新潟県
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物部神社(佐渡市小倉)〈『續日本紀』物部天神・『延喜式』物部神社〉
物部神社(もののべじんじゃ)は 穂積朝臣老(ほづみのあそみおゆ)が養老二年(722)佐渡配流の謫居二十年の間 小祠に物部氏の祖神゛宇麻志麻治命゛を祀り 祈り続けたと云う 『續日本紀』〈延暦10年(791)物部天神 従五位下〉と神位の奉叙が記されている 延喜式内社 佐渡國 雑太郡 物部神社(もののべのかみのやしろ)です
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圓田神社(上越市柿崎区岩手)〈『延喜式』圓田神社〉
圓田神社(えんたじんじゃ)は 神代の昔 大己貴神が国土平定に高志に来た時 圓田沖に船を入れ龍ケ峰に船を繋ぎ上陸 郷民は龍ケ峰に一祠を建て奉斎創始 天武天皇(676年)巡察使中臣清麿が當社に参拜 從來の石祠から社殿を建立と口碑に伝わる 延喜式内社 越後國 頸城郡 圓田神社(まろた〈えんた〉の かみのやしろ)の論社です
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五十君神社(上越市三和区所山田)〈『延喜式』五十君神社〉
五十君神社(いぎみじんじゃ)は 式内社 越後國 頸城郡 五十君神社(いそきみかみのやしろ)です 祭神は五十日帶日子命(いかたらしひこのみこと)越後国に下り池溝開発をされ高志八岐村(所山田)で崩御 従った大賀・不盡の二臣は命の神霊を奉祀 第12代景行天皇の御勅にて五十王神社を建立 神亀三年(726)五十君神社と改称された
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越後國(えちごのくに)の 式内社 56座(大1座・小55座)について
越後国(えちごのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される当時の官社です 越後国には 56座(大1座・小55座)の神々が坐します 現在の論社を掲載しています
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佐渡國(さどのくに)の 式内社 9座(並小)について
佐渡国(さどのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される当時の官社の一覧表です 佐渡国には 9座(並小)の神々が坐します 現在の論社を掲載しています


