羽神社に合祀(福井市足羽)

・神明社〈境内社 土宮〉(鯖江市水落町)

・八幡神社〈越前大宮〉(福井市大宮町)【参考論社】

直野神社

麻気神社

登知為神社

推前神社

与須奈神社

山方神社

・足羽神社に合祀(福井市足羽)

・神明神社(福井市宝永)

御門神社

・足羽神社に合祀(福井市足羽)

分神社

神傍神社

於神社

・足羽神社に合祀(福井市足羽)

足羽神社(貞)

・足羽神社(福井市足羽)

大野郡 9座(並小)

磐座神社

・八幡神社〈越前大宮〉(福井市大宮町)

・磐座神社〈篠座神社の御霊水〉(大野市篠座)

篠座神社

・篠座神社(大野市篠座)

椛神社

・樺八幡神社(福井市中手町)

・八幡神社(福井市東河原町)

・篠座神社に合祀(大野市篠座)

大欟磐座神社

坂門一事主神社

風速神社

国生大野神社

高於磐座神社

荒島神社

坂井郡 33座(並小)

布久漏神社

坂名井神社

・八幡神社(坂井市春江町境元町)

・神明社(坂井市三国町)

・加奈井神社(坂井市三国町)

御前神社

都那高志神社

・足羽神社に合祀(福井市足羽)

多祢神社

久米多神社

意加美神社

阿治波世神社

国神神社

井口神社

楊瀬神社

己乃須美神社

片岸神社

大溝神社

比古奈神社

幣多神社

紀倍神社

枚岡神社

・足羽神社に合祀(福井市足羽)

・秋葉神社〈足羽神社に合祀の枚岡神社旧地〉(福井市志比口)

・神明社(坂井市三国町)

・氷川神社(坂井市三国町)

・神明社〈境内社 平岡八幡or多賀社〉(鯖江市水落町)

毛谷神社

柴神社

英多神社

鵜屎神社

伊伎神社

保曽呂伎神社

横山神社

三国神社

石田神社

味坂神社

高向神社

笠間神社

家津神社

大湊神社

糸前神社

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加賀国 42座(並小)

江沼郡 11座(並小)

篠原神社

刀何理神社

御木神社

宮村岩部神社

服部神社

服部神社(加賀市山代温泉)

菅生石部神社

忌浪神社

日置神社

出水神社

気多御子神社

・気多御子神社(小松市) 

市之瀬神社加賀市山代温泉)〈合祀先〉 

市之瀬神社(旧村社)に合併されている神明宮に祀られていたという御子社(山代日子命)が氣多御子神社だという説

潮津神社

篠原神社

刀何理神社

御木神社

宮村岩部神社

服部神社

菅生石部神社

忌浪神社

日置神社

出水神社

気多御子神社

潮津神社

能美郡 8座(並小)

狭野神社

多太神社

・多太神社(小松市上本折町)

石部神社

・石部神社(小松市古府町)

一緒に読む
石部神社(小松市古府町)加賀国 総社〈惣社〉

石部神社は 加賀国の誕生にかかわる古社です 弘仁14年(823)3月 越前国から分割して加賀国ができた際 その国府庁の南に 当社が 府南社と称して すでに祀られていたと伝えられます ここから加賀国の一之宮であるとも 加賀国総社であるともされています 『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載の論社です

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滓上神社

幡生神社

兎橋神社

多伎奈弥神社

熊田神社

石川郡 10座(並小)

白山比咩神社

・白山比咩神社(白山市三宮町)

本村井神社

額東神社

額西神社

御馬神社

佐奇神社

楢本神社

笠間神社

味知神社

神田神社

加賀郡 13座(並小)

小浜神社

野間神社

三輪神社

賀茂神社

神田神社

下野間神社

郡家神社

須岐神社

野蛟神社

波自加弥神社

大野湊神社

野蚊神社

笠野神社

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能登国 43座(大1座・小42座)

羽咋郡 14座(大1座・小13座)

相見神社

志乎神社

気多神社(名神大)

・気多大社(羽咋市)

一緒に読む
気多大社(羽咋市)能登国一之宮「入らずの森」の社

氣多大社(けたたいしゃ)は 北陸の大社として朝廷からの尊崇も厚く 文献に最初に登場するのは『万葉集』大伴家持が 越中国守として赴任の時〈天平20年(748)〉能登を巡行し「気太神宮」に赴いたとの歌がみえ 927年12月編纂の『延喜式 巻3 臨時祭』では名神大に列している由緒ある古社です 大正時代に国幣大社に列したことから 現在は「気多大社」として親しまれています

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・能登生国玉比古神社〈気多本宮〉(七尾市)

一緒に読む
能登生国玉比古神社〈気多本宮〉(七尾市)羽咋の氣多大社の本宮

能登生国玉比古神社は 上古 第8代 孝元天皇の治世〈BC 214~BC 15年頃〉に創祀されたと伝えられます 第10代 崇神天皇の御代〈BC 97~BC 30年頃〉には 羽咋の竹津浦に祭神を分霊したと伝わり これが現在の羽咋の氣多大社の創祀とされています 故にその頃から 当神社は 氣多本宮と称したと伝えます 現在でも 羽咋の氣多大社から当神社まで 平国祭「おいで祭」の神幸祭が 毎年3月18日~3月23日に5泊6日かけて50余名で巡行する神事が執り行われています 

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神代神社

羽咋神社

瀬戸比古神社

手速比咩神社

椎葉円比咩神社

奈豆美比咩神社

諸岡比古神社

百沼比古神社

久麻加夫都阿良加志比古神社

・久麻加夫都阿良加志比古神社(七尾市)

一緒に読む
久麻加夫都阿良加志比古神社(七尾市)お熊甲祭(おくまかぶとまつり)の社

久麻加夫都阿良加志比古神社は くまかぶと あらかしひこ じんじゃ と呼びます 日本中でも長い名前の神社の部類になると思います 地元では「おくまかぶと」と称されて お熊甲祭りでも有名です 御祭神は 久麻加夫都阿良加志比古(くまかぶとあらかしひこの)神と都奴加阿良斯止(つぬがあらしとの)神の2柱の神を祀っています この神々は 韓国(カラクニ)の王族だと伝わり 阿良加志比古神については 地神とも言われたり 3~4世紀頃の南朝鮮の阿羅国の王族とも言われています

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・身代神社(羽咋郡志賀町)〈大穴持美代神社〉

一緒に読む
身代神社(羽咋郡志賀町)〈大穴持美代神社〉

身代神社は 『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載の 能登国 羽咋郡「大穴持像石神社」と「久麻加夫都阿良加志比古神社」の2つの式内社の論社となっています 社伝では「出雲国より舟に乗りて当村に着かれた大真石が 御神体として仰がれている」として かつては大穴持身代社を称していました

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藤津比古神社

大穴持神像石神社

・大穴持像石神社(羽咋市)

一緒に読む
大穴持像石神社(羽咋市)神が降臨し現われた霊石は神像に代わる「像石(カタイシ)」とされ境内に鎮まります

大穴持像石神社は 民俗学者・折口信夫(おりくちしのぶ)博士〈明治20年(1887)2月11日~昭和28年(1953)9月3日〉が 論文集『古代研究』で「漂着神(よりがみ)を祀ったタブの杜」と紹介した神社で タブノキの大樹に覆われた社叢も知られます 氣多大社の摂社で祭神も同じ 大己貴命(オホナムチノミコト)相殿神に少彦名命(スクナヒコナノミコト)を祀ります 神社名の「像石(カタイシ)」は 神が降臨した際に現われた自然石とされ 一種の神像に代わる霊石「地震石」とされ 地元では産土神「オナッサマ」とよばれ信仰されています

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・身代神社(羽咋郡志賀町)〈大穴持美代神社〉

一緒に読む
身代神社(羽咋郡志賀町)〈大穴持美代神社〉

身代神社は 『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載の 能登国 羽咋郡「大穴持像石神社」と「久麻加夫都阿良加志比古神社」の2つの式内社の論社となっています 社伝では「出雲国より舟に乗りて当村に着かれた大真石が 御神体として仰がれている」として かつては大穴持身代社を称していました

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・八千鉾神社(羽咋郡志賀町)

一緒に読む
八千鉾神社(羽咋郡志賀町)

八千鉾神社は 「町八千鉾神社古墳」〈円墳 径6m、横穴式石室の天井石露出〉の上に鎮座しています 『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載の論社でもあり 大穴持像石神社とも称せられたといいますが 明治の初期に至り 八千鉾神社と改称された伝わります

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・天神神社(羽咋郡志賀町)

一緒に読む
天神神社(羽咋郡志賀町穴口)

天神神社は 口碑によると鎮座する穴口村は 穴持村といわれ 本神社は 大穴持像石神社とも伝えられています 故に『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載の論社でもあります

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能登郡 17座(並小)

能登比咩神社

能登比咩神社(中能登町)

藤原比古神社

菅忍比咩神社

加夫刀比古神社

天日陰比咩神社

・天日陰比咩神社(中能登町二宮)能登国二之宮

・天日陰比咩神社(中能登町西馬場)

鳥屋比古神社

鳥屋比古神社中能登町春木ナ

荒石比古神社

久弖比古神社

能登生国玉比古神社

・能登生国玉比古神社〈気多本宮〉(七尾市)

一緒に読む
能登生国玉比古神社〈気多本宮〉(七尾市)羽咋の氣多大社の本宮

能登生国玉比古神社は 上古 第8代 孝元天皇の治世〈BC 214~BC 15年頃〉に創祀されたと伝えられます 第10代 崇神天皇の御代〈BC 97~BC 30年頃〉には 羽咋の竹津浦に祭神を分霊したと伝わり これが現在の羽咋の氣多大社の創祀とされています 故にその頃から 当神社は 氣多本宮と称したと伝えます 現在でも 羽咋の氣多大社から当神社まで 平国祭「おいで祭」の神幸祭が 毎年3月18日~3月23日に5泊6日かけて50余名で巡行する神事が執り行われています 

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・能登生國玉比古神社(中能登町)

一緒に読む
能登生國玉比古神社(中能登町金丸)能登の国魂の神「多気倉長命」を祀ります

能登生國玉比古神社は 『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載の論社です 祭神「多気倉長命(タケクラナガノミコト)」は 神代の昔 能登国に巡行された・大己貴命・ 少彦名命の2柱の神と協力して 国土を平定されたので「能登の国魂の神」と仰がれています 又 その姫神〈娘〉の伊豆目比売命(イズメヒメノミコト)は 少彦名命の妃(ヒ)となって 金丸村 村主の遠祖である菅根彦命を生み給わった伝えられていて 現在の神主家 梶井氏は その裔(エイ)とされます

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・能登部神社(中能登町)

一緒に読む
能登部神社(中能登町)

能登部神社は 『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載の論社です 第10代 崇神天皇の皇子 大入杵命(オホイリキノミコト)を祭神として祀ります 妹の皇女 沼名木入比咩命(ヌナキイリヒメノミコト)は 同じく能登部に鎮座する能登比咩神社で祀られていて 往古は この地は能登部兄村妹村と称されました 両村の神社を兄宮 妹宮とも 上宮 下宮とも称していて ここ上宮は 加賀藩の初代藩主 前田利家公が深く崇拝し「兄宮の神域を侵すべからず」との掟書を記した高札を与えたと伝わります

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白比古神社

伊須流支比古神社

・伊須流岐比古神社(中能登町石動山)

・大御前〈伊須留岐比古神社 奥宮〉

・天日陰比咩神社(中能登町二宮)能登国二之宮

余喜比古神社

阿良加志比古神社

・阿良加志比古神社(七尾市)

一緒に読む
阿良加志比古神社(七尾市)

阿良加志比古神社(あらかしこひこじんじゃ)は 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)所載の古社で その鎮座の由来について 阿良加志古神(アラカシコノカミ)が年老いた時 郷民を害す 毒虫及び妖鳥が棲んでいた この時に 少彦名神(スクナヒコナノカミ)が 海から漂い憑き 力を合わせて これを亡ぼし国土を平定し 土民を安堵させ それにより 神として祭られたと 古老の伝えがあります

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久志伊奈太伎比咩神社

伊夜比咩神社

御門主比古神社

宿那彦神像石神社(貞)

・宿那彦神像石神社(中能登町金丸)

一緒に読む
宿那彦神像石神社(中能登町金丸)少彦名神が神霊を石に留めたと云う

宿那彦神像石神社は 『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載の古社です 社伝によれば 神代の昔 御祭神の少彦名命が 大名持命とともに能登国を巡行し 国土平定の後 大己貴命は氣多崎に 少彦名神は此地に 神霊を石に留めたと伝わります 氣多大社の例大祭 平国祭は この神代の2柱神に因んでいて 氣多大社の神輿が 3月20日夕刻に本社〈宿那彦神像石神社〉の拝殿で一泊 翌朝 本社の祭神〈少彦名命〉が 右神輿に遷座せられ 七尾の気多本宮に神幸し 23日午前に右神輿が 本社に還御あって祭典を奉仕します

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・宿那彦神像石神社(七尾市)

一緒に読む
宿那彦神像石神社(七尾市)神の上陸の地に祀られた御神体「神像石(カムカタイシ)」と伝わります

宿那彦神像石神社は 『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載の論社です 古老の云うところには 少彦名命(スクナヒコナノミコト)が 海から依り憑き 阿良加志比古神(アラカシヒコノカミ)と協力して 郷民を害す 毒虫 及び妖鳥を亡ぼして この地方の平定を成し遂げた その神の上陸の地に一種の神像に代わる霊石として祀られたのが御神体の「像石(カタイシ)」であると伝わります

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・宿那彦神像石神社(旧鎮座地)神像石(七尾市)

一緒に読む
宿那彦神像石神社〈旧鎮座地 神像石〉(七尾市)御神体の「神像石(カムカタイシ)」は縦七尺二寸 下幅三尺八寸 上幅二尺五寸の巨石と伝わります

宿那彦神像石神社(旧鎮座地)神像石(カムカタイシ)は 『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載の論社の旧鎮座地です 古老の云うところには 少彦名命(スクナヒコナノミコト)が 海から依り憑き 阿良加志比古神(アラカシヒコノカミ)と協力して 郷民を害す 毒虫 及び妖鳥を亡ぼして この地方の平定を成し遂げたと伝わり その神「少彦名命(スクナヒコナノミコト)」の上陸の地に一種の神像に代わる霊石として祀られたのが御神体の「神像石(カムカタイシ)」縦七尺二寸 下幅三尺八寸 上幅二尺五寸の巨石とされます

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・阿良加志比古神社(七尾市)

一緒に読む
阿良加志比古神社(七尾市)

阿良加志比古神社(あらかしこひこじんじゃ)は 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)所載の古社で その鎮座の由来について 阿良加志古神(アラカシコノカミ)が年老いた時 郷民を害す 毒虫及び妖鳥が棲んでいた この時に 少彦名神(スクナヒコナノカミ)が 海から漂い憑き 力を合わせて これを亡ぼし国土を平定し 土民を安堵させ それにより 神として祭られたと 古老の伝えがあります

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鳳至郡 9座(並小)

鳳至比古神社

石瀬比古神社

神杉伊豆牟比咩神社

石倉比古神社

美麻奈比古神社

美麻奈比咩神社

神目伊豆伎比古神社

奥津比咩神社

辺津比咩神社(貞)

珠洲郡 3座(並小)

須須神社

古麻志比古神社

加志波良比古神社

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越中国 34座(大1座・小33座)

砺波郡 7座(並小)

高瀬神社

高瀬神社(南砺市高瀬)

長岡神社

林神社

荊波神社

比売神社

雄神神社

浅井神社

射水郡 13座(大1座・小12座)

射水神社

射水神社(高岡市古城) 

二上射水神社(高岡市二上)  

道神社

物部神社

物部神社高岡市東海老坂

加久弥神社二座

久目神社

布勢神社

布勢神氷見市布施

速川神社

櫛田神社

礒部神社

箭代神社

草岡神社(貞)

気多神社(貞・名神大)

氣多神社高岡市越中国一之宮

婦負郡 7座(並小)

姉倉比売神社

速星神社

白鳥神社

多久比礼志神社

熊野神社

杉原神社

鵜坂神社

新川郡 7座(並小)

神度神社

建石勝神社

櫟原神社

八心大市比古神社

日置神社

布勢神社

布勢神社魚津市布施爪

・〈雄山神社 中宮 若宮に合祀布勢神社

雄山神社

雄山神社 峯本社(立山 頂上)

雄山神社 祈願殿(立山町芦峅寺)

雄山神社 前立社壇(立山町岩峅寺) 

熊野神社〈前立社壇の元鎮座地〉 

越後国 56座(大1座・小55座)

頸城郡 13座(並小)

奴奈川神社

・天津神社・奴奈川神社(糸魚川市一の宮

・白山神社(糸魚川市能生)

・奴奈川神社(糸魚川市田伏)

大神社

・天津神社・奴奈川神社(糸魚川市)

・大神社(糸魚川市平)

・大野神社(糸魚川市大野)

・藤崎神社(糸魚川市藤崎)

・大神社(上越市吉川)

・関山神社(妙高市関山)

阿比多神社

居多神社

・居多神社(上越市)越後国一之宮

佐多神社

物部神社

物部神社上越市清里区

水島礒部神社

菅原神社

五十君神社

江野神社

青海神社

円田神社

斐太神社

古志郡 6座(並小)

三宅神社二座

桐原石部神社

都野神社

小丹生神社

宇奈具志神社

三島郡 6座(並小)

御島石部神社

物部神社

二田物部神社柏崎市西山町

鵜川神社

多多神社

三島神社

石井神社

魚沼郡 5座(並小)

魚沼神社

・魚沼神社(小千谷市土川)

・魚沼神社(湯沢町神立)

・坂本神社(南魚沼市大倉)

・坂本神社(南魚沼市宮)

・八幡宮(南魚沼市八幡)

・伊米神社 八幡宮(小千谷市)

大前神社

・大前神社(南魚沼市大崎)

坂本神社

・坂本神社(南魚沼市大倉)

・日吉神社(南魚沼市田崎)

・八幡宮(南魚沼市八幡)

・魚沼神社(湯沢町神立)

・坂本神社(南魚沼市宮)

伊米神社

・伊米神社 八幡宮(小千谷市)

・清水川辺神社(魚沼市小出島)

・諏訪神社(魚沼市四日町)

・諏訪神社(魚沼市虫野)

・一宮神社(南魚沼市大里)

・伊米神社(南魚沼郡湯沢町)

川合神社

・川合神社(長岡市東川口)

・明口神社(小千谷市川井)

・諏訪神社(魚沼市四日町)

蒲原郡 13座(大1座・小12座)

青海神社二座

宇都良波志神社

伊久礼神社

槻田神社

小布勢神社

伊加良志神社

伊夜比古神社(貞・名神大)

・弥彦神社(弥彦村)

・彌彦神社奥宮 御神廟(弥彦山頂上)

長瀬神社

中山神社

旦飯野神社

船江神社

土生田神社

沼垂郡 5座(並小)

大形神社

市川神社

石井神社

美久理神社

川合神社

磐船郡 8座(並小)

石船神社

蒲原神社

西奈弥神社

荒川神社

多伎神社

・多岐神社(村上市岩ケ崎)

・河内二柱神社(村上市高根)

・大山祇神社〈神明社〉(村上市指合)

・河内神社(村上市宮ノ下)

・多岐神社(村上市板屋越)

漆山神社

桃川神社

湊神社

佐渡国 9座(並小)

羽茂郡 2座(並小)

度津神社

・度津神社(佐渡市)

一緒に読む
度津神社(佐渡市)

度津神社(わたつじんじゃ)は 御祭神に 五十猛命を祀り 陸上海上の守護神として 島民から篤く信仰されています 佐渡国の一之宮と格式高い神社です ただし 1470年に大洪水があり 社地や由緒や縁起など古文書等が悉く流失したため 現在地に遷座したと伝わり その為 創立年月 その他詳かではありません 

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大目神社

雑太郡 5座(並小)

引田部神社

物部神社

物部神社佐渡市小倉

御食神社

飯持神社(貞)

越敷神社(貞)

賀茂郡 2座(並小)

大幡神社

阿都久志比古神社

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宇佐八幡宮五所別宮(usa hachimangu gosho betsugu)は 朝廷からも厚く崇敬を受けていました 九州の大分宮(福岡県)・千栗宮(佐賀県)・藤崎宮(熊本県)・新田宮(鹿児島県)・正八幡(鹿児島県)の五つの八幡宮を云います

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行幸会は 宇佐八幡とかかわりが深い八ケ社の霊場を巡幸する行事です 天平神護元年(765)の神託(shintaku)で 4年に一度 その後6年(卯と酉の年)に一度 斎行することを宣っています 鎌倉時代まで継続した後 1616年 中津藩主 細川忠興公により再興されましたが その後 中断しています 

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対馬の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載されている 對馬嶋の29座(大6座・小23座)の神社のことです もちろん九州では最多の所載数になります 現在 この式内社29座の論社は 67神社となります

-延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)
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