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高野神社(岩美郡岩美町延興寺)〈『延喜式』髙野神社〉
高野神社(たかのじんじゃ)は 延喜式内社 因幡國 巨濃郡 髙野神社(たかのの かみのやしろ)の論社 因幡誌に「昔 二上山の南の尾髙野坂にありしを中古この地に遷す」とあり 近世まで「鐘撞大明神」と称した 明治元年〈若一王子 國常立尊〉〈神明宮 天照大神〉〈八幡宮 誉田別命〉〈神位社 倉稲魂命〉の4柱を合祀し高野神社と改称
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石門別神社(岡山市北区大供表町))〈『延喜式』石門別神社〉
石門別神社(いわとわけじんじゃ)は 延喜式内社 備前國 御野郡 石門別神社(いはとわけの かみのやしろ)の論社ですが 備前國御野郡には式内社 石門別神社が二社あり どちらの論社とは確定判別できていません 『神社明細帳』に「御野郡伊福郷の大安寺山に祀られていたのを延喜6年(906)正月に現在の場所へ遷座した」と記されます
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石門別神社(岡山市北区奥田南町)〈『延喜式』石門別神社〉
石門別神社(いわとわけじんじゃ)は 旧号「石神宮」中古「八幡宮」と称されました 延喜式内社 備前國 御野郡 石門別神社(いはとわけの かみのやしろ)として 寛延三年(1750)十二月「石門別神社」に改号されました 備前國 御野郡には式内社 石門別神社が二社あり 論社も二社あり いづれが どちらかは確定判別できていません
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天石門別神社(美作市滝宮)〈『三代實録』天石門別神『延喜式』天石門別神社〉
天石門別神社(あめのいわとわけ じんじゃ)は 第10代崇神天皇の御代 四道将軍 大吉備津彦命が 吉備地方平定報賽のため自ら鎮斎したと伝えられます 『三代實録』貞観5年 神階従五位下から従五位上に昇叙せられ 『延喜式』に美作國 英多郡 天石門別神社(あめいはとわけの かみのやしろ)とある式内社です
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高野神社(津山市二宮)〈美作國二之宮『三代實録』髙野神『延喜式』髙野神社〉
高野神社(たかのじんじゃ)は 美作國二之宮 社伝に吉井川の河原 碫馭盧岩(おのころいわ)を磐境として祀ったのが始まりと伝え のち第27代安閑天皇二年(536)十一月社殿創建と云う 祭神一座 彦波限建鵜葺草葺不合尊で 『三代實録』髙野神・『延喜式』美作國 苫東郡 髙野神社(かうやの かみのやしろ)の論社です





