三輪神社(吉川市三輪野江)〈『三代實録』茂侶神『延喜式』茂侶神社〉

三輪神社(みわじんじゃ)は 元和年中(1615~1623年)三輪野山の茂呂神社より そのご神体が分霊され祭られたのが 当郷の三輪の社とされます 享保三年(1718)には神祇道官領 卜部兼敬によって正一位三輪大明神の宗源宣旨を受けており 延喜式内社 下總國 葛餝郡 茂侶神社(もろの かみのやしろ)の論社となっています

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茂侶神社(松戸市小金原)〈『三代實録』茂侶神『延喜式』茂侶神社〉

茂侶神社(もろじんじゃ)は 延喜式内社 下總國 葛餝郡 茂侶神社(もろの かみのやしろ)の論社となっています 詳細は不明ですが 最初に論社と考えたと伝わるのは水戸光圀公です この時 各種資料には 鎮座地が「栗ヶ沢」となっています

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茂侶神社(船橋市東船橋)〈『三代實録』茂侶神『延喜式』茂侶神社〉

茂侶神社(もろじんじゃ)は かつての景色を「海濱に臨みたる砂山にて奇麗なり遠く望めば 上州碓氷が嶽・秩父山•富士山•相州大山•房州館山•上總鹿野山まで見えて景色殊によし」とあります 延喜式内社 下總國 葛餝郡 茂侶神社(もろの かみのやしろ)の論社となっています

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天穂日命神社(伏見区石田森西)〈『延喜式』天穂日命神社・石田神社〔大 月次新嘗〕〉

天穂日命神社(あめのほひのみことじんじゃ)は 『三代實録』貞觀四年(862)六月に官社に預り・神階を正六位上から從五位下を授った 式内社 山城國宇治郡 天穂日命神社(あめのほひのみことの かみのやしろ) 又鎮座地は『万葉集』に多く詠まれた名所「石田の森」にあった式内社 山城國久世郡 石田神社〔大月次新嘗〕とも云われます

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石田神社(八幡市岩田茶屋ノ前)〈『延喜式』石田神社〔大 月次 新嘗〕〉

石田神社(いしだじんじゃ)は 社伝には 延暦六年(787)三月十一日 御神託「山科 石田神を久世郡石田に遷座せよ」があり当地に遷座したと云う 八幡市岩田には石田神社が当社と(八幡市岩田里)に2ヶ所あり どちらも延喜式内社 山城國久世郡 石田神社〔大 月次 新嘗〕(いはたの かみのやしろ)の論社となっています

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石田神社(八幡市岩田里)〈『延喜式』石田神社〔大 月次 新嘗〕〉

石田神社(いしだじんじゃ)は 承應年中(1652~55年)火災に罹り 創立由緒などは不明ですが 鎮座地 八幡市岩田には2座の石田神社 当社(八幡市岩田里)と(八幡市岩田茶屋ノ前)があり どちらも延喜式内社 山城國久世郡 石田神社〔大 月次 新嘗〕(いはたの かみのやしろ)の論社となっています

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棚倉孫神社(京田辺市田辺棚倉)〈『延喜式』棚倉孫神社〔大 月次新嘗〕・天神社〉

棚倉孫神社(たなくらひこじんじゃ)は 社伝に推古天皇31年(623)相楽郡棚倉ノ庄より高倉下命を勧請とあり 『三代實録』貞観元年(859)正月27日条「棚倉孫神」に従五位上を叙す 又二つの式内社 山城國 綴喜郡(①棚倉孫神社〔大月次新嘗〕(たなくらひこの かみのやしろ)②天神社(あまつかみのやしろ)の論社です

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天神社(京田辺市松井向山)〈『延喜式』天神社〉

天神社(てんじんじゃ)は 社伝によると もとは松井交野ヶ原(かたのがはら)に創祀されたものを現在の地 松井向山に遷座したと云う 明応2年(1493)に社殿が造営された記録も残っています 延喜式内社 山城國 綴喜郡 天神社(あまつかみのやしろ)の論社です

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朱智神社(京田辺市天王高ケ峯)〈『延喜式』朱智神社・天神社〉

朱智神社(しゅちじんじゃ)は 社伝では 仁徳天皇のとき現在地より西方の西峰頂上に創建され 宣化天皇元年(五三五)天王号を付け「朱智天王」と称し 桓武天皇のとき神託に依り今の地に遷ったとされます 現在 二つの式内社〔山城國 綴喜郡①朱智神社(すちの かみのやしろ)②天神社(あまつかみのやしろ)〕の論社となっています

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江文神社(京都市左京区大原野村町)〈『延喜式』伊多太神社〉

江文神社(えぶみじんじゃ)は 古くは江文山とも称した金毘羅山の頂上で朝日の一番早く当たるところに祀られていた神々を平安時代末期に山麓に社を建造し鎮座願ったと云う 伴信友の著した『神名帳考証土代』には延喜式内社 山城國 愛宕郡 伊多太神社(いたたの かみのやしろ)の論社とされています

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