鉾衝神社(ほこつきじんじゃ)は 社伝には 仁徳天皇 四年(424年頃)の創立と云う 御祭神 天鈿女命を祀る 延喜式内社 甲斐國 八代郡 桙衝神社(ほこつきの かみのやしろ)と伝わります 中世 矛立明神と称し 甲斐名勝志に載って以来 鉾衝明神と改め 明治元年 現社名の延喜式 鉾衝神社に復称して 明治六年郷社に列しました

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目次
1.ご紹介(Introduction)
この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します
【神社名(Shrine name)】
鉾衝神社(Hokotsuki shrine)
【通称名(Common name)】
【鎮座地 (Location) 】
山梨県笛吹市八代町米倉782
【地 図 (Google Map)】
【御祭神 (God's name to pray)】
《主》天鈿女命(あめのうづめのみこと)
【御神徳 (God's great power)】(ご利益)
【格 式 (Rules of dignity) 】
・『延喜式神名帳(engishiki jimmeicho )927 AD.』所載社
【創 建 (Beginning of history)】
鉾衝(ほこつき)神社
所在地 八代町米倉七八二番地
仁徳天皇 四年(四二四年頃)の創立と伝えられ、御祭神に天鈿女命を祀る町内唯一の延喜式内社である。昔は源家代々の祈願所として隆盛し、武田家の頃は米倉氏により社殿等が整えられ、徳川時代には歴代将軍の尊崇を得て神領の 寄進を受けていたことが伝えられる。幕末の頃、災火にあい社殿、宝物、古文書等を焼失したが、明治三十四年に現在の社殿が再建された。境内に大神社、稲荷社、天神社、阿夫利神社、蚕影神、道祖神等が祀られている。
本殿裏には山梨県指定天然記念物の樹齢八〇〇年と言われた大ケヤキがあったが落雷等により枯死し、昭和五十六年に指定解除となった。
本殿東に笛吹市指定有形民俗文化財の米倉に昔から伝っていた人形芝居の用具保存庫があり、あやつり人形の頭四十二及び衣装道具一式と三番叟の人形三体が保存されている。現地案内板より

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【由 緒 (History)】
由緒沿革:
仁徳天皇四年四月勧請、延喜式内の古社なり。武田家累代鎮城の社として崇敬篤く特に米倉氏の氏神にして度々修繕あり。旧には八月五日北斗祭として米倉氏武運長久の祭事等が斎行された。武田家滅亡後、徳川家代々よりの崇敬を得て御朱印社領四石三斗余頂戴する。明治六年郷社に列せられる。境内本殿正背面の神木は「鉾衝神社けやき」として昭和三十六年十二月県指定天然記念物となるが昭和五十年の台風五号の為折損。
山梨県神社庁HPより
https://www.yamanashi-jinjacho.or.jp/intro/search/detail/3080
『山梨鑑』上巻〈明治27年〉に記される内容
【抜粋意訳】
鉾衝神社 式社 兼 郷社
東八代郡米倉村にあり、社地六百十六坪(舊社領四石三斗餘 社地二千二百四坪社道若干)
祭神は猿田彦神、天鈿女命、祭日は陰暦九月十七日、延喜の時の大社にして 武田氏の頃までは 殿宇 稍や壮麗なりしが後 衰頽して更に舊観の存するなし
【原文参照】

安藤誠治, 小幡宗海 編『山梨鑑』上巻,山梨鑑編纂局,明27.12. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/765339
【神社の境内 (Precincts of the shrine)】
・〈境内社〉道祖神《主》八衢神,賽神,猿田彦命
・〈境内社〉護国神社《主》護国の英霊
【神社の境外 (Outside the shrine grounds)】
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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)
この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています
〇『六国史(りっこくし)』
奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史〈『日本書紀』『續日本紀』『日本後紀』『續日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代實録』〉の総称
〇『延喜式(えんぎしき)』
平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)
〇『風土記(ふどき)』
『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉
現存するものは全て写本
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態
『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉
『延喜式(Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂〉
その中でも巻9・10を『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』といい 当時〈927年12月編纂〉「官社」に指定された全国の神社(式内社)の一覧となっています
・「官社(式内社)」名称「2861社」
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」
[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東海道 731座…大52(うち預月次新嘗19)・小679[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)甲斐國 20座(大1座・小19座)
[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)八代郡 6座(大1座・小5座)
[名神大 大 小] 式内小社
[旧 神社 名称 ] 桙衝神社
[ふ り が な ](ほこつきの かみのやしろ)
[Old Shrine name](Hokotsuki no kaminoyashiro)
【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
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【オタッキーポイント】(This is the point that Otaku conveys.)
あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します
延喜式内で゛桙衝神社(ほこつきの かみのやしろ)゛の社号の類社について
延喜式内社 甲斐國 八代郡 桙衝神社(ほこつきの かみのやしろ)の論社について
・鉾衝神社(笛吹市八代町)《主》天鈿女命
・美和神社(笛吹市御坂町二之宮)《主》大物主命
・杵衝神社 (笛吹市御坂町)〈美和神社古社地〉《主》素盞嗚尊
延喜式内社 陸奥國 磐瀬郡 桙衝神社(ほこつきの かみのやしろ)について
・桙衝神社(須賀川市桙衝亀居山)《主》日本武尊 建御雷命
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【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)
この神社にご参拝した時の様子をご紹介します
中央自動車道 笛吹八代スマートインターチェンジから南方向へ約1.9km 車で5分程度
浅川に架かる米倉橋を渡った北側
鉾衝神社(笛吹市八代町米倉)に参着

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参道に案内板があります

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一礼をして鳥居をくぐります

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拝殿にすすみます
賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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社殿に一礼をして 参道を戻ります

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鳥居をぬけると浅川です

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【神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)
この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します
『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承
式内社 桙衝神社について 所在は゛米倉村に在す、゛〈現 鉾衝神社(笛吹市八代町米倉)〉と記されています
【抜粋意訳】
桙衝神社
桙衝は保古都岐と訓べし
○祭神 天鈿女命、〔風土記〕
○米倉村に在す、〔風土記〕例祭 月 日
○惣國風土記六十二残缺云、八代郡 桙衝神社、圭田三十六束三畝田、仁徳天皇四年丙子四月、始所祭 天鈿女命也、〔以下脱〕
類社
陸奥國 磐瀬郡 桙衝神社
【原文参照】

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015
『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容
式内社 桙衝神社について 所在は゛今 二宮村に在り、三和明神と云、゛〈現 美和神社(笛吹市御坂町二之宮)〉と記されています
【抜粋意訳】
鉾衝(ホコツキノ)神社
今 二宮村に在り、三和明神と云、〔甲斐名勝志、巡拝舊祠記、〕
【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第12−14巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815496
『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承
式内社 桙衝神社について 所在は゛米倉村(東八代郡米倉村大字米原)゛〈現 鉾衝神社(笛吹市八代町米倉)〉と記されています
【抜粋意訳】
鉾衝神社
祭神 天鈿女命
祭日 一月十七日 九月十七日
社格 郷社所在 米倉村(東八代郡米倉村大字米原)
【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019
『明治神社誌料(Meiji Jinja shiryo)〈明治45年(1912)〉』に記される伝承
鉾衝神社(笛吹市八代町米倉)について 式内社 鉾衝神社であり 明治六年郷社に列す と記されています
【抜粋意訳】
〇山梨縣 甲斐國 東八代郡米倉村大字米倉字御所
郷社 鉾衝(ホコツキノ)神社
祭神 天鈿女(アメノウズメノ)命
創建は仁徳天皇御宇四年丙子四月にして、今を距ることー千五百八十餘年前の創立なりと云ふ、〔社記〕
延喜の制、式の小社に列し、當国廿座の一たり、古來 當村の総氏神にして、中世 矛立明神と称せしが、
甲斐名勝志撰輯以来、鉾衝明神と改め、又 明治元年 現社名に復称せり、〔延喜式には鉾衝神社とあり、〕明治六年郷社に列す、
歴代の神職は、甲斐源氏 米倉丹波守の支流、米倉喜藤太の末裔にして、明治維新の際迄は、其子孫の世襲たり。
本殿、拝殿等の建物を具へ、境内地は六百十六坪(官有地第一種)にして、其四囲は古杉老木散在し、本殿背後に御神木と称する喬木あり、風致備はれり。〔同郡錦村 郷社 美和神社の條参照すべし〕
【原文参照】

明治神社誌料編纂所 編『明治神社誌料 : 府県郷社』中,明治神社誌料編纂所,明治45. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1088278
鉾衝神社(笛吹市八代町米倉)に「拝 (hai)」(90度のお辞儀)

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