布勢神社(氷見市布施)〈『延喜式』布勢神社〉

布勢神社(ふせじんじゃ)は 布勢の円山と云う小山に鎮座します 今から約1300年前は 周囲の田園一帯は「布勢水海(ふせのみずうみ)」と呼ばれる大きな水海で湖に浮かぶ小山でした その頂きに「水影明神の祠」が祀られ手織りこの祠は 延喜式内社 越中國射水郡 布勢神社(ふせの かみのやしろ)とされます

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布勢神社(赤磐市仁堀西)〈『延喜式』布勢神社〉

布勢神社(ふせじんじゃ)は 古伝に 往古 中勢實村龍天山に鎭座 垂仁天皇の御字 瀬戸内海で渡船の転覆の難が続き 占うと「吉備の国布勢大明神の神威なり 社殿を七谷七畝の山麓に遷し 北面に勧請ありたし」と奏上があり 現在の山麓の地に勧請し 社殿を北向きに造営 延喜式内社 備前国 赤坂郡 布勢神社(ふせの かみのやしろ)です

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布制神社(長野市篠ノ井山布施)〈『延喜式』布制神社〉

布制神社(ふせいじんじゃ)は 口碑に「寶龜八年(七七七)伊勢神宮より天照大神の御分靈を迎へ(當地を開拓した「布施氏」公の租神 大彦命)を祀り 寶祚長久・國家隆昌・生業家内安全を祈願し 両柱の神を産土の大神として奉祀したのが當社の起源」と云う 延喜式内社 信濃國更級郡 布制神社(ふせの かみのやしろ)の論社となっています

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臼女神社(長野市篠ノ井布施高田唐臼)〈五明の布施神社 旧鎮座地〉

臼女神社(うすめじんじゃ)は 古老の言い伝えによると「神社の前身は六百数十年続いた鎌倉時代の豪族 布施八郎と後に天照大神とを奉斎した布施神社」で 明治41年(1908)国の合併令により 五明の布制神社に御神体などを引き渡したと云う 延喜式内社 信濃國更級郡 布制神社(ふせの かみのやしろ)の論社の旧鎮座地です

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布制神社(長野市篠ノ井布施五明)〈『延喜式』布制神社〉

布制神社(ふせじんじゃ)は 社伝に「第八代 孝元天皇の皇子 大彦命の本貫を瀬原田の長者窪に移し 北陸を巡按し 東夷を鎭撫させたが 終に長者窪に於て薨ぜられ 布施氏の御祖 大彦命の神靈を鎭齋し奉った」とあり 延喜式内社 信濃國更級郡 布制神社(ふせの かみのやしろ)の論社とされます

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布制神社(長野市篠ノ井石川)〈『延喜式』布制神社〉

布制神社(ふせじんじゃ)は 創立年代不祥ですが ロ碑に「奈良朝以前から鎮座していたと云ふ」「古昔 布勢朝臣某 下向ありて士賊を教化し 地を拓きて此處に館せしより布制郷と云ふ」とあり 布勢氏は第8代 孝元天皇の皇子 大彦命を祖とする氏族であり 延喜式内社 信濃國更級郡 布制神社(ふせの かみのやしろ)の論社となっています

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宇波刀神社(安八郡安八町森部)(『延喜式』宇波刀神社)

宇波刀神社(うばとじんじゃ)は 宝物の神鏡 裏面に「伊久良河宮 宇波刀神社内宮」と書かれており 第十一代 垂仁天皇の頃 倭姫命が天照大神を奉載し 近江の国から美濃の国に四年間ご滞在になられた「伊久良河宮」とも伝わる由緒深いお社で 延喜式内社 美濃國安八郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の論社でもあります

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宇波刀神社(安八郡神戸町神戸)(『延喜式』宇波刀神社)

宇波刀神社(うわとじんじゃ)は 口碑によれば「古来 當社を五條大明神と稱す」社記によれば「昔時 岡戸大明神とも稱し」 明治三年(1870)「旧名古屋藩より式内 宇波刀神社と改訂の旨達せられ」とあり 延喜式内社 美濃國安八郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の論社です

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正一位浅間神社(市川三郷町宮原御領土)〈『延喜式』表門神社〉

正一位浅間神社(しょういちいあさまじんじゃ)は 社記によれば「景行天皇56年6月 鹽海足尼 甲斐國造として入國幣帛を奉ず」と云う 往古は表門社 又 浅間神社 或は磐間宮(いわまのみや)とも称し 岩間庄内の總鎮守でした 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社となっています

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表門神社(甲府市白井町)〈『延喜式』表門神社〉

表門神社(うはとじんじゃ)は 『式内社調査報告』には 雄略天皇十三年の創立とあり 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社となっています 社殿の後方には 祭神に関わる高貴婦人を葬する古墳があり 本殿はこの丘の上に祀られています

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