伊勢125社

髙向大社(伊勢市御薗町高向)〈『延喜式』雷電神社〉

高向大社(たかぶくたいしゃ)は 『高向村神社記』記す「第45代 聖武天皇の御代 天平三年(731)創建」又「貞観三年(861)八月 大雨洪水があり大杉の根本に゛白羽の蓋根矢゛が流れ着いた」と山城 賀茂別雷神社の「丹塗矢伝承」と同類の伝承があり 延喜式内社 伊勢國 度會郡 雷電神社(いかつちの かみのやしろ)とされます

雷電神社(伊勢市小俣町本町)

雷電神社(らいでんじんじゃ)は 延喜式内社 伊勢國 度會郡 雷電神社(いかつちの かみのやしろ)の論社の一つです 雷電神社の旧鎮座地は 確定しておらず その多数の論社があり 諸書に「離宮院の坤方(ひつじさる)〈南西方向〉」にありと記されている社で 此処に祀られていた〈裏の宮・八王子〉とも称していた゛雷電神社゛ことです

湯田神社〈皇大神宮(内宮)摂社〉

湯田神社(ゆたじんじゃ)は 雄略天皇朝の創立 造宮使造替六社中の一で格式も高かったが 中世に廃絶し 社地は明らかになりませんでした 産土社の境内社 湯田社に再興したもので 祭神についても大歳御祖命(おほとしみをやのみこと)御前神(みまへのかみ)とされますが 鳴宸電(なるいかつち)を祀る説があり 式内社・湯田神社 ・雷電神社の二つの論社となっています

多岐原神社〈皇大神宮(内宮)摂社〉

多岐原神社(たきはらじんじゃ)〈皇大神宮(内宮)摂社〉は 内宮別宮の瀧原宮から宮川を約6km下ったところに鎮座します ここは倭姫命が 皇大神(天照大神)を奉じて巡幸中 宮川を渡ろうとしたが 砂も流れる早瀬があり 渡河難渋であった時 真奈胡神(まなごのかみ)があらわれ その案内で渡ることができた 故に多岐原神社が定め祀られたと伝わります

田乃家神社〈御同座 田乃家御前神社〉〈皇大神宮(内宮)摂社〉

田乃家神社(たのえじんじゃ)〈御同座 田乃家御前神社(たのえみまえじんじゃ)〉は 創建は 第21代 雄略天皇の御代(457~479年)と伝わる皇大神宮(内宮)の摂社 かつて造宮使造替六社の一つで高い格式がありましたが ここも中世に頽廃し 寬文三年(1663)に再興されました その際 御前神は正殿に御同座し〈昔は二殿あり〉 現在に至ります

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