大洗磯崎神社(おおあらいいそさきじんじゃ)は 古代から乙坂山〔奈良の三輪山に似た秀れい形の山〕を神体山としています 『越前名勝志』〈元文三年(1738)〉に「三大(みた) 今三ッ口〔式〕云、大山御板の神社、今 乙坂村」とあり 延喜式内社 越前國 丹生郡 大山御板神社(おほやまみたの かみのやしろ)の論社となっています

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目次
1.ご紹介(Introduction)
この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します
【神社名(Shrine name)】
大洗磯崎神社(Oaraiisosaki shrine)
【通称名(Common name)】
【鎮座地 (Location) 】
福井県丹生郡越前町乙坂字神玉12-24
【地 図 (Google Map)】
【御祭神 (God's name to pray)】
《主》大名持命(おほなもちのみこと)
少彦名命(すくなひこなのみこと)
【御神徳 (God's great power)】(ご利益)
【格 式 (Rules of dignity) 】
・『延喜式神名帳(engishiki jimmeicho )927 AD.』所載社
【創 建 (Beginning of history)】
『諸国叢書』北陸 1「越前名勝志」に記される内容
【抜粋意訳】
『越前名勝志』〈元文三年(1738)〉
丹生郡 管郷九
三大(みた) 今三ッ口〔式〕云、大山御板の神社、今 乙坂村。
【原文参照】

蘆田伊人 編『諸国叢書』北陸 1,大日本地誌大系刊行会,大正6. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/952773
【由 緒 (History)】
『式内社調査報告第十五巻』昭和59年に記される内容
【抜粋】
第十五巻 越前國 丹生郡
大山御板(オホヤマミタノ)神社
【社名】
『神社覈録』に「大山は於保夜麻、御板は三太と訓べし、和名鈔、〔郷名部〕三太、○往昔は大山に在す、今廃亡す、今立郡 舟津神社に併せ祀る、〔官社考〕」とある。
【所在】
大山御坂神社に比定する説のある神社は、次の五社である。
A 鯖江市上江第三五號大山三三番地(今立郡河津村上鯖江)舟津神社に合祀。(『舟津神社社記』・『越前國官社考』)。
B 鯖江市烏井第一二號御板岡三一番地(丹生郡豐村鳥井)春日神社(Aと同じやうな由緒を掲げる)。
C 丹生郡清水町片粕第六一號字宮垣内四九番地(丹生郡三方村片粕)八幡神社(『越前名蹟考』・『越前神社考』)。
D 丹生郡朝日町乙坂第一二號字神玉二四番地(丹生郡朝日村乙坂)大洗磯崎神社(『越前名勝志』)。
E 武生市三口字宮の腰一八番地(南條郡神山村三口)舊 神明神社(『足羽社記』・『越藩拾遺』・『越前鹿子』等)。
【論社考證】
A
社傳によれば「大彦命勅命を受けて超の園に来り給ふや角鹿津より御旗を挙げ八田(今丹生郡にあり)を経て舟場より東に渡らんとし航路危かりしかばを棹を投じて神に祈り給ひ(棹谷は丹生郡にあり)鹽垂が老翁の教へによりて深江の地に向ひ給ひ和那美川にて安伊奴彦の導を得て遂に深江の地に着し給へり爰に山あり 命登臨し玉ふ時に 亦鹽垂の老翁にめぐり逢ひ玉ふに此山を號けて逢山と云ふ 老翁 命に教へて曰く 國の元兇名は石熊國堅 又 山襲要鬼悉く族を討ち奉らんと計る 宜しく之が備をなし玉ふべしと 命間ひ玉はくは誰ぞや答ひて曰はく 吾は猿田彦なり汝命の忠誠を嘉みし此處に来り斯く教ふるなり 命我言を信じ玉ひてを此處に祭り玉ひなば劔に血塗らずして元兇忽ち滅び國平らかならんと告げ即ち失せたり 命其教に教ひ三枚の楯を用ひて逢山の峰に御社形を造り國向の印璽を神寶となし猿田彦神を鎭め齋き奉り玉ふ 即ち式内大山御坂神社なり(延喜式神名帳 大山御坂神社是なり)。」といふ。尚 舟津神社々記にも同様の記載があり、寛仁二年兵火に罹つて舟津神社に合祀されたといふ。
・・・
・・・〈中略〉
・・・B
神社明細帳に「崇神天皇ノ御宇 太彦命北陸御征討ノ御時 當時 元大山(今鯖江ノ岱ヲ大山トモ云フ) ニ賊ヲ退治シ玉時 命御舟ニテ丹生郡宮崎村舟場ヨリ當地ニ御着陣アラセラン楯板ヲ立テサラレテ軍神 武甕槌神 經津主神ノ二神ヲ祭リ玉ヒ賊ヲ退治ジ玉ヒシニ神徳ノ不昧ナルヲ御感悦アリテ御板神社ト社號ヲ賜ハル大山ノ賊ヲ討チ玉フガ故ニ延喜式神名帳ニ大山御板神ト記載セラル(下略)」とある。C
『越前國名蹟考』が「大山御坂神社在ニ片糖村 稱ニ 白山社 蓋依ニ 大山縁云歟〔越前神社考〕」とするも、現在は八幡神社と稱し、別に五社神社とも稱す。新しく境内も整備され、社殿も造營されてゐるが、燈呂鳥居の破片又舊社殿等に白山社の名を窺ふことが出来る。附近の神社を合祀したものである。D
『越前名勝志』に「丹生郡。管郷九。三大、今三ッ口〔式〕云大山御板の神社、今乙坂村。同じく越前國百二十六神社。私考。忍坂・今乙坂村二ヶ所是有は丹生郡杤川村の並。」とある。E
『越藩拾遺錄』『南越溫故集』『越前鹿子』等の地誌は『足羽社記」の「三太。今云三口歟。又延喜式所載 大山御板神社是ノ處乎。」との記載によつて、當社を比定してゐる。
三口の地名は現在 武生市(舊 南條郡神山村)にあり、同字宮の腰一八番地に村社 神明神社(祭神 天照大神)が鎭座したが 明治四十一年五月十三日楠町 無格格 伏拜神社に合併され、同年六月二十七日 伏拜神社は神明神社と改稱 村社に列した。以上A・B・C・D・E共に式内社と斷ずることは出来ない。
【祭神】
A 舟津神社。 大彦命・孝元天皇・素佐鳴命,
相殿〔大山御坂神社〕猿田彦命。神社明細帳に登録してゐる。『神祇志料』に「蓋大毘古命、孝元天皇を祀る」とある。『神社覈録』に「猿田彦大神〔官社考〕」、『特選神名帳』に「猿田毘古命、孝元天皇。今按本社傳說(中略)神社覈録にも祭神猿田毘古命とあり故今 社傳に因て記せり。」とあつて、大山御板神社の祭神として猿田毘古命と孝元天皇を配祀したとしてゐる。
B 春日神社。 武甕槌神・經津主神・天兒屋根命・比咩大神。
C 八幡神社。 譽田別尊。
D 大洗磯崎神社。 大名持命・少彦名命。
E 舊 神明神社。 天照大神。
【由緒】
A 前述の通りである。舊縣社。
B 神社明細帳には、前引の部分に續いて、「治暦四年藤原隆家ヲ供奉ニテ天兒屋根命・比昨大神ヲ合祀セラレテ 社號ヲ春日神社ト改稱
・・・
・・・(中略)
・・・C 神社明細帳に、「人皇五十六代清和天皇御宇 貞觀二庚寅年三月觀請 其後六百五十四年ヲ経テ社頭大破ニ相成 永正七庚午七月 朝倉貞景本社造營アリ。一、境内神社一社。白山神社(祭神 伊邪那美尊・火産靈命・武甕槌命)由緒不祥」とあるのを、明治四十一年十二月九日「誤謬ニより削除」として、朱線で抹消してゐる。舊村社。
D 由緒不評。舊村社。
E 前述の通り由緒不評。舊村社。
【祭祀】
A 例祭 九月二十日。境内 二、六七七坪。氏子 六九九戸。宮司 橋本政英氏(本務)。
B 例祭 十月一日。境内 一、四三八坪。氏子一三○戸。宮司 高橋好視氏(本務)。
C 例祭 九月十五日。境内 二九〇坪。氏子六五戶。宮司 宮田哲彌氏(兼務)。
D 例祭 九月二十七日。境内三四二坪。氏子八二戶。宮司 高橋正純氏(兼務)。
E 例祭 五月十五日。境内 六五〇坪。氏子三五〇戸。宮司 西尾博英氏(本務)。
(西森清隆)
【原文】

『式内社調査報告第十五巻』著者 式内社研究会編纂.刊行年.昭和59年.出版社 皇学館大学出版部より
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【神社の境内 (Precincts of the shrine)】
・大洗磯崎神社 社殿〔拝殿 幣殿 本殿覆い屋〕

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・大洗磯崎神社 本殿覆い屋

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・大洗磯崎神社 拝殿

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・〈社殿向かって右 境内社〉と神紋「輪宝」鬼瓦

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・御輿殿

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・〈社殿の手前〉手水舎

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・参道石段の鳥居

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・社頭

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【神社の境外 (Outside the shrine grounds)】
・〈御神体山〉乙坂山(おっさかやま)
乙坂山の案内
乙坂には今から千七百年ほど前、応神天皇の第四皇子であった息長丹生真人としう偉い方が、王女の乙坂姫(忍坂姫)とともに神玉殿に住んでいました。
丹生郡や乙坂の名前はここからついたといわれています。南北朝時代には乙坂山に新田義貞の家来 畑時能が、芝築山城を構えていたと伝えられています。
乙坂山はその秀れい形から、奈良の三輪山そっくりで、古代から神体山として尊ばれてきました。 戦時中には頂上に監視小屋があり、武夫市役所にあった本部と電話連絡で敵の飛行機を見つけては、報告していました。
乙坂山は自然が豊かで、ふもとには何ヶ所もきれいな「しょうず」が湧き出しています。
展望も良いので子供の遠足や、お年寄りの体力づくりにも気軽に利用できるように、コースや史跡を整備していきたいと思います
乙坂山の会現地 登山道のご案内より

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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)
この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています
〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています
『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉
現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態
〇『六国史(りっこくし)』
奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称
・『日本書紀』養老4年(720)完成
・『續日本紀』延暦16年(797)完成
・『日本後紀』承和7年(840)完成
・『續日本後紀』貞観11年(869)完成
・『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
・『日本三代實録』延喜元年(901)完成
〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる
『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉
『延喜式(Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂〉
その中でも巻9・10を『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』といい 当時〈927年12月編纂〉「官社」に指定された全国の神社(式内社)の一覧となっています
・「官社(式内社)」名称「2861社」
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」
[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)北陸道 352座…大14(うち預月次新嘗1)・小338[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)越前國 126座(大8座・小118座)
[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)丹生郡 14座(大1座・小13座)
[名神大 大 小] 式内小社
[旧 神社 名称 ] 大山御板神社
[ふ り が な ](おほやまみたの かみのやしろ)
[Old Shrine name](Ohoyamamiita no kaminoyashiro)
【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
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【オタッキーポイント】(This is the point that Otaku conveys.)
あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します
延喜式内社 越前國 丹生郡 大山御板神社(おほやまみたの かみのやしろ)の論社〔7社〕について
・舟津神社(鯖江市舟津町)
〈相殿に大山御板神社を祀る〉
・春日神社(鯖江市鳥井町)
・八幡神社〈五社宮〉(福井市片粕町)
・大洗磯崎神社(丹生郡越前町乙坂)
・神明神社(越前市三ツ口町)
〈明治41年 現 神明社(越前市若竹町)に合祀〉
・神明神社〈上総社〉(越前市若竹町)
〈明治41年 神明神社(越前市三ツ口町)を合祀〉
・越知神社(丹生郡越前町大谷寺)
茨木県〔常陸國〕の名神大社〔大洗磯前神社・酒列磯前神社〕
①大洗磯前神社(大洗町磯浜町)は
『延喜式』常陸國鹿嶋郡 大洗礒前薬師菩薩(明)神社〔名神大〕とあり 薬師菩薩⇒大己貴命を祀る 名神大社です
詳しくは 下記の記事を参照の事
延喜式内社 常陸國 鹿嶋郡 大洗礒前薬師菩薩明神社(名神大)(おほあらいそきさきやくしほさつの あけのかみのやしろ)
・大洗磯前神社(大洗町磯浜町)
②酒列磯前神社(ひたちなか市磯浜町)は
『延喜式』常陸國 那賀郡 酒烈礒前薬師菩薩神社〔名神大〕 とあり 薬師菩薩⇒少彦名命を祀る 名神大社です
詳しくは 下記の記事を参照の事
延喜式内社 常陸國 那賀郡 酒烈礒前薬師菩薩神社(名神大)(さかつらいそさきやくしほさつの かみのやしろ)
・酒列磯前神社(ひたちなか市)
福井県〔越前國〕にある〔大洗磯前神社・酒列神社〕
茨木県〔常陸國〕の名神大社〔大洗磯前神社・酒列磯前神社〕が 福井県〔越前國〕にもあり 茨城県に合致します
何か関係があると想われますが 手元の資料からは不明です
念のため 両県の地図を載せておきます
福井県〔越前國〕の4社の内2社は 式内論社にもなっています
延喜式内社 越前國 丹生郡 麻氣神社(まけの かみのやしろ)
・酒列神社(越前市牧町)
延喜式内社 越前國 丹生郡 大山御板神社(おほやまみたの かみのやしろ)
・大洗磯崎神社(丹生郡越前町乙坂)
【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)
この神社にご参拝した時の様子をご紹介します
福井鉄道福武線 神明駅から北西方向へ約5.6km 車での所要時間は11~15分程度
乙坂山の南麓に南向きに鎮座
大洗磯崎神社(丹生郡越前町乙坂)に参着

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鳥居をくぐり抜けて 石段の途中から振り返ると南には天王川や和田川の流れる平地が見えています

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石段の途中にある鳥居の扁額には「大洗磯崎神社」と刻字されています

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石段を上がり切ると 整地された境内があり 正面に一段高い社壇が設けられていて 社殿が建てられています

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拝殿にすすみます
社殿の両脇には
向って右は 境内社
向って左は 神輿殿

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社殿の手前には 狛犬が座し その間には手水舎が設けられています

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手水舎には
「乙坂山名水中郷の長寿弥栄の水です 盛夏でも渇水しません 味わってご使用ください」と但し書きがあり 清めた後に一口頂きました

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その手水は 龍の口から勢いよく出ています

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賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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社殿は 拝殿の奥には幣殿 その奥に本殿が祀られています

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社殿の屋根にあった神紋は「輪宝」

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社殿に一礼をして 参道を戻ります

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乙坂山の南麓斜面にある石段を下ります

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【神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)
この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します
『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承
式内社 大山御板神社について 所在は゛往昔は大山に在す、今廃亡す、今立郡 舟津神社に併せ祀る、゛〈廃絶後 現 舟津神社(鯖江市舟津町)〈相殿に大山御板神社を祀る〉〉と記しています
【抜粋意訳】
大山御板神社
大山は於保夜麻、御板は三太と訓べし、和名鈔、〔郷名部〕三太
○祭神 猿田彦大神〔官社考〕
○往昔は大山に在す、今廃亡す、今立郡 舟津神社に併せ祀る、〔同上〕
【原文参照】

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015
『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容
式内社 大山御板神社について 所在は゛今 今立郡、舟津神社の相殿に坐り、古へ大山の嶺にありて 上宮と云しを、後今地に移す、゛〈廃絶後 現 舟津神社(鯖江市舟津町)〈相殿に大山御板神社を祀る〉〉と記しています
【抜粋意訳】
大山御板(オホヤマミタノ)神社、
今 今立郡、舟津神社の相殿に坐り、古へ大山の嶺にありて 上宮と云しを、後今地に移す、〔福井藩神社取調帳、敦賀縣神社調〕
盖 大毘古命、孝元天皇を祀る、〔本社傳説 ○按 傳説云、昔大毘古命 高志の賊を伐時、猿田彦命の神教を得て 之を平く、依て社を建て之を祭る、諸書 皆此説に從ふ、然れども孝元天皇を祭るを以て之を考るに、猿田彦命 大毘古命と其名 相似るを誤るものなる事著し、故今之を訂す、〕
凡 其祭九月九日之を行ふ、〔明細帳〕
【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第15−17巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815497
『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承
式内社 大山御板神社について 所在は゛上鯖江村〔舟津神社相殿○屬今立郡〕 (今立郡舟津村大字鯖江)゛〈廃絶後 現 舟津神社(鯖江市舟津町)〈相殿に大山御板神社を祀る〉〉と記しています
【抜粋意訳】
大山御板神社
祭神 猿田毘古命 孝元天皇
今按 本社傳說に祭神右の如し 昔 大毘古命 高志の國を伐つ時 賊ありて要擊せんとす 然るに猿田毘古神の神教に因て其賊を討平げ 終に社を建て之を祭るとみえ 神社覈録にも祭神 猿田毘古命とあり 故今 社傳に因て記せり
祭日 四月二十二日 九月九日至十一日
社格 縣社所在 上鯖江村〔舟津神社相殿○屬今立郡〕 (今立郡舟津村大字鯖江)
今按 本社往古は逢山の嶺に鎭座ありしを 至徳四年以來の戰に兵焚に罹りしを以て 應永二十一年 舟津神社に合せ祭る 此社をもと上宮と稱し 舟津社を下宮と稱し 今に神輿二基ありて秋祭に渡御し奉るとみえ 本社に孝元天皇を祭り 舟津社に大毘古命を祭れるは もとより由緣ありての事なれど舊址に神社を再興あらまほしき事なり
【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019
大洗磯崎神社(丹生郡越前町乙坂)に「拝 (hai)」(90度のお辞儀)

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