実践和學 Cultural Japan heritage

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鴨神社(吉備中央町上加茂)〈『延喜式』鴨神社〉

鴨神社(かもじんじゃ)は 明治以降の説では「弘仁二年(811)山城国愛宕郡加茂大明神を勧請」と云う『吉備温故秘録』など江戸時代の説は 祭神 鴨別命は京都 上賀茂神社からの勧請ではなく笠臣(笠臣国造)の祖 鴨別命を祀ったのに始まるとする説を挙げます 延喜式内社 備前國津高郡 鴨神社(かもの かみのやしろ)の論社です

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1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(Shrine name)】

鴨神社(Kamo shrine

【通称名(Common name)】

・加茂大明神(かもだいみょうじん)

【鎮座地 (Location) 】

岡山県加賀郡吉備中央町上加茂471

〈旧住所 岡山県御津郡加茂川町上加茂471〉

【地 図 (Google Map)】

【御祭神 (God's name to pray)】

《主》別雷命(わけいかづちのみこと)

明治後期に合祀 八幡宮
 品陀別天皇(ほむたわけのみこと)
 足仲彦天皇(たらしなかつひこのすめらみこと)
 神功皇后(じんぐうこうごう)

【御神徳 (God's great power)】(ご利益)

【格 式 (Rules of dignity) 】

・『延喜式神名帳engishiki jimmeicho 927 AD.所載社

【創 建 (Beginning of history)】

鴨神社 カモジンジャ 由緒

弘仁二年、山城国愛宕郡加茂大明神を勧請したという。延喜の制、小社に列し、本国総社神明帳に従四位下鴨明神と載せている。虎倉城主伊賀氏が天文十年に社殿を造営し社領を献じた。池田光政公が社殿・末社を造営し、社領米を献進している。池田家代代の崇敬が篤かった。古くは鴨大明神、賀茂大明神また加茂大明神と称していたが、現在は鴨神社と号する。

岡山県神社庁HPより
https://www.okayama-jinjacho.or.jp/search/17491/

【由 緒 (History)】

『明治神社誌料(Meiji Jinja shiryo)〈明治45年(1912)〉』に記される伝承

江戸時代の『吉備温故秘録』などの説として 祭神 鴨別命は 京都 上賀茂神社からの勧請ではなく笠臣(笠臣国造)の祖である鴨別命を祀ったのに始まるとする説を挙げています

【抜粋意訳】

○岡山縣 備前國 御津郡加茂村大字上加茂

鄉社 鴨神社

祭神 賀茂別雷(カモノ ワケイカヅチノ

創建年代詳ならずとも、鴨神社 加茂村に在す(神社覈録、神祇志料)と見え、延喜の制式内小社に列す(神名帳考證)、神位は園内神名帳に従四位下とあり、
地名はもと社より起れり、上古に津高を鴨縣といひし由、今も奥分を賀茂といふ、此 鴨縣に鴨別命居給ひ、その子孫 笠臣代々住み給ふ、故に國民その徳をひて始組の鴨別命を祭りしならむか(吉備温故録)といへるが如く、
延喜式に津高郡 鴨神社あり、今 本村に存す、
應神紀に

「以波區縣、封後友別鴨別、是笠臣之也」と見ゆる鴨別は、此を本據するか(國志、備陽志)とあるにても知らるべし、明治六年郷社に列す。

社殿は本殿、幣殿、拜殿、神供所、神庫、隨神門等を具備し、境内八百六十九坪(官有地第一種)の外、上地林一反四畝步境内編入許可せらる。

境内神社 稻荷神社 森神社

例祭日 十月十九日、二十日

【原文参照】

明治神社誌料編纂所 編『明治神社誌料 : 府県郷社』下,明治神社誌料編纂所,明治45. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1088313

【神社の境内 (Precincts of the shrine)】

【神社の境外 (Outside the shrine grounds)】

この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています

〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
 『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています

『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉

現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態

〇『六国史(りっこくし)』
  奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称

・『日本書紀』養老4年(720)完成
『續日本紀』延暦16年(797)完成
『日本後紀』承和7年(840)完成
『續日本後紀』貞観11年(869)完成
『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
『日本三代實録』延喜元年(901)完成

〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
  平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる

『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉

延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂
その中でも910を『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)といい 当時927年12月編纂「官社」に指定された全国の神社式内社の一覧となっています

「官社(式内社)」名称「2861
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)山陽道140座…大16(うち預月次新嘗4)・小124

[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)備前國 26座(大1座・小25座)

[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)津髙郡 2座(並小)

[名神大 大 小] 式内小社

[旧 神社 名称 ] 鴨神社
[ふ り が な ](かもの かみのやしろ)
[Old Shrine name]Kamo no kaminoyashiro

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

【オタッキーポイント】This is the point that Otaku conveys.

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

備前国には延喜式内社として 鴨神が 赤坂郡・津髙郡・兒嶋郡に祀られています

備前国 延喜式内社の内 鴨神を祀る 式内社とその論社について

延喜式内社 備前國邑久郡 片山日子神社(かたやまひこの かみのやしろ)の論社

・片山日子神社(瀬戸内市長船町土師)

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片山日子神社(瀬戸内市長船町土師)〈『延喜式』片山日子神社〉

片山日子神社(かたやまひこじんじゃ)は 延喜式内社 備前國邑久郡 片山日子神社(かたやまひこのかみのやしろ)古来鎮座の神山から天喜3年(1055)現在地に遷座・社伝「片山日子神とは片山に坐す吉備津日子命の略称」・『吉備温故録』天日方奇日方命・『備前国志』『神社覈録』大山咋神・『神祇志料』賀茂片山御子神と祭神は諸説あり

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延喜式内社 備前國赤坂郡 鴨神社三座(かもの かみのやしろ みくら)の論社

・鴨神社(赤磐市仁堀西)

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鴨神社(赤磐市仁堀西)〈『延喜式』鴨神社三座〉

鴨神社(かもじんじゃ)は 京都上加茂大明神の御分社として 明治初年迄は京都上加茂神社の社家松下氏 西池氏の両家が社務を統理し 本村で高百五十石を領し その収納で運営にあたっていた 延喜式内社 備前國赤坂郡 鴨神社三座(かもの かみのやしろ みくら)の論社です

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・鴨布勢神社(赤磐市上仁保)

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鴨布勢神社(赤磐市上仁保)〈『延喜式』鴨神社三座〉

鴨布勢神社(かもふせじんじゃ)は 鍋谷・西中・下仁保・西仁保・上仁保・西窪田の六か村の大氏宮で 陰暦十月十七・十八日の祭当日は御輿六体が集まって御神幸の儀があったと云う 延喜式内社 備前國赤坂郡 鴨神社三座(かもの かみのやしろ みくら)の参考論社です

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・鴨布勢神社(赤磐市多賀)

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鴨布勢神社(赤磐市多賀)〈『延喜式』鴨神社三座・宗形神社〉

鴨布勢神社(かもふせじんじゃ)は 中古 紫明現と云い『吉備群書集成』に「創造時代不詳。社司之說に、古來より延喜式 宗形神社と云傳ふ。不審。」とあり 式内社 備前國赤坂郡 宗形神社(むなかたの かみのやしろ)と社司は伝える 又 式内社 備前國赤坂郡 鴨神社三座(かもの かみのやしろ みくら)ではないかともされます

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・片山神社(赤磐市由津里)

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片山神社(赤磐市由津里)〈『延喜式』鴨神社三座〉

片山神社(かたやまじんじゃ)は 孝霊天皇の御宇七十二年 吉備若日子建王子が播磨を征せられ 籠もって祈り給うて再営 天平二年(730)本社建替て迦毛大御神社として祀られ 延喜式内社 備前國赤坂郡 鴨神社三座(かもの かみのやしろ みくら)となる 永承四年(1049)山上より遷座 片山大明神と改名 明治二年 片山神社となる

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延喜式内社 備前國津高郡 鴨神社(かもの かみのやしろ)の論社

・鴨神社(吉備中央町上加茂)

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鴨神社(吉備中央町上加茂)〈『延喜式』鴨神社〉

鴨神社(かもじんじゃ)は 明治以降の説では「弘仁二年(811)山城国愛宕郡加茂大明神を勧請」と云う『吉備温故秘録』など江戸時代の説は 祭神 鴨別命は京都 上賀茂神社からの勧請ではなく笠臣(笠臣国造)の祖 鴨別命を祀ったのに始まるとする説を挙げます 延喜式内社 備前國津高郡 鴨神社(かもの かみのやしろ)の論社です

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延喜式内社 備前國兒嶋郡 鴨神社(かもの かみのやしろ)の論社

・鴨神社(玉野市長尾)

・加茂神社(玉野市木目)

【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

JR津山線 福渡駅からR484号経由で西へ約14.2km 車での所要時間は21~25分程度

加茂川の西岸 R429号線に面しています

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参道入口は東を向いています

鴨神社(吉備中央町上加茂)に参着

注連柱をくぐり 松並木の参道を進みます

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境内入口には 石の鳥居があり 石段を上がると隋神門となっています

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境内の左手には社務所があります

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正面に拝殿があります
拝殿の向かって左奥に〈境内社〉・荒神社・御崎神社が祀られています

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境内の向かって右 〈境内社〉金刀比羅宮

元々は 稲荷神社で 明治末年に金刀比羅宮・木山神社・龍王神社・森神社・愛宕神社・武甕槌神社・神納社・龍神社・厄神社・大山社・賀財神社・祇園神社・御玉神社・今宮・水神社・山神社・幸神社・番神社・素盞嗚神社・地神社・川上神社などの上加茂の近郊の神社が合祀されたものと云う

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拝殿にすすみます

賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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拝殿の後方は 石垣があり 一段高い社壇となっていて 本殿はそこに建てられています

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社殿に一礼をして 境内を戻ります

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神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承

延喜式 鴨神社について 所在は゛加茂村に在す、゛〈現 鴨神社(吉備中央町上加茂)〉と記しています

【抜粋意訳】

鴨神社

鴨は賀茂ノ訓べし、和名鈔、〔郷名部〕賀茂、

〇祭神 賀茂別雷神歟

〇加茂村に在す、〔式社考〕

國赤坂郡 鴨神社三座、兒島郡 鴨神社あり、

連胤按るに、當國は山城の賀茂に由緣あれば、必然るべし、」國人云、今 上下二社あり、

類社
 山城國愛宕郡 賀茂別雷神社の條見合すべし

神位
 國内神名帳、從四位下 鴨明神

【原文参照】

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『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容

延喜式 鴨神社について 所在は゛今 賀茂郷上賀茂村に在り、゛〈現 鴨神社(吉備中央町上加茂)〉と記しています

【抜粋意訳】

鴨神社、

 賀茂上賀茂村に在り、〔備前國志、備前式社考、神名帳考証、

明神と云ふ、〔備前國神名帳

盖 賀茂別雷命を祀る、〔参酌延喜式、土人傳説、〕

【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第1巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815490

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承

延喜式 鴨神社について 所在は゛上加茂村〔字 清常〕(御津郡馬屋下村大字大窪)゛〈現 鴨神社(吉備中央町上加茂)〉と記しています

【抜粋意訳】

鴨神社

祭神 別雷神

祭日 十一月一日二日
社格 郷

所在 上加茂村 〕(御津郡馬屋下村大字大窪)

【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019

鴨神社(吉備中央町上加茂) (hai)」(90度のお辞儀)

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備前国 式内社 26座(大1座・小25座)について に戻る

一緒に読む
備前国 式内社 26座(大1座・小25座)について

備前国(びぜんのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される当時の官社です 備前国には 26座(大1座・小25座)の神々が坐します 現在の論社について掲載しています

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  • B!

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