引田部神社(佐渡市金丸)〈『延喜式』引田部神社・佐渡國 三之宮〉

引田部神社(ひきたべじんじゃ)は 創建年代は不祥ですが 『國邑志稿』に「引田は阿倍臣同祖にて 大彦命之後也 大彦命は孝元帝の皇子にて 阿部臣等七姓之始祖也」とあり 引田氏の子孫が当国に住み祖神を祀ったものであろうとされる延喜式内社 佐渡國 雑太郡 引田部神社(ひきたへの かみのやしろ)です

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大幡神社(佐渡市大倉)〈『三代實録』大庭神『延喜式』大幡神社〉

大幡神社(おおはたじんじゃ)は 『佐渡神社誌』に由緒として『元緑寺社帳』に貞觀三年(861)の創設とあり 一説には延喜元年(901)の創祀とも伝えています 『三代實録』に大庭神『延喜式』に佐渡國 賀茂郡 大幡神社(をほはたの かみのやしろ)です 往時は佐渡北部24ケ村の總鎭守で 明治には縣社に列しています

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舟津神社(鯖江市舟津町)〈『延喜式』《本殿》舟津神社《相殿》大山御板神社〉

舟津神社(ふなつじんじゃ)は 崇神天皇10年(前88)四道将軍の大彦命が逢山の峰に楯三枚を以て社形を成し 猿田彦命を祀つたのが 式内社 大山御板神社(おほやまみたの かみのやしろ)であり 成務天皇4年(134)市入姫が勅をうけ大彦命が舟津の地に勅祭されたのが 式内社 舟津神社(ふなつの かみのやしろ)です

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川勾神社(中郡二宮町山西)相模国二之宮〈『延喜式』川勾神社〉

川勾神社(かわわじんじゃ)は 社伝に「縁起書によれば 第十一代垂仁天皇の朝 磯長国(しながのくに)の国宰たる阿屋葉造が勅命を奉じて当国鎮護のため創祀せらる」とあり 日本武尊東征の時 源義家東下りの時 奉幣祈願があったと伝わる 延喜式内社 相模國 餘綾郡 川匂神社(かはいいの かみのやしろ)です

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氣比神社(敦賀市刀根)〈『延喜式』伊多伎夜神社(氣比神社に合祀 山神神社)〉

氣比神社(けひじんじゃ)は 里人の伝承には越前國一宮 氣比神宮(敦賀市)の奥宮であると云う 又 伊多伎夜谷(いたきやだに)に鎮座していたと伝わる 延喜式内社 越前國 敦賀郡 伊多伎夜神社(いたきやのかみのやしろ)の論社 山神神社を合祀しており 式内論社にもなっています

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春日神社(鯖江市鳥井町)〈『延喜式』大山御板神・伊多伎夜神社〉

春日神社(かすがじんじゃ)は 第10代 崇神天皇の御宇 大彦命が北陸道下向に際し当地に着陣 楯板を立て軍神 武甕槌神・経津主神の二神を奉祀し賊を征伐 御板神社の社号を贈ったと云う 延喜式内社 越前國 丹生郡 大山御板神社(おほやまみたのかみのやしろ)です 別説に敦賀郡 伊多伎夜神社(いたきやのかみのやしろ)ともされます

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九頭神廃寺史跡公園(枚方市牧野本町)〈『延喜式』久須々美神社の旧鎮座地〉

九頭神廃寺史跡公園(くずみがみはいじ しせきこうえん)は 大阪府枚方市牧野本町にあります 九頭神廃寺は飛鳥時代後期から奈良時代にかけて建立された古代寺院で 平安時代に廃絶したものと考えられています 寺院地の南西角部に『延喜式』久須々美神社の旧鎮座地が 隣接して造営されていたことも判明しています

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八幡神社〈五社宮〉(福井市片粕町)〈『延喜式』大山御板神社〉

八幡神社(はちまんじんじゃ)は 貞観二年(860)清和天皇の時代に創建と伝わり 又「五社宮」とも云われます 五社の中には「白山神社〔御祭神 伊邪那美尊・火産霊尊・武甕槌命の三柱〕」が含まれており この白山神社が 延喜式内社 越前國 丹生郡 大山御板神社(おほやまみたの かみのやしろ)であると伝わっています

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越知神社 里宮(丹生郡越前町大谷寺)〈『延喜式』大山御板神社〉

越知神社 里宮(おちじんじゃ)は 第44代 元正天皇 養老二年(718)泰澄は仏像を作り 越知山頂(612m)に社堂を建て「越知山三所大権現」と称して祀ったのが始まり 当地はその遥拝所にあたります 一説には延喜式内社 越前國 丹生郡 大山御板神社(おほやまみたの かみのやしろ)の論社とされます

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神明神社〈上総社〉(越前市若竹町)〈『延喜式』大山御板神社を合祀〉

神明神社(しんめいじんじゃ)は 第26代 継体天皇が即位のため都に向かう時 日野山に向かい越前国中の神々を拝された宮跡と伝わり 伏拝(ふしおがみ)と云い日野山を遥拝する聖地でした 明治41年 延喜式内社 越前國 丹生郡 大山御板神社(おほやまみたの かみのやしろ)の論社 三ツ口の神明神社を合祀して神明神社と改称しました

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