神明宮(三島市平田)〈『延喜式』玉作水神社〉

神明宮(しんめいぐう) 創建年代不詳ですが 口碑によれば 永和2年(1376) 村内に祀られていた左宮司神社 稲荷神社を合祀して 現在地に神明宮を新築したと伝わります 神社の脇には 境川〈富士山湧水〉が流れています 延喜式内社 伊豆國 田方郡 玉作水神社(たまつくりのみづの かみのやしろ)の論社となっています

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目次

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1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(Shrine name

神明宮(Shinmeigu shrine

通称名(Common name)

【鎮座地 (Location) 

静岡県三島市平田1

  (Google Map)

【御祭神 (God's name to pray)】

《主》大日孁之命(おほひるめのみこと)

【御神徳 (God's great power)】(ご利益)

【格  (Rules of dignity) 

・『延喜式神名帳engishiki jimmeicho 927 AD.所載社

【創  (Beginning of history)】

創建年代不詳

【由  (History)】

口碑によれば 永和2年(1376) 村内に祀られていた左宮司神社 稲荷神社を合祀して 現在地に神明宮を新築したと云う

都市計画道路が神社敷地にかかり 平成の末頃(2015年頃)に 境内社殿の改修工事が行われたとの事です
参拝日は2019年9月です

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神社の境内 (Precincts of the shrine)】

・社殿

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・〈境内社〉厳魂神社

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・石碑

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・境内参道

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・社頭

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神社の境外 (Outside the shrine grounds)】

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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています

〇『六国史(りっこくし)』
  奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史〈『日本書紀』『續日本紀』『日本後紀』『續日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代實録』〉の総称

〇『延喜式(えんぎしき)』
  平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)

〇『風土記(ふどき)』
 『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています

1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉

現存するものは全て写本

『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態

『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉

延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂
その中でも910を『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)といい 当時927年12月編纂「官社」に指定された全国の神社式内社の一覧となっています

「官社(式内社)」名称「2861
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東海道 731座…大52(うち預月次新嘗19)・小679

[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)伊豆國 92座(大5座・小87座)

[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)田方郡 24座(大1座・小23座)

[名神大 大 小] 式内小社

[旧 神社 名称 ] 玉作水神社
[ふ り が な ](たまつくりのみづの かみのやしろ)
[Old Shrine name]Tamatsukurino mizu no kaminoyashiro

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

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【オタッキーポイント】This is the point that Otaku conveys.

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

『延喜式神名帳』に記される 「玉造・玉作」(たまつくり)に関連する神社について

「玉造・玉作」(たまつくり)を郷名や社名に持つ式内社について いずれも温泉や泉と深く関わっています

延喜式内社 出雲國 意宇郡 玉作湯神社(たまつくりゆの かみのやしろ)

・玉作湯神社(玉湯町玉造)

延喜式内社 伊豆國 田方郡 玉作水神社(たまつくりのみの かみのやしろ)

・玉作神社(沼津市黒瀬町)

・愛鷹神社(三島市三好町)

・神明宮(三島市平田)

延喜式内社 近江國 伊香郡 玉作神社(たまつくりの かみのやしろ)

・石作神社・玉作神社(長浜市木之本町千田)

延喜式内社 陸奥國 玉造郡 温泉神社(ゆのいつみの かみのやしろ)

・温泉神社(大崎市鳴子温泉字湯元)

延喜式内社 陸奥國 玉造郡 温泉石神社(貞)(ゆのいつみのいしの かみのやしろ)

・温泉石神社(大崎市鳴子温泉字川渡)

玉造部(たまつくりべ)の祖神 玉祖命(たまのおやのみこと) 同神〈・豊玉神(とよたまのかみ)・天明玉命(あめのあかるたまのみこと)〉を祀る式内社について

延喜式内社 甲斐國 山梨郡玉諸神社(たまもろの かみのやしろ)

・玉諸神社 奥宮(甲州市塩山竹森)
〈玉諸神社(甲州市塩山竹森)の奥宮(御神体)〉

・玉諸神社(甲州市塩山竹森)

延喜式内社 周防國 佐波郡 玉祖神社二座(たまのをやの かみのやしろ ふたくら)

・玉祖神社(防府市)

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【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

伊豆箱根鉄道 駿豆線 三島田町駅から南へ約2.6km 車での所要時間は5~6分程度

神社の脇には 境川〈富士山湧水〉が流れています

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神明宮(三島市平田)に参着

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都市計画道路が神社敷地にかかり 平成の末頃(2015年頃)に 境内社殿の改修工事が行われたとの事です
参拝日は2019年9月です

真新しい鳥居をくぐり 新たな境内へと進みます

参道の正面には 南を向いて社殿が建てられています

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拝殿にすすみます
拝殿の手前には〈境内社〉厳魂神社が祀られています

賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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社殿は 拝殿が その中に本殿が祀られている覆い屋となっています
すぐ左手には 境川〈富士山湧水〉が流れています

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この境川1.4km程 遡ると 

神明宮(三島市平田)と同じく 延喜式内社 伊豆國 田方郡 玉作水神社(たまつくりのみづの かみのやしろ)の論社となっている

・愛鷹神社(三島市三好町)があります

社殿に一礼をして 南へ向いている社頭へと戻ります

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神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承

式内社 玉作水神社について 所在は゛駿河國 駿東郡香貫村に在す゛〈現 玉作神社(沼津市黒瀬町)〉と記しています

【抜粋意訳】

玉作水神社

玉作は多末都久里と訓べし、和名鈔、郷名部駿河國駿河郡玉造、」

○祭神 水神歟

○駿河國 駿東郡香貫村に在す、

例祭

神位 國内神階記云、從四位上玉作明神、

【原文参照】

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015

『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容

式内社 玉作水神社について 社名のみ記しています

【抜粋意訳】

玉作水(タマツクリミツノ)神社

【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第12−14巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815496

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承

式内社 玉作水神社について 所在は゛上香貫村〔字黒瀬〇今属 駿河國駿東郡〕(駿東郡楊川村大字香貫)゛〈現 玉作神社(沼津市黒瀬町)〉と記しています

別説として
゛玉川村の神社なるべし 玉川村に愛鷹(アシタカ)明神あり゛〈現 愛鷹神社(三島市三好町)〉
゛平田村に神明社あり゛〈現 神明宮(三島市平田)〉

【抜粋意訳】

玉作水(タマツクリミヅノ)神社

祭神 水波能女(ミヅハメノメノ)命

 今按 式社攷證に引る駿河草云 玉ノ祖ノ神を祭る 又曰 水德神 瀬織津姫ならむか 狩野川出水守護神ならんとあり この玉ノ祖ノ神と云るは 玉作の字によりて云出たろものなるべければ信がたし 玉作に座す水神と聞ゆれば水波能女神にますべきを瀬織津姫と云るは如何あらん 故今之を訂せり

祭日 六月一日
社格 村社

所在 上香貫村〔字黒瀬〇今属 駿河國駿東郡〕(駿東郡楊川村大字香貫)

 今按 式社攷證に上香貫村舊社ともみえず 玉作川の稱に協はざる社地なれば疑ひ無きに非ず
 一説に玉川村の神社なるべし 玉作水は沸湧する清泉の玉なして流るるよる起り玉作川の意なるべし 玉川村に副て玉川 又 界川あり上源に玉水池あり 其 玉川村は東岸にあり 其 西岸は駿河國にて玉川村あり 此川に添たる諸村を索るに玉川村に愛鷹(アシタカ)明神あり 平田村に神明社あり されど考徵すべきものなしと云り 此玉川村由ありて聞ゆれど徵なければ考べき由なし 故今姑く靜岡縣の註進に從ふ

【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019

神明宮(三島市平田) (hai)」(90度のお辞儀)

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