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鴨神社(吉備中央町上加茂)〈『延喜式』鴨神社〉
鴨神社(かもじんじゃ)は 明治以降の説では「弘仁二年(811)山城国愛宕郡加茂大明神を勧請」と云う『吉備温故秘録』など江戸時代の説は 祭神 鴨別命は京都 上賀茂神社からの勧請ではなく笠臣(笠臣国造)の祖 鴨別命を祀ったのに始まるとする説を挙げます 延喜式内社 備前國津高郡 鴨神社(かもの かみのやしろ)の論社です
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宗形神社(岡山市北区大窪)〈『延喜式』宗形神社〉
宗形神社(むなかたじんじゃ)は 創建年代不祥ですが本殿の背後には古墳もあります 古代の山陽道での交通の要所 海が迫っていたこの地に 航海の守護神として 福岡県 宗像大社の神 道主貴(みちぬしのみち)を勧請したのであろうと云う 延喜式内社 備前國津高郡 宗形神社(むなかたの かみのやしろ)の論社です
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村山神社(亀岡市篠町森山先)〈『延喜式』村山神社〉
村山神社(むらやまじんじゃ)は 延喜式内社 丹波國桑田郡 村山神社(むらやまの かみのやしろ)と伝わります 社伝によれば「往古 社頭廣かりしも 兵燹にかかりて 焼失し 應永二十七年(1420)領主 渡邊六郎頼方 社殿を再興したることありと云ふ」と伝わり その頃八幡宮を勧請して 兩本殿が並立して祀られたとのこと
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宗形神社(赤磐市是里)〈『延喜式』宗形神社〉
宗形神社(むなかたじんじゃ)は 延喜式内社 備前國赤坂郡 宗形神社(むなかたの かみのやしろ) 社伝に10代崇神天皇の御宇勧請 『古事記』に仁徳天皇が吉備国を訪れ 寵愛した黒日賣が青菜を摘んだので「やまかたに まけるあをなもきひひとゝ ともにしつめはたぬしくもあるか」と御製あり 里人は「山方の大宮」と称したと云う
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片山神社(赤磐市由津里)〈『延喜式』鴨神社三座〉
片山神社(かたやまじんじゃ)は 孝霊天皇の御宇七十二年 吉備若日子建王子が播磨を征せられ 籠もって祈り給うて再営 天平二年(730)本社建替て迦毛大御神社として祀られ 延喜式内社 備前國赤坂郡 鴨神社三座(かもの かみのやしろ みくら)となる 永承四年(1049)山上より遷座 片山大明神と改名 明治二年 片山神社となる





