延喜式神名帳
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大虫神社(与謝野町温江)〈『文徳天皇實録』大蟲神『延喜式』大虫神社〔名神大〕〉
大虫神社(おおむしじんじゃ)は 『文徳實録』「大蟲神」・『延喜式』丹後國 與謝郡 大虫神社(名神大)(おほむしの かみのやしろ)と所載されます 旧鎮座地は池ケ成という地〈現 大江山の中腹の池ケ成公園の辺り〉に 大虫神社と小虫神社が鎮座し「虫宮(むしのみや)」と呼ばれたが 室町時代初期頃に現在地に遷座と伝わります
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山王宮日吉神社〈『延喜式』木積神社〉&境内摂社 杉末神社〈『延喜式』杉末神社〉
山王宮日吉神社(さんのうぐうひよしじんじゃ)は 社記には 敏達天皇元年(572)杉末神社(すぎすえじんじゃ)がこの地に鎮座し 後に「山王の神」が勧請されたと云う 日吉神社は延喜式内社 丹後國 與謝郡 木積神社(こづみの かみのやしろ)の論社 杉末神社は同じく式内社 杉末神社(すきすえの かみのやしろ)論社です
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木積神社(京丹後市大宮町久住)〈『延喜式』木積神社〉
木積神社(きづみじんじゃ)は 伝記には 丹後国與謝郡「三重郷」五十日眞黑人(いかがまくろうど)の宅に潜在した伝承を持つ 二皇子〔弘計尊(をけのみこと)〈第23代 顕宗天皇〉・億計尊(おけのみこと)〈第24代 仁賢天皇〉〕を祭神とする 延喜式内社 丹後國 與謝郡 木積神社(こつみの かみのやしろ)の論社です
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木積神社(与謝野町字弓木小字石田宮ヶ谷)〈『延喜式』阿知江神社・木積神社〉
木積神社(きづみじんじゃ)は 江戸時代には山王大神 又 大和國三輪より勧請した三輪大神とも云われていました 罹災等により建築物 社記 古文書等を消失しましたが 2つの式内社〈①丹後國 與謝郡 阿知江神社(あちえの かみのやしろ)②丹後國 與謝郡 木積神社(こづみの かみのやしろ)〉の論社となっています
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加悦天満宮&〈境内社〉吾野神社(与謝野町加悦)〈『延喜式』阿知江神社・吾野神社〉
天満神社(てんまんじんじゃ)&〈境内社〉吾野神社(あがのじんじゃ)は 加悦天神山に鎮座します 天神山は元々は吾野神社の鎭座する神域でしたが 桃山期 天正年中 天滿大自在天神がこの山の一部に勧請され 天滿信仰が隆盛となり 庇を貸して母屋を取られた形で 天神山の山頂に鎮座する吾野神社は 本坐であった事は忘れ去られています





