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里宮(さとみや)とは―奥宮・山宮・本宮との違いと役割

里宮(さとみや)とは、山頂・山中などの祭祀地に対して、山麓や人々の居住地に近い場所に置かれた宮です。全国共通の社格ではなく、神社ごとに位置や役割、呼称が異なります。本記事では、奥宮・山宮・本宮・中宮・遥拝所との違い、成立背景と祭祀上の役割を、冨士御室浅間神社・金櫻神社・雄山神社などの具体例から整理して詳しく解説します。

里宮の基本情報

用語 里宮
読み方 さとみや
別表記 里社など。ただし、個別の史料・由緒に即して確認する必要があります
英語表記 Satomiya / foothill shrine(説明的表記)
意味 山頂・山中・奥地などの祭祀地に対し、山麓や人々の居住地に近い場所に置かれた宮
分類 神社の鎮座形態・祭祀施設を示す呼称
対概念 山宮・奥宮など
関連概念 本宮・中宮・前宮・元宮・遥拝所・御旅所・神体山

第1章 里宮とは

1-1 里宮の基本的な意味

里宮とは、山頂・山中・奥地などにある祭祀地に対して、山麓や人々の居住地に近い場所に設けられた宮をいいます。「里」は、単に村落だけを指すのではなく、山中や山頂に対する人の生活する側を示す場合があります。

ただし、里宮は全国の神社に共通する制度上の名称ではありません。何に対して里宮と呼ばれるかは神社によって異なり、奥宮に対する里宮、山宮に対する里宮、本宮に対する里宮などがあります。そのため、所在地が山麓や平地にあるという理由だけで、すべての神社を里宮と呼ぶことはできません。

1-2 里宮は社格ではない

里宮は、延喜式内社、官国幣社、府県社などのような社格ではありません。複数の社殿や祭祀地の位置関係、またはそれぞれが担う祭祀上の役割を示す呼称です。同一の神社を構成する一社殿が里宮と呼ばれる場合もあれば、山中の宮とは別の神社として祀られている場合もあります。

1-3 里宮の性格は一様ではない

里宮には、神霊を山から里へ遷して祀ったと伝える例、山上の宮と同じ神を祀る例、山宮との間で神幸を行う例、神体山や奥宮を遥拝する例などがあります。また、後世に里宮が祭祀や社務の中心となり、本社または本宮と呼ばれるようになった例もあります。したがって、「奥宮へ登れない人のための代替施設」とだけ説明することは適切ではありません。

第2章 「里宮」という名称と読み方

2-1 「里」が示す範囲

「里宮」の「里」は、人が居住する集落だけを狭く意味するとは限りません。山岳信仰に関係する神社では、山上・山中・奥地に対する山麓側、登拝口側、あるいは人々が日常的に往来する側を示す言葉として用いられます。里宮が必ず平地にあるとも限らず、山腹や谷口に鎮座する例もあります。

2-2 「宮」が示すもの

「宮」は一つの独立した神社を指すことも、同じ神社を構成する社殿や祭祀拠点を指すこともあります。宗教法人として一つの神社が、山頂・中腹・山麓に複数の社殿を持つ場合もあります。このため、里宮と奥宮の関係を理解する際には、法人上の関係だけでなく、祭神、祭礼、神職の奉仕、由緒上の位置づけを確認する必要があります。

2-3 名称は個別の由緒に従う

山麓側の宮が、里宮ではなく本社、中宮、前宮、前立社壇などと呼ばれることがあります。反対に、現在の本社が由緒の中で里宮と説明される場合もあります。呼称は位置から推測せず、神社の公式名称、社記・縁起、古文書、現地案内などによって確認します。

第3章 里宮の成立を考えるための史料

3-1 施設の成立と名称の成立を分けて考える

山麓の祭祀施設が設けられた時期と、「里宮」という名称が使用され始めた時期は、必ずしも同じではありません。古い祭祀地であっても、里宮という呼称が後世に定着した可能性があります。反対に、由緒に古い創建年代が記されていても、その記録が後世に成立した場合があります。

3-2 社記・縁起・棟札・古文書

里宮の成立を調べる際には、社記・縁起、棟札、造営文書、寄進状、神事記録などを確認します。これらから、社殿の造営や修復、神霊の遷座、祭礼の担い手、山上の宮との関係が分かる場合があります。ただし、社伝に記された創建年代や人物を、同時代史料の裏づけなく歴史的事実として断定することは避けます。

3-3 古絵図・登拝路・考古資料

古絵図や参詣曼荼羅、登拝路、道標、遥拝地点、山上遺跡などは、里宮が信仰空間の中でどの位置を占めたかを考える手がかりになります。複数の登拝口に同名の神社が鎮座する場合は、一つの霊山をめぐって複数の里宮が形成された可能性も検討できます。

3-4 史実・伝承・解釈を区別する

個別神社については、「史料から確認できること」「神社に伝わる由緒」「研究上の解釈」「Shrine Heritager編集部の考察」を区別します。山岳信仰や遷座の説明がよく当てはまる例であっても、それをすべての里宮に共通する成立過程とはみなしません。

第4章 里宮が成立・整備された背景

4-1 山上・山中の祭祀と山麓の祭祀

山そのものを神聖な存在として仰ぐ信仰、山頂や磐座で行われる祭祀、修験や登拝などを背景として、山麓側にも祭祀の場が整えられた例があります。しかし、里宮の成立を一律に原始的な山岳信仰から説明することはできません。現在確認できる社殿配置が、長い歴史の中で遷座・再建・合祀などを経て形成された場合もあります。

4-2 祭祀と参拝の拠点

山頂や奥地の宮では、積雪、険しい道、季節的な開山期間などによって参拝や奉仕が制約される場合があります。そのような神社では、山麓の宮が祭典、祈願、授与、社務などの拠点となることがあります。ただし、これらは個別神社の実態を確認して記述すべき役割であり、すべての里宮に共通する条件ではありません。

4-3 遷座によって形成された里宮

山中や旧祭祀地に祀られていた神霊を、里に近い場所へ遷したと伝える神社があります。この場合、旧地が山宮・元宮・本宮などと呼ばれ、遷座先が里宮または本社と呼ばれることがあります。ただし、神霊の遷座、社殿の移築、分霊の奉斎は異なるため、由緒を読む際には区別が必要です。

4-4 複数の登拝口と里宮

一つの霊山に複数の登拝路がある場合、それぞれの登拝口や周辺地域に祭祀の拠点が置かれることがあります。このような例では、一つの奥宮に対して一つの里宮があるという単純な構成ではなく、複数の里宮が同じ山への信仰を支える形がみられます。

第5章 里宮の主な役割

5-1 祭典と日常の参拝

里宮は、山中の宮に比べて人々が参拝しやすい位置にあることが多く、祭典や祈願が行われる場となります。ただし、参拝しやすい場所にあることと、祭祀上の中心であることは同じではありません。どの宮が本来の中心と認識されてきたかは、時代によって変化することもあります。

5-2 山宮・奥宮との祭祀上の関係

里宮と山宮・奥宮が同じ祭神を祀る例がありますが、祭神の構成が異なる例もあります。同じ神を祀る場合でも、それが分霊によるのか、遷座によるのか、同一神社の別社殿なのかは一律ではありません。

5-3 神幸と渡御

里宮と山宮の間で神輿が渡御する祭礼は、両者の関係を具体的に示します。山宮から里宮へ迎える場合、里宮から山宮へ還幸または神幸する場合などがあり、方向や時期、祭礼の意味は神社ごとに確認します。

5-4 遥拝の場所

里宮から神体山や奥宮を遥拝する例があります。しかし、里宮と遥拝所は同義ではありません。遥拝所は遠方の神聖な場所を拝するための場所であり、独立した社殿や恒常的な祭祀を伴わないこともあります。里宮が遥拝機能を持つ場合でも、それは複数ある役割の一つです。

第6章 里宮の主な鎮座形態

6-1 奥宮―里宮型

山頂・山中・奥地の奥宮に対し、山麓や登拝口側に里宮が鎮座する形です。両宮の祭神、祭礼、管理関係は個別に異なります。

6-2 山宮―里宮型

山中の山宮に対して里宮が置かれる形です。山宮が旧鎮座地や創祀の地と伝えられ、里宮との間で神幸が行われる例があります。

6-3 本宮―里宮型

山中の宮を本宮、山麓の宮を里宮と呼ぶ例があります。この場合の本宮は「ほんぐう」と読む場合と「もとみや」と読む場合があるため、読み方と由緒を確認します。

6-4 奥宮―中宮―山麓社型

山頂、山腹、山麓に三段階の祭祀拠点を持つ神社があります。ただし、山麓側が必ず里宮と呼ばれるわけではありません。中宮、前宮、前立社壇など、固有の名称が用いられる場合があります。

6-5 複数里宮型

一つの霊山や奥宮に対し、異なる登拝口や地域に複数の里宮が鎮座する形です。金峰山をめぐる金櫻神社・金桜神社は、この形態を考える重要な例です。

第7章 里宮と類似する呼称の違い

里宮と関連する呼称の比較

呼称 一般的な意味 里宮との違い・注意点
奥宮 本社・本宮より奥地や高所に鎮座する宮 里宮の対概念となることがありますが、すべての奥宮に里宮があるわけではありません
山宮 山中・山麓上部などに鎮座し、山の祭祀と関係する宮 里宮と対に扱われる例があります。旧鎮座地や元宮に当たる場合もあります
本宮 祭祀体系の中心となる宮、または「もとみや」として旧来の宮 里宮が本宮・本社を兼ねる場合もあり、必ず対立する呼称ではありません
中宮 山頂と山麓の中間、または複数社殿の中位に位置する宮 位置だけで決まるとは限らず、固有の祭祀上の役割を持つ場合があります
前宮 本宮の前方の宮、先行する祭祀地など 里側にあっても、里宮と同義とは限りません
元宮 現在の神社に対する旧鎮座地・創祀地など 山中にある元宮が山宮とも呼ばれる例がありますが、里宮との関係は個別に確認します
遥拝所 離れた神社・神体山などを拝する場所 里宮が遥拝所の役割を持つことはありますが、両者は同義ではありません
御旅所 祭礼で神輿が一時的に渡御・滞在する場所 恒常的な祭祀拠点である里宮とは、通常、性格が異なります

第8章 里宮の代表的な神社と祭祀形態

8-1 冨士御室浅間神社―本宮と里宮が一体となって機能した例

冨士御室浅間神社には、富士山二合目の本宮(もとみや)と河口湖畔の里宮があります。山梨県は、本宮を修験・登拝の拠点、里宮を土地の産土神として位置づけ、両者が一体となって機能してきた神社と説明しています。現在は、本宮本殿が保存のため里宮境内へ移築され、旧本宮の地には石祠が祀られています。この事例は、本宮と里宮の役割が単純な上下関係だけでは捉えられないことを示します。

冨士御室浅間神社の本宮と里宮については、次の記事で詳しく紹介しています。

URL: https://shrineheritager.com/fuzi-omuro-sengen-shrine/

本宮と里宮から成る冨士御室浅間神社
冨士御室浅間神社 本宮 里宮(富士河口湖町勝山)

冨士御室浅間神社 本宮 里宮(ふじおむろせんげんじんしゃ)は 朱鳥14年(699)本宮(もとみや)が富士山二合目に奉斉され山中に祀られた最古の社と云われます その後722年 雨屋を建立 807年 坂上田村麿が戦捷祈願に社殿を創建し 958年 現在の河口湖畔に里宮(さとみや)が建立 二合目の本宮と 土地の産土神の里宮が 一体となって機能してきた特徴的な神社です

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8-2 甲斐国一宮 浅間神社と山宮神社―神幸で結ばれる山宮・里宮

甲斐国一宮 浅間神社の公式由緒では、山宮神社は本社の東南にある神山の麓に鎮座し、かつて三柱を祀っていたところ、貞観七年(865)に木花開耶姫命を里宮へ遷座したと伝えます。現在も里宮側の浅間神社と山宮神社の間で山宮神幸祭が行われています。

この由緒は、山宮と里宮が旧社地と新たな祭祀地という関係を持つとともに、神幸によって結ばれている例です。ただし、創祀年代や遷座の経緯は神社の伝承として位置づけ、同時代史料によって確認できる事実と区別します。

甲斐国一宮として祀られる浅間神社については、次の記事で詳しく紹介しています。

URL: https://shrineheritager.com/asama-shrine/

里宮に当たる甲斐国一宮 浅間神社
浅間神社(笛吹市一宮町一ノ宮)〈甲斐國一之宮・延喜式内社〉

浅間神社(あさまじんじゃ)は 社伝には 第11代 垂仁天皇8年(約2000年前)山宮神社の地に3柱の神を祀り創始されます その後〈富士山〉貞観大噴火時〈貞観7年(865)〉鎮火神として木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)1柱を現在地に遷座し創建されたと云う 国府も近く 甲斐國一之宮とされる延喜式内社 名神大社です

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浅間神社の本宮旧鎮座地とされる山宮神社については、次の記事で詳しく紹介しています。

URL: https://shrineheritager.com/yamamiya-shrine/

浅間神社の本宮旧鎮座地 山宮神社
山宮神社(笛吹市一宮町一ノ宮)〈浅間神社の〈本宮〉旧鎮座地〉

山宮神社(やまみやじんじゃ)は 浅間神社の゛創祀の地 本宮゛とされます  垂仁天皇の御代〈二千年以上前〉この地〈神山の麓〉に三柱の神を勧請〈現在は二柱・大山祇神・天孫瓊々杵命を祀る〉残る一柱 木花開耶姫命は〈貞観七年(865)遷座〉現在は 里宮〈現 浅間神社〉に祀られ 毎年3月に厳かに山宮神社へ神幸が行なわれています

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8-3 金櫻神社―金峰山の奥宮と複数の里宮

金峰山頂の五丈岩は、金櫻神社信仰における奥宮の祭祀地とされています。これに対し、甲府市御岳町、山梨市牧丘町、山梨市歌田、山梨市万力などに金櫻神社・金桜神社が鎮座しています。山梨県埋蔵文化財センターは、金峰山頂の山宮に対し、甲府盆地の各山入口に里宮として同名の神社が祀られたと説明しています。

この例からは、一つの霊山や奥宮に対して里宮が一社だけ成立するとは限らず、異なる登拝口や地域に複数の祭祀拠点が形成される場合があることが分かります。一方、『延喜式神名帳』所載の甲斐国山梨郡「金櫻神社」を現在のどの神社に比定するかについては複数の説があるため、一社に断定しません。

金櫻神社奥宮 五丈岩

URL: 作成予定

金櫻神社(甲府市御岳町)

URL: 作成予定

金桜神社(山梨市牧丘町)

URL: 作成予定

金櫻神社(山梨市歌田)

URL: 作成予定

金桜神社(山梨市万力)

URL: 作成予定

8-4 駒形神社里宮・中宮―複数の呼称が重なる例

岩手県金ケ崎町の駒形神社中宮は、里宮とも呼ばれ、駒ヶ岳山頂の奥宮へ向かう登拝口側に鎮座します。現在の駒形神社本社、山頂の奥宮との位置関係から「中宮」と説明される一方、山頂の奥宮に対する「里宮」とも呼ばれています。この例は、一つの宮が位置関係や由緒によって複数の呼称を持つ場合があることを示します。

駒形神社里宮・中宮については、次の記事で詳しく紹介しています。

URL: https://shrineheritager.com/komagata-shrine-chugu/

里宮・中宮とも呼ばれる駒形神社中宮
駒形神社 里宮(陸中国一之宮)

駒形神社 里宮(こまがたじんじゃ さとみや)は 江戸時代(1603年 ~1700年頃)に仙台藩側から駒ヶ岳山頂の奥宮に向かう参拝路口にあたる「金ヶ崎の里宮」になります 明治4年(1871)に 山頂の「奥宮」が 国幣小社に列する際に 奥宮・里宮とも参拝時の交通が不便であるので 当時の水沢県県庁に近い水沢の鹽竈神社の本殿が仮遥拝所とされました それが現在の駒形神社「本社」となります この「奥宮」と「本社」の中間なので「中宮」とも呼ばれています

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8-5 荒船山をめぐる里宮―登拝口ごとに祀られる例

荒船山の周辺には、長野県佐久市側の荒舩山神社里宮と、群馬県下仁田町側の荒船神社里宮があります。両社は同じ山への信仰と関係しますが、所在地、登拝口、祭神、由緒を同一視することはできません。山頂の祭祀地との関係を、それぞれの社伝、現地資料、登拝路から確認する必要があります。

荒船山を神話上の特定の出来事の舞台とする説明については、その典拠と伝承の成立を確認し、『古事記』『日本書紀』本文に地名が記されているかを区別して扱います。

長野県佐久市側の荒舩山神社里宮については、次の記事で紹介しています。

URL: https://shrineheritager.com/arafuneyama-shrine/

荒船山の佐久市側に鎮座する荒舩山神社里宮
荒舩山神社 里宮(佐久市大字内山)〈御神体山「荒船山」〉

荒舩山神社 里宮(あらふねやまじんじゃ さとみや)は 『記紀神話』に有名な建御名方命と経津主命との戦いは 最終的には倭朝軍と国神軍との和議成立の場は 御神体山「荒船山」の山頂であり「皇朝古修武之地」とされます 神が宿る「神奈備」として祈りを捧げる里人が 山頂に登らずとも 里でお詣りが出来るように 設けられた里宮です

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群馬県下仁田町側の荒船神社里宮については、次の記事で紹介しています。

URL: https://shrineheritager.com/arafune-shrine/

荒船山の下仁田町側に鎮座する荒船神社里宮
荒船神社 里宮(下仁田町)

荒船神社 里宮(あらふねじんじゃ さとみや)は 荒船山の北東麓にあたる相沢登山口に(山頂の奥宮に対する)里宮として鎮座しています 山頂の荒船神社(arafune shrine)は 一之宮 貫前神社(ichinomiya nukisaki shrine)の元の鎮座地とも云われて深い関係があります

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8-6 雄山神社―峯本社・中宮祈願殿・前立社壇から成る例

雄山神社は、立山頂上の峯本社、芦峅寺の中宮祈願殿、岩峅寺の前立社壇という三社殿から成ります。山頂・山麓・里に近い場所へ祭祀拠点が展開していますが、公式名称では山麓側を「里宮」とせず、「中宮祈願殿」「前立社壇」という固有の名称を用いています。

この例は、山頂社に対応する山麓側の社殿を、位置だけで一律に里宮と呼ぶことができないことを示します。それぞれの名称は、立山信仰の歴史と祭祀上の役割に即して理解する必要があります。

立山頂上の峯本社については、次の記事で紹介しています。

URL: https://shrineheritager.com/oyama-shrine-minehonsha/

立山頂上に鎮座する雄山神社峯本社
雄山神社 峯本社〈立山大権現〉(立山頂上 雄山山頂)

雄山神社 峯本社〈立山大権現〉(立山頂上 雄山山頂)は 海抜一万尺(3003m)北アルプス立山の主峰雄山の岩頭に鎮座します 古来・富士山・白山と共に信仰される日本三霊山です 延喜式内社 越中國 新川郡 雄山神社(をやまの かみのやしろ)の峯本社です

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芦峅寺の中宮祈願殿については、次の記事で紹介しています。

URL: https://shrineheritager.com/oyama-shrine-chugu-kiganden/

立山信仰の拠点となった雄山神社中宮祈願殿
雄山神社 中宮祈願殿(立山町芦峅寺)〈『延喜式』雄山神社〉

雄山神社 中宮祈願殿(おやまじんじゃ ちゅうぐうきがんでん)は 社伝に「文武天皇 大宝元年(701)景行天皇の後裔 越中国司 佐伯宿禰有若公の嫡男 有頼少年が白鷹に導かれ熊を追い岩窟に至り 雄山大神の神勅を奉じて開山造営された霊山」と伝わり 現在・立山頂上峰本社・芦峅中宮祈願殿・岩峅前立社壇の三社殿から成る宗教法人です

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岩峅寺の前立社壇については、次の記事で紹介しています。

URL: https://shrineheritager.com/oyama-shrine-maetateshadan/

山麓側の祭祀拠点となる雄山神社前立社壇
雄山神社 前立社壇(立山町岩峅寺)

雄山神社 前立社壇(おやまじんじゃ まえたてしゃだん)は 平安初期に開山造営され立山信仰の拠点となった霊山 立山寺(岩峅寺)で 立山に入山する者の身の穢れや罪を湯立ての神事にて祓い 道中の無事を祈願した神仏習合の地です 雄山神社は 現在では・立山頂上峰本社・芦峅中宮祈願殿・岩峅前立社壇の三社殿から成り立つ宗教法人となっています

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第9章 里宮の由緒と現地を調べる方法

9-1 公式名称と通称を確認する

最初に、神社の公式名称、宗教法人名、現地の社号標、案内板、公式サイトを確認します。「里宮」が正式名称の一部なのか、由緒上の呼称なのか、地域で用いられる通称なのかを分けます。

9-2 位置関係と旧登拝路を確認する

奥宮・山宮・本宮との距離、標高差、方角、旧登拝路、登拝口を地図や古絵図で確認します。現在の道路だけを見ると、かつての祭祀経路を見誤る場合があります。

9-3 祭神と神霊の関係を確認する

里宮と山中の宮の祭神が同じか、相殿神を含めた構成が異なるかを確認します。由緒に「遷座」「勧請」「分霊」「遥拝」などの語がある場合は、それぞれの意味を混同しないようにします。

9-4 神幸・祭礼・奉仕の記録を確認する

里宮と山宮の間の神幸、開山祭・閉山祭、例祭、山上への奉幣などを調べると、両宮の祭祀上の関係が分かる場合があります。現在行われていない祭礼については、いつまで行われたかを史料から確認します。

9-5 参拝条件は最新の公式情報を確認する

山頂や山中の宮には、開山期間、冬季閉鎖、立入制限、登拝装備、祈祷受付などの条件がある場合があります。里宮だけの参拝が可能か、奥宮への登拝を伴う祭礼があるかは、各神社の最新の公式案内に従います。

第10章 よくある質問(FAQ)

Q1 里宮とはどのような神社ですか

山頂・山中・奥地などの祭祀地に対して、山麓や人々の居住地に近い側に置かれた宮です。ただし、全国共通の社格ではなく、個別神社の社殿配置や祭祀関係を示す呼称です。

Q2 里宮は奥宮の分社ですか

一律にはいえません。分霊を祀る例、神霊を遷座した例、同一神社を構成する別社殿である例などがあります。由緒に記された関係を個別に確認します。

Q3 里宮と山宮は反対の意味ですか

山宮と里宮が対に呼ばれる例はありますが、常に反対語になるわけではありません。山宮が元宮や旧鎮座地でもあり、現在の里宮が本社でもあるなど、複数の関係が重なる場合があります。

Q4 里宮と本宮はどちらが中心ですか

神社によって異なります。山中の宮を本宮、山麓を里宮とする例がある一方、里宮が現在の本社・本宮として祭祀や社務の中心になっている例もあります。

Q5 里宮と遥拝所は同じですか

同じではありません。里宮が神体山や奥宮を遥拝する場所となることはありますが、里宮は社殿を備え、恒常的な祭祀を行う場合があります。遥拝所は離れた神聖な場所を拝する機能を中心とする名称です。

Q6 里宮と御旅所は同じですか

通常は異なります。御旅所は祭礼の際に神輿が一時的に渡御・滞在する場所です。里宮は恒常的に祀られる宮を指すのが一般的ですが、個別の祭礼では里宮が御旅所に関係することも考えられます。

Q7 奥宮へ登らず里宮だけを参拝してもよいですか

里宮で通常の参拝を受け入れている神社はあります。ただし、奥宮・山宮との祭祀関係や参拝作法は神社ごとに異なります。開山期間や立入制限を含め、公式案内を確認することが大切です。

Q8 里宮は一年を通して参拝できますか

年間を通して参拝できる例はありますが、すべてではありません。積雪、災害、祭典、工事などで参拝条件が変わる場合があるため、最新情報を確認してください。

第11章 Shrine Heritager編集部考察

里宮は、奥宮へ行けない場合の単なる代替施設としてだけではなく、山上・山中の祭祀と、人々が暮らす側で行われる祭祀とを結ぶ場所として捉える必要があります。神幸、登拝、遥拝、祈願、社務などのうち、どの役割を担うかは神社によって異なります。

また、雄山神社のように山頂から山麓へ複数の社殿を持ちながら、里宮という名称を用いない例があります。位置の上下関係だけで名称を当てはめず、各神社が伝えてきた固有の呼称を尊重することが、由緒を正確に読む第一歩です。

第12章 関連項目(See also)・内部リンク

里宮の関連項目

関連項目 URL 関係
SHD-0034「本宮」 https://shrineheritager.com/hongu/ 祭祀体系の中心となる宮と里宮との関係
SHD-0035「奥宮」 https://shrineheritager.com/okumiya-2/ 奥地の宮と里宮との位置・祭祀上の関係
SHD-0037「元宮」 作成予定 旧鎮座地・創祀地と里宮との違い
SHD-0014「神奈備」 https://shrineheritager.com/kannabi/ 神体山・神奈備と里宮との関係

第13章 参考文献

本記事の参考文献・基礎資料

著者・編者 書名・資料名 刊行元・備考
國學院大學日本文化研究所編 『神道事典』 弘文堂、1994年
宮家準 『修験道辞典』 東京堂出版、1986年
山梨県埋蔵文化財センター 「杣口金桜神社奥社地―考古学から見た延喜式内社金櫻神社」 遺跡トピックスNo.0514
山梨県 「富士山」の構成資産紹介―冨士御室浅間神社 山梨県公式ウェブサイト
冨士御室浅間神社 「本宮・里宮」「由緒・御祭神」 神社公式ウェブサイト
甲斐国一宮 浅間神社 「摂社 山宮神社」 神社公式ウェブサイト
雄山神社 峯本社・中宮祈願殿・前立社壇の案内 神社公式ウェブサイト

第14章 External Links(外部リンク)

山梨県「富士山」の構成資産紹介

冨士御室浅間神社の本宮と里宮が担ってきた役割と、世界文化遺産「富士山」の構成資産としての位置づけを確認できます。

URL: https://www.pref.yamanashi.jp/fujisan/kouseishisanshoukai.html

山梨県埋蔵文化財センター

金峰山頂の山宮と、甲府盆地側の複数の里宮との関係を、杣口金桜神社奥社地の考古学的調査から解説しています。

URL: https://www.pref.yamanashi.jp/maizou-bnk/topics/501_600/0514.html

冨士御室浅間神社

本宮・里宮・奥宮・浄身場の構成、祭神、由緒、祭典などを確認できます。

URL: https://www.fujiomurosengenjinja.com/

甲斐国一宮 浅間神社

摂社山宮神社の由緒と、里宮との間で行われる山宮神幸祭について確認できます。

URL: https://asamajinja.jp/_setusya/

雄山神社

雄山神社が峯本社・中宮祈願殿・前立社壇の三社殿から構成されていることを確認できます。

URL: https://www.oyamajinja.org/

第15章 更新履歴(Revision History)

更新履歴

日付 内容
2026年9月6日 Edition 1 Reviewed Draft 定義、歴史的検討、類似語比較、代表例、FAQ、内部リンク、参考文献、外部リンクを全面的に再構成し、第8章の代表例に14件のブログカードを配置しました。公開予定の金櫻神社5記事の確定URLと、実検索データに基づく主要検索語句の確認後にOfficial Master完成版とします。
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出雲国造(いつものくにのみやつこ)は その始祖を 天照大御神の御子神〈天穂日命(あめのほひのみこと)〉として 同じく 天照大御神の御子神〈天忍穂耳命(あめのほひのみこと)〉を始祖とする天皇家と同様の始祖ルーツを持ってる神代より続く家柄です 出雲の地で 大国主命(おほくにぬしのみこと)の御魂を代々に渡り 守り続けています

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宇佐八幡宮五所別宮(usa hachimangu gosho betsugu)は 朝廷からも厚く崇敬を受けていました 九州の大分宮(福岡県)・千栗宮(佐賀県)・藤崎宮(熊本県)・新田宮(鹿児島県)・正八幡(鹿児島県)の五つの八幡宮を云います

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行幸会は 宇佐八幡とかかわりが深い八ケ社の霊場を巡幸する行事です 天平神護元年(765)の神託(shintaku)で 4年に一度 その後6年(卯と酉の年)に一度 斎行することを宣っています 鎌倉時代まで継続した後 1616年 中津藩主 細川忠興公により再興されましたが その後 中断しています 

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對馬嶋(つしまのしま)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳』に所載されている 対馬〈対島〉の29座(大6座・小23座)の神社のことです 九州の式内社では最多の所載数になります 對馬嶋29座の式内社の論社として 現在 67神社が候補として挙げられています