飛鳥山口坐神社(あすかやまぐちにますじんじゃ)〈飛鳥坐神社 境内〉は 『延喜式』「第8巻 祈年祭祝詞」に「山口坐皇神 等能前白久 飛鳥 石村 忍坂 長谷 畝火 耳無 御名者白」とあり「大和六所山口神社」とされます 大和國 髙市郡 飛鳥山口坐神社(大月次新嘗)(あすかやまくちにます かみのやしろ)とされます
目次 [非表示]
- 1 1.ご紹介(Introduction)
- 2 【境内社 (Other deities within the precincts)】
- 3 【境外社 (Related shrines outside the precincts)】
- 4 この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)
- 5 【オタッキーポイント】(Points selected by Japanese Otaku)
- 6 『延喜式神名帳』所載「山口(坐)神社」は 大和国に 14社
- 6.1 1.大和國 添上郡 夜支布山口神社 大
- 6.2 2.大和國 平群郡 伊古麻山口神社 大
- 6.3 3.大和國 葛上郡 巨勢山口神社 大
- 6.4 4.大和國 葛上郡 鴨山口神社 大
- 6.5 5.大和國 葛下郡 當麻山口神社 大
- 6.6 6..大和國 葛下郡 大坂山口神社 大
- 6.7 7.大和國 吉野郡 吉野山口神社 大
- 6.8 8.大和國 城上郡 長谷山口神社 大
- 6.9 9.大和國 城上郡 忍坂山口坐神社 大
- 6.10 10.大和國 高市郡 飛鳥山口坐神社 大
- 6.11 11.大和國 高市郡 畝火山口坐神社 大
- 6.12 12.大和國 十市郡 石村山口神社 大
- 6.13 13.大和國 十市郡 耳成山口神社 大
- 6.14 14.大和國 山邊郡 都祁山口神社 大
- 7 神社にお詣り(For your reference when visiting this shrine)
- 8 神社の伝承(A shrine where the legend is inherited)
- 9 大和国 式内社 286座(大128座(並月次新嘗 就中31座預相嘗祭)・小158座(並官幣)について に戻る
1.ご紹介(Introduction)
この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します
【神社名(Shrine name)】
飛鳥山口坐神社(Asukayamakuchinimasu shrine)
[通称名(Common name)]
【鎮座地 (Location) 】
奈良県 高市郡明日香村飛鳥708〈飛鳥坐神社 境内〉
[地 図 (Google Map)]
【御祭神 (God's name to pray)】
《主》大山津見乃神(おほやまつみのかみ)
久久乃知之神(くくのちのかみ)
猿田彦乃神(さるたひこのかみ)
【御神格 (God's great power)】(ご利益)
【格 式 (Rules of dignity) 】
・『延喜式神名帳(engishiki jimmeicho )927 AD.』所載社
【創 建 (Beginning of history)】
飛鳥山口神社
祭神 大山津見乃神
久久乃知之神
猿田彦乃神飛鳥山は皇室の御料林でもありその山神の霊を祭って大和六所山口神の随一として鎮まっていた
旧社地は不明であるが江戸時代当地に遷座された現地案内板より
【由 緒 (History)】
飛鳥山口坐神社 大月次新嘗
飛鳥坐神社境内社として鎮座する。
『大和志』には「在ニ飛鳥村上方鳥形山 天長六年(829)三月以ニ木郡賀美郷甘南備山飛鳥社 遷ニ同郷 鳥形山依神託宣也」と飛鳥坐神社と同様に遷座したとあるが、むしろ最初からずっと別社であったがその社地を亡失したので後世現在地にまつったと『式内社調査報告書』に記されている。
祭神は大山津見命・久々之知命・猿田彦命である。
創建年代は明らかでないか、祈年祭の祝詞に「山口坐皇神 等能前白久 飛鳥 石村 忍坂 長谷 畝火 耳無 御名者白」とあるように、大和六所山口神の随一として早くから史上に顕われている。ために大同元年(八〇六)の神封施入の『新抄格勤符抄』に、安宿山口神十四戸 大和四戸播磨十戸 とあり、平安朝の祈年祭には通常官幣の外に馬一匹を加えられた。
『三代実録』の貞観元年(八五九)正月二十日の条に「奉授二 大和国 飛鳥山口坐神 正五位上」とあり、また同年九月八日には使を遣わして奉幣、風雨の祈願をされている。
『延喜式』神名帳には式内大社と登載され、延喜式祝詞によると飛鳥山は元皇室の御料林であったから、その山麓で山神の霊をまつったことになる。ところが世の進むと共に衰頽して飛鳥坐神社の境内社としてまつられるのみで、式内大社としての風格を失うに至った。
当社の旧社地は明らかでないが、『高市郡神社誌』には「里俗伝ふる所に拠るに、飛鳥神社の坤位二町余の所に、天神山と称ふる丘陵ありて、飛鳥神古木版に飛鳥神社の御旅所と記せり、即ち当社の旧社頭なるべし。遺址尚ほ丘陵の頂上に残存し開墾せられたる畑中に於て方二間の芝生を留めたり。地区古への飛鳥山の麓に在り、高燥にして展望に富み頗る恰好の処なりとす」とある。
『奈良県史 第五巻 神社』〈平成元年出版〉より抜粋
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【境内社 (Other deities within the precincts)】
飛鳥山口坐神社(明日香村飛鳥)は 飛鳥坐神社 の境内社です
・飛鳥坐神社(明日香村飛鳥)
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【境外社 (Related shrines outside the precincts)】
旧鎮座地の候補地 酒船石(さかふねいし)
・酒船石(明日香村岡)〈飛鳥坐神社 旧酒殿跡〉
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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)
この神社は 由緒(格式ある歴史)を持っています
『延喜式(Engishiki)』巻1 四時祭上 二月祭 祈年祭
〈飛鳥山口坐神社のこと〉祈年祭の項に 水分十九社の一として馬一疋を加う と記されます
【抜粋意訳】
祈年祭(としこひのまつり)
・・・
・・・髙御魂神(たかみむすひのかみ)・大宮女神(おほみやのめのかみ) 及び
甘樫(あまかし)飛鳥(あすか)石根(いはね)忍坂(をさか)長谷(はせ)
吉野(よしの)巨勢(こせ)賀茂(かも)當麻(たヰま)大阪(おほさか)膽駒(いこま)都祁(つき)養布(やふき)等の山口に吉野(よしの)宇陀(うだ)葛木(かつらき)竹糸(たけいと)等の水分(みまくり)十九社には 加(くわえる)に 馬一疋を
【原文参照】
『延喜式(Engishiki)』巻1 四時祭上 六月祭十二月准 月次祭
月次祭(つきなみのまつり)『広辞苑』(1983)
「古代から毎年陰暦六月・十二月の十一日に神祇官で行われた年中行事。伊勢神宮を初め三〇四座の祭神に幣帛を奉り、天皇の福祉と国家の静謐とを祈請した」
大社の神304座に幣帛を奉り 場所は198ヶ所と記しています
【抜粋意訳】
月次祭(つきなみのまつり)
奉(たてまつる)幣(みてぐら)を案上に 神三百四座 並 大社 一百九十八所
坐別に絹5尺 五色の薄絹 各1尺 倭文1尺 木綿2両 麻5両・・・・云々
【原文参照】
『延喜式(Engishiki)』巻2 四時祭下 新嘗祭
新嘗祭(にいなめのまつり)は
「新」は新穀を「嘗」はお召し上がりいただくを意味する 収穫された新穀を神に奉り その恵みに感謝し 国家安泰 国民の繁栄を祈る祭り
大社の神304座で 月次祭(つきなみのまつり)に准じて行われる
春には祈年祭で豊作を祈り 秋には新嘗祭で収穫に感謝する
【抜粋意訳】
新嘗祭(にいなめのまつり)
奉(たてまつる)幣(みてぐら)を案上に 神三百四座 並 大社 一百九十八所
座別に 絹5尺 五色の薄絹 各1尺 倭文1尺 木綿2両 麻5両四座置1束 八座(やくら)置1束 盾(たて)1枚 槍鉾(やりほこ)1竿
社別に庸布1丈4尺 裏葉薦(つつむはこも)5尺前一百六座
座別に 幣物准社の法に伹 除く 庸布を
右中 卯の日に於いて この官(つかさ)の斎院に官人 行事を諸司不に供奉る
伹 頒幣 及 造 供神物を料度 中臣祝詞(なかとみののりと)は 准に月次祭(つきなみのまつり)に
【原文参照】
『延喜式 巻8 神祇 祝詞』に記される伝承
祈年祭の祝詞に 飛鳥 石村 忍坂 長谷 畝火 耳無 の各 山口(坐)神社は その山の木材を伐り出して 宮殿とした旨が記されています
皇居など舎殿造営のための用材を伐り出す山に坐す神霊を祀る社 山口坐皇神の六座は 「大和六所山口神社」とも称されます
【抜粋意訳】
巻8 神祇八 祝詞 祈年祭(としこひのまつり)
・・・
・・・山口坐皇神 等触前白久〈山口に坐す皇神等の前に白さく〉
飛鳥(アスカ)石村(イワレ)忍坂(オシサカ)長谷(ハツセ)畝火(ウネヒ)耳無(ミミナシ)御名をば白して
遠山近山に 生立(オイタテ)留めて 大木小木を本末打切て 持参し
〈遠近の山に生える大小の木を伐り出し持参し〉皇御孫命(すめみまのみこと)〈天皇〉の瑞の御舎を仕え奉りて 天の御蔭 日の御蔭と隠坐して
四方の国を安国と平らけく知ろし食すが 故に 皇御孫命〈天皇〉の宇豆(ウヅ)の幣帛を称へ辞竟へ奉らくと宣ふ・・・
・・・
【原文参照】
『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載
(Engishiki Jimmeicho)This record was completed in December 927 AD.
『延喜式(Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂〉
その中でも巻9・10を『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』といい 当時〈927年12月編纂〉「官社」に指定された全国の神社(式内社)の一覧となっています
・「官社(式内社)」名称「2861社」
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」
[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)畿内 658座…大(預月次新嘗)231(うち預相嘗71)・小427
[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)大和国 286座(大128座(並月次新嘗・就中31座預相嘗祭)・小158座(並官幣))
[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)髙市郡 54座(大33座・小21座)
[名神大 大 小] 式内大社
[旧 神社 名称 ] 飛鳥山口坐神社(大月次新嘗)
[ふ り が な ](あすかやまくちにます かみのやしろ)(だい つきなみ にいなめ)
[Old Shrine name](Asuka yamakuchi nimasu kamino yashiro)(Dai Tsukunami Niiname)
【原文参照】
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【オタッキーポイント】(Points selected by Japanese Otaku)
あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します
『延喜式』にある大和国の 山口神社 or 山口坐神社 と称する神社について
延喜式祝詞に記される大和国内の山口社6社は 次の通り
(飛鳥・石寸・忍坂・長谷・畝火・耳無)
皇居など舎殿造営のための用材を伐り出す山に坐す神霊を祀る社 山口坐皇神の六座は 「大和六所山口神社」とも称されます
大和国内には 山口の水の神 祈雨の神として 朝廷から崇敬を受けた神社が
その他に8社記されていて 合計 式内大社14社 が坐します
『延喜式神名帳』所載「山口(坐)神社」は 大和国に 14社
山口(坐)神社 14社 すべてが 式内の大社とされています
1.大和國 添上郡 夜支布山口神社 大
・夜支布山口神社(奈良市大柳生町)
2.大和國 平群郡 伊古麻山口神社 大
・生駒山口神社(平群町檪原)
3.大和國 葛上郡 巨勢山口神社 大
・巨勢山口神社(御所市古瀬)
4.大和國 葛上郡 鴨山口神社 大
・鴨山口神社(御所市櫛羅)
5.大和國 葛下郡 當麻山口神社 大
・當麻山口神社(葛城市當麻)
6..大和國 葛下郡 大坂山口神社 大
・大坂山口神社(香芝市穴虫)
・大坂山口神社(香芝市逢坂)
7.大和國 吉野郡 吉野山口神社 大
・吉野山口神社(吉野町山口)
・勝手神社(吉野町吉野山)
8.大和國 城上郡 長谷山口神社 大
・長谷山口坐神社(桜井市初瀬)
9.大和國 城上郡 忍坂山口坐神社 大
・忍坂山口坐神社(桜井市赤尾)
10.大和國 高市郡 飛鳥山口坐神社 大
・飛鳥山口坐神社(明日香村飛鳥)〈飛鳥坐神社 境内〉
・酒船石(明日香村岡)〈飛鳥坐神社 旧酒殿跡〉
11.大和國 高市郡 畝火山口坐神社 大
・畝火山口神社(橿原市大谷町)
・東大谷日女命神社(桜井市山田)
12.大和國 十市郡 石村山口神社 大
・石寸山口神社(桜井市谷)
・高田山口神社(桜井市高田 字山口)
13.大和國 十市郡 耳成山口神社 大
・耳成山口神社(橿原市)
14.大和國 山邊郡 都祁山口神社 大
・都祁山口神社(奈良市都祁小山戸町)
・都祁山口神社(天理市杣之内町)
神社にお詣り(For your reference when visiting this shrine)
この神社にご参拝した時の様子をご紹介します
甘樫丘(あまかしのおか)の東1km程 徒歩15分程度
飛鳥の古い街並みを抜けて進みます
『日本紀略』に記されている「鳥形山」にあたる丘の上に鎮座しています
丘の西側が社頭となっていて 西向きに鳥居が建っています
社号標には「式内大社 飛鳥坐神社」とあります
飛鳥坐神社(明日香村飛鳥)に参着
・飛鳥坐神社(明日香村飛鳥)
飛鳥山口坐神社(明日香村飛鳥)〈飛鳥坐神社 境内〉に参着
賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります
神社の伝承(A shrine where the legend is inherited)
この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します
『日本三代実録(Nihon Sandai Jitsuroku)〈延喜元年(901年)成立〉』貞観元年(859)正月に記される伝承
京畿七道の諸神267社が記され その名で大和国の上位の神々と共に 神階の奉授が記されています
【抜粋意訳】
貞観元年(859)正月27日(甲申)の条
京畿七道の諸神に進む階(くらいを)及び 新たに叙(のべる)惣(すべ)て267社なり
奉り授くに
大和国(やまとのくに)
従一位 大己貴神(おほあなむちのかみ)に 正一位正二位 葛木御歳神(かつらきのみとしのかみ)
従二位勲八等 鴨阿治須岐宅比古尼神(かもあじすきたかひこねのかみ)
従二位 高市御縣鴨八重事代主神(たかいちみあがたのやえことしろぬしのかみ)
従二位勲二等 大神大物主神(おおみわのおおものぬしのかみ)
従二位勲三等 大和大国魂神(おほやまとおほくにたまのかみ)
正三位勲六等 石上神(いそのかみのかみ)
正三位 高鴨神(たかかものかみ)に並びに 従一位を
正三位勲二等 葛木一言主神(かつらきひとことぬしのかみ) 髙天彦神(たかまひこのかみ) 葛木火雷神(かつらきほのいかつちのかみ)
に並びに 従二位を従三位 廣瀬神(ひろせのかみ)龍田神(たつたのかみ)
従三位勲八等 多坐弥志理都比古神(おほにますやしりつひこのかみ)
金峯神(かねのみたなのかみ)
に並びに 正三位を
正四位下 丹生川上雨師神(にふのかわかみあめしのかみ)に従三位
従五位下 賀夜奈流美神(かやなるみのかみ)に正四位下
従五位下勲八等 穴師兵主神(あなしひょうずのかみ)片岡神(かたおかのかみ)夜岐布山口神(やきふやまくちのかみ)
に並びに 正五位上を従五位下
都祁水分神(つけのみこもりのかみ)都祁山口神(つけのやまくちのかみ)
石寸山口神(しはれやまくちのかみ)耳成山口神(みみなしやまくちのかみ)
飛鳥山口神(あすかやまくちのかみ)畝火山口神(うねひやまくちのかみ)
長谷山口神(はせやまくちのかみ)忍坂山口神(おしさかやまくちのかみ)
宇陀水分神(うだのみこもりのかみ)吉野水分神(よしのみこもりのかみ)
吉野山口神(よしのやまくちのかみ)巨勢山口神(こせやまくちのかみ)
葛木水分神(かつらきみこもりのかみ)鴨山口神(かもやまくちのかみ)
當麻山口神(たヰまやまくちのかみ)大坂山口神(をほさかやまくちのかみ)
伊古麻山口神(いこまやまくちのかみ)
に並びに 正五位下従五位下
和邇赤坂彦神 山邊御縣神 村屋祢富都比賣神 池坐朝霧黄幡比賣神
鏡作天照御魂神 十市御縣神 目原髙御魂神 畝尾建土安神 子部神
天香山大麻等野知神 宗我都比古神 甘樫神 稔代神
牟佐坐神 高市御縣神 軽樹村神 天高市神 太玉命神 櫛玉命神
川俣神 波多井神 坐日向神 巻向若御魂神 他田天照御魂神 志貴御縣神
忍坂生根神 葛木倭文天羽雷命神 長尾神 石園多久虫玉神 調田一事比古神
金村神 葛木御縣神 火幡神 往馬伊古麻都比古神 平群石床神
矢田久志玉比古神 添御縣神 伊射奈岐神 葛木二上神並びに 従五位上
无位 綱越神 に 従五位下
【原文参照】
『日本三代実録(Nihon Sandai Jitsuroku)〈延喜元年(901年)成立〉』貞観元年(859)九月に記される伝承
畿内に鎮座する42の神々と共に 遣使奉幣して風雨の祈り が記されます
【抜粋意訳】
貞観元年(859)九月八日庚申の条
山城國 月讀神・・・
大和國 大和神・・・飛鳥神 飛鳥山口神・・・
河内國 枚岡神・・・
和泉國 大鳥神
摂津國 住吉神・・・名次神等に
遣使 幣(みてぐら)を奉る 為に 風雨を祈る焉
【原文参照】
『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承
所在は不明であると記しています
【抜粋意訳】
飛鳥山口坐神社 大月次新嘗
飛鳥は前に同じ
○山口は夜麻久知と訓べし
〇祭神 山神大山祇命
○在所詳ならず、大和志、同名所図会に在飛鳥村ノ上方鳥形山と云るはいかが、猶尋ぬべし
〇式一 四時祭上 祈年祭條に、甘樫、飛鳥、石根、忍坂、長谷、吉野、巨勢、賀茂、当麻、大坂、膽駒、都祁、養布等山口 各加馬一匹、」
同八 祝詞 祈年祭祝詞に、山口坐皇神等乃前爾白久、飛鳥、石寸、忍坂、長谷、畝火、耳無登御名者白氏、遠山近山爾生立留、大木小木乎、本末切打弖持参氏、皇御孫命能瑞能御舎仕奉氏、天御蔭曰御蔭登隠坐氏、四方国乎安國登平久知食須我故、皇御孫命能宇豆乃幣帛乎称辞竟奉久登宜、とある其一座也、」
同三 臨時祭 祈雨祭神八十五座、並大 云々、飛鳥山口社一座、神位
三代実録、貞観元年正月二十七日甲申、奉授 大和國 從五位下 飛鳥山口神 正五位下官幣
三代実録、貞観元年九月八日庚申、大和國 飛島山口神、遣使奉幣、為風雨祈焉、
【原文参照】
『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承
所在については 記されていません
【抜粋意訳】
飛鳥山口坐(アスカノヤマグチニマス)神社 大月次新嘗
祭神 大山祇命
神位 清和天皇
貞観元年正月二十七日甲申、奉授 大和國 從五位下 飛鳥山口神 正五位下
貞観元年九月八日庚申、大和國 飛島山口神、遣使奉幣、為風雨祈焉祭日
社格
所在
【原文参照】
『大和志料(Yamato shiryo)』〈大正3年(1914)〉に記される伝承
所在について 今は鳥形山の飛鳥社の末社 と記しています
【抜粋意訳】
飛鳥山口坐(アスカヤマグチニマス)神社
延喜式神名帳に「飛鳥山口坐神社 大月次新嘗」と見え。
同国六所山口社の その一にて もと飛鳥山の麓にあり。
五郡神社記に「飛鳥水分神社。帳云。高市郡 飛鳥山口坐神社一座。在に賀美郷 飛鳥山裂谷。亦云 山口坐神社 焉に飛鳥川川上」と即ちこれ。
今 同処の鳥形山にありて飛鳥社の末社たり。鳥形山、飛鳥山 一名 神南備山 自ら異なり。
日本紀略に「天長六年三月己丑 大和國高市郡賀美郷甘南備山飛烏社 遷同郡同郷鳥形山 依神託宣也」と以って証すべし。山霊を祭る。
延喜式 祝詞に「山口坐皇神 等触前白久〈山口に坐す皇神等の前に白さく〉
飛鳥(アスカ)石村(イワレ)忍坂(オシサカ)長谷(ハツセ)畝火(ウネヒ)耳無(ミミナシ)御名をば白して
遠山近山に 生立(オイタテ)留めて 大木小木を本末打切て 持参し
〈遠近の山に生える大小の木を伐り出し持参し〉皇御孫命(すめみまのみこと)〈天皇〉の瑞の御舎を仕え奉りて 天の御蔭 日の御蔭と隠坐して
四方の国を安国と平らけく知ろし食すが 故に 皇御孫命〈天皇〉の宇豆(ウヅ)の幣帛を称へ辞竟へ奉らくと宣ふ」と。
これ古。祈年の班幣に 山口神に奏する祝詞なり。もと飛鳥 以下六座の山は帝室の御料山林なり。
故に その山ノ口に於いて 山霊を祭り これを山口神と称せるものなり。猶 水ノ分派する所に就て 水霊を祭り水分神と称するが如し。他の山口神 亦 倣へ之。神戸奉幣
新抄格勤符抄 曰 安宿山口神(アスカヤマクチノカミ)十四戸 大和四戸播磨十戸
三代実録 曰 貞観元年九月八日庚申、大和國 飛島山口神、遣使奉幣、為風雨祈焉
【原文参照】
飛鳥山口坐神社(明日香村飛鳥)〈飛鳥坐神社 境内〉に「拝 (hai)」(90度のお辞儀)