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平群神社(生駒郡平群町西宮)〈『延喜式』平群神社五座〔並大月次新嘗〕〉
平群神社(へぐりじんじゃ)は 『興福寺官務牒疏(1441年)』に「平群大明神」と記載以来 延喜式内社 大和國 平群郡 平群神社 五座〔並大月次新嘗〕(へくりの かみのやしろ いつくら)の論社とされ 五座については 平群木菟宿禰の裔に平群臣・佐和良臣・馬御樴連・韓海部首・味酒首等があり この祖神を祀ったとする説があります
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長柄神社(御所市名柄)〈『日本書紀』長柄杜『延喜式』長柄神社(鍬靫)〉
長柄神社(ながらじんじゃ)は 御祭神の下照姫命を葛木一言主神社や高鴨神社の姫宮と考え 別名「姫の宮」と云う 又 鎮座地は『日本書紀』天武天皇 即位九年の条に「長柄杜(ながらのもり)で゛馬的を射させ゛」と流鏑馬をご覧になった記述があり 延喜式内社 大和國 葛上郡 長柄神社(鍬靫)(なからの かみのやしろ)の由緒を持ちます
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矢作神社(八尾市南本町)〈『三代實録』掃部神『延喜式』矢作神社・長柄神社〉
矢作神社(やはぎじんじゃ)は 鎮座する八尾の地名は当社から由来したと云う 一帯は物部氏一族の矢作連の屋敷跡と伝わり その祖神である「経津主命」を祀る 延喜式内社 河内國 若江郡 矢作神社(やはぎの/やつくりの かみのやしろ)です 又 明治40年(1907)式内社 長柄神社(なからの かみのやしろ)を合祀しています
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阪合神社(八尾市小阪合町)〈『三代實録』堺神・『延喜式』阪合神社二座〉
阪合神社(さかあいじんじゃ)は 創建年代等は不祥ですが 六国史『三代實録』堺神・『延喜式』河内國 若江郡 坂合神社二座(貞加一座)(さかえの かみのやしろ ふたくら)とされる由緒ある古社です 明治40年(1907)矢作神社(八尾市南本町)に合祀された後 昭和32年(1957)旧社地〈現在地〉に復興しました
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中臣崇健神社(鳥取市古郡家西土居)〈『延喜式』中臣崇健神社〉
中臣崇健神社(なかとみたかたけじんじゃ)は 古くより本殿を設けず 石玉垣を神座とする珍しい神社 祭神は大物主命 鎮座地は三輪郷内であり 社がないことから 大和国の大三輪(大神神社)との関わりが示唆されます 延喜式内社 因幡國 邑美郡 中臣崇健神社(なかとみたかたけの かみのやしろ)の論社です





