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加茂神社跡(八尾市)

加茂神社跡(かもじんじゃあと)は 『延喜式神名帳』に『河内国 高安郡 鴨神社』とある式内社ですが 明治40年(1907)「玉祖神社(八尾市)」に合祀されました その後 大正12年 大竹地区の氏子が 旧社地に小祠を建て 御分神を奉祀して 現在にいたっています

那冨乃夜神社(八雲町東岩坂)

那冨乃夜神社は「星の神」が降臨されたという伝説のある山「星上山」に鎮座します 御祭神は『日本書紀』の「出雲の国譲り神話の舞台」で 大国主命(okuninushi no mikoto)が 国譲りを承諾された後 出雲国内の平定を推し進める 天津神(大和)に最後まで従わなかった神として 「星神・悪神」と記されています その国津神の名は「星神加加背尾命(hoshinokami kakaseo no mikoto)」を祀ります 合わせて祀られている神は 出雲に国譲りを迫った 2柱の天津神「經津主命・武甕槌命」です まるで「星の神」の復活を抑えるかの如く祀られていて まるで 東出雲を一望する山の頂きから 今でも古代出雲の中心地「意宇郡」を鎮めるかのように坐ます

來待神社(宍道町上来待)

來待神社(きまちじんじゃ)は 第10代 崇神天皇の御代(およそ2000年以上前)に 大和(奈良)の三輪山に坐ます「大神神社」から「大物主命」の御魂「荒魂(あらみたま)・和魂(にぎみたま)」を迎えて「大物主 櫛甕玉命(おほものぬし くしみかたまのみこと)」を祀ったと伝わります

毛社神社(八雲町東岩坂)

毛社神社(もこそじんじゃ)は 『出雲國風土記』所載の古社で 同じく『出雲國風土記』所載の「笠柄社(kasagara no) yashiro」を合祀しています 社殿は 大社造の立派な本殿が建ち 御神紋には 出雲国造(izumo no kuni no miyatsuko)所縁の「二重亀甲に有」を持ち 由緒ある格式高き神社です

愛宕神社(松江市外中原町)

愛宕神社(あたごじんじゃ)は 堀尾吉晴公が 能義郷にあった「富田の城」を 島根郡の「松江の城(現 松江城)」に移しました この時に この愛宕神社も 能義郷から島根郡のこの地(松江)に一緒に遷座させたと伝わります 明治期の神仏分離までは「宝照院」と呼ばれていて 『出雲國風土記』の時代にまで遡る『灰火山社記(haibiyama shaki)』と云う由緒書きを持っていて 松江藩の祈願所とされる程の格式を持ちながら 明治維新を迎えた歴史を持ちます

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