福井県

國中神社(越前市国中町)〈『延喜式』國中神社二座〉

国中神社(くになかじんじゃ)は 元は 当社の北西にある三里山の山上に二座が鎮座しており 七堂伽藍を具備し 奉仕の社僧も多かったが 延元天正數度の兵燹に罹り 悉く焼亡してしまった 当郡一の大社であったと云う 延喜式内社 越前國 今立郡 國中神社二座(くになかの かみのやしろ ふたくら)とされます

國中神社(越前市中津山町)〈『延喜式』國中神社二座〉

國中神社(くになかじんじゃ)は 社伝によれば 当社は越前の中央にあり 越の中山と称し 和名抄に中ツ山の郷とあります 祭神は越國の御霊彦姫の二柱を祭る 延喜式内社 越前國 今立郡 國中神社二座(くになかの かみのやしろ ふたくら)とされ 往古より上宮外宮と分け祀り 当社は上宮の一座であったとされます

舟津神社(鯖江市舟津町)〈『延喜式』《本殿》舟津神社《相殿》大山御板神社〉

舟津神社(ふなつじんじゃ)は 崇神天皇10年(前88)四道将軍の大彦命が逢山の峰に楯三枚を以て社形を成し 猿田彦命を祀つたのが 式内社 大山御板神社(おほやまみたの かみのやしろ)であり 成務天皇4年(134)市入姫が勅をうけ大彦命が舟津の地に勅祭されたのが 式内社 舟津神社(ふなつの かみのやしろ)です

氣比神社(敦賀市刀根)〈『延喜式』伊多伎夜神社(氣比神社に合祀 山神神社)〉

氣比神社(けひじんじゃ)は 里人の伝承には越前國一宮 氣比神宮(敦賀市)の奥宮であると云う 又 伊多伎夜谷(いたきやだに)に鎮座していたと伝わる 延喜式内社 越前國 敦賀郡 伊多伎夜神社(いたきやのかみのやしろ)の論社 山神神社を合祀しており 式内論社にもなっています

春日神社(鯖江市鳥井町)〈『延喜式』大山御板神・伊多伎夜神社〉

春日神社(かすがじんじゃ)は 第10代 崇神天皇の御宇 大彦命が北陸道下向に際し当地に着陣 楯板を立て軍神 武甕槌神・経津主神の二神を奉祀し賊を征伐 御板神社の社号を贈ったと云う 延喜式内社 越前國 丹生郡 大山御板神社(おほやまみたのかみのやしろ)です 別説に敦賀郡 伊多伎夜神社(いたきやのかみのやしろ)ともされます

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