美濃国(みののくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される 美濃国 39座(大1座・小38座)の神社です
美濃国(みののくに)について
美濃国(Minonokuni)は 令制国の一つ〈東山道に属する〉
現在の・岐阜県南部・愛知県のごく一部
『古事記』には 三野国 と記されます
672年(天武天皇元年)壬申(じんしん)の乱では 美濃の豪族〈村国男依(むらくにのおより)ら〉が 大海人(おおあま)皇子の挙兵の後ろ盾となって 大活躍をした
美濃国(みののくに) 39座(大1座・小38座)
大社 1座は 1社〈すべて名神大社〉
小社38座は37社
計39座は38社
※座は神の柱数 社は神社数
郡〈延喜式神名帳に記載〉
・多藝郡(たきの こおり) 4座(並小)
・不破郡(ふは こおり) 3座(大1座・小2座)
・池田郡(いけだの こおり) 1座(小)
・安八郡(あはち こおり) 4座(並小)
・大野郡(をほのの こおり) 3座(並小)
・方縣郡(かたあかた こおり) 2座(並小)
・厚見郡(あつみの こおり) 3座(並小)
・各務郡(かかみの こおり) 7座(並小)
・賀茂郡(かもの こおり) 9座(並小)
・恵奈郡(えなの こおり) 3座(並小)
多藝郡(たきの こおり) 4座(並小)
多伎神社(たきの かみのやしろ)
・多岐神社(養老町三神町)
大神神社(おほむわの かみのやしろ)
・大神神社(大垣市上石津町)
・梶谷八幡神社(海津市海津町)
御井神社(みゐの かみのやしろ)
・御井神社(養老町金屋)
久久美雄彦神社(くくみをひこの かみのやしろ)
不破郡(ふは こおり) 3座(大1座・小2座)
仲山金山彦神社(名神大)(なかやまかなやまひこの かみのやしろ)
・南宮大社(垂井町)美濃国一之宮
南宮大社(なんぐうたいしゃ)は 社伝によれば 神武天皇東征の時 金鵄を輔(たす)けて大いに霊験を顕された故を以て 不破郡 府中に鎮座したが 後に第十代 崇神天皇の御代 美濃仲山麓の現在地に奉遷された 古くは仲山金山彦神社と号したが 国府から南方に位するので南宮大社と云われる様になったと伝えます
南宮大社(垂井町宮代)
・南宮御旅神社(垂井町府中)
〈南宮大社の旧鎮座地〉
南宮御旅神社(なんぐうおたびじんじゃ)は 往古は 南宮大社が鎮座していたとも伝わり その境内は 美濃国府跡にあり 國府の宮〈美濃国総社〉ともされています 一説には 現在の南宮大社は 遷座の際 古宮の南方に位する「南の宮」の意から 南宮と云われる様になったと伝えます
南宮御旅神社(垂井町府中)
大領神社(たいりやうの かみのやしろ)
・大領神社(垂井町宮代)
伊富岐神社(いふきの かみのやしろ)
・伊富岐神社(垂井町伊吹)
池田郡(いけだの こおり) 1座(小)
養基神社(やきの かみのやしろ)
安八郡(あはち こおり) 4座(並小)
宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)
加毛神社(かもの かみのやしろ)
墨俣神社(すむまたの かみのやしろ)
荒方神社(あらかたの かみのやしろ)
大野郡(をほのの こおり) 3座(並小)
花長神社(はななかの かみのやしろ)
・花長上神社(揖斐郡揖斐川町)
・能郷白山神社
花長下神社(はななかのしもの かみのやしろ)
・花長下神社(揖斐郡揖斐川町)
花長下神社(はなながしもじんじゃ)は 『延喜式神名帳(927年編纂)』美濃國大野郡に所載の式内社です 御祭神「赤衾伊農意保須美比古佐和氣能命(あかぶすまいのおおすみひこさわけのみこと)」は『出雲国風土記』に登場する神とされ 同地区には 御祭神が夫婦神同士 祭礼が交互に行われるなど密接な関連の式内社 花長上神社も坐まします
花長下神社(揖斐川町谷汲名礼)
来振神社(こふりの かみのやしろ)
・来振神社(大野町稲富)
方縣郡(かたあかた こおり) 2座(並小)
方縣津神社(かたあかたつの かみのやしろ)
若江神社(わかえの かみのやしろ)
厚見郡(あつみの こおり) 3座(並小)
比奈守神社(ひなもりの こおり)
・比奈守神社(岐阜市茜部本郷)
・手力雄神社(岐阜市蔵前)
茜部神社(あかねへの かみのやしろ)
物部神社(もののへの かみのやしろ)
・伊奈波神社(岐阜市伊奈波通)
・伊奈波神社 旧跡(岐阜市赤ケ洞)
・岩戸八幡神社(岐阜市長森岩戸)
・岩戸神社(岐阜市長森岩戸)〈参考論社〉
各務郡(かかみの こおり) 7座(並小)
伊波乃西神社(いはのにしの かみのやしろ)
・伊波乃西神社(岐阜市岩田西)
・日子坐命御陵墓
〈伊波乃西神社 旧鎮座地〉
日子坐命御陵墓(ひこいますのみことごりょうぼ)は 第9代「開化天皇」の第三皇子「日子坐王(hikoimasu no kimi)」の王陵として 宮内省より 明治8年(1875)に「日子坐王陵」と認定されました その為 この地に鎮座していた「伊波乃西神社」は 現在の鎮座地である 清水山の麓に遷宮しました この地は 伊波乃西神社の旧鎮座地となります
日子坐命御陵墓(伊波乃西神社 旧鎮座地)
村國神社二座(むらくにの かみのやしろ ふたくら)
・村国神社(各務原市)
村国神社(むらくにじんじゃ)は 社伝によれば 飛鳥時代(592~710年)この地一帯を治めていた村国氏の祖が天之火明命(ameno hoakari no mikoto)と御子 石凝姥命(ishikoridome no mikoto)を御祭神として創建したと伝えます その後「壬申の乱(jinshin no ran)」(672)で勲功のあった村國連男依が 祭神としてこの神社に祀られました
村国神社(各務原市)
・村国神社 御旅所(各務原市)
村国神社 御旅所(むらくにじんじゃ おたびところ)は 『延喜式神名帳 AD.927』に 美濃国各務郡 村國神社 二座とあり 一座は 村国神社 もうひとつ一座が 村國連男依命の墳墓の地 と云われており 現在の御旅所になります
村国神社 御旅所(各務原市)
飛鳥田神社(あすかたの かみのやしろ)
村國真墨田神社(むらくにますみたの かみのやしろ)
・村国真墨田神社(各務原市)
村国真墨田神社(むらくにますみたじんじゃ)は 「美濃国一之宮 南宮大社」と「尾張国 一宮 真清田神社」を合祀 その後 天武元年(672)に起こった壬申の乱で功績をあげた゛村国男依(murakuni no oyori)゛を 祭神として合祀した由緒を持ちます 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)所載の美濃国 各務郡 村国真墨田神社(むらくにますみたの かみのやしろ)に比定されます
村国真墨田神社(各務原市鵜沼山崎町)
加佐美神社(かさみ かみのやしろ)
御井神社(みゐの かみのやしろ)
・御井神社(各務原市三井町)
・御井神社 奥之宮(各務原市三井山町)
・天神神社(各務原市上中屋町)
賀茂郡(かもの こおり) 9座(並小)
縣主神社(あかたぬしの かみのやしろ)
坂祝神社(さかはふりの かみのやしろ)
大山神社(をほやまの かみのやしろ)
・大山神社(加茂郡富加町大山)
・大山白山神社(加茂郡白川町水戸野)
太部神社(たへの かみのやしろ)
阿夫志奈神社(あふしなの かみのやしろ)
神田神社(かんたの かみのやしろ)
佐久太神社(さくたの かみのやしろ)
多為神社(たゐの かみのやしろ)
中山神社(なかやまの かみのやしろ)
恵奈郡(えなの こおり) 3座(並小)
坂本神社(さかもとの かみのやしろ)
中川神社(なかかはの かみのやしろ)
恵奈神社(えなの かみのやしろ)
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『延喜式神名帳(engishiki jimmyocho)』は 延長5年(927年)に編纂されました このページは
東山道に鎮座する 382座『延喜式神名帳』の所載一覧
当時の「全国の官社」(祈年祭(毎年2月)に神祇官から幣帛を受ける神社)の一覧表が所載されています
「東山道」に鎮座する(382座…大42(うち預月次新嘗5)・小340)神社の一覧表です