実践和學 Cultural Japan heritage

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熊野神社〈五社神社〉(甲府市右左口町)〈『延喜式』表門神社〉

五社神社(ごしゃじんじゃ)は 熊野神社とも呼ばれ 神仏習合時代は「七覚御神幸さん(しちかくみゆきさん)」と云われました 大宝二年702役小角が に至り 富士山霊峯の御神体を無事に開山 小角が我が屋敷神として発起したと云う 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社です

1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(Shrine name)】

五社神社(Gosha shrine

【通称名(Common name)】

・七覚御神幸さん(しちかくみゆきさん)

熊野神社(くまのじんじゃ)

【鎮座地 (Location) 】

山梨県甲府市右左口町4320-1

〈旧住所〉山梨県東八代郡中道町右左口4320-1

【地 図 (Google Map)】

【御祭神 (God's name to pray)】

《主》天照皇大神(あまてらすすめおほかみ)
   伊邪那岐神(いざなぎのかみ)
   伊邪那美神(いざなみのかみ)
   武甕槌神(たけみかづちのかみ)
   経津主神(ふつぬしのかみ)

【御神徳 (God's great power)】(ご利益)

【格 式 (Rules of dignity) 】

・『延喜式神名帳engishiki jimmeicho 927 AD.所載社

【創 建 (Beginning of history)】

熊野神社(五社神社)

御祭神

 武甕槌大神(たけみかづちのおゝかみ)伊豆権現
 伊邪那岐大神(いざなぎのおゝかみ)
 天照皇大神
 伊邪那美大神(いざなみのおゝかみ)
 経津主大神(ふしつねぬしのおゝかみ)

祭起沿革

 大宝二年 役小角この所に至りて富士山霊峯(木花咲耶姫神)の御神体を初めて開山することに当り 右の五ケ所の権現様に心願奉りて 無事に開山せられ茲に大願成就の為に小角が我が屋敷神として発起したとある。後 明治八年 勅令に依り神仏混合相成らずとの命令にて 開山祖師の役小角を円楽寺開山祖師として 祭神とは分離したり 伋て村内氏神と称して その御神徳を蒙らせ載き奉って居ります。

本殿は権現造で文政三年(一八二〇)に建立したものである
拝殿は、昭和十八年の再興で現在に至っている
例祭十一月三日には宿・七覚・善藤の三区により当番組員によって神輿の渡御が行われる

王子神社 祭神

 少彦名命(すくなひこなのみこと)医薬治病の神
 大国主命(おゝくにぬしのみこと)本土の神
 素盞嗚命(すさのうのみこと)武 神

現地案内板より

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【由 緒 (History)】

五社神社(旧村社) ■由緒沿革:

 創立年月不詳。文明年中 聖護院道興親王の社参あり。
役の小角、富士山に登るに先づこの所にて行を修めたといふ。爾来 修験者の信仰篤し。後 神領二九石余を有するに至った。

山梨県神社庁HPより
https://www.yamanashi-jinjacho.or.jp/intro/search/detail/3099

【神社の境内 (Precincts of the shrine)】

 ・王子権現の大サクラ

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天然記念物

王子権現の大サクラ

五社神社の参道にもなっているこの場所は、地元では「王子権現」と呼ばれ、憩いの地として親しまれています。

王子権現は、いつから神社として崇敬されていたのかは不明ですが、近くにある円楽寺が「修験の地」として信仰され、近世までここで「藤切り」の祭礼が行われていたことから、中世には存在していたことが想像されます。

また、五社神社は「上の宮」、王子権現は「下の宮」と言われ、ともに古くから「医薬治病の神」として篤く信仰されています。

この木は、樹齢150年以上というシダレザクラの巨木です。毎春見事な花を咲かせ、ひときわ周囲の緑を引き立たせています。

古来よりサクうは「神宿る木」として日本全域に植えられています。この地域でこれほどの巨木は例になく、木変貴重です。
地区のシンボルでもあるこの名木、氏子達の総意と協力により、平成15年、天然記念物に指定されました。

現地案内板より

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【神社の境外 (Outside the shrine grounds)】

この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています

〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
 『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています

『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉

現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態

〇『六国史(りっこくし)』
  奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称

・『日本書紀』養老4年(720)完成
『續日本紀』延暦16年(797)完成
『日本後紀』承和7年(840)完成
『續日本後紀』貞観11年(869)完成
『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
『日本三代實録』延喜元年(901)完成

〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
  平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる

『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉

延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂
その中でも910を『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)といい 当時927年12月編纂「官社」に指定された全国の神社式内社の一覧となっています

「官社(式内社)」名称「2861
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東海道 731座…大52(うち預月次新嘗19)・小679

[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)甲斐國 20座(大1座・小19座)

[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)八代郡 6座(大1座・小5座)

[名神大 大 小] 式内小社

[旧 神社 名称 ] 表門神社
[ふ り が な ](うは〔へ〕との かみのやしろ)
[Old Shrine name]Uhato no kaminoyashiro

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

【オタッキーポイント】This is the point that Otaku conveys.

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

式内社(うはとの かみのやしろ)の類社について

『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載「宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)」は 甲斐國巨麻郡と美美濃國安八郡の二箇所に記されています

又 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)と云います

延喜式内社 甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の論社

・宇波刀神社(北杜市明野町上手)

一緒に読む
宇波刀神社(北杜市明野町上手)〈『三代實録』宇波刀神『延喜式』宇波刀神社〉

宇波刀神社(うわとじんじゃ)は 社記には「創立は平城天皇 大同年中(806~810年)に在り」・『三代實録』に「貞觀八年九月甲辰従五位下 宇波戸神授ニ 従五位上」と神位の奉授あり・『延喜式』に記載 式内社 甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)と伝えています

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・宇波刀神社(甲府市宮原町)

一緒に読む
宇波刀神社(甲府市宮原町)〈『三代實録』宇波刀神『延喜式』宇波刀神社〉

宇波刀神社(うはとじんじゃ)は 堀河天皇 寛治年中(1087~1094年) 新羅三郎義光の再建された延喜式内社 甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)と伝わります 武田氏(信虎)全盛の頃 源氏の氏神 石清水八幡宮にあやかり 八幡宮と改称され 近世には宇波刀神社とも称していたと云う

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・宇波刀神社(韮崎市円野町)

一緒に読む
宇波刀神社(韮崎市円野町下円井宇波刀)〈『三代實録』宇波刀神『延喜式』宇波刀神社〉

宇波刀神社(うわとじんじゃ)は 第18代反正天皇の第2皇女 円比女が 封を此の地に受け 洲羽国 諏訪明神を勧請して守護神と崇め奉った その後 養老2戊午(718年)国守 社殿を造営し合祀 『三代實録』に宇波刀神『延喜式』に甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)と云う 宇波刀神社諏訪大明神と称されました

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・御崎神社(甲府市美咲)〈参考論社〉

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御崎神社(甲府市美咲)〈『延喜式』宇波刀神社〈参考論社〉〉

御崎神社(みさきじんじゃ)は 初め甲斐の国主 武田家の居館のあった石和郷に鎮座 永正十六年(一五一九年)武田信虎公 つつじが崎に居城を構えた時 三の郭内に神殿建立し遷され 徳川時代 文禄三年(一五九四年)甲府城を築いた際 現在地に遷座 延喜式内社 甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の参考論社です

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延喜式内社 美濃國安八郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の論社

・宇波刀神社(安八郡神戸町神戸)

・宇波刀神社(安八郡安八町森部)

延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社

・表門神社(市川三郷町)

一緒に読む
表門神社(市川三郷町上野)〈『延喜式』表門神社〉

表門神社(うわとじんじゃ)は 第7代 孝霊天皇二年の鎭座 第72代白河天皇の永保元年(1081)官より社頭並に五十一の末社迄 御造営を受け 併せて市川の郷を神領に賜り勅願所と認められ それより市川明神とも称せられていたと云う 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)と伝わります

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・熊野神社〈五社神社〉(右左口町)

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熊野神社〈五社神社〉(甲府市右左口町)〈『延喜式』表門神社〉

五社神社(ごしゃじんじゃ)は 熊野神社とも呼ばれ 神仏習合時代は「七覚御神幸さん(しちかくみゆきさん)」と云われました 大宝二年(702)役小角が ここに至り 富士山霊峯の御神体を無事に開山され 小角が我が屋敷神として発起したと云う 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社です

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・表門神社(甲府市白井町)

一緒に読む
表門神社(甲府市白井町)〈『延喜式』表門神社〉

表門神社(うはとじんじゃ)は 『式内社調査報告』には 雄略天皇十三年の創立とあり 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社となっています 社殿の後方には 祭神に関わる高貴婦人を葬する古墳があり 本殿はこの丘の上に祀られています

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・浅間神社(市川三郷町)

【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

JR身延線 甲斐上野駅から東方向へ約7.1km 車での所要時間は9~10分程度

社頭は 北向きです
七覚川に架けられた「権現橋」を渡ると境内地となっていて 両部鳥居が建てられています

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熊野神社〈五社神社〉(甲府市右左口町)に参着

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一礼をしてから鳥居をくぐり抜けて 境内に進みます
鳥居の扁額には「五社神社」と刻字されています

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鳥居をくぐり抜けると すぐに天然記念物に指定されているシダレ桜の巨木があります

王子権現の大サクラ」と呼ばれています

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鳥居改修の奉納者御芳名の石碑があります
多くの方々の崇敬がわかります

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この麓の境内地の奥手には 王子権現が祀られています

五社神社は この地から上に上がった境内地に祀られていて「上の宮」

王子権現は この麓の境内地に祀られていて「下の宮」と呼ばれています

王子神社(旧村社) ■由緒沿革:

役の小角の祭祀する処にして山内安全、仏教繁昌、氏子安穏除災與楽の祈願社と称し 天文三年頃より明治初年頃迄は四月十五日に当社境内に於いて僧侶、神官、法印の合同にて真木切の行を行った。
其の後、円楽寺の哀頽に伴ひ此の行事は廃止となる。尚境内にある「王子権現枝垂櫻」が平成十九年六月甲府市より文化財に指定された。根周り3.5m 枝張り東西11.8m 南北13.1m 樹高10.5m

山梨県神社庁HPより
https://www.yamanashi-jinjacho.or.jp/intro/search/detail/3098

王子権現にすすみます

賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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この麓の境内地から上に上がった境内地に祀られている五社神社「上の宮」へと参道を上がって行きます
社殿 境内は東向きです

拝殿にすすみます

賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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拝殿の奥に玉垣に囲まれて本殿が建てられています

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神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承

式内社 表門神社について 所在は゛市川郷上野村に在す、今 御崎明神と称す、゛〈現 表門神社(市川三郷町上野〉と記しています

【抜粋意訳】

表門神社

表門は宇波刀と訓べし、和名鈔、郷名部山梨西郡表門、

○祭神 倉稻魂命、名勝志、参考、

○市川郷上野村に在す、今 御崎明神と称す、同上

例祭 三日、十一月酉日、

國巨麻郡 宇波刀神社あり

社領
 當代御朱印高 四十一石余

【原文参照】

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015

『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容

式内社 表門神社について 所在は゛今 市川郷上野村にあり、御崎明神といふ、゛〈現 表門神社(市川三郷町上野〉と記しています

【抜粋意訳】

表門(ウハトノ)神社、

 市川上野村にあり、御崎明神といふ、

 三月三日、六月丗日、七月十五日、十月上酉日祭を行ふ、〔甲斐名勝志、山梨縣取調書〕

【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第12−14巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815496

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承

式内社 表門神社について 所在は゛上野村〔字町谷小路〕(西八代郡上野村大字上野)゛〈現 表門神社(市川三郷町上野〉と記しています

別説として
白井河原村 八乙女社奇石を以て積たる岩戶の内に鎭座す゛〈現 表門神社(甲府市白井町)〉
山梨郡春日井村の内 桑戶組の石塚明神

【抜粋意訳】

表門神社  御崎明神

祭神
祭日 三月三日 十一月酉日
社格 郷

所在 上野村〔字町谷小路〕(西八代郡上野村大字上野)

 今按 此地 往古は上戸村と號 市川大門村 上下大烏居村等あり て此社を市川明神とも 俗に市川文珠とも云り 上野村は一層高燥の地にて 一つの岡を成したる處なれば 往古 湖なりし卑濕の地に對して 上野とは云るなるべく 表門も上處(ウハト)の義にて上野と異なる意なしと云り されば表門神社 此地なるべし

 一說に
 白井河原村 八乙女社奇石を以て積たる岩戶の内に鎭座す此處をウハドと唱へて式内 表門神社と云へど疑はし
 山梨郡春日井村の内 桑戶組の石塚明神 明和七年の棟札に奉造營 宇波戶神社 石塚桑戶大明神 寶殿とあれど和名鈔 山梨郡に表門 郷名あるよりこの時 始て式内と唱へ出たるものと聞ゆ 此村もと賀茂村 賀茂明神の産子なりしを 三四年來 本社を産土神と崇むれど神社もいと小社にて 舊來 石塚明神と稱したりと云へば 式社にはあるべからず

【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019

熊野神社〈五社神社〉(甲府市右左口町) (hai)」(90度のお辞儀)

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甲斐国 式内社 20座(大1座・小19座)について に戻る

一緒に読む
甲斐國 式内社 20座(大1座・小19座)について

甲斐国(かひのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される当時の官社です 甲斐国には 20座(大1座・小19座)の神々が坐します 現在の論社を掲載しています

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行幸会は 宇佐八幡とかかわりが深い八ケ社の霊場を巡幸する行事です 天平神護元年(765)の神託(shintaku)で 4年に一度 その後6年(卯と酉の年)に一度 斎行することを宣っています 鎌倉時代まで継続した後 1616年 中津藩主 細川忠興公により再興されましたが その後 中断しています 

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對馬嶋(つしまのしま)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳』に所載されている 対馬〈対島〉の29座(大6座・小23座)の神社のことです 九州の式内社では最多の所載数になります 對馬嶋29座の式内社の論社として 現在 67神社が候補として挙げられています