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元宮(もとみや)とは―旧鎮座地・本宮・奥宮との違い

元宮(もとみや)とは、一般に、現在の神社が遷座する前の旧鎮座地、またはその神社の起源・発祥に関係する宮や祭祀地です。本記事では、遷座・勧請との関係、本宮・奥宮・山宮・里宮・元伊勢との違い、元宮に残る祭祀と遺構、由緒を確かめる方法を代表例から解説します。

元宮の基本情報

用語 元宮
読み方 もとみや
別表記 元社・旧宮・古宮など。ただし、個々の神社で意味が異なり、完全な同義語とは限りません。
英語表記 Motomiya; original shrine site; former shrine site(説明的訳語)
意味 現在の神社の旧鎮座地、または起源・発祥に関係する宮・神社・祭祀地を指す呼称
分類 神社の由緒・鎮座地・遷座に関する用語
対概念 特になし
関連概念 本宮・奥宮・山宮・里宮・旧社地・遷座・勧請・元伊勢

第1章 元宮とは

1-1 旧鎮座地または起源地を示す呼称

元宮は、一般に、現在の神社より前に神が祀られていた場所、または現在の神社の創祀・発祥に関係すると伝えられる宮を指します。「元」という字は、現在の祭祀につながる以前の場所や起点を示しますが、元宮に当たる場所の姿は一様ではありません。独立した神社として存続する例、現在の本社に属する摂社・境外社となる例、小祠や磐座だけが残る例、石碑によって旧社地が示される例があります。

元宮という名称は、すべての神社に共通する法令上の区分や社格ではありません。神社の社伝、由緒書、地域の地名、祭礼の呼称などに基づいて用いられています。このため、「元宮」と書かれていることだけを根拠に、そこが歴史上確認できる最初の鎮座地であると断定することはできません。

1-2 狭い意味と広い意味

狭い意味の元宮は、神社が現在地へ遷座する前の旧鎮座地です。遷座後も旧地に小祠を置いたり、祭礼の際に神職や神輿が旧地へ向かったりする場合があります。この用法では、元宮と現在の本社との間に、時間的な前後関係があります。

広い意味では、現在の神社の発祥地、祭神が初めに現れたと伝える場所、神体や神宝を一時的に奉斎したとする場所、ある神社の勧請元や根本社を元宮と呼ぶ場合があります。必ずしも現在の本社がその場所から直接移転したとは限らないため、由緒の内容を個別に確認する必要があります。

1-3 元宮という名称だけでは関係を決められない

「元宮」が固有名詞の一部となっていても、常に旧鎮座地を意味するわけではありません。たとえば箱根元宮は、箱根神社の公式説明では駒ヶ岳山頂に鎮座する「奥宮」と位置づけられています。名称に元宮とあっても、山岳祭祀の中心や奥宮として説明される例があるため、名称、由緒、現在の祭祀上の位置づけを分けて読むことが大切です。

第2章 元宮の表記と類似する呼称

2-1 元社・旧宮・古宮

元社、旧宮、古宮などは、元宮に近い意味で使われることがあります。しかし、元社が勧請元の神社を示したり、古宮が古い社殿や旧祭祀地を示したりするなど、用法は一定していません。由緒書にこれらの語が現れたときは、単語を置き換えるのではなく、その文章が何を「元」「旧」「古」としているのかを確かめます。

2-2 元宮跡・元宮阯・旧社地

元宮跡または元宮阯は、元宮にあった社殿が失われ、跡地として記憶されている場所を指すことがあります。旧社地は以前の境内地を示す比較的説明的な語です。旧社地に現在も神社が鎮座している場合もあれば、地名、石碑、礎石、御神木などだけが残る場合もあります。

したがって、「元宮」は祭祀される宮を指す場合と、旧地そのものを指す場合があり、「旧社地」は場所に重点を置く語と整理できます。ただし、実際の呼称は各地の慣行に従うため、両者を機械的に区別することはできません。

第3章 元宮と遷座・勧請

3-1 遷座によって生まれる元宮

遷座とは、神を祀る場所を別の場所へ移すことです。神社の由緒では、洪水、噴火、火災、戦乱などの災害、集落や政治上の中心地の移動、参拝や祭祀に適した場所への移転、神託や命令などが遷座の理由として語られます。ただし、後世に編まれた由緒が古い時代の出来事を伝える場合もあるため、出来事の年代と、それを記す史料の成立年代は分けて示す必要があります。

遷座後の旧地が放棄されるとは限りません。元宮として社殿を残す、別の祭神を加えて祀る、祭礼の出発点とする、現在の本社から神幸するなど、旧地と新しい鎮座地の関係が祭祀によって保たれることがあります。

3-2 遷座と勧請の違い

勧請は、ある神社の神霊を別の場所に迎えて祀ることを中心とする語です。勧請元の神社はそのまま存続し、新たな神社でも祭祀が始まります。これに対して遷座は、祭祀の中心または鎮座地が移ることを表します。

もっとも、由緒の文章では「遷す」「勧請する」「分祀する」などが厳密に使い分けられていない場合があります。元宮と現在の本社の関係を確かめるときは、元の場所で祭祀が続いたか、神社全体が移ったと説明されているか、新旧両社の祭神がどのように伝えられているかを確認します。

3-3 元宮から現在の本社へ続く祭祀

元宮と現在の本社を結ぶ神幸、祭礼、参道は、両者の関係を示す重要な手掛かりです。古文書に遷座の年代が記されていなくても、旧地で祭事始を行う、現在の本社から元宮へ渡御する、元宮で採った榊を祭礼に用いるといった慣行が、旧地の記憶を伝えることがあります。

ただし、現在行われている祭礼が創祀時から変わらず続いているとは限りません。祭礼の初見史料、中断・再興の記録、現在の斎行状況を分けて記述する必要があります。

第4章 元宮が成立する背景

4-1 自然災害と地形の変化

山岳や火山の周辺では噴火や山崩れ、河川や海辺では洪水や高潮などが鎮座地の移動に関係したと伝えられることがあります。災害を理由とする由緒は、地質調査、災害記録、発掘調査と照合することで、伝承が成立した背景を検討できます。

4-2 集落・交通路・政治上の中心の移動

人々の居住地や交通路が変わると、参拝や祭祀を行いやすい場所へ神社が移されることがあります。また、領主の城下整備、村落の再編、耕地開発などが社地の変更に関係する場合もあります。元宮の位置を古道、旧集落、城館、河川の旧流路などと重ねると、遷座の理由を考える手掛かりになります。

4-3 合祀と旧地の保存

複数の神社が一社へ合祀された後、旧地に小祠や石碑が残され、元宮・旧宮などと呼ばれる場合があります。この場合は、ある本社が旧地から全面的に移った遷座とは事情が異なります。合祀年月日、旧社名、祭神、旧地での祭祀の有無を確認する必要があります。

第5章 元宮に残るもの

5-1 社殿・小祠

旧鎮座地に本殿や小祠が置かれ、現在も例祭や日常の祭祀が行われていることがあります。元宮が独立した宗教法人である場合、現在の本社の摂社・境外社である場合、法人格を持たない祠である場合があり、現在の所属関係は個別に確認します。

5-2 磐座・祭祀場・自然物

社殿ではなく、岩、山、樹木、泉などが祭祀の中心として伝わる元宮もあります。ただし、自然物があるだけで古代の祭祀場と判断することはできません。発掘された遺物、その年代、文献上の初見、現代までの祭祀の継続を分けて考えます。

5-3 石碑・礎石・地名

社殿が残らない場所では、「元宮」「旧社地」などと刻まれた石碑、礎石、古い地名が位置を伝える場合があります。石碑は旧地を知る重要な資料ですが、碑の建立年代が遷座よりはるかに新しいこともあります。碑文が何を根拠としているかまで確認すると、伝承と記録の関係が明確になります。

5-4 祭礼と神幸道

元宮に物的な遺構が少なくても、祭礼の順序や神幸道が旧地との結び付きを残すことがあります。祭礼は、元宮が単なる過去の場所ではなく、現在の祭祀の中でも意味を持つことを示します。

第6章 本宮・奥宮・山宮・里宮・元伊勢との違い

元宮に近い呼称は、時間、場所、祭祀上の中心、由緒という異なる基準から付けられています。名称だけで同じ種類とみなさず、何を基準にした呼称なのかを確認します。

元宮と類似する呼称の比較

呼称 中心となる意味 旧鎮座地との関係
元宮 現在の神社の旧鎮座地、起源地または発祥に関係する宮 旧鎮座地を指す場合が多いものの、用法は一定しません。
本宮 祭祀・信仰上の中心となる宮、または根本の宮 現在の中心社を指すことが多く、元宮と対になる場合があります。
奥宮 山中・山頂・境内奥などにある宮 創祀地を兼ねることはありますが、必ず旧鎮座地とは限りません。
山宮 山上・山中・山麓の祭祀地に置かれた宮 元宮を兼ねる例がありますが、名称は主として地理的関係を示します。
里宮 人々の居住地に近い場所に設けられた宮 山宮から里宮へ祭祀の中心が移ったと伝える場合があります。
元伊勢 伊勢鎮座以前の天照大御神・豊受大神の奉斎地とされる場所 伊勢神宮に関する特定の伝承を伴う呼称で、元宮一般とは範囲が異なります。

6-1 時間を示す元宮、場所を示す山宮・里宮

元宮は、現在の本社につながる過去や起点という時間的・由緒的な関係を示すことが多い呼称です。これに対して山宮・里宮は、山と人里という地理的関係を示します。そのため、同じ神社が「山宮」であると同時に「元宮」であることもあります。

6-2 元宮と奥宮が重なる場合

山上の祭祀地が神社の起源とされ、その後に山麓や里へ本社が設けられた場合、古い祭祀地が奥宮と元宮の両方の性格を持つことがあります。一方、奥宮が後世に整備された場合や、現在の本社と同時に祭祀されてきた場合は、元宮とは限りません。

6-3 元伊勢は固有の伝承範囲を持つ

元伊勢は、一般的な遷座前の旧社地をすべて指す語ではありません。『日本書紀』垂仁天皇紀や『倭姫命世記』などに関係づけられる、伊勢鎮座以前の奉斎地伝承を持つ神社・場所に用いられます。元宮と元伊勢の双方を称する神社では、二つの由緒を分けて説明する必要があります。

第7章 元宮を史料から確かめる方法

7-1 由緒の内容と成立年代を確認する

最初に、神社公式の由緒、境内案内板、社記、縁起を確認します。その際、「創建された時代」と「現存する由緒書が作られた時代」を同じものとして扱わないようにします。古代の出来事を江戸時代以降の史料が伝えている場合は、「社伝では」「由緒によれば」と明記します。

7-2 遷座を示す史料を探す

遷座の年代や旧社地の位置は、棟札、寄進状、社領関係文書、地誌、古地図、神社明細帳、村誌、市町村史などから確認できる場合があります。棟札が示すのは社殿造営の年代であり、必ずしも創建年代ではない点にも注意が必要です。

7-3 遺構・地名・祭礼を照合する

礎石、石列、出土遺物などの考古資料、元宮・宮元・古宮などの地名、祭礼の経路を照合します。地名や祭礼は伝承を支える手掛かりになりますが、それだけで古代の鎮座を証明するものではありません。

7-4 複数の元宮候補がある場合

神社が複数回遷座した場合や、異なる系統の由緒が残る場合には、元宮とされる場所が複数存在することがあります。候補を一つに決めることを急がず、それぞれの伝承の初出、根拠、現在の祭祀、位置関係を並べて示す方法が適切です。

第8章 元宮を伝える代表的な神社

8-1 山宮浅間神社―祭祀地と本社を神幸が結んだ例

山宮浅間神社は、富士山本宮浅間大社の社伝で同大社の前身とされる神社です。富士山を望む遥拝所を中心とし、本殿に相当する建築を置かない独特の境内構成を持ちます。文化遺産オンラインの解説では、発掘調査で祭祀に使用されたとみられる12~15世紀の土器が出土し、歴史資料からは1551年に神社の存在が確認できるとされています。

かつて富士山本宮浅間大社と山宮浅間神社との間では「山宮御神幸」が行われ、鉾立石や御神幸道に関係する石碑が残ります。社伝上の起源、考古資料、文献上確認できる年代を分けて説明できる元宮の代表例です。

富士山本宮浅間大社の前身とされ、遥拝所と山宮御神幸の跡を伝える山宮浅間神社を紹介します。

URL: https://shrineheritager.com/yamamiya-sengen-shrine/

富士山本宮浅間大社の元宮とされる山宮浅間神社
山宮浅間神社(富士宮市山宮)

山宮浅間神社(やまみやせんげんじんじゃ)は 第11代 垂仁天皇の時 山足の地〈山麓全体〉に祀られた浅間大神を 第12代 景行天皇の時 日本武尊が 当地 山宮の地に 磐境を設けて大神を祀り 大同元年(806)坂上田村麿が勅命により 現在の富士山本宮浅間大社の地に社殿を造営し 遷座した富士山の山宮斎場の元宮です 今でも本殿はなく 溶岩を用いた石列が原始的な祭祀形態を留めています

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8-2 石體神社―旧鎮座地で祭祀が続く例

石體神社は、鹿児島神宮の元宮とされる神社です。鹿児島神宮の記事および石體神社の由緒では、現在の鹿児島神宮へ遷座した後、旧地に石體神社が祀られたと伝えます。また、高千穂宮の正殿跡とする伝承や、安産に関する信仰も伝わります。

この例では、元宮が過去の跡地にとどまらず、現在も独自の信仰を受ける神社となっています。和銅元年(708)の遷座という年代を記す場合は、現存する同時代史料による確定年代ではなく、神社に伝わる由緒として示します。

鹿児島神宮の旧鎮座地とされ、現在も安産の信仰を伝える石體神社を紹介します。

URL: https://shrineheritager.com/shakutai-shrine/

鹿児島神宮の元宮とされる石體神社
石體神社(鹿児島神宮の元宮)

石體神社(しゃくたいじんじゃ)は 遠く神代の頃 天津日高彦穂穂出見尊が 築かれた都「高千穂宮」の正殿跡と伝わります 皇后の豊玉比売命のお産の故事にあやかり 古くから安産の神として 篤い信仰があります 飛鳥時代 和同元年(708)に この地から遷座したのが 現在の鹿児島神宮と云われていて その元宮であるとされます 

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8-3 元宮天神社―祭礼が旧地との関係を伝える例

元宮天神社は、見付天神・矢奈比賣神社が以前鎮座した場所と伝えられ、「元天神」とも呼ばれます。現在地へ遷座した年代は分かっていないとされる一方、矢奈比賣神社の例大祭に先立つ「祭事始」が元宮天神社で行われます。

遷座年代が確定できなくても、祭礼の順序、神職の奉仕、元天神という地名が、元宮と現在の本社との関係を伝えています。史料が十分でない部分を断定せず、現在確認できる祭祀と伝承を組み合わせて記述する例です。

見付天神の旧鎮座地と伝わり、裸祭の祭事始が行われる元宮天神社を紹介します。

URL: https://shrineheritager.com/motomiya-tenjinsha/

見付天神の旧鎮座地と伝わる元宮天神社
元宮天神社(磐田市見付)〈見付天神 矢奈比賣神社の元宮〉〈『延喜式』矢奈比賣神社〉

元宮天神社(もとみやてんじんしゃ)は 延喜式内社 遠江國 磐田郡 矢奈比賣神社(やなひめの かみのやしろ)の元宮〈古社地〉とされ通称「元天神」と呼びます 見付天神 矢奈比賣神社へ遷座は いつの時代かは不明ですが 元天神町という町名もこれに由来します 天下の奇祭「裸祭り」の最初の神事「祭事始」はこの地から始ります

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8-4 許曽志神社 元宮阯―石碑が旧社地を伝える例

許曽志神社 元宮阯は、許曽志神社が現在地へ奉遷する前の旧社地と伝えられる場所です。現地の記念碑では、貞享元年(1684)に松尾山の現社地へ奉遷するまで鎮座した場所を「元宮」と称しています。

この例は、元宮が常に整った社殿を持つとは限らず、旧社地を示す碑や土地そのものによって記憶される場合があることを示します。碑文を使用するときは、碑が建立された年代と、碑文が伝える遷座年代を区別します。

貞享元年の奉遷以前の社地を記念碑によって伝える許曽志神社 元宮阯を紹介します。

URL: https://shrineheritager.com/kososhi-shrine-2/

旧社地を石碑で伝える許曽志神社 元宮阯
許曽志神社 元宮阯(松江市古曽志町)

許曽志神社 元宮阯(松江市古曽志町)は 「出雲国風土記」「延喜式」に記載がある由緒ある古社「許曽志神社(松江市古曽志町)」の 本宮阯〈旧鎮座地〉です 貞享元年(1684年)4月 現社地 松尾山へ奉遷までこの地に御鎮座 址地の地名を『元宮』と称すとあり 旧社地は寛大 古木繁茂 馬場の左右に松の並木在りと伝わります

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8-5 鳴無神社―本社の起源を伝える別神社の例

鳴無神社は、土佐神社の元宮と伝えられる神社です。一言主命が海から鳴無の地へ至り、その後、現在の土佐神社の鎮座地へ移ったとする伝承があります。ここでは、旧社地の遺構というより、現在も祭祀が続く別の神社が本社の起源を伝える形になっています。

伝承上の年代や神の移動をそのまま歴史的事実とするのではなく、「元宮と伝えられる」「社伝では」と記す必要があります。現在の社殿は江戸時代の建築で、本殿・幣殿・拝殿は国の重要文化財に指定されています。

土佐神社の元宮と伝わり、現在も独立した祭祀と社殿を伝える鳴無神社を紹介します。

URL: https://shrineheritager.com/otonashi-shrine/

土佐神社の元宮と伝わる鳴無神社
鳴無神社(須崎市浦ノ内)〈土佐国一之宮「土佐神社」の元宮〉

鳴無神社(おとなし じんじゃ)は 土佐神社(土佐国一之宮)の元宮とされています 伝説によれば 土佐に流されて浦ノ内湾に漂着した「一言主命」を奉斎したのが鳴無神社の始りです ここから祀り変える地を選ぶために「一言主命」が投げた大石が 落ちた所が 土佐神社境内の礫石と伝わります

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8-6 箱根元宮―名称と祭祀上の位置づけが異なる例

箱根元宮は、箱根神社公式サイトで箱根神社の奥宮と説明されています。駒ヶ岳山頂から箱根大神の神体山とされる神山を拝する場所であり、「元宮」という名称を持ちながら、現在の祭祀上は奥宮として位置づけられる例です。

この事例は、「元宮」という名称だけから旧鎮座地と判断できないことを示します。固有名詞としての名称と、由緒・祭祀上の分類を分けて確認する必要があります。Shrine Heritager内に本事例を直接扱う公開記事を確認できなかったため、代表章では箱根神社公式情報への外部参照としました。

代表例にみる元宮の形態

事例 示される形態 確認上の要点
山宮浅間神社 本殿を置かない遥拝所と神幸 社伝・発掘成果・文献初見を分けます。
石體神社 旧地に神社と独自信仰が存続 遷座年代は由緒として扱います。
元宮天神社 祭礼の開始地として関係を継承 遷座年代不詳を明記します。
許曽志神社 元宮阯 碑と旧社地が元宮を伝承 碑の建立年と奉遷年を区別します。
鳴無神社 本社の起源を伝える別の神社 神の移動は社伝として記します。
箱根元宮 元宮の名を持つ奥宮 名称だけで旧鎮座地と判断しません。

第9章 元宮を参拝・調査するときの注意点

9-1 現在の管理者と立入条件を確認する

元宮や旧社地は、山中、農地、私有地、史跡区域などにある場合があります。参拝路が常時開放されているとは限りません。神社、自治体、土地管理者の案内に従い、無断で私有地へ入らないようにします。

9-2 社殿がないことを「何も残っていない」と考えない

元宮の重要な要素が、社殿ではなく祭祀場、自然物、地形、祭礼経路にある場合があります。一方で、岩や大木を見ただけで磐座・御神体と決めることも避けます。現地表示と史料を確認します。

9-3 現在の本社と併せて確認する

元宮だけを訪ねるのではなく、現在の本社の由緒、祭神、例祭、境内社も確認すると、遷座後に何が継承され、何が変化したのかを比較できます。両社を結ぶ旧道や神幸がある場合は、現地の安全と公開情報を確認したうえでたどります。

9-4 伝承を尊重しながら史料上の範囲を明示する

元宮の由緒は、神社や地域が伝えてきた大切な記憶です。同時に、記事では、伝承、文献で確認できる事実、考古学的な推定、編集上の考察を区別します。伝承を歴史的事実と断定することも、史料が新しいという理由だけで伝承の価値を否定することも適切ではありません。

第10章 よくある質問(FAQ)

Q1 元宮とは何ですか。

一般には、現在の神社が遷座する前の旧鎮座地、または現在の神社の起源・発祥に関係する宮・神社・祭祀地です。ただし、全国共通の制度上の名称ではなく、個々の神社によって用法が異なります。

Q2 元宮は現在の本社より必ず古いのですか。

由緒上は先行する場所とされることが多いものの、現存する社殿、碑、文献の年代は別問題です。「元宮」という名称だけでは、本社より古いことや最初の鎮座地であることを確定できません。

Q3 元宮には現在も神が祀られていますか。

現在も神社や小祠で祭祀が続く例があります。一方、石碑や遺構だけが残る元宮跡もあります。現在の祭祀状況は各神社の案内で確認します。

Q4 元宮と本宮はどちらが中心ですか。

現在の祭祀や神社運営では本宮・本社が中心となる場合が多いものの、元宮が重要な祭礼の場として保たれる例もあります。名称だけで上下関係を決めることはできません。

Q5 元宮と奥宮は同じですか。

同じではありません。奥宮は山中・山頂・境内奥などの位置関係を示すことが多く、元宮は旧鎮座地や起源との関係を示すことが多い呼称です。ただし、一つの宮が両方の性格を持つ場合があります。

Q6 元宮と旧社地は同じですか。

重なる場合がありますが、旧社地は以前の境内地という場所に重点を置く語です。元宮は、その旧地に残る神社や祭祀、または広い意味での発祥地を指すことがあります。

Q7 元宮と元伊勢は同じですか。

元伊勢は伊勢神宮鎮座以前の奉斎地とされる場所に関する特定の伝承を伴う呼称です。旧鎮座地や発祥地一般を指す元宮とは範囲が異なります。

Q8 神社の元宮はどのように調べますか。

神社公式の由緒、境内案内、自治体史、神社明細帳、古地図、棟札、文化財調査報告書などを確認します。地名、祭礼、遺構は重要な手掛かりですが、それぞれの年代と根拠を分けて判断します。

第11章 Shrine Heritager編集部考察

元宮を考えるとき、現在の本社を「完成形」、元宮を「過去の跡」とだけ見ると、両者を結ぶ祭祀を見落とします。元宮での祭事始、元宮への神幸、旧地に残る小祠などは、神社が場所を移した後も以前の鎮座地が祭祀の中に位置づけられてきたことを示します。

一方、「元宮」という名称は、歴史的な古さを自動的に保証するものではありません。元宮を手掛かりに、現在の本社、旧社地、古道、地形、災害史、祭礼を照合することで、神社の歴史を一つの創建伝承だけではなく、場所と祭祀の変化として読むことができます。これはShrine Heritager編集部による記事構成上の考察であり、個々の神社の起源を新たに確定するものではありません。

第12章 関連項目(See also)・内部リンク

元宮に関連する用語

項目 URL 元宮との関係
本宮 https://shrineheritager.com/hongu/ 現在の中心社・根本社との違いを確認できます。
奥宮 https://shrineheritager.com/okumiya/ 山中・山頂の宮と旧鎮座地との違いを確認できます。
里宮 https://shrineheritager.com/satomiya/ 山の祭祀地と人里側の宮との関係を確認できます。
勧請 https://shrineheritager.com/kanjou/ 神霊を迎えて祀ることと遷座との違いを確認できます。
合祀 https://shrineheritager.com/goshi/ 合祀後の旧地が元宮・旧宮として残る場合があります。

第13章 参考文献

13-1 辞典・研究資料

  • 國學院大學日本文化研究所編『神道事典』弘文堂、1994年。縮刷版、1999年。
  • 下中弥三郎編『神道大辞典』縮刷版、臨川書店、1986年(平凡社、1937~1940年刊の複製)。
  • 薗田稔・橋本政宣編『神道史大辞典』吉川弘文館、2004年。
  • 白井永二・土岐昌訓編『神社辞典』新装普及版、東京堂出版、1997年。

13-2 公的機関・神社公式資料

  • 文化遺産オンライン「山宮浅間神社」。
  • 文化遺産オンライン「富士山本宮浅間大社」。
  • 富士宮市「山宮浅間神社」。
  • 見付天神 矢奈比賣神社公式サイト。
  • 島根県神社庁「許曽志神社」。
  • 箱根神社公式サイト「箱根元宮(奥宮)について」。
  • 須崎市観光協会「鳴無神社」。

13-3 Shrine Heritager掲載資料

  • 「山宮浅間神社(富士宮市山宮)」。
  • 「石體神社(鹿児島神宮の元宮)」。
  • 「元宮天神社(磐田市見付)」。
  • 「許曽志神社 元宮阯(松江市古曽志町)」。
  • 「鳴無神社(須崎市浦ノ内)」。

第14章 External Links(外部リンク)

文化遺産オンライン「山宮浅間神社」

山宮浅間神社の境内構成、発掘調査、文献上の確認年代、山宮御神幸について確認できます。

URL: https://online.bunka.go.jp/special_content/component/112

富士宮市「山宮浅間神社」

富士山世界文化遺産の構成資産として、山宮浅間神社と遥拝所の概要を確認できます。

URL: https://www.city.fujinomiya.lg.jp/1015150000/p001614.html

見付天神 矢奈比賣神社公式サイト

元宮天神社と現在の矢奈比賣神社の関係、見付天神裸祭などを確認するための公式情報です。

URL: https://www.mitsuke-tenjin.com/

島根県神社庁「許曽志神社」

許曽志神社の正式名称、祭神、鎮座地、由緒の概要を確認できます。

URL: https://www.shimane-jinjacho.or.jp/matsue/f051d6a415ba283020bda43cf71ddf7af8403ed3.html

須崎市観光協会「鳴無神社」

鳴無神社が土佐神社の元宮とされること、現存社殿、祭礼などを確認できます。

URL: https://sta2020.com/susaki_info/tourism/757/

箱根神社公式サイト「箱根元宮(奥宮)について」

箱根元宮が箱根神社の奥宮として位置づけられていることと、現在の祭祀を確認できます。

URL: https://hakonejinja.or.jp/hakone/

国立国会図書館リサーチ・ナビ「神社を調べる」

神社の由緒や歴史を調査する際に利用できる辞典、神社誌、明細帳などの資料を確認できます。

URL: https://ndlsearch.ndl.go.jp/rnavi/humanities/post_628

第15章 更新履歴(Revision History)

元宮記事の更新履歴

日付 状態 内容
2026年7月30日 旧版 SUPERSEDED 初版作成。
2026年9月6日 Edition 1 Official Master Reviewed 従前の構成に依存せず全面再作成。定義、呼称差、遷座・勧請、代表例、調査方法、参考文献、リンクを再構成。
  • B!

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出雲国造(いつものくにのみやつこ)は その始祖を 天照大御神の御子神〈天穂日命(あめのほひのみこと)〉として 同じく 天照大御神の御子神〈天忍穂耳命(あめのほひのみこと)〉を始祖とする天皇家と同様の始祖ルーツを持ってる神代より続く家柄です 出雲の地で 大国主命(おほくにぬしのみこと)の御魂を代々に渡り 守り続けています

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宇佐八幡宮五所別宮(usa hachimangu gosho betsugu)は 朝廷からも厚く崇敬を受けていました 九州の大分宮(福岡県)・千栗宮(佐賀県)・藤崎宮(熊本県)・新田宮(鹿児島県)・正八幡(鹿児島県)の五つの八幡宮を云います

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行幸会は 宇佐八幡とかかわりが深い八ケ社の霊場を巡幸する行事です 天平神護元年(765)の神託(shintaku)で 4年に一度 その後6年(卯と酉の年)に一度 斎行することを宣っています 鎌倉時代まで継続した後 1616年 中津藩主 細川忠興公により再興されましたが その後 中断しています 

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對馬嶋(つしまのしま)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳』に所載されている 対馬〈対島〉の29座(大6座・小23座)の神社のことです 九州の式内社では最多の所載数になります 對馬嶋29座の式内社の論社として 現在 67神社が候補として挙げられています