愛媛県

阿沼美神社(松山市味酒町)〈『延喜式』阿治(阿沼)美神社(貞・名神大)〉

阿沼美神社(あぬみじんじゃ)は この地方の総鎮守で 往古 勝山の峰(現在の城山)に鎮座していました 久米氏の氏神で 延喜式内社 伊豫國 温泉郡 阿治(阿沼)美神社(貞・名神大)(あじみの かみのやしろ)とされます その後 越智氏が国司となり その氏神も祀り 慶長年間加藤嘉明により現在地に移遷され 味酒神社と呼ばれました

阿沼美神社(松山市平田町宮内)〈『延喜式』阿治(阿沼)美神社(貞・名神大)〉

阿沼美神社(あぬみじんじゃ)は 社伝に武国凝別〈第12代景行天皇の皇子〉十城別王〈日本武尊の御子〉の宮居所とあり 天明二年(1782)「阿沼美三島新宮」の古棟板 天保四年(1833)御幸橋の地下から石額「阿沼美宮」が発掘され 延喜式内社 伊豫國 温泉郡 阿治(阿沼)美神社(名神大)(あじみの かみのやしろ)とされます

伊佐爾波神社(松山市桜谷町)〈『延喜式』伊佐尓波神社〉

伊佐爾波神社(いさにわじんじゃ)は もとの鎮座地は現在の道後公園山麓でした 建武年間(1334~38)河野通盛により湯築城の構築のため現在地に移転し 寛文7年(1667)松山藩主 松平定長により造営された現存の社殿は 石清水八幡宮を模した「八幡造り」で 宇佐八幡宮と合わせて 全国にわずか3例しかありません

湯神社(松山市道後湯之町)〈『延喜式』湯神社・出雲崗神社〉

湯神社(ゆじんじゃ)は 延喜式内社 伊豫國 温泉郡 湯神社(ゆの かみのやしろ)で 古くは道後温泉の起源の地〈鷺谷(道後鷺谷町)〉に鎮座したが 大永年間(1521~28)地震で温泉が埋没 社殿も大破し 冠山〈現在地〉に鎮座する式内社 出雲崗神社に合祀され 明治4年(1871)湯神社に出雲崗神社を合祀する形式となりました

鹿島神社(松山市北条辻)〈神功皇后創建の古社 瀬戸内海の海防の要衝 鹿島〉

鹿島神社(かしまじんじゃ)は 瀬戸内海の海防の要衝 北条の鹿島に鎮座します その創建は 神功皇后が三韓征討の途次 風早の浦鹿島に投錨し 武甕槌神 経津主神を勧請奉斎し 戦勝と道中の安全を祈願し出陣したと伝承があり その折 里人が神功皇后に 米の上に真鯛をのせて炊いたもの〈北条鯛めし〉を献上したとされます

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