劔刀神社(たちじんじゃ)は 『伊豆国神階帳』に所載の「従四位上 たんかいの明神」で 延喜式内社 伊豆國 田方郡 剱刀乎夜爾命神社(つるきたち をやにのみことの かみのやしろ)の論社です 祭神について 剣刀乎夜爾命(たちおやにのみこと)とされますが 一説には 日本武命と草薙劔とも云われます

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目次
1.ご紹介(Introduction)
この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します
【神社名(Shrine name)】
劔刀神社(Tachi shrine)
【通称名(Common name)】
【鎮座地 (Location) 】
静岡県伊豆の国市戸沢52-1
【地 図 (Google Map)】
【御祭神 (God's name to pray)】
《主》剣刀乎夜爾命(たちおやにのみこと or つるぎたちをやにのみこと)
〈※一説には 草薙劔(ひさなぎのつるぎ)・日本武命(やまとたけるのみこと)とも云う〉
本殿の別殿に
根神社《主》大己貴命(おほなむちのみこと)
稲荷神社《主》倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
【御神徳 (God's great power)】(ご利益)
【格 式 (Rules of dignity) 】
・『延喜式神名帳(engishiki jimmeicho )927 AD.』所載社
【創 建 (Beginning of history)】
劔刀(たち)神社
鎮座地
伊豆長岡町戸沢五二ノ一御祭神
劔刀乎夜尓命(たちおやにのみこと)合祀社 五社
境内社 一社例祭日 十月十七日
由 緒
延喜式神名帳に、田方郡二十四座の神として、旧社名帳に記されてある旧社です。
草薙劔(ひさなぎのつるぎ)と、日本武命(やまとたけるのみこと)がまつられてあります。再建は宝暦七年(一七五七年)、近年では昭和五十年八月二十四日(一九四四年)に改修されました。改修の直前頃まで、御社頭に、歴史を語るが如き大松が聳えたっていました。
現地立札より

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【由 緒 (History)】
史蹟 劔刀(たち)神社
延喜式内社で伊豆国九二座、田方二四座の中に列する剱刀乎夜爾命神社で、伊豆国神階帳の従四位上 たんかいの明神も当社とされている。
祭神は剱刀乎夜爾命、別殿に根神社と稲荷神社 境内社二社あり。古くより村の鎮守となっている。
昭和五〇年の社殿改築、昭和五七年の台風による境内土手の崩壊、これらに伴う石段等の改造、線虫の被害による老松等の伐採により、従来のうっそうたるたたずまいは、かなり変ったが。境内付近には鎮座当時をしのばせる古道の名残も見られる。
この地に式内社の存する理由は、「中越地」(神社正面の谷奥)方面が古くより良質の土を産し、花坂と共に布目瓦などを大量に産出し、地方の有力な工業地であったことや、沿岸航路の重要な泊地であった内浦方面と田方平野との交通上の要路となっていたためと思われる。
伊豆の国市教育委員会
現地案内板より

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『豆州志稿』巻之8に記される内容
【抜粋意訳】
剣明神 戸澤村 村社 劔刀神社 祭神 剣刀乎夜爾命なる可し
式内 剱刀乎夜爾命神社なる可し〔前記〕
寛政元年建たる石標に剱刀乎夜爾命神社と刻す 神階帳 たんかひの明神とあるは當社ならむ たんかひ は たにかひ にして 谷峡の義なる可し 此地 山谷間に在りて 其 稱に適す〔祠内に美き自然石〕
別殿に高根 稲荷 境内社に神名 琴平
五十三坪 官一
【原文参照】

秋山章 著 ほか『豆州志稿』巻之8,栄樹堂,明21-28. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/765147
【神社の境内 (Precincts of the shrine)】
【神社の境外 (Outside the shrine grounds)】
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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)
この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています
〇『六国史(りっこくし)』
奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史〈『日本書紀』『續日本紀』『日本後紀』『續日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代實録』〉の総称
〇『延喜式(えんぎしき)』
平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)
〇『風土記(ふどき)』
『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉
現存するものは全て写本
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態
『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉
『延喜式(Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂〉
その中でも巻9・10を『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』といい 当時〈927年12月編纂〉「官社」に指定された全国の神社(式内社)の一覧となっています
・「官社(式内社)」名称「2861社」
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」
[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東海道 731座…大52(うち預月次新嘗19)・小679[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)伊豆國 92座(大5座・小87座)
[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)田方郡 24座(大1座・小23座)
[名神大 大 小] 式内小社
[旧 神社 名称 ] 剱刀乎夜爾命神社
[ふ り が な ](つるきたち をやにのみことの かみのやしろ)
[Old Shrine name](Turukitachi oyanino mikoto no kaminoyashiro)
【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
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【オタッキーポイント】(This is the point that Otaku conveys.)
あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します
延喜式内社 伊豆國 田方郡 剱刀乎夜爾命神社(つるきたち をやにのみことの かみのやしろ)
・劔刀神社(伊豆の国市戸沢)
・赤王神社(三島市大場)
・多賀神社(三島市谷田)
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【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)
この神社にご参拝した時の様子をご紹介します
伊豆箱根鉄道 伊豆長岡駅から 西方向へ約4.2Km 車で10分程度
戸沢川に沿って北西へ進むと開けた場所があり

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劔刀神社の立札が建ち 北北東を向いて社殿が建っています
劔刀神社(伊豆の国市戸沢)に参着

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社頭の参道石段の下には社号標があり゛延喜式内 劔刀神社゛と刻字があります 本来の式内社名は「剱刀乎夜爾命神社」ですが 劔刀神社が式内社であるとの主張だと想われます

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石段の途中には踊場があり 鳥居が建てられています

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鳥居の脇には 剣の形をした石塔 と 小さな石祠が3宇が祀られています
案内には 境内社が3社〈神明社 琴平社 金毘羅社〉がありますので おそらくこれでしょうか

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拝殿にすすみます

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賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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振り返ると この地 戸沢は澤地であることが良くわかります
正面の山には 縄文 弥生時代の宮ノ後遺跡 古墳時代の山田古墳群などがあり 古くから人々の生活があったことがわかっています

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参道石段を下ります

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【神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)
この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します
『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承
式内社 劒刀乎夜爾命神社について 所在は゛君澤郡戸澤村に在す、今 劒刀(ツルキ)明神と称す゛〈現 劔刀神社(伊豆の国市戸沢)〉と記しています
【抜粋意訳】
劒刀乎夜爾命神社
劒刀は都流支多知(ツルキタチ)と訓べし、枕詞也、乎夜爾は假字也、
○祭神明か也
〇君澤郡戸澤村に在す、今 劒刀(ツルキ)明神と称す、(志)例祭
【原文参照】

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015
『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容
式内社 劒刀乎夜爾命神社について 所在は゛君澤郡戸澤村に在す、今 君澤郡戸澤村にあり、劒刀明神と云ふ゛〈現 劔刀神社(伊豆の国市戸沢)〉と記しています
【抜粋意訳】
劒刀乎夜爾命(ツルギタチ ヲヤニノミコトノ)神社
今 君澤郡戸澤村にあり、劒刀明神と云ふ、〔豆州志、足柄縣式社取調帳、〕
【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第12−14巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815496
『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承
式内社 劒刀乎夜爾命神社について 所在は゛戸澤村゛〈現 劔刀神社(伊豆の国市戸沢)〉と記しています
その他の説も挙げています
゛一説に谷田村小山の多賀神社なるべしと云る゛〈現 多賀神社(三島市谷田)〉
゛今按に大場村に赤王明神と云゛〈現 赤王神社(三島市大場)〉
【抜粋意訳】
劒刀乎夜爾命(ツルギタチ ヲヤニノミコトノ)神社
祭神 劒刀乎夜爾命
祭日 一月十五日
社格 村社所在 戸澤村〔字小川原〇今属 君澤郡〕
今按 式社考證に豆志に當社の事を今云 君澤郡戸澤村 今 劍刀明神 又訛て多知乎預疑と云とあり 此村二十戸に足らぬ小村にして 舊社有べくも非ず他に徵證なしと雖も國圖にも然記され 寛政元年碑文にも劒刀乎夜爾命神社とあるなどを思ふに 既くより然稱へたること知るべし
一説に谷田村小山の多賀神社なるべしと云るは 谷田の稱と小山の地名の乎夜爾に通ふより云るにて證なし
今按に大場村に赤王明神と云 舊社あり 赤王山の麓に笹原と云所有は神階記に さゝはらの明神と有社と聞え 社傳に劍刀石床別命神社なる由傳へたれど 小谷の奧まりたる所にして石床など云 巖石なく乎夜爾の稱にかなへれば劒刀の冠辭より錯ひて 石床別命とは訛りたるかと云れど明稱とも云難し且縣の註進にも戸澤村と定めたれば之に從ふ
【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019
劔刀神社(伊豆の国市戸沢)に「拝 (hai)」(90度のお辞儀)

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