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高野神社(長浜市高月町高野)〈『延喜式』髙野神社〉
高野神社(たかのじんじゃ)は 社伝に人皇第四十五代 聖武天皇 神龜元年(724)創立にして靈験ある神とされたが その後 衰退し 稱徳天皇 寶龜二年(771)再興して旧に復せりと云う この地の祖 高野之祝が その始祖 大名草彦命を祀った 延喜式内社 近江國 伊香郡 髙野神社(たかのの かみのやしろ)とされます
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横見神社(真庭市社字加佐美山)〈『三代實錄』横見神『延喜式』横見神社〉
横見神社(よこみじんじゃ)は 六国史『三代實錄』貞觀六年(864)八月十五日己巳 美作國從五位下 横見神 授從五位上とあり『延喜式』には美作國 大庭郡 横見神社(よこみの かみのやしろ)と所載がある由緒ある古社です 社殿は保延四年二月(1138)・貞治五年(1366)九月・文明一一年(1479)二月に再建と伝わります
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高野神社(岩美郡岩美町延興寺)〈『延喜式』髙野神社〉
高野神社(たかのじんじゃ)は 延喜式内社 因幡國 巨濃郡 髙野神社(たかのの かみのやしろ)の論社 因幡誌に「昔 二上山の南の尾髙野坂にありしを中古この地に遷す」とあり 近世まで「鐘撞大明神」と称した 明治元年〈若一王子 國常立尊〉〈神明宮 天照大神〉〈八幡宮 誉田別命〉〈神位社 倉稲魂命〉の4柱を合祀し高野神社と改称
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石門別神社(岡山市北区大供表町))〈『延喜式』石門別神社〉
石門別神社(いわとわけじんじゃ)は 延喜式内社 備前國 御野郡 石門別神社(いはとわけの かみのやしろ)の論社ですが 備前國御野郡には式内社 石門別神社が二社あり どちらの論社とは確定判別できていません 『神社明細帳』に「御野郡伊福郷の大安寺山に祀られていたのを延喜6年(906)正月に現在の場所へ遷座した」と記されます
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石門別神社(岡山市北区奥田南町)〈『延喜式』石門別神社〉
石門別神社(いわとわけじんじゃ)は 旧号「石神宮」中古「八幡宮」と称されました 延喜式内社 備前國 御野郡 石門別神社(いはとわけの かみのやしろ)として 寛延三年(1750)十二月「石門別神社」に改号されました 備前國 御野郡には式内社 石門別神社が二社あり 論社も二社あり いづれが どちらかは確定判別できていません





