宇波刀神社(うわとじんじゃ)は 口碑によれば「古来 當社を五條大明神と稱す」社記によれば「昔時 岡戸大明神とも稱し」 明治三年(1870)「旧名古屋藩より式内 宇波刀神社と改訂の旨達せられ」とあり 延喜式内社 美濃國安八郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の論社です
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1.ご紹介(Introduction)
この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します
【神社名(Shrine name)】
宇波刀神社(Uwato shrine)
【通称名(Common name)】
・江戸時代には於門大明神 岡戸大明神と称されていた
【鎮座地 (Location) 】
岐阜県安八郡神戸町神戸字八幡965番地
【地 図 (Google Map)】
【御祭神 (God's name to pray)】
《主》宇波刀大神(うわとおほかみ)
【御神徳 (God's great power)】(ご利益)
【格 式 (Rules of dignity) 】
・『延喜式神名帳(engishiki jimmeicho )927 AD.』所載社
【創 建 (Beginning of history)】
宇波刀神社 (うわとじんじゃ) 由緒由来
創建年紀不詳なるも、延喜式神明帳安八郡四座の内にして美濃國神名帳に曰く、従三位於門明神とあり。又 古は五條大明神とも称す。五條とは古 此の地を五條保と云ひしに依れるが、明治三年名古屋藩に於いて式内宇波刀神社と改訂の旨達せらる。旧記の中に富田伊豆守利綱の法度状あり。旧記名古屋藩徳川義直により燈明田五畝歩の寄付ありしも、維新の際上げ地となる亦古棟札の内元禄享保の記には岡戸大明神とあり。
【由 緒 (History)】
『明治神社誌料(Meiji Jinja shiryo)〈明治45年(1912)〉』に記される伝承
【抜粋意訳】
○岐阜縣 美濃國 安八郡神戶町大字神戶
郷社 宇波刀(ウハトノ)神社
祭神 不 詳
創建年代詳ならず、
社伝によれば、祭神不詳なれども、蓋し男女二柱の神にして、恐らく女神は後に配祀せしものならんか、而して二柱とも御著衣は白色にして、御丈凡八寸位の極めて古代の彫刻に成れる立體の木像に坐ますとぞ、本社は延喜式神名帳に載する所の宇波刀神社〔神祇志料、〕之れなり、
神社覈録に、「祭神在所等詳ならず」と當社は國帳に、従一位 放門(ウハト)明神とあり、又一に放門(オモン)大明神とも稱す 古は善学院の境内にありて 其寺の鎮守なりき、〔美濃神名記 新撰美濃志〕当國帳 又 從一位大国玉明神と云ふが見ゆ、今 於門の近地に三輪明神ありと云へば、大國玉 即是ならんか、口碑によれば、古来 當社を五條大明神と稱す、蓋し此地 古名 五條保と呼びしに因ると、或は然らんか、
又 社記によれば、昔時 岡戸大明神とも稱したるが如し、そは現に蔵収せる元禄、享保の棟札に此く記せるとなり、
當社は此く由緒ある神社なるを以て、古来 國主等の崇敬厚し、富田伊豆守利綱の法度歌を有せるにても知らるるのみならず、舊名古屋藩主 徳川義直は燈明田として五畝歩を寄附し、代々相傳へて 維新の際に至り、一たび上地となりしが、幾もなく佛下げらる、然れども往時 山門の僧徒等 威権を逞うして日吉山王権現を擁するに方りては朝野 亦 當社を顧みず、是を以て 社殿漸く頽廃してまた祭祀に堪へざるに及び、止むなく假りに日吉神社に合祀するに至らしが、其後 世人 漸く神慮の程をかしこみて、社殿を新築鎮遷す、明治三年 舊名古屋藩より式内 宇波刀神社と改訂の旨達せられ、幾もなく郷社に列せらる。社殿は一宇にして、境内坪数六百八十三坪(官有地第一種)を有し、郁て清酒の神境たり。
例祭日 三月二十二日
【原文参照】
明治神社誌料編纂所 編『明治神社誌料 : 府県郷社』中,明治神社誌料編纂所,明治45. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1088278
明治神社誌料編纂所 編『明治神社誌料 : 府県郷社』中,明治神社誌料編纂所,明治45. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1088278
【神社の境内 (Precincts of the shrine)】
【神社の境外 (Outside the shrine grounds)】
【この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)】
この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています
〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています
『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉
現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態
〇『六国史(りっこくし)』
奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称
・『日本書紀』養老4年(720)完成
・『續日本紀』延暦16年(797)完成
・『日本後紀』承和7年(840)完成
・『續日本後紀』貞観11年(869)完成
・『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
・『日本三代實録』延喜元年(901)完成
〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる
『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉
『延喜式(Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂〉
その中でも巻9・10を『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』といい 当時〈927年12月編纂〉「官社」に指定された全国の神社(式内社)の一覧となっています
・「官社(式内社)」名称「2861社」
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」
[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東山道 382座…大42(うち預月次新嘗5)・小340[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)美濃國 39座(大1座・小38座)
[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)安八郡 4座(並小)
[名神大 大 小] 式内小社
[旧 神社 名称 ] 宇波刀神社
[ふ り が な ](うはとの かみのやしろ)
[Old Shrine name](Uhato no kaminoyashiro)
【原文参照】
国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
【オタッキーポイント】(This is the point that Otaku conveys.)
あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します
式内社(うはとの かみのやしろ)の類社について
『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載「宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)」は 甲斐國巨麻郡と美美濃國安八郡の二箇所に記されています
又 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)と云います
延喜式内社 甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の論社
・宇波刀神社(北杜市明野町)
宇波刀神社(うわとじんじゃ)は 社記には「創立は平城天皇 大同年中(806~810年)に在り」・『三代實録』に「貞觀八年九月甲辰従五位下 宇波戸神授ニ 従五位上」と神位の奉授あり・『延喜式』に記載 式内社 甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)と伝えています
宇波刀神社(北杜市明野町上手)〈『三代實録』宇波刀神『延喜式』宇波刀神社〉
・宇波刀神社(甲府市宮原町)
宇波刀神社(うはとじんじゃ)は 堀河天皇 寛治年中(1087~1094年) 新羅三郎義光の再建された延喜式内社 甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)と伝わります 武田氏(信虎)全盛の頃 源氏の氏神 石清水八幡宮にあやかり 八幡宮と改称され 近世には宇波刀神社とも称していたと云う
宇波刀神社(甲府市宮原町)〈『三代實録』宇波刀神『延喜式』宇波刀神社〉
・宇波刀神社(韮崎市円野町)
宇波刀神社(うわとじんじゃ)は 第18代反正天皇の第2皇女 円比女が 封を此の地に受け 洲羽国 諏訪明神を勧請して守護神と崇め奉った その後 養老2戊午(718年)国守 社殿を造営し合祀 『三代實録』に宇波刀神『延喜式』に甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)と云う 宇波刀神社諏訪大明神と称されました
宇波刀神社(韮崎市円野町下円井宇波刀)〈『三代實録』宇波刀神『延喜式』宇波刀神社〉
・御崎神社(甲府市美咲)
御崎神社(みさきじんじゃ)は 初め甲斐の国主 武田家の居館のあった石和郷に鎮座 永正十六年(一五一九年)武田信虎公 つつじが崎に居城を構えた時 三の郭内に神殿建立し遷され 徳川時代 文禄三年(一五九四年)甲府城を築いた際 現在地に遷座 延喜式内社 甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の参考論社です
御崎神社(甲府市美咲)〈『延喜式』宇波刀神社〈参考論社〉〉
延喜式内社 美濃國安八郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の論社
・宇波刀神社(安八郡神戸町神戸)
宇波刀神社(うわとじんじゃ)は 口碑によれば「古来 當社を五條大明神と稱す」社記によれば「昔時 岡戸大明神とも稱し」 明治三年(1870)「旧名古屋藩より式内 宇波刀神社と改訂の旨達せられ」とあり 延喜式内社 美濃國安八郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の論社です
宇波刀神社(安八郡神戸町神戸)(『延喜式』宇波刀神社)
・宇波刀神社(安八郡安八町森部)
延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社
・表門神社(市川三郷町上野)
表門神社(うわとじんじゃ)は 第7代 孝霊天皇二年の鎭座 第72代白河天皇の永保元年(1081)官より社頭並に五十一の末社迄 御造営を受け 併せて市川の郷を神領に賜り勅願所と認められ それより市川明神とも称せられていたと云う 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)と伝わります
表門神社(市川三郷町上野)〈『延喜式』表門神社〉
・熊野神社〈五社神社〉(甲府市右左口町)
五社神社(ごしゃじんじゃ)は 熊野神社とも呼ばれ 神仏習合時代は「七覚御神幸さん(しちかくみゆきさん)」と云われました 大宝二年(702)役小角が ここに至り 富士山霊峯の御神体を無事に開山され 小角が我が屋敷神として発起したと云う 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社です
熊野神社〈五社神社〉(甲府市右左口町)〈『延喜式』表門神社〉
・表門神社(甲府市白井町)
表門神社(うはとじんじゃ)は 『式内社調査報告』には 雄略天皇十三年の創立とあり 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社となっています 社殿の後方には 祭神に関わる高貴婦人を葬する古墳があり 本殿はこの丘の上に祀られています
表門神社(甲府市白井町)〈『延喜式』表門神社〉
・正一位浅間神社(市川三郷町宮原御領土)
正一位浅間神社(しょういちいあさまじんじゃ)は 社記によれば「景行天皇56年6月 鹽海足尼 甲斐國造として入國幣帛を奉ず」と云う 往古は表門社 又 浅間神社 或は磐間宮(いわまのみや)とも称し 岩間庄内の總鎮守でした 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社となっています
正一位浅間神社(市川三郷町宮原御領土)〈『延喜式』表門神社〉
【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)
この神社にご参拝した時の様子をご紹介します
養老鉄道 広神戸駅から東方向へ約1km 車での所要時間は5~6分程度
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社頭は南向きです
宇波刀神社(安八郡神戸町神戸)に参着
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明治維新の混乱の際に 社殿なども荒廃したらしく 現在は本殿と拝殿があります
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拝殿にすすみます
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御神体は 縣社 日吉神社の相殿に祀られているとの事
賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります
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【神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)
この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します
『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承
式内社 宇波刀神社について 所在 祭神は゛祭神在所等詳ならず゛〈祭神と所在は不明〉と記しています
【抜粋意訳】
宇波刀神社
宇波刀は假字也
○祭神在所等詳ならず
類社
甲斐國巨摩郡 宇波刀神社の條見合すべし神位
本國神名帳、從一位 放門(ウワト)明神
【原文参照】
鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015
『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容
式内社 宇波刀神社について 所在は゛今 神戶村にあり、於門大明神と云ふ、゛〈現 宇波刀神社(安八郡神戸町神戸)〉と記しています
【抜粋意訳】
安八並郡四座小
宇波刀(ウハトノ)神社、
今 神戶村にあり、於門大明神と云ふ、
【原文参照】
栗田寛 著『神祇志料』第12−14巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815496
『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承
式内社 宇波刀神社について 所在は゛神戶村(安八郡神戶村大字神戸)゛〈現 宇波刀神社(安八郡神戸町神戸)〉と記しています
【抜粋意訳】
宇波刀(ウハトノ)神社 稱 於門大明神
祭神
祭日 二月朔日
社格 郷社所在 神戶村(安八郡神戶村大字神戸)
【原文参照】
教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019
宇波刀神社(安八郡神戸町神戸)に「拝 (hai)」(90度のお辞儀)
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美濃国(みののくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される当時の官社です 美濃国には 39座(大1座・小38座)の神々が坐します 現在の論社を掲載しています
美濃國(みののくに)の 式内社 39座(大1座・小38座)について