全国 一の宮(”Ichinomiya” all over Japan)

阿蘇神社(阿蘇市一の宮町宮地)

阿蘇神社(あそじんじゃ)は 社伝によれば 第7代 孝霊天皇九年(西暦前280年)健磐龍命(たけいわたつのみこと)の御子 速瓶玉命(はやみかたまのみこと)〈初代 阿蘇国造〉が 阿蘇宮を創建と傳う 神職家の阿蘇大宮司家は連綿として九十一代現宮司に至る日本屈指の名家です

氣比神宮 土公〈氣比大神降臨の地〉(敦賀市曙町)

氣比神宮 土公(どこう)は 氣比之大神 降臨の地とされます 御祭神 氣比之大神は 伊奢沙別命(いざさわけのみこと)とも 笥飯大神(けひのおほかみ)御食津大神(みけつおほかみ)とも称し 2千有余年 天筒の嶺に霊跡を垂れ 境内の聖地(現在の土公)に降臨したと伝わり 神籬磐境(ひもろぎいわさか)の形態を今に留めています

氣比神宮(敦賀市曙町)

氣比神宮(けひじんぐう)は 太古 伊奢沙別命(いざさわけのみこと)〈氣比大神〉1柱を祀りましたが 大宝2年(702)文武天皇の勅命で 仲哀天皇・神功皇后・日本武尊・応神天皇・玉妃命・武内宿禰命の神々が合祀され七柱の御祭神となりました 延喜式には「祭神七座並 名神大社」とあります

高良大社奥宮〈奥の院〉(久留米市御井町)

高良大社 奥宮〈奥の院〉(おくみや)は 白鳳七年(687)高良山に仏教を伝えた隆慶(りゅうけい)上人が 毘沙門天(高良神の本地)を感見して 天竺〈インド〉の無熱池(むねつち)の清涼な水を法力で招き寄せたとする清水に 毘沙門堂を建てた 高良山信仰の原点となる聖地です 江戸時代には 高良大明神の御廟所「高良廟」「御神廟」〈別墅(別所)〉と称されていました 

高良大社(久留米市御井町)

高良大社(こうらたいしゃ)は 久留米の高良山に鎮座し 社殿は北東を向いて祀られ そのはるか先を望めば 玄界灘を渡り 壱岐と対馬を向いて 大陸へと通じています 御祭神 高良玉垂命は 朝廷から正一位を賜る程の神ですが 記紀には記されぬ隠神で 古くから諸説あり正体は不明 かつて武内宿禰命とする説が有力でしたが 明治以降は特に比定はなく 謎の神とされます

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