佐比賣山神社(大田市鳥井町鳥井)〈『延喜式』佐比賣山神社〉

佐比賣山神社(さひめやまじんじゃ)は 寛平3年891美濃国石破郡石破関より勧請され 元々は 大字烏井字杵島山に鎮座し厳島大明神と云ったとある 明治四十年(1907)海岸の丘上〈現在地〉に奉遷 八幡宮へ合併し社号を佐比賣山神社としました 延喜式内社 石見国 安濃郡 佐比賣山神社(さひめやまの かみのやしろ)の論社です

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目次

1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(Shrine name

佐比賣山神社(Sahimeyama shrine

通称名(Common name)

【鎮座地 (Location) 

島根県大田市鳥井町鳥井369番地

  (Google Map)

【御祭神 (God's name to pray)】

《主》金山彦命(かなやまひこのみこと)

《配》金山姫命,市杵島姫命,田心姫神高津姫命

《合》八束穂宇美津奴命,誉田別尊,息長足姫命,武内宿禰,事代主命,稲倉魂命

【御神徳 (God's great power)】(ご利益)

・海上安全・豊漁の神徳有り

【格  (Rules of dignity) 

・『延喜式神名帳engishiki jimmeicho 927 AD.所載社

【創  (Beginning of history)】

『安濃郡誌』に記される内容

【抜粋意訳】

第二編 各町村誌 鳥井

村社 佐比賣山神社

式内神社にして神名帳に記載するところ左の如し

所在 鳥居村

祭神 金山彦命 金山毘美 (近年之に八幡宮を合祀す)

鎭坐 寬平三〔亥辛〕年五朔日。美濃國不破關より勘請
位階 正四位延喜二年贈位
社司 橋田上總守

 素と大字烏井字杵島山に在りしも 明治四十年之を海岸の丘上に奉遷せり 鬱蒼たる老松 四圍を圍み神成轉た嚴なり。

側面の御山に登れば蒼茫たる日本海を望み白帆遠近に去來して 佳景云ふべからず。
南方の小丘に忠魂碑あり 明治戰役に陣歿せる本村出身諸士の霊を弔ふが爲めに本村軍人會の建つるところなり、中古の社殿は大久保石見守が當國の奉行たりしとき當八幡宮を信奉して建立せしものなりと。

【原文参照】

島根県安濃郡 編『安濃郡誌』,島根県安濃郡,大正4. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/932614

島根県安濃郡 編『安濃郡誌』,島根県安濃郡,大正4. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/932614

【由  (History)】

由緒・特殊神事

 寛平3年8915月美濃国石破郡石破関より勧請せり。 明治44年1911八幡宮へ合併し社号を佐比賣山神社と称する。 特殊神事として御神輿式3ヶ所にて祭事を行う。

島根県神社庁HPより
https://www.shimane-jinjacho.or.jp/oda/569b39f07b84c00e357d32dbf949cb07ba33ec67.html

神社の境内 (Precincts of the shrine)】

神社の境外 (Outside the shrine grounds)】

・〈旧鎮座地〉鳥井町鳥井 杵島山(明神山)

寛平3年891美濃国石破郡石破関より勧請されて 元々は 大字烏井字杵島山に鎮座し厳島大明神と云った しかし 参拝に不便であり 明治四十年(1907)海岸の丘上〈現在地〉に奉遷 八幡宮へ合併し社号を佐比賣山神社としました

地図は「鳥井町 静間町 長久町 指定緊急避難場所・指定避難所」大田市HPより抜粋https://www.city.oda.lg.jp/files/original/2024042317545332845278fbb.pdf

たぶん 港の横にある この二つある山のどちらか〈現在の佐比賣山神社の西方向 西を向いている参道の向かい〉かも知れない ?

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なぜ この鳥井漁港の横にある 二つある山のどちらかが〈旧鎮座地〉だと想うのかは

鳥井村の口碑に
かつて佐比賣山神社(大田市鳥井町鳥井)が鎮座していた場所と伝えられる山は 鳥井の山の山頂にあって そこからは三瓶山〈佐比賣山〉が良く見えた゛と伝わっています

 また これは私の推測ですが 

邇幣姫神社(大田市三瓶町池田)に参拝の折 浮布池の湖畔から見えた「男三瓶山と子三瓶山」が聳えていて 水面に山蔭を映していたのを想い出しました

その時の「男三瓶山と子三瓶山」写真です

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この鳥井漁港の横にある 二つある山を 日本海から眺めたら 三瓶山〈佐比賣山〉に瓜二つ 同じように見えたのではないかと?

そして 鳥井は静間川の河口にあり その静間川の水源は三瓶山〈佐比賣山〉です 「男三瓶山と子三瓶山」の麓が 浮布池の湖畔です

静間川の河口に架かる゛静間橋゛より 日本海を眺める

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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています

〇『六国史(りっこくし)』
  奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史〈『日本書紀』『續日本紀』『日本後紀』『續日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代實録』〉の総称

〇『延喜式(えんぎしき)』
  平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)

〇『風土記(ふどき)』
 『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています

1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉

現存するものは全て写本

『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態

『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉

延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂
その中でも910を『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)といい 当時927年12月編纂「官社」に指定された全国の神社式内社の一覧となっています

「官社(式内社)」名称「2861
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)山陰道 560座…大37(うち預月次新嘗1)・小523

[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)石見 34座(並小)

[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)安濃郡 10座(並小)

[名神大 大 小] 式内小社

[旧 神社 名称 ] 佐比賣山神社
[ふ り が な ](さひめやまの かみのやしろ)
[Old Shrine name](Sahimeyama no kamino yashiro)

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

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【オタッキーポイント】This is the point that Otaku conveys.

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載の
石見国 安濃郡「佐比賣山神社(さひめやまの かみのやしろ)」の論社について

三瓶山(さんべさん)の古名は「佐比賣山(さひめやま)」と云い
『出雲國風土記編纂733年には 国引き神話の杭に見立てられた「佐比賣山(さひめやま)として記載されています

奈良時代の二字好字令によって「三瓶山」となったと云います

三瓶山〈佐比賣山〉の山麓には 湧水が8ヶ所あり その湧水ごとに集落があって それぞれの集落に三瓶山〈佐比賣山〉を祀る神社があったと伝わっています

現在 佐比賣山神社の論社は 6つ あります

・佐比賣山神社(大田市三瓶町多根)

・佐比賣山神社(大田市鳥井町鳥井)

・高田八幡宮(大田市三瓶町池田
〈相殿の佐比賣山神〉

・八面神社(大田市三瓶町志学
〈式内論社 八面神社(久部)を明治39年合祀〉

・三瓶山神社(大田市三瓶町小屋原

・本宮神社(大田市三瓶町上山)
本殿合祀or境内社 八面神社〉

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【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

JR山陰本線 大田市駅から北西方向(日本海方向)へ約4.1km 車での所要時間は8~10分程度

鳥井漁港と鳥井小学校の間にある 日本海の海岸の丘上に鎮座しています
海岸線には その他に幾つかの丘陵があります

鎮座地の地名「鳥井(とりい)」は 物部神社の一の鳥居があったことに由来すると云われます

物部神社は 静間川沿いにありますので 海から参拝すると 確かに 静間川の河口に位置する この場所が 現在の「鳥井(とりい)」の町 となります〉

その河口の鳥井港の山の山頂に 佐比賣山神社(大田市鳥井町鳥井)の旧鎮座地があったと伝わります

のどかに白鷺が道の上を飛んでいきます

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県道287号で 鳥井町の中を進んでいくと県道287号沿いに 鳥居が現れてきます
住宅に挟まれて 社頭があります

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佐比賣山神社(大田市鳥井町鳥井)に参着

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参道には 4つの鳥居が建てられていましたが 二の鳥居まで来ると

左手に 海岸へと小路があったので そちらへ向かってみました

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海岸線まで来ると 東に 笠ケ鼻が見えて 中々の絶景です

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浜辺は波が打ち寄せていますが 下まで降りる遊歩道がありました

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潮風が気持ちよくて 波打ち際まで下ってみました

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このまま 暫く ここにいたいと感じるほど気持ちが良かったのですが
神社の参拝を想い出して 丘陵を上り 二の鳥居まで戻ります

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再度 二の鳥居に一礼をしてから くぐり抜けて参道を進みます

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参道には 狛犬 三の鳥居 石灯籠が建ち 三の鳥居を久具抜けると 石段があります

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石段を上がると 社殿の建つ境内地となっていて すぐ横に手水舎があります
手水鉢には 親子カエルが乗っている手水鉢がありました

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その先に 再び 狛犬 四の鳥居 石灯籠があり これをくぐり抜けて
拝殿にすすみます

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賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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社殿は 拝殿の奥に 幣殿 透塀に囲まれて本殿が祀られています

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社殿に一礼をして 参道を戻ります

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神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承

式内社 佐比賣山神社について ゛祭神在所詳ならず゛祭神・所在ともに不明 と記しています
その上で所在について三説ありとして
゛飯石郡佐比賣山、石見與に出雲二國堺゛〈現 佐比賣山神社(大田市三瓶町多根)〉
゛池田村 三瓶八面大明神゛〈現 高田八幡宮〈相殿の佐比賣山神〉(大田市三瓶町池田)〉
邇摩郡鳥井村゛〈現 佐比賣山神社(大田市鳥井町鳥井)

【抜粋意訳】

佐比賣山神社

佐比賣は假字也、山は夜萬と訓べし

〇祭神在所詳ならず

 出雲風土配云、飯石郡佐比賣山、石見與に出雲 二國堺、

〇今社號を稱する處 三社あり、
池田村 三瓶八面大明神、祭神 饒速日命、猿田彦大神、面足尊、大國主神、金山彦命、少彦名命、武甕槌命、木花開耶姫命〔以上〕
式社考、又 邇摩郡鳥井村、祭神 金山彦命、金山姫命、〔以上〕
未孰れ是なるをしらず、

【原文参照】

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015

『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容

式内社 佐比賣山神社について 所在は゛ 多根村にあり゛〈現 佐比賣山神社(大田市三瓶町多根)〉と記しています

【抜粋意訳】

佐比賣山神社

〔〇按 出雲風土記、飯石郡 佐比賣山は、石見 出雲の界也とみえ、石見國、安濃郡に三瓶山ありて、出雲飯石郡に接けり、今所謂 三瓶山は古の佐比賣山也、姑附て考に備ふ、

 多根村にあり、〔濱田縣神社取調書〕蓋 大已貴命を祀る、

傳云 昔 大已貴命 少彦名命 須勢理命 伯耆國、大神山に御坐し、次 出雲國由来郷に来坐して、百姓に鋤鍬を授て、農事を教 <給ふ、其地を田鍬と云ふ、夫より、琴引山に登り坐し、次に石見の佐比賣山に至り池を作り樋を掛けて 稲種を蒔き、民に鋤鍬を授給ふ、故此里を田根と云ふ、〔出雲飯石郡 多倍神社社傳〕

【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第15−17巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815497

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承

式内社 佐比賣山神社について 所在は゛多根村〔中積〕(安濃郡佐比賣村大字多根)゛〈現 佐比賣山神社(大田市三瓶町多根)〉と記しています

ただし゛八面社八社の内 二社は出雲國 六社は石見國に在り゛として諸説を゜挙げています
゛多根村゛〈現 佐比賣山神社(大田市三瓶町多根)〉
゛池田村゛〈現 高田八幡宮〈相殿の佐比賣山神〉(大田市三瓶町池田)〉
゛小屋原村゛〈現 三瓶山神社(大田市三瓶町小屋原)〉
゛烏井村゛〈現 佐比賣山神社(大田市鳥井町鳥井)
゛佐比 西南の麓 久部と云所にも三瓶大明神あり゛〈現 八面神社(三瓶町志学)明治39年に合祀 久部の八面神社〉
゛邑智郡糟淵村にも八面神゛〈現 八面神社(三瓶町志学)〉

【抜粋意訳】

佐比賣山神社

祭神 大已貴命 少彦名命 須勢理姫命

祭日 十一月三日
社格 村社

所在 多根村〔中積〕(安濃郡佐比賣村大字多根)

 今按 本社の事 此宅池田村 小屋原村 烏井村等に類社ありて 式社と昌ふれ共
 鳥井村の方は美濃國不破郡より遷して金山彦命 金山姫命とし 又 正徳三年の棟札には嚴島大明神とあるよしなれは違へりとすへし
 宗雄云  佐比 西南の麓 久部と云所にも三瓶大明神ありて少か離れて蘇勢理杜と云傳へたるかあり 邑智郡糟淵村にも八面神 世々利姫明神と唱ふる小社あり 扨 佐比賣山の周に八面社とて八社あり 此山に深き御謂れある事のよし語り傅ふ されば上の八面神は佐比賣山神なる

 又 出雲國飯石郡由來郷 多陪神社社傳に大已貴命 少彦名命 須勢理姫命の三神 伯耆國大神山に御幸坐し 次に出雲國由來郷に來坐て百姓に勘鍬を授け業を教へ給ふ其地を田鍬と云 田鍬社あり 夫より琴引山に登坐し 次に石見國 佐比賣山に到坐て 池を作り樋を掛けて稲種を蒔き また鍬助を授け給ふ此里にも田鍬と云地ありとある みな事實にかなへり云々

 さて又 上の八面社八社の内 二社は出雲國 六社は石見國に在り 此六社の内にて何れを式社と定め難けれど 村名を多根と云は彼の稻種より起り 本國美濃郡 佐比賣山神社は此社を移したるものにて 其所にも近く種村あるを以て此所の多根村なるそ本社にて式内ならんと思はるる〔以上 採意〕とあるを本縣注進文は此考に據れりと見えて多根村とすれば姑く之に従ふへし

【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019

佐比賣山神社(大田市鳥井町鳥井) (hai)」(90度のお辞儀)

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-延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)
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