名神大社〈延喜式内〉
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赤司八幡神社(久留米市北野町赤司)
赤司八幡神社(あかじはちまんじんじゃ)は 延長二年(924)十一月鎭座と云い 神社に伝わる『止誉咩(とよひめ)神社本跡縁起』には はじめ゛筑紫中津宮゛と呼ばれ 後に 延喜式内社として゛ 豊比咩神社(貞・名神大)(とよひめの かみのやしろ)゛になったとあります 止誉比咩は゛豊姫゛とも表記し神功皇后の妹ともされます 戦国時代に社号を八幡宮となり現在に至ります
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豊比咩神社〈豊姫神社〉(久留米市北野町大城)&宮地嶽神社 玉垂御子神社
豊比咩神社〈豊姫神社〉(とよひめじんじゃ)は 由緖は不詳ですが 社説には天平年中(729~749年)の鎭座と云う古社です 江戸時代は゛宝満宮゛と称していたようで 明治六年(1873)には村社に定められた 延喜式内社 筑後國 三井郡 豊比咩神社(貞・名神大)(とよひめの かみのやしろ)の論社です
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元森神社〈金鑚神社の旧鎮座地〉・八坂神社(神川町二ノ宮)
元森神社(もとのもりじんじゃ)は 本殿をもたず御室山(御室ヶ嶽)を遥拝した上古に於ける信仰形態と伝わる金鑚神社の社殿跡地です 社伝には景行天皇の御代 (西曆100年頃 )日本武尊(やまとたけるのみこと)が火打石・火鑽金を鎮め祀ったことを創始とする 延喜式内社 武蔵國 兒玉郡 金佐奈神社(名神大)(かなさなの かみのやしろ)の旧跡となります
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金鑽神社(神川町二ノ宮)〈武藏國二之宮〉
金鑽神社(かなさなじんじゃ)は 背後の山全体〈禁足地 御室ケ獄〉を御神体として とくに本殿はなく 自然の山を祀る太古の信仰形態を残しています 社伝には景行天皇の御代 (西曆100年頃 )日本武尊(やまとたけるのみこと)が火打石・火鑽金を鎮め祀ったことを創始とし 延喜式神名帳には武蔵國 兒玉郡 金佐奈神社(名神大)(かなさなの かみのやしろ)と所載の古社です
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若伊香保神社(渋川市有馬)
若伊香保神社(わかいかほじんじゃ)は 渋川市有馬に鎮座する 豪族 有馬氏(阿利真公)によって奉斎された゛いかつほの神゛式内社 伊香保神社(いかほの かみのやしろ)が 三宮神社に遷座する以前に鎮座していた所とされ その社地跡に祀られたのが 国史見在社〈式外社〉゛若伊賀保神社゛だとされています
