宇波刀神社(うばとじんじゃ)は 宝物の神鏡 裏面に「伊久良河宮 宇波刀神社内宮」と書かれており 第十一代 垂仁天皇の頃 倭姫命が天照大神を奉載し 近江の国から美濃の国に四年間ご滞在になられた「伊久良河宮」とも伝わる由緒深いお社で 延喜式内社 美濃國安八郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の論社でもあります
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1.ご紹介(Introduction)
この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します
【神社名(Shrine name)】
宇波刀神社(Ubato shrine)
【通称名(Common name)】
【鎮座地 (Location) 】
岐阜県安八郡安八町森部373番地の10
【地 図 (Google Map)】
【御祭神 (God's name to pray)】
《主》天照大神(あまてらすおほかみ)
豊受大神(とようけのおほかみ)
倭姫命(やまとひめのみこと)
家津御子神(けつみこのかみ)
【御神徳 (God's great power)】(ご利益)
【格 式 (Rules of dignity) 】
・『延喜式神名帳(engishiki jimmeicho )927 AD.』所載社
【創 建 (Beginning of history)】
安八町史跡
宇波刀神社
第十一代 垂仁天皇の頃(凡そ一七〇〇年前)
倭姫命(やまとひめのみこと)は、天照大神を奉載し 近江の国から美濃の国 伊久良河宮に四年間ご滞在になり、尾張の国にお移りになる途中お立寄になった由緒深いお社であります。昔は萱葺屋根丸柱造りで、伊勢神宮と同じつくりで尾張藩主徳川家の保護を受け、奉行によって造営されました。
明治初年 長良川上流改修工事のため二度移転をし、更に昭和九年 犀川改修工事により、現在地に遷座申し上げたのであります。
宇波刀神社宝物
一.神鏡
・一面 直径凡そ十五糎 裏面に伊久良河宮宇波刀神社内宮と書かれています。
・一面 直径凡そ十四糎 宇波刀神社外宮と書かれています。二.古棟札四枚
・一枚には伊久良河宮 宇波刀神社と書かれています。
・一枚には伊久良河宮 宇波刀神社内宮と書かれています。三.縁起書版木三枚
・一枚には寛政癸丑(一七九三年)暦板刻、河村右馬之助と書かれています。
安八町教育委員会
現地案内板より
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【由 緒 (History)】
宇波刀神社 (うばとじんじゃ) 由緒由来
垂仁天皇の御世創建。延喜式神明帳に安八郡宇波刀神社とあるは当社なりと云ふ。
社号を亦 伊勢大神宮 或いは 内宮、亦 伊久良河宮とも称す。垂仁天皇の御世 倭姫命 天照大神を奉し、美濃國に遷幸の時、当國に四年奉斎し、次に尾張國に遷り給ふと云ふ。其の事 日本書紀に倭姫命世記元々集等に詳なり。
当社 神鏡裏面の中央に宇波刀神社 右に伊久良河宮、左に内宮と彫刻あり。
又 古棟札の面に宇波刀神社 其の肩書に伊久良河宮と記し(年号文字摩消して不明) 慶長九年正月の棟札にも中央に宇波刀神社内宮 肩書に伊久良河宮とあり。此の神鏡、古棟札は、故あって近年迄 旧社人の河村家に秘蔵し、世に知られざりしが、今発見して本殿内に納む。
尚 旧社人 河村氏に当社の古傳を記せし元禄、安永年間の旧記あり。亦 当社は萱葺屋根、丸柱造りにて、伊勢神宮を模擬せり。嘉永五年十一月 名古屋藩主徳川義直の命を受けて 其の臣 瀧川豊前稲葉兵部 奉行し、之を再営せし旨其の旧記棟札現存す。
又、旧社地は二反二畝十歩あり。除地なりしが、長良川筋に変墺せし故 慶長九年 今の地に遷すと云ふ。大正六年十月二日旧字村社 宇波刀外宮 及字利面村社 熊野神社を合併す。
木曽川上流改修工事の為 昭和三年八月二十日移転。
然るに木曽川上流改修工事の結果 当社境内地の東部に沿ふ長良川堤防増築せられ、低湿地となり、不適当の故を以て 昭和八年七月三十日表398の3に移転をなす。然るに木曽川支流犀川改修工事の為、昭和九年十二月十六日 現在の地一色373の10へ移転完了せり。
【神社の境内 (Precincts of the shrine)】
・宇波刀神社 本殿
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・宇波刀神社 本殿の祭壇
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・参道
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・社頭
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【神社の境外 (Outside the shrine grounds)】
【この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)】
この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています
〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています
『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉
現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態
〇『六国史(りっこくし)』
奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称
・『日本書紀』養老4年(720)完成
・『續日本紀』延暦16年(797)完成
・『日本後紀』承和7年(840)完成
・『續日本後紀』貞観11年(869)完成
・『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
・『日本三代實録』延喜元年(901)完成
〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる
『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉
『延喜式(Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂〉
その中でも巻9・10を『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』といい 当時〈927年12月編纂〉「官社」に指定された全国の神社(式内社)の一覧となっています
・「官社(式内社)」名称「2861社」
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」
[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東山道 382座…大42(うち預月次新嘗5)・小340[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)美濃國 39座(大1座・小38座)
[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)安八郡 4座(並小)
[名神大 大 小] 式内小社
[旧 神社 名称 ] 宇波刀神社
[ふ り が な ](うはとの かみのやしろ)
[Old Shrine name](Uhato no kaminoyashiro)
【原文参照】
国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
【オタッキーポイント】(This is the point that Otaku conveys.)
あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します
式内社(うはとの かみのやしろ)の類社について
『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載「宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)」は 甲斐國巨麻郡と美美濃國安八郡の二箇所に記されています
又 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)と云います
延喜式内社 甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の論社
・宇波刀神社(北杜市明野町)
宇波刀神社(うわとじんじゃ)は 社記には「創立は平城天皇 大同年中(806~810年)に在り」・『三代實録』に「貞觀八年九月甲辰従五位下 宇波戸神授ニ 従五位上」と神位の奉授あり・『延喜式』に記載 式内社 甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)と伝えています
宇波刀神社(北杜市明野町上手)〈『三代實録』宇波刀神『延喜式』宇波刀神社〉
・宇波刀神社(甲府市宮原町)
宇波刀神社(うはとじんじゃ)は 堀河天皇 寛治年中(1087~1094年) 新羅三郎義光の再建された延喜式内社 甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)と伝わります 武田氏(信虎)全盛の頃 源氏の氏神 石清水八幡宮にあやかり 八幡宮と改称され 近世には宇波刀神社とも称していたと云う
宇波刀神社(甲府市宮原町)〈『三代實録』宇波刀神『延喜式』宇波刀神社〉
・宇波刀神社(韮崎市円野町)
宇波刀神社(うわとじんじゃ)は 第18代反正天皇の第2皇女 円比女が 封を此の地に受け 洲羽国 諏訪明神を勧請して守護神と崇め奉った その後 養老2戊午(718年)国守 社殿を造営し合祀 『三代實録』に宇波刀神『延喜式』に甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)と云う 宇波刀神社諏訪大明神と称されました
宇波刀神社(韮崎市円野町下円井宇波刀)〈『三代實録』宇波刀神『延喜式』宇波刀神社〉
・御崎神社(甲府市美咲)
御崎神社(みさきじんじゃ)は 初め甲斐の国主 武田家の居館のあった石和郷に鎮座 永正十六年(一五一九年)武田信虎公 つつじが崎に居城を構えた時 三の郭内に神殿建立し遷され 徳川時代 文禄三年(一五九四年)甲府城を築いた際 現在地に遷座 延喜式内社 甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の参考論社です
御崎神社(甲府市美咲)〈『延喜式』宇波刀神社〈参考論社〉〉
延喜式内社 美濃國安八郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の論社
・宇波刀神社(安八郡神戸町神戸)
宇波刀神社(うわとじんじゃ)は 口碑によれば「古来 當社を五條大明神と稱す」社記によれば「昔時 岡戸大明神とも稱し」 明治三年(1870)「旧名古屋藩より式内 宇波刀神社と改訂の旨達せられ」とあり 延喜式内社 美濃國安八郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の論社です
宇波刀神社(安八郡神戸町神戸)(『延喜式』宇波刀神社)
・宇波刀神社(安八郡安八町森部)
宇波刀神社(うばとじんじゃ)は 宝物の神鏡 裏面に「伊久良河宮 宇波刀神社内宮」と書かれており 第十一代 垂仁天皇の頃 倭姫命が天照大神を奉載し 近江の国から美濃の国に四年間ご滞在になられた「伊久良河宮」とも伝わる由緒深いお社で 延喜式内社 美濃國安八郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の論社でもあります
宇波刀神社(安八郡安八町森部)(『延喜式』宇波刀神社)
延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社
・表門神社(市川三郷町上野)
表門神社(うわとじんじゃ)は 第7代 孝霊天皇二年の鎭座 第72代白河天皇の永保元年(1081)官より社頭並に五十一の末社迄 御造営を受け 併せて市川の郷を神領に賜り勅願所と認められ それより市川明神とも称せられていたと云う 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)と伝わります
表門神社(市川三郷町上野)〈『延喜式』表門神社〉
・熊野神社〈五社神社〉(甲府市右左口町)
五社神社(ごしゃじんじゃ)は 熊野神社とも呼ばれ 神仏習合時代は「七覚御神幸さん(しちかくみゆきさん)」と云われました 大宝二年(702)役小角が ここに至り 富士山霊峯の御神体を無事に開山され 小角が我が屋敷神として発起したと云う 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社です
熊野神社〈五社神社〉(甲府市右左口町)〈『延喜式』表門神社〉
・表門神社(甲府市白井町)
表門神社(うはとじんじゃ)は 『式内社調査報告』には 雄略天皇十三年の創立とあり 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社となっています 社殿の後方には 祭神に関わる高貴婦人を葬する古墳があり 本殿はこの丘の上に祀られています
表門神社(甲府市白井町)〈『延喜式』表門神社〉
・正一位浅間神社(市川三郷町宮原御領土)
正一位浅間神社(しょういちいあさまじんじゃ)は 社記によれば「景行天皇56年6月 鹽海足尼 甲斐國造として入國幣帛を奉ず」と云う 往古は表門社 又 浅間神社 或は磐間宮(いわまのみや)とも称し 岩間庄内の總鎮守でした 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社となっています
正一位浅間神社(市川三郷町宮原御領土)〈『延喜式』表門神社〉
【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)
この神社にご参拝した時の様子をご紹介します
JR岐阜始駅〈名鉄 新羽島駅〉から 長良川を渡り 長良川の西岸を遡るように県道23号を北上して約4.4km 車での所要時間は8~10分程度
社頭は ほぼ南向き
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宇波刀神社(安八郡安八町森部)に参着
社号標には「元伊勢宮 宇波刀神社」
第十一代 垂仁天皇の頃 倭姫命が天照大神を奉載し 近江の国から美濃の国に四年間ご滞在になられた「伊久良河宮」とも伝わる由緒深いお社です
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鳥居をくぐり抜けて 真っ直ぐな参道を歩みます
長良川や木曽川支流 犀川の氾濫に因る洪水が多発する場所の為
ひときわ高い石垣が積まれた祭壇に 社殿が祀られています
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祭壇前のしめ飾りをくぐり抜けて
社殿にすすみます
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賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります
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社殿に一礼をして 祭壇を下り 参道を戻ります
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社頭まで戻り 長良川の方向(東側)30メートル程の所に 同じようにひときわ高い石垣が積まれた祭壇に 社殿が祀られています
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六社神社(安八郡安八町森部)の社殿のようです
凄い雨が降り出しました
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六社神社(安八郡安八町森部)のすぐ後ろは 長良川の土手があり サイクリングロードとなっているようです
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【神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)
この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します
『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承
式内社 宇波刀神社について 所在 祭神は゛祭神在所等詳ならず゛〈祭神と所在は不明〉と記しています
【抜粋意訳】
宇波刀神社
宇波刀は假字也
○祭神在所等詳ならず
類社
甲斐國巨摩郡 宇波刀神社の條見合すべし神位
本國神名帳、從一位 放門(ウワト)明神
【原文参照】
鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015
『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容
式内社 宇波刀神社について 所在は゛今 神戶村にあり、於門大明神と云ふ、゛〈現 宇波刀神社(安八郡神戸町神戸)〉と記しています
【抜粋意訳】
安八並郡四座小
宇波刀(ウハトノ)神社、
今 神戶村にあり、於門大明神と云ふ、
【原文参照】
栗田寛 著『神祇志料』第12−14巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815496
『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承
式内社 宇波刀神社について 所在は゛神戶村(安八郡神戶村大字神戸)゛〈現 宇波刀神社(安八郡神戸町神戸)〉と記しています
【抜粋意訳】
宇波刀(ウハトノ)神社 稱 於門大明神
祭神
祭日 二月朔日
社格 郷社所在 神戶村(安八郡神戶村大字神戸)
【原文参照】
教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019
宇波刀神社(安八郡安八町森部)に「拝 (hai)」(90度のお辞儀)
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美濃国(みののくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される当時の官社です 美濃国には 39座(大1座・小38座)の神々が坐します 現在の論社を掲載しています
美濃國(みののくに)の 式内社 39座(大1座・小38座)について