與止日女神社(佐賀市大和町)

與止日女神社は 景勝地の川上峡のほとりに鎮座して 欽明天皇25年(564)に創祀と伝わる由緒ある「肥前国一之宮」となります  御祭神は 海の神・川の神・水の神として信仰され 家内安全・交通安全などのご利益祈願でもにぎわいます 境内には 樹齢1500年近くの大楠をはじめ 子授かりや安産のご利益が伝わる「金精さん」もあります

目次

1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(shrine name)】

  與止日女神社(yodohime shrine)
(よどひめじんじゃ)

 [通称名(Common name)]

  河上神社・淀姫さん

【鎮座地 (location) 】

 佐賀県佐賀市大和町川上1-1

 [地 図 (Google Map)]

【御祭神 (God's name to pray)】

《主》與止日女命 (yodohime no mikoto)

   神功皇后の妹君とされ
また一説には
神武天皇の祖母神である豊玉姫様と同一神であるとも伝わります

【御神格 (God's great power)】

・海の神・川の神・水の神として信仰され
・農業をはじめ諸産業・厄除開運・交通安全の守護神

【格 式 (Rules of dignity) 】

・『延喜式神名帳(engishiki jimmeicho)』所載社

・ 肥前国一之宮

【創 建 (Beginning of history)】

欽明天呈25年(564年)に創祀

【由 緒 (history)】

欽明天呈25年(564年)に創祀され、『延喜式神名帳』に記載されています。

国衙(こくが)(律令制度の頃の役所)との結びつきが強く、二条天皇応保の頃〔1161年頃〕には「肥前一宮」とされ、弘長元年(12δ1年)に正一位を授けられました。

16世紀、與止日女神社一帯は、肥前国において勢力を伸ばそうとしていた戦国大名である龍造寺隆信の軍と、山内(さんない)地方を支配していた神代勝利軍の対立の舞台となり、永禄4年(1561年)には「川上峡合戦」が起こりました。この戦は龍造寺軍が勝利し山内地方に勢力を広げました。

当神社は、名勝「川上峡」に位置し、水、川、海の守護神として崇拝されています。
また、蛇の妖怪(カナワ)から、ナマズが人々を守ってくださったとの言い伝えにより、当地ではナマズを神の使いとしてあがめ、食用としません。

現在の社殿は 文化13年(1816年)に、当時当地を治めていた鍋島家により再建されたものです。
明治4年(1871年)、近代社格制度により、県社に列せられました。
平成25年(2013年)、社殿及び境内が「佐賀市景観重要建造物」に指定されました。

公式HPより

【境内社 (Other deities within the precincts)】

・與止日女天満宮《主》菅原道真公

 與止日女天満宮
天満宮は、学問の神様として知られている菅原道真公を祭神として祀っています。
天満とは、菅原道真公の神号の正式名「天満大自在天神」で、あらゆる天界の神々を支配し自在に操り、その神を享受することから、その名があります。
学問向上や受験にご利益があり、またボケ封じの神様として地域の人々の信仰を集めています。

境内案内板より

・金精様 

子授かりの御神徳が伝わる男女石

その昔、神功皇后三韓征駐の折り、当地におとどまりなされし妹君の与止日女様が子宝に恵まれぬためにひそかに館の一隅にあった男根の自然石に肌をふれて子宝を願ったところ、色あくまで白く、きめこまやかにして、玉の如き子供が授かったという。以来金精さんとして河上神社の一隅に安置してありましたが、今度皆様の要望により一般に公開致します。

平成16年5月吉日
奉納 長崎県佐世保市有福町1712-3 中央ビル管理 有限会社

境内案内板より抜粋

社殿背後の石祠

・若宮社(wakamiya sha)《主》仁徳天皇(nintoku tenno)
・百代宮(hyakudai gu)《主》豊玉姫命の和魂(toyotamahime no mikoto)
・代永宮(daiei gu)《主》豊玉姫命の荒魂神(toyotamahime no mikoto)
・香椎社(kashii sha)《主》神功皇后(jingu kogo)
・竃門社(kamado sha)《主》真津彦命(matsuhiko no mikoto)
・寶満社(homan sha)《主》玉依姫命(tamayorihime no mikoto)
・王子社(oji sha)《主》大伴別合(otomo no wakeae)
・淀姫社(yodohime sha)《主》豊玉姫命(toyotamahime no mikoto)
・住吉社(sumiyoshi sha)《主》住吉神(sumiyoshi no kami)
・志賀社(shika sha)《主》海童神(watatsumi no kami)
・加茂社(kamo sha)《主》加茂別雷神(kamowakeikazuchi no kami)
・春日社(kasuga sha)《主》天之子屋根命(ameno koyane no mikoto)
・稲荷社(inari sha)《主》倉稲魂神(ukanomitama no kami)
・阿蘇社(aso sha)《主》健磐龍命(takenoiwatatsu no mikoto)
・山王社(sanno sha)《主》大山咋神(oyamakui no kami)
・乙宮社(otomiya sha)《主》三女神(mime no kami)
・高良社(kora sha)《主》武内宿禰(takenochi no sukune)

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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 由緒(格式ある歴史)を持っています 

『延喜式神名帳(engishiki jimmeicho)』(927年12月編纂)といって 平安時代中期に朝廷が作成した全50巻の律令格式の巻物の中でも重要視されている2巻です 内容は 今から約1100年前の全国の官社(式内社)一覧表で「2861社」の名称とそこに鎮座する神の数 天神地祇=「3132座」が所載されています

【延喜式神名帳】(engishiki jimmeicho)The shrine record was completed in December 927 AD.

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)西海道 107座…大38・小69
[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)肥前国 4座(大1座・小3座)
[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)佐嘉郡 1座(小)

[名神大 大 小] 式内小社

[旧 神社名 ] 與止日女神社

[ふ り が な ] (よとひめの かみのやしろ)
[How to read ](yotohime no kamino yashiro) 

国立国会図書館デジタルコレクション 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫

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【オタッキーポイント】(Points selected by Japanese Otaku)
あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

御祭神「與止日女命 (yodohime no mikoto)」について

御祭神「與止日女命 (yodohime no mikoto)」は『記紀神話』には登場しない神で九州北部とくに佐賀県を中心に祀られています

当社では 川上川(嘉瀬川)の水神とされていて 神功皇后の妹君とされ 朝鮮半島に対する守護を司る神で「干珠(kanju)・満珠(manju)」のふたつの宝玉を護衛していると云われます

また一説には 神武天皇の祖母神である豊玉姫様と同一神で「銅鏡の神・綿津見神(海神)の娘神・彦火火出見尊の妃神・安産や縁結びの神・航海・漁業の守護神」であるとも云われます

與止日女神社(yodohime shrine)と地震と津波の関わりについて

神社の宝物として 地震による津波にも関わるとされている 潮の満ち引きを司る「干珠(kanju)・満珠(manju)」の宝玉を護衛しているという点は気になります

この地では「なまず」を淀姫さんの御眷族(神の使い)といって食べないと伝わりますが よく「地震の前にはナマズが暴れる」ということわざがある通りこれも地震との関連をおもわせます

『肥前国風土記(hizen no kuni fudoki)』には 佐嘉川の川上に「世田姫」という石神があり 毎年 海神が沢山の小魚を連れて遡上する その魚たちは数日滞在して海へ帰ると 潮の遡上ともとれる記述があります

面白い本があります

真鍋 大覚(まなべ だいかく1923年5月14日 - 1991年4月26日)
日本の航空工学者 暦法家 九州大学工学部航空工学科助教授 の著書
『儺の國の星』(那珂川町1981年)より

真鍋家は 物部氏から続く代々暦法を生業とする家系であって こうした伝承も記しています

昔、肥後天草、肥前島原には「夜渡七十(よどしちじふ)」 なる諺(ことわざ)があった。

七十年に一度の大津波が 有明海の中を縦横に往来することからきたとも云はれる。 

「よど」 とは 七十の古称である。 

又高浪(たかなみ)の方言でもある。

古事記神代紀に 水湮漂渺(すいえんへうべう)たる大和島根を形容して「よどなすただよえる」と記しているが、まさに 夜渡七十を表現しなおした言葉があるのを思い出す。

老人が 心に思うがごとく身を動かす能はざる述懐として「寄る年波に勝てず」 と言うが、この寄は喜、即ち七十才の別称であった。

七十は十四の五倍である。これを五十四と並べて「いとよ」と訓じた。

鮧(なまず)の古語であり、後に鯰の略字が書かれて今に及んでいる。

有明海には七十 即ち 豫等(よと)又は壱輿(とよ)なる海の女神を祭る社が多く建てられて、百姓の信仰を集めていたが
今は那珂川の伏見宮ほか数社が挙げられるだけであって、星暦の由来が世人に不詳になった今は、わずかに志賀海神社だけが、仲哀帝九年(200年)以来、船旅平安の祈りとして夜渡祭を年在るごとに行っている。

有明海には七十 即ち 豫等(よと)又は壱輿(とよ)なる海の女神を祭る社として
與止日女神社や豊姫神社があり 70年に一度の津波を後世に伝えようとした先人からの教えとして記されています
あなたは 何を想いますか?

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神社にお詣り(Pray at the shrine)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

佐賀駅から R263号を北上 約8km 車 15分程度
嘉瀬川の名勝「川上峡」に面しています 神社の北側に赤い「官人橋」を渡ります

神社の南側へ 二の鳥居の内側に駐車場があります

與止日女神社(yodohime shrine)に到着

美しい流れが神社の直ぐ脇にあります

川沿いに 藤棚があり その先に三の鳥居が建っています

肥前鳥居といわれ 石造明神鳥居で その形式 珠に笠木鼻の形に特有の様式が認められ 肥前鳥居と称します 柱に「慶長十三歳仲秋吉祥日 鍋島信濃守藤原朝臣勝茂」の銘があります

一礼してくぐります

すぐ右手の嘉瀬川の護岸に「与止日女神社大楠 樹齢1450年」とあり 目に飛び込んでくるクスノキがあります

三股に分かれ 苔むしています

クスノキの枝は大きく参道の上を覆っています

すぐ横に「金精さん」と呼ばれ子授かりの御神徳が伝わる男女石があります

参道の左手には 案内板とその先に六角形の屋根を持つ とても変わった「手水舎」があります

手水の口は龍神? もしかすると「なまず ?」の口から水が出ています 清めます

この手水舎の脇にも立派なクスノキがあり 境内に木陰をつくっています

狛犬と石灯篭が縦列に並び構えています

拝殿は正面に建ちます

拝殿にすすみます 木額 扁額一幅あり副島種臣筆「火國鎮守 明治丁亥夏」と刻書(明治二十年) 拝殿正面に掲げてあります

賽銭をおさめ お祈りです 

ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

本殿を横から仰ぎます

本殿向かって右側はすぐ川になっています

社殿向かって左側に 落雷により焼けてしまったというクスノキがあり 今は焼け跡だけが残ります

現存しているクスノキよりも大木であったとのことです

『 大楠の由来
日本武尊巡り幸(おでま)しし時、樟の茂り栄えたるを覧まして、勅りたまえし、「此の国は栄の国と謂ふべし」とのりたまひき、因りて栄えの郡といひき。後に改めて佐嘉と号(なづ)く。  新・肥前風土記より

今からおよそ370年前、明国の僧如定はこの大楠を見て「珍しい大木である。大唐四百余州広しといえども、恐らくかかる大木は見られまい。」と驚嘆したと言う。
鍋島初代藩主勝茂はこれを聞いて、かかる名木であれば、周囲に高く石垣を築かせ、国の霊木として保護したとあるから、今の石垣がそれであろう。
大楠の大きさは高さ30m余、幹の周りは27m、弓の弦を15筋繋いでも、なお足りなかったと言われる程の大木であった。
昔から御神木として人々は、この木を拝んでいたという。
1813年(江戸時代、文化10年 仁孝天皇)落雷により火災。今に及んでいる。
大和町史より 記/2014年4月1日   』

境内案内板より

境内社にお詣りします

・與止日女天満宮・社殿背後の石祠

本殿の西には 道路に面して四脚門の「西門」があります
県重要文化財とされているとのこと 西門の外は 実相院の仁王門が建ちます

與止日女神社 西門
・昭和61年に県の重要文化財指定
・室町時代後期(1470年以降)に創建され、柱の楠材は当時のものと言われています。元亀元年(1570年)の今山の戦いで一部焼失したが、元亀4年(1573年)、龍造寺政家(隆信の長男)と神代長良(勝利の長男)によって修復再建されたもので、町内では最も古い建物です。昭和48年に大補修が行われています。 

境内案内板より

境内の西側には 社務所があり ご朱印などを授与できます

境内を後にします 

参道を戻り 鳥居をくぐり 振り返り一礼

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神社の伝承(Old tales handed down to shrines)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『橘三喜(tachibana mitsuyoshi)諸国一宮巡詣記抜粋(shokoku ichinomiya jumpaikibassui)』より

橘三喜(tachibana mitsuyoshi)は 足掛け23年間(1675~1697)に全国の一宮を参拝して
その記録を『諸国一宮巡詣記』全13巻として著しましたが
その一番に與止日女神社(yodohime shrine)を記しています

【原文参照】国立公文書館デジタルアーカイブ『橘三喜 諸国一宮巡詣記抜粋 乾』(1675年~1697年)
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000039344&ID=M2014090119552785625&TYPE=&NO=画像利用

『肥前国風土記(hizen no kuni fudoki)』佐嘉郡(saga no kori)の条にある伝承

『肥前国風土記(hizen no kuni fudoki)』には
佐嘉川の川上に「世田姫」という石神があり 毎年 海神が沢山の小魚を連れて遡上する
その魚たちは 数日滞在して海へ帰るが 獲って食べると死ぬと伝わり 誰も食べない とあります 

意訳
「 佐嘉郡(saga no kori)…(略)…
云はく 郡の西に川あります 名を佐嘉川といいます 年魚(鮎)がいます
その源は 郡の北の山より出て 南に流れて海に入ります・・(略)

又 この川上に石神があり 名をば「世田姫」という海神(わたつみ)なり
年常(小さな鮫の姿)をしているが 流れに逆って潜り上ります


この神が この所に到るときには 海の底の小さき魚が 多に相ひ従ふ
或いは 人がその魚を「畏まば殃いなし(かしこまれば わざわいはなし)
或いは 人が捕り食べれば 死ぬること有り
およそ この魚等 2~3日住まり 還りて海に入ります 」

【原文参照】国立公文書館デジタルアーカイブ 『肥前国風土記』写本 続群書類従 編者:塙保己一/校訂者:塙忠宝 [旧蔵者]教部省
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000037315&ID=M1000000000000068950&TYPE=&NO=

口碑にある 伝説 眷属の「なまず」

この地では 「なまず」を淀姫さんの御眷族(神の使い)といって食べないと伝わります

前述の『肥前国風土記(hizen no kuni fudoki)』佐嘉郡(saga no kori)の条に「或は人 其の魚を畏むものは殃無く 或は人 捕り食へば死ぬこと有り」とありますので その魚の由来から 眷属の「なまず」も食さないのでないかと云われています

当神社は、名勝「川上峡」に位置し、水、川、海の守護神として崇拝されています。また、蛇の妖怪(カナワ)から、ナマズが人々を守ってくださったとの言い伝えにより、当地ではナマズを神の使いとしてあがめ、食用としません。

與止日女神社 公式HPより

與止日女神社(肥前国一之宮)は 欽明天皇25年(564)に創祀と伝わります 川上峡のほとりに鎮座して 海の神・川の神・水の神として信仰されて坐ます

與止日女神社(yodohime shrine)に「拝 (hai)」(90度のお辞儀)

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