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本宮(ほんぐう)とは―本社・元宮・奥宮との違いと用例

本宮(ほんぐう)とは、別宮・末社・奥宮などに対して、ある祭神や神社群の中心となる宮を表す語です。ただし全国共通の社格ではなく、本社・元宮・総本宮と重なる場合もあります。本記事では語義と歴史、類似語との違いを整理し、多度大社・有鹿神社・富士山本宮浅間大社などの用例から読み解きます。

本宮の基本情報

用語 本宮
読み方 ほんぐう
別表記 御本宮
英語表記 Hongū / principal shrine
意味 関連する諸宮の中心、または根本と位置づけられる宮
分類 神社の構成・関係を表す用語
対概念 文脈により別宮・新宮・分社など
関連概念 本社・総本宮・元宮・奥宮・里宮・山宮・別宮

第1章 本宮とは

1-1 本宮の基本的な意味

本宮とは、ある祭神を祀る神社や、相互に関係する複数の宮のなかで、中心または根本と位置づけられる宮を表す語です。國學院大學の「神道基本用語集」では、本宮は本社ともいい、別宮・末社・奥宮などに対して、ある祭神を祀る中心の神社をいうと説明されています。

ただし、実際の用法は一様ではありません。現在の祭祀や神社運営の中心を本宮とする例がある一方、現在の本社とは離れた創祀の地や旧来の祭祀地を本宮と称する例もあります。また、各地に同系統の神社が広がった後、その中心となる神社が「総本宮」を称する場合もあります。

1-2 社格ではなく関係を表す語

本宮は、『延喜式神名帳』の式内社や近代社格制度の官国幣社・府県社などのように、全国を一律に区分した社格ではありません。何に対して「本」であるのかは、神社ごとの由緒、祭神、鎮座地、遷座、勧請、祭礼などによって異なります。

そのため、社名に「本宮」が含まれることだけを根拠に、その神社が同系統のすべての神社を統括している、あるいは最初に成立した神社であると断定することはできません。

1-3 正式社名と関係名称

「富士山本宮浅間大社」のように本宮が正式社名の一部となっている例があります。一方、多度大社の「本宮 多度神社」や有鹿神社の「本宮」のように、一つの神社を構成する複数の宮、または同じ祭神・由緒によって結ばれた複数の祭祀地の関係を示す呼称として用いられる場合もあります。用語を読む際は、正式社名なのか、境内や祭祀上の位置づけを表す名称なのかを区別する必要があります。

第2章 本宮の読み方・表記・語の成り立ち

2-1 読み方は「ほんぐう」

神社名や神道用語としての「本宮」は、一般に「ほんぐう」と読みます。ただし、地名や個別の固有名では異なる読みが用いられる可能性があるため、個別名称は公式表記を確認します。

2-2 「本」と「宮」が示す意味

「本」には、中心、根本、本来、もととなるものなどの意味があります。「宮」は神を祀る場所や神社を指すほか、文脈によっては特定の社殿を表します。この二字から成る本宮は、単に大きな社殿を示すのではなく、複数の宮や祭祀地の関係のなかで中心性や根源性を示す語と理解できます。

2-3 御本宮・総本宮

「御本宮」は本宮に敬意を添えた表記として用いられます。「総本宮」は、各地に鎮座する同系統の神社に対する中心を示す称号として用いられます。本宮と総本宮は意味が重なる場合がありますが、「総」の字によって広い系列との関係が強く示されるため、常に同じ意味とは限りません。

第3章 史料と用例から見る本宮

3-1 古代の神社制度との違い

古代の神祇制度には、官社、式内社、名神大社など、史料に基づいて確認できる区分があります。しかし、本宮はそれらと同じ全国共通の制度的区分ではありません。本宮という呼称の意味を調べる場合は、個別神社の史料と用例を確認する必要があります。

3-2 縁起・社記・参詣記にみえる用法

本宮の由来は、縁起、社記、古絵図、棟札、神社明細帳、参詣記などに記されることがあります。そこでは、本宮が別宮・新宮・奥宮・里宮などのどの宮と対にされているかが重要です。呼称だけを切り離さず、史料のなかで示される関係を読み取ります。

3-3 史料の成立年代と伝承

後世に編纂された社記が古代の創祀や遷座を伝える場合、その記述は神社の由緒を伝える重要な資料です。ただし、記された年代と史料そのものの成立年代は同一ではありません。発掘調査や同時代史料による裏づけが限られる場合は、「社伝では」「由緒によれば」「伝えられています」と記し、確認できる歴史的事実と区別します。

第4章 本宮という呼称の成立と変化

4-1 複数の宮が結ばれるなかで生じる名称

一つの祭神または信仰に関係する祭祀地が複数存在するとき、それらを区別するために本宮・別宮・奥宮・里宮・新宮などの名称が用いられることがあります。本宮の意味は単独で成立するというよりも、対になる宮との関係によって明確になります。

4-2 遷座による位置づけの変化

神社が旧鎮座地から新たな場所へ遷座すると、旧地が元宮・本宮・旧宮などと称される場合があります。一方、遷座後の神社が現在の中心社として本宮を称する場合もあります。したがって、本宮という語だけから、現在地と旧鎮座地のどちらを指すかは判断できません。

4-3 勧請と同系統神社の広がり

祭神の分霊を迎える勧請によって、同じ祭神や信仰に関係する神社が各地に成立しました。その広がりのなかで、勧請元や中心と認識された神社が本宮・総本宮・総本社などと称されることがあります。ただし、各社の成立事情は異なり、すべての同名神社が一つの本宮から直接勧請されたとは限りません。

第5章 本宮が表す主な関係

5-1 別宮に対する本宮

同じ神社を構成する複数の宮のうち、中心となる宮を本宮と称する用法です。別宮は本宮と異なる祭神を祀りながら、本宮に準じる重要な宮として扱われる場合があります。本宮と別宮の関係は、単純な本社と小規模な末社の関係とは限りません。

5-2 新宮に対する本宮

新たに設けられた宮を新宮と呼ぶ場合、それ以前の宮や旧来の祭祀地が本宮と称されることがあります。ただし、熊野三山のように本宮・新宮が歴史的な固有呼称として定着した例もあるため、一般的な新旧関係だけで説明することはできません。

5-3 奥宮に対する本宮

山頂や山中などに奥宮が鎮座し、山麓または参拝しやすい場所に本宮が鎮座する例があります。ただし、本宮が必ず山麓にあるわけではなく、山中の創祀地が本宮と称されることもあります。

5-4 同系統神社に対する総本宮

同じ祭神や信仰に関係する神社が各地に存在するとき、その中心とされる神社が総本宮を称する場合があります。この称号は信仰上・由緒上の位置づけを示すものであり、現代の宗教法人としてすべての同系統社を一律に管理することを意味するとは限りません。

第6章 本記事で整理する本宮の主な用法

本宮の用法を理解するための整理

類型 内容 確認点
中心社型 複数の宮の中心となる宮 別宮・中宮・末社との関係
旧来地型 旧鎮座地や創祀地を本宮とするもの 遷座伝承と史料年代
新宮対置型 新宮に対する旧来の宮 新宮の創建時期と呼称の成立
山岳祭祀型 奥宮・山宮・里宮と対応する本宮 登拝路・遥拝・神幸
系列中心型 同系統神社の中心となる本宮・総本宮 勧請関係と称号の根拠

この分類は、各地の用例を理解しやすくするためにShrine Heritager編集部が整理したもので、公的または学術的に定められた分類ではありません。一つの神社が複数の用法に当てはまる場合もあります。

第7章 本宮と類似する用語の違い

7-1 本宮と本社

本社は、摂社・末社・分社などに対する中心の神社、または中心となる社殿を表す一般的な語です。本宮も中心の宮を表すため、両者が同義的に用いられる場合があります。ただし、本宮は別宮・奥宮・新宮などとの関係や、神社の歴史的な宮号を示す場合もあります。

7-2 本宮と総本宮

総本宮は、各地に鎮座する同系統の神社に対する中心を示す称号です。本宮が一つの神社内にある別宮や奥宮との関係にも用いられるのに対し、総本宮は広い範囲に分布する神社との関係を強く示します。ただし、総本宮という称号が、現代の宗教法人として各地の同系統社を一律に管理することを意味するとは限りません。

7-3 本宮と元宮

元宮は、現在の神社が遷座する以前の鎮座地や、その神社の起源と伝えられる祭祀地を指すことが一般的です。一方、本宮は現在の中心社を指す場合もあれば、創祀の地や旧来の祭祀地を指す場合もあります。このため、本宮と元宮は意味が重なることがありますが、完全な同義語ではありません。

鹿児島神宮は、和銅元年(708)に現在地へ遷座したと伝えられています。その旧鎮座地とされる石體神社は、鹿児島神宮の元宮と称されています。この例では、現在の中心となる鹿児島神宮と、遷座以前の祭祀地とされる石體神社との関係が、「現在の神社」と「元宮」という呼称によって示されています。

これに対し、甲斐国一宮浅間神社の山宮神社や枚岡神社の神津嶽本宮では、創祀の地や旧来の祭祀地が「本宮」と称されています。旧来の祭祀地が本宮・元宮のどちらで呼ばれるかは一律ではなく、個別神社の由緒に即して確認する必要があります。

石體神社を元宮とする鹿児島神宮の由緒と現在の鎮座地を紹介しています。

URL:https://shrineheritager.com/kagoshima-jingu/

石體神社を元宮とする鹿児島神宮
鹿児島神宮(霧島市隼人町)

鹿児島神宮(かごしまじんぐう)は 社伝によると 創始は 遠く神代とも「神武天皇の御代に天津日高彦穗穗出見尊の宮殿であった高千穂宮」ともされます 和銅元年(708)現在地に遷座されて 高千穂宮跡の旧鎮座社地には 現在は 摂社 石体宮(石體神社)が鎮座しています

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鹿児島神宮の元宮とされる石體神社を紹介しています。

URL:https://shrineheritager.com/shakutai-shrine/

鹿児島神宮の元宮とされる石體神社
石體神社(鹿児島神宮の元宮)

石體神社(しゃくたいじんじゃ)は 遠く神代の頃 天津日高彦穂穂出見尊が 築かれた都「高千穂宮」の正殿跡と伝わります 皇后の豊玉比売命のお産の故事にあやかり 古くから安産の神として 篤い信仰があります 飛鳥時代 和同元年(708)に この地から遷座したのが 現在の鹿児島神宮と云われていて その元宮であるとされます 

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7-4 本宮と奥宮

奥宮は、山頂・山中・社地の奥などに鎮座する宮です。本宮が祭典や神社運営の中心となっていても、奥宮が信仰上の根源となる祭祀地とされる場合があります。本宮と奥宮の関係は、単純な上下関係ではなく、鎮座地と祭祀上の役割から確認します。

7-5 本宮と里宮・山宮

里宮は、奥宮や山宮に対して、山麓や人々の居住地に近い場所に設けられた宮を指します。山宮は山中・山麓の祭祀地を示しますが、個別の神社では旧来の祭祀地や本宮として位置づけられる場合があります。本宮が里宮と一致する例もありますが、常に同じではありません。

7-6 本宮と別宮

別宮は、本宮・正宮と密接な関係をもち、特別な位置を占める別の宮です。別宮は本宮に付属する小規模な社という意味に限られません。祭神、祭典、由緒などにおいて本宮に準じる重要性をもつ場合があります。

7-7 本宮と新宮

新宮は、旧来の宮に対して新たに設けられた宮を示す場合があります。この場合、旧来の宮が本宮と称されることがあります。ただし、本宮・新宮が歴史的な固有名称として定着した例もあるため、名称だけで遷座の前後関係を判断することはできません。

本宮と類似語の比較

用語 基本的な意味 本宮との違い
本社 摂社・末社・分社などに対する中心の神社または社殿 同義的な場合もあるが、本宮は宮号や祭祀地間の関係を示すことがある
総本宮 各地の同系統神社に対する中心 本宮よりも広い系列との関係が強調される
元宮 遷座以前の旧鎮座地や起源とされる祭祀地 本宮は現在の中心社を指す場合もある
奥宮 山頂・山中・社地の奥などに鎮座する宮 位置関係を示す場合が多く、中心性とは別の概念
里宮 奥宮・山宮に対して里側に設けられた宮 本宮と一致する例もあるが、常に同じではない
別宮 本宮・正宮と関係し、特別な位置をもつ別の宮 本宮に準じる重要性をもつ場合があり、単なる末社ではない
新宮 旧来の宮に対して新たに設けられた宮 本宮との対語となる場合があるが、固有の歴史的名称でもある

第8章 本宮の用法を示す代表例

8-1 多度大社―本宮と別宮によって構成される例

多度大社では、多度神社を本宮、一目連神社を別宮と称します。本宮には天津彦根命、別宮には天目一箇命が祀られています。この例の本宮は、同じ大社を構成する別宮に対する中心の宮を表します。

別宮は、本宮から分けられた小規模な末社という意味ではありません。多度大社の構成と祭神の関係を踏まえて、本宮と別宮を一体のなかに位置づける必要があります。

本宮と別宮から成る多度大社の由緒と境内構成を紹介しています。

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本宮 多度神社と別宮 一目連神社から成る多度大社
多度大社(桑名市多度町多度)〈本宮 多度神社・別宮 一目連神社〉

多度大社(たどたいしゃ)は 古代 社殿背後の多度山を神体山とし 数多の磐座・御神石があり 創祀は神代に遡ると推測されています 社伝では 雄略天皇の御代〈五世紀〉の創建と伝えます 『六国史』には 神階の奉授・官社列したことが記され 『延喜式』には 伊勢國 桑名郡 多度神社(名神大)(たとの かみのやしろ)と所載があります

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8-2 有鹿神社―本宮・中宮・奥宮が離れて鎮座する例

有鹿神社には、海老名市上郷の本宮、同じく上郷に伝わる中宮、相模原市磯部の奥宮があります。有鹿神社公式サイトでは、鳩川の水源を守る奥宮、中流を守る中宮、相模川との合流点に鎮座する本宮という関係が説明されています。

この例では、本宮・中宮・奥宮が一つの境内に並ぶのではなく、水系に沿う異なる場所に位置しています。本宮は地理的に最も奥にある宮ではなく、複数の祭祀地から成る有鹿神社の中心として用いられています。

相模国の式内社で、本宮・中宮・奥宮から成る有鹿神社を紹介しています。

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本宮・中宮・奥宮から成る有鹿神社
有鹿神社 本宮(海老名市上郷)〈『三代實録』有鹿神『延喜式』有鹿神社〉

有鹿神社 本宮(あるかじんじゃ ほんみや)は 六国史『三代實録』に「貞観十一年(869)十一月十九日壬申 授ニ 相模國從五位下 有鹿神 從五位上」と見え 『延喜式』に相模國 高座郡 有鹿神社(ありかの かみのやしろ)と載る由緒ある古社です 奥宮から奈良時代以前に 相模国府のあった海老名郷〔現在地〕に遷座しました

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鳩川の水源近くに鎮座する有鹿神社奥宮の記事です。

URL:https://shrineheritager.com/aruka-shrine-okunomiya/

有鹿神社の水源祭祀を伝える奥宮
有鹿神社 奥宮(相模原市南区磯部)〈『延喜式』有鹿神社 発祥の地〉

有鹿神社 奥宮(あるかじんじゃ おくのみや)は 縄文時代の大集落跡である相模原市磯部勝坂の有鹿谷(あるかやと)に鎮座する 延喜式内社 相模國 高座郡 有鹿神社(ありかの かみのやしろ)の発祥の地です 社号の「有鹿(あるか)」とは 古代語の「水」を意味し 有鹿谷の泉は 縄文の水神信仰の対象であると云われます

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8-3 富士山本宮浅間大社―総本宮と奥宮との関係

富士山本宮浅間大社は、全国に祀られる浅間神社の総本宮と称されています。また、富士山頂には奥宮が鎮座しています。このため、「本宮」は各地の浅間神社に対する中心という意味と、山頂の奥宮に対する主要な宮という意味の双方から理解できます。

山宮浅間神社については、『富士本宮浅間社記』に現在の浅間大社が山宮の地から移転したとする記述があります。ただし、富士宮市の説明では山宮浅間神社の創建年代は不詳とされ、発掘調査で確認された資料の年代と社伝を分けて示しています。したがって、伝承上の遷座年代を無条件に確定した歴史としては扱いません。

全国の浅間神社の総本宮であり、富士山頂上奥宮と関係する富士山本宮浅間大社の記事です。

URL:https://shrineheritager.com/fuzisanhongu-sengentaisha/

浅間神社の総本宮 富士山本宮浅間大社
富士山本宮浅間大社(富士宮市宮町)

富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ)は 第7代 孝霊天皇の時 富士山の噴火で国内が荒れ果てた この山霊を鎮祭する為 第11代 垂仁天皇が 浅間大神を山足の地に祀ったのが創祀 第12代 景行天皇の時には 日本武尊が 山宮の地に大神を祀り 大同元年(806)には 坂上田村麿が勅命に依り 社殿を現在の大宮の地に造営し 神霊を遷座した東海最古の名社です

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8-4 山宮神社―甲斐国一宮浅間神社の本宮・旧鎮座地とされる例

山梨県笛吹市に鎮座する山宮神社は、甲斐国一宮浅間神社の摂社です。浅間神社の公式由緒では、山宮神社は垂仁天皇の御代に鎮祭された「本宮」であり、貞観7年(865)に三柱の祭神のうち木花開耶姫命を里宮へ遷座したと伝えられています。現在の山宮神社には、大山祇神と瓊々杵命が祀られています。

この由緒における本宮は、木花開耶姫命が里宮へ遷座する以前の祭祀地という性格をもちます。ただし、山宮神社では現在も大山祇神と瓊々杵命が祀られているため、祭祀が行われなくなった単なる旧跡ではありません。創建・遷座年代は神社に伝わる由緒として示し、同時代史料によって確定した事実とは区別します。

浅間神社の本宮・旧鎮座地とされ、里宮からの神幸を伝える山宮神社の記事です。

URL:https://shrineheritager.com/yamamiya-shrine/

浅間神社の本宮・旧鎮座地とされる山宮神社
山宮神社(笛吹市一宮町一ノ宮)〈浅間神社の〈本宮〉旧鎮座地〉

山宮神社(やまみやじんじゃ)は 浅間神社の゛創祀の地 本宮゛とされます  垂仁天皇の御代〈二千年以上前〉この地〈神山の麓〉に三柱の神を勧請〈現在は二柱・大山祇神・天孫瓊々杵命を祀る〉残る一柱 木花開耶姫命は〈貞観七年(865)遷座〉現在は 里宮〈現 浅間神社〉に祀られ 毎年3月に厳かに山宮神社へ神幸が行なわれています

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8-5 神津嶽本宮―現在の本社とは別に創祀地が本宮と称される例

枚岡神社は、神津嶽に天児屋根命・比賣御神を祀ったことを創祀と伝え、のちに現在地へ遷座したとしています。現在、神津嶽の祭祀地は神津嶽本宮と称されています。

この例では、現在の主要な社殿がある枚岡神社とは別に、創祀の地と伝えられる場所が本宮と呼ばれています。本宮が常に現在の神社運営の中心や本社を意味するわけではなく、根源となる祭祀地を表す場合があることを示します。創祀年代については枚岡神社の由緒として扱います。

枚岡神社の創祀の地と伝わる神津嶽本宮を紹介しています。

URL:https://shrineheritager.com/kamitsudaka-hongu/

枚岡神社の創祀の地と伝わる神津嶽本宮
神津嶽本宮(東大阪市出雲井町)〈枚岡神社 創祀の地〉

神津嶽本宮(かみつだけほんぐう)は 枚岡神社 創祀の斎場であり 太古の聖地です 神武天皇の即位 三年前 勅命を奉じて天種子命が 天児屋根命・比売御神の二神を霊地・神津嶽に祀り創建されました その後 白雉元年(六五〇)神津嶽の霊地より現社地〈枚岡神社〉に社殿を造営〈中臣氏の平岡進等により〉奉遷しました

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第9章 「本宮」と呼ばれる理由を確認する方法

9-1 公式由緒で本宮と対になる宮を確認する

まず、神社の公式由緒や境内案内を読み、本宮がどの宮との関係で用いられているかを確認します。多度大社では別宮、有鹿神社では中宮・奥宮、富士山本宮浅間大社では山頂上奥宮との関係が示されています。対になる宮を確認することで、その神社における本宮の意味が分かります。

9-2 現在の中心社か、創祀地・遷座以前の祭祀地かを確認する

本宮は、現在の祭祀や神社運営の中心を指す場合があります。一方、現在の本社とは別の場所にある創祀地や、遷座以前の祭祀地が本宮と称される場合もあります。現在の中心社と本宮が同じ場所にあるのか、それとも別の場所にあるのかを確認します。

9-3 本宮・本社・元宮などの呼称を確認する

同じ場所が、本宮だけでなく、本社・元宮・旧宮・山宮などと呼ばれることがあります。ただし、これらの語は完全な同義語ではありません。神社の公式名称、由緒に記された名称、地域で用いられる通称を分けて確認します。

9-4 遷座や勧請の由緒を確認する

本宮の意味を理解するには、祭神がどこで祀られ始め、どこへ遷されたと伝えられているのかを確認します。また、各地の同系統神社に対する本宮・総本宮の場合は、分霊や勧請の関係も調べます。ただし、由緒に記された創祀・遷座年代は、同時代史料によって確認できる歴史とは限りません。

9-5 祭礼によって本宮と他の宮とのつながりを確認する

本宮と里宮・山宮・奥宮などの間で神幸が行われる例があります。甲斐国一宮浅間神社の山宮神幸祭では、木花開耶姫命の神霊を奉じて、本宮とされる山宮神社へ渡御します。このような祭礼は、二つの宮の歴史的なつながりを現在に伝えています。また、山頂の奥宮へ参拝する登拝や、山麓から神体山を拝む遥拝もあります。祭礼や参拝の方法を確認することによって、本宮と他の祭祀地との関係が具体的に分かります。

9-6 「本宮」という名称だけで由緒を判断しない

社名に本宮とあるだけでは、最初の鎮座地、同系統神社の勧請元、現在の中心社のいずれであるかは判断できません。「最古」「発祥」「総本宮」などの説明についても、神社の由緒、現存する史料、自治体の文化財資料などを照合し、確認できる範囲で記します。

第10章 よくある質問(FAQ)

Q1 本宮と本社は同じですか

同義的に用いられる場合がありますが、常に同じではありません。本社は摂社・末社・分社などに対する中心を表す一般的な語です。本宮は、別宮・奥宮・新宮などとの関係や、歴史的な宮号を表す場合があります。

Q2 本宮は最初に神が祀られた場所ですか

必ずしもそうではありません。創祀地や旧鎮座地が本宮と呼ばれる例もありますが、現在の中心社が本宮と称され、旧鎮座地は元宮と呼ばれる例もあります。

Q3 本宮と元宮はどちらが古いのですか

名称だけでは判断できません。一般に元宮は旧鎮座地を指しますが、本宮が創祀地を表す場合もあります。個別神社の遷座記録や由緒を確認する必要があります。

Q4 本宮と総本宮は同じですか

意味が重なる場合はありますが、総本宮は各地の同系統神社に対する中心という意味を強く示します。本宮は、一つの神社内の別宮や奥宮との関係にも用いられます。

Q5 本宮と奥宮はどちらが上位ですか

一律の上下関係では説明できません。本宮が祭典や神社運営の中心であっても、奥宮が信仰上の根源的な祭祀地とされる場合があります。

Q6 本宮と新宮は必ず旧社と新社の関係ですか

新旧の関係を示す例はありますが、歴史的に定着した固有の宮号である場合もあります。呼称が成立した時期と個別の由緒を確認します。

Q7 社名に本宮があれば系列神社の中心ですか

社名だけでは判断できません。同系統神社の中心を示す場合もありますが、旧鎮座地、地域内の中心、固有の歴史的名称など、別の意味で用いられる場合があります。

第11章 Shrine Heritager編集部考察

本宮という語は、一社だけを見ても十分には理解できません。本宮と呼ばれる場所を、別宮・中宮・奥宮・里宮・新宮・旧鎮座地と結んで見ることで、祭祀が営まれてきた空間と歴史が見えてきます。

ただし、その関係は神社ごとに異なります。「本宮だから最古」「本宮だからすべての分社の直接の勧請元」と単純化せず、どの史料で、いつ、何に対して本宮と呼ばれたのかを示すことが重要です。

第12章 関連項目(See also)・内部リンク

関連項目と内部リンク

関連項目 URL 関係
別宮 https://shrineheritager.com/betsugu/ 本宮・正宮に対して特別な位置をもつ宮
勧請神 https://shrineheritager.com/kanjo-shin/ 本宮・本社と分社の関係を理解する用語
分霊 https://shrineheritager.com/bunrei/ 祭神の神霊を分けて祀ること
奥宮 作成予定 山頂・山中・社地の奥に鎮座する宮
里宮 作成予定 奥宮・山宮に対して里側に設けられた宮
元宮 作成予定 遷座以前の旧鎮座地や起源となる祭祀地

第13章 参考文献

参照資料一覧

作成者・機関 資料名 URL 確認日
國學院大學デジタルミュージアム 「本宮」『神道基本用語集』 https://d-museum.kokugakuin.ac.jp/bts/detail/?id=3738 2026年9月4日
多度大社 「本宮・別宮」 多度大社公式サイト 2026年9月4日
有鹿神社 「有鹿神社公式サイト」 https://www.arukajinja.jp/ 2026年9月4日
富士山本宮浅間大社 「御由緒」 https://fuji-hongu.or.jp/sengen/history/index.html 2026年9月4日
富士宮市 「山宮浅間神社」 https://www.city.fujinomiya.lg.jp/1015150000/p001614.html 2026年9月4日
甲斐国一宮浅間神社 「摂社 山宮神社」 https://asamajinja.jp/_setusya/ 2026年9月4日
枚岡神社 「御由緒」 https://hiraoka-jinja.org/history/index.html 2026年9月4日
鹿児島県神社庁 「鹿児島神宮」 https://www.kagojinjacho.or.jp/tanbou/28/ 2026年9月4日

第14章 External Links(外部リンク)

國學院大學「神道基本用語集―本宮」

本宮を、本社ともいい、別宮・末社・奥宮などに対する中心の神社とする基本的な語義を確認できます。

URL: https://d-museum.kokugakuin.ac.jp/bts/detail/?id=3738

多度大社「本宮・別宮」

本宮 多度神社と別宮 一目連神社の祭神および由緒を確認できます。

URL: https://tadotaisya.or.jp/多度大社について/honnguu/

有鹿神社公式サイト

有鹿神社の本宮・中宮・奥宮の鎮座地と、水系に沿った関係を確認できます。

URL: https://www.arukajinja.jp/

富士山本宮浅間大社「御由緒」

富士山本宮浅間大社の由緒と、全国の浅間神社の総本宮としての位置づけを確認できます。

URL: https://fuji-hongu.or.jp/sengen/history/index.html

富士宮市「山宮浅間神社」

『富士本宮浅間社記』に記される遷座伝承、発掘調査、山宮御神幸について確認できます。

URL: https://www.city.fujinomiya.lg.jp/1015150000/p001614.html

浅間神社「摂社 山宮神社」

山宮神社を本宮とし、木花開耶姫命を里宮へ遷座したとする神社の由緒と山宮神幸祭を確認できます。

URL: https://asamajinja.jp/_setusya/

枚岡神社「御由緒」

神津嶽における創祀と現在地への遷座に関する枚岡神社の由緒を確認できます。

URL: https://hiraoka-jinja.org/history/index.html

鹿児島県神社庁「鹿児島神宮」

鹿児島神宮が和銅年間に現在地へ遷ったとする由緒と、旧社殿跡に成立した石體神社との関係を確認できます。

URL: https://www.kagojinjacho.or.jp/tanbou/28/

第15章 更新履歴(Revision History)

更新履歴

日付 内容
2026年9月4日 Edition 1 Official Master 定義・類似語比較・代表例・内部リンク・参考文献を全面的に再構成しました。
2026年9月4日 Reviewed Draft 改訂 第7章に鹿児島神宮と石體神社を追加し、第8章8-4および第9章の表現を明確化しました。
2026年9月4日 公開前最終修正 神幸と遷座の表現を訂正し、山宮神社の祭神、本記事独自の分類、参考文献・外部リンクを修正しました。
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世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」のクライテリア(iii)として「古代から今日に至るまで山岳信仰の伝統を鼓舞し続けてきた 頂上への登拝と山麓の霊地への巡礼を通じて 巡礼者はそこを居処とする神仏の霊能を我が身に吹き込むことを願った」と記されます

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出雲國(izumo no kuni)は「神の國」であり 『出雲國風土記〈733年編纂〉』の各郡の条には「〇〇郡 神社」として 神祇官の所在する社〈官社〉と神祇官の不在の社を合計399社について 神社名の記載があります 『出雲國風土記 神名帳』の役割を果たしていて 当時の出雲國の神社の所在を伝えています

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大国主神(おほくにぬしのかみ)が 坐(ましま)す 古代出雲の神代の舞台へ行ってみたい 降積った時を振り払うように 神話をリアルに感じたい そんな私たちの願いは ”時の架け橋” があれば 叶うでしょう 『古事記(こじき)』〈和銅5年(712)編纂〉に登場する神話の舞台は 現在の神社などに埋もれています それでは ご一緒に 神話を掘り起こしましょう

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出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかんよごと)は 律令体制下での大和朝廷に於いて 出雲国造が 新たにその任に就いた時や 遷都など国家の慶事にあたって 朝廷で 奏上する寿詞(ほぎごと・よごと)とされ 天皇(すめらみこと)も行幸されたと伝わっています

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出雲国造(いつものくにのみやつこ)は その始祖を 天照大御神の御子神〈天穂日命(あめのほひのみこと)〉として 同じく 天照大御神の御子神〈天忍穂耳命(あめのほひのみこと)〉を始祖とする天皇家と同様の始祖ルーツを持ってる神代より続く家柄です 出雲の地で 大国主命(おほくにぬしのみこと)の御魂を代々に渡り 守り続けています

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宇佐八幡宮五所別宮(usa hachimangu gosho betsugu)は 朝廷からも厚く崇敬を受けていました 九州の大分宮(福岡県)・千栗宮(佐賀県)・藤崎宮(熊本県)・新田宮(鹿児島県)・正八幡(鹿児島県)の五つの八幡宮を云います

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行幸会は 宇佐八幡とかかわりが深い八ケ社の霊場を巡幸する行事です 天平神護元年(765)の神託(shintaku)で 4年に一度 その後6年(卯と酉の年)に一度 斎行することを宣っています 鎌倉時代まで継続した後 1616年 中津藩主 細川忠興公により再興されましたが その後 中断しています 

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對馬嶋(つしまのしま)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳』に所載されている 対馬〈対島〉の29座(大6座・小23座)の神社のことです 九州の式内社では最多の所載数になります 對馬嶋29座の式内社の論社として 現在 67神社が候補として挙げられています