横見神社(よこみじんじゃ)は 六国史『三代實錄』貞觀六年(864)八月十五日己巳 美作國從五位下 横見神 授從五位上とあり『延喜式』には美作國 大庭郡 横見神社(よこみの かみのやしろ)と所載がある由緒ある古社です 社殿は保延四年二月(1138)・貞治五年(1366)九月・文明一一年(1479)二月に再建
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1.ご紹介(Introduction)
この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します
【神社名(Shrine name)】
横見神社(Yokomi shrine)
【通称名(Common name)】
【鎮座地 (Location) 】
岡山県真庭市社(やしろ)字 加佐美山758
【地 図 (Google Map)】
【御祭神 (God's name to pray)】
《主》大山津見命(おほやまつみのみこと)
【御神徳 (God's great power)】(ご利益)
【格 式 (Rules of dignity) 】
・ 国史に記載される神社
〈六国史(『日本書紀』『続日本紀』『日本後紀』『続日本後紀』『日本文徳天皇實録』『日本三代實録』)に記載されている神社〉
・『延喜式神名帳(engishiki jimmeicho )927 AD.』所載社
【創 建 (Beginning of history)】
横見神社
祭神は大山津見命であって、清和天皇 貞観六年八月十五日(八六四年)従五位上に叙せられ、社殿は保延四年二月(一一三八年)、 貞治五年九月、文明一一年二月に再建、拝殿は昭和五六年七月一三日未曾有の豪雨に襲われて流出し、昭和五八年十月九日再建竣工、社格は式内村社であった。
本社は社に在る刑部神社、佐波良神社、久刀神社、菟上神社、壱粟神社、大笹神社、 長田神社とともに八社宮と言われ、美作にある式内十一社の内 八社がここ社に祀られている。
昭和三十二年 真庭市指定文化財史跡
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【由 緒 (History)】
『真庭郡誌』に記される内容
【抜粋意訳】
横見神社
位置 湯原村大字
祭神 大山津見命
社格 村社
由緒
本社は延喜式に横見神社 三代實錄に貞觀六年八月十五日美作國從五位下橫見神授從五位上をと見へたる神。
三代實錄 貞觀六年八月十五日己巳美作國從五位下横見神授從五位上
大日本史 横見神社神社記云 在大庭郡富西谷村 今在 社村曰 十宮
神社志料 横見神社 今社村 形部神社の西南に在り拾宮と云ふ(作州記 作州風土記 神名帳考証 作陽誌)清和天皇 貞觀六年八月十五日己已 從五位下 横見神に従五位上を授く (三代實錄)
凡 毎年二月十一月十三日を以て小忌祭を行ふ(作陽誌)六十六社記 横見神社大庭郡社村云々
寶物
中臣祓寫本壹卷 貞享二乙丑曆三月吉日 當國大主從五位下源朝臣森長俊
阿彌陀經 四十八巻明曆元年乙未十一月日 鎌倉志一山比尼光譽法心
添文 壹卷 明曆元乙未十一月日社掌 中田佐一郎
【原文参照】
真庭郡 編『真庭郡誌』,真庭郡,大正12. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/978620
【神社の境内 (Precincts of the shrine)】
・横見神社 本殿
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・手水鉢・狛犬
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・横見神社 拝殿
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・鳥居
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・横見神社 全景
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【神社の境外 (Outside the shrine grounds)】
・神集場(かんなつば)
社地区の式内社八座の神々が集まり 年3度の例祭「4月5日の春祭」「10月9日の大祭」「11月30日の霜月祭」の神事が行われる場所
この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)
この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています
〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています
『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉
現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態
〇『六国史(りっこくし)』
奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称
・『日本書紀』養老4年(720)完成
・『續日本紀』延暦16年(797)完成
・『日本後紀』承和7年(840)完成
・『續日本後紀』貞観11年(869)完成
・『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
・『日本三代實録』延喜元年(901)完成
〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる
『日本三代實録(Nihon Sandai Jitsuroku)〈延喜元年(901年)成立〉』に記される伝承
横見神に神階の奉授が記されています
【抜粋意訳】
卷九 貞觀六年(八六四)八月十五日己巳
○十五日己巳
美作國 從五位下 長田神 兎上神 田神 加佐美神 形賣神 壹粟神 横見神 久止神 高野神等 並に授に從五位上を
是日 制す 筑前國 香椎廟司を 以て六年を爲に任限と
【原文参照】
国立公文書館デジタルアーカイブス『日本三代実録』延喜元年(901年)成立 選者:藤原時平/校訂者:松下見林 刊本(跋刊)寛文13年 20冊[旧蔵者]紅葉山文庫 https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000047721&ID=M2014093020345388640&TYPE=&NO=画像利用
『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉
『延喜式(Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂〉
その中でも巻9・10を『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』といい 当時〈927年12月編纂〉「官社」に指定された全国の神社(式内社)の一覧となっています
・「官社(式内社)」名称「2861社」
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」
[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)山陽道140座…大16(うち預月次新嘗4)・小124[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)美作國 11座(大1座・小10座)
[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)大庭郡 8座(並小)
[名神大 大 小] 式内小社
[旧 神社 名称 ] 横見神社
[ふ り が な ](よこみの かみのやしろ)
[Old Shrine name](Yokomi no kaminoyashiro)
【原文参照】
国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
【オタッキーポイント】(This is the point that Otaku conveys.)
あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します
『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載される「横見神社(よこみの かみのやしろ)」について
式内社 横見神社(よこみの かみのやしろ)は二ヶ所あります 各々の論社について
①延喜式内社 武蔵國 横見郡 横見神社(よこみの かみのやしろ)
②延喜式内社 美作國 大庭郡 横見神社(よこみの かみのやしろ)
①延喜式内社 武蔵國 横見郡 横見神社(よこみの かみのやしろ)
・横見神社(吉見町御所)
横見神社(よこみじんじゃ)は 社伝に創建は和銅年間(708~715年)・平安時代末~中世には吉見氏の居館゛吉見の御所゛があり゛御所゛が地名となった 中世~有力農民層の管理に移り〈穀霊信仰により〉飯玉氷川明神社と社号改称 その後 延喜式内社 武蔵國 横見郡 横見神社(よこみの かみのやしろ)の論社として社号を戻したとある
横見神社(吉見町御所)〈『延喜式』横見神社〉
・横見神社(吉見町久保田)
〈建長年間(1249~56)大洪水の際 飯玉明神社〈現 横見神社(吉見町御所)〉の御神体が窪田村(当時)に漂着し 現在まで祀られている神社〉
横見神社(よこみじんじゃ)は 社伝によれば 建長年間(1249~56)の大洪水の際 飯玉明神社〈現 横見神社(吉見町御所)〉の御神体が窪田村(当時)に漂着し 貴い神の来臨と捉え 愛宕社の社地〈当地〉にお祀りしたものと伝えます 故に延喜式内社 武蔵國 横見郡 横見神社(よこみの かみのやしろ)の論社ともされています
横見神社(吉見町久保田)〈『延喜式』横見神社〉
・氷川神社(吉見町上細谷)
氷川神社(ひかわじんじゃ)は 細谷郷〈細長い谷という意から名付けられた郷〉の惣鎮守 飯玉氷川神社〈式内社に比定される横見神社〉から分霊を受けたものと思われますが 延喜式内社 武蔵國 横見郡 横見神社(よこみの かみのやしろ)の論社とする説もあります
氷川神社(吉見町上細谷)〈『延喜式』横見神社〉
・吉見神社(熊谷市相上)
吉見神社(よしみじんじゃ)は 景行天皇56年 東国統治を命じられて善政をしいたとされる御諸別王(みもろわけのみこ)が 天照大神を祀ったのが創基とされ 以来 御諸別王の子孫が代々神主として奉仕しています 現在は大里郡に鎮座しますが 延喜式内社 武蔵國 横見郡 横見神社(よこみの かみのやしろ)の論社ともされています
吉見神社(熊谷市相上)〈『延喜式』横見神社〉
・野芽神社(吉見町和名)
〈郷土史研究家による推定 参考論社〉
野芽神社(のげじんじゃ)は イネ科植物の穂先を芒(のげ)と云い ここから゛野芽(のげ)゛を社号として 穀霊を祀って創祀したのではないかと伝わります 横見郷を見渡す吉見丘陵の上に鎮座し 郷土史研究家の説に 延喜式内社 武蔵國 横見郡 横見神社(よこみの かみのやしろ)との推論もあります
野芽神社(吉見町和名)〈郷土史研究家による推定 参考式内論社〉
②延喜式内社 美作國 大庭郡 横見神社(よこみの かみのやしろ)
・横見神社(真庭市社)
横見神社(よこみじんじゃ)は 六国史『三代實錄』貞觀六年(864)八月十五日己巳 美作國從五位下 横見神 授從五位上とあり『延喜式』には美作國 大庭郡 横見神社(よこみの かみのやしろ)と所載がある由緒ある古社です 社殿は保延四年二月(1138)・貞治五年(1366)九月・文明一一年(1479)二月に再建と伝わります
横見神社(真庭市社字加佐美山)〈『三代實錄』横見神『延喜式』横見神社〉
【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)
この神社にご参拝した時の様子をご紹介します
JR姫新線 久世駅から久世ICで中国横断自動車道経由 北上 湯原ICを出て 県道56号を進む トータル約22km 車での所要時間は25~30分程度
旭川の支流 社川が合流している社口ダム辺りから 社川に沿って県道56号を進みます
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真庭市(当時は真庭郡湯原町)の社地区 県道56号線沿いに
二宮(真庭市社字於和佐)が鎮座します
・二宮(真庭市社)〔式内社 五座が鎮座〈・壹粟神社二座・久刀神社・菟上神社・長田神社〉〕 二宮神社(ふたみや)は 式内社 美作國大庭郡八座の内 4社五座①壹粟神社二座(いちあはの かみのやしろふたくら)②久刀神社(くとの かみのやしろ)③菟上神社(うさかみの かみのやしろ)④長田神社(なかたの かみのやしろ)が祀られます 本来 別々の場所に祀られていた神を現在地に集めたとも推測されますが 定かではありません
二宮(真庭市社字於和佐)〈『三代実録』壹粟神・大佐々神・長田神・兎上神・久止神〉
この二宮(ふたみや)から 200m程先の南方向を見ると 眼下に横見神社が見えます
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道を下っていくと 社川に架かる橋にガードレールがあり そのすぐ先に横見神社があります
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参拝日は8/31でしたが 社川の脇にある棚田は稲刈りが終えていました
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神社は 石垣で養生された境内に 鳥居 拝殿 本殿が建てられています
横見神社(真庭市社字加佐美山)に参着
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一礼をしてから 鳥居をくぐり抜けて
拝殿にすすみます
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拝所は 本殿に設けられていますので 拝殿を廻り込むと
石燈籠 手水鉢 狛犬が置かれている先に 本殿が鎮座しています
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賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります
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社殿に一礼をして 境内を戻ります
境内から見た棚田は 先程の田んぼは稲刈りが済んでいましたが 社川の対岸は 青々とした棚田が続いています 不思議
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鳥居まで戻ると 東を向いている鳥居の先の棚田も稲刈りは済まされていません
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【神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)
この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します
『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承
式内社 横見神社について 所在は゛社村に在す、゛〈現 横見神社(真庭市社字加佐美山)〉と記しています
【抜粋意訳】
横見神社
横見は與古美と訓べし
〇祭神詳ならず
〇社村に在す、〔作陽誌、式社考、〕例祭 月 日
類社
武蔵國 横見郡 横見神社神位
三代實錄、貞観六年八月十五日己巳、美作國 從五位下 橫見神 授ニ從五立上、
【原文参照】
鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015
『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容
式内社 横見神社について 所在は゛今 社村 刑部社の西南に在り、十宮と云ふ、゛〈現 横見神社(真庭市社字加佐美山)〉と記しています
【抜粋意訳】
横見(ヨコミノ)神社
今 社村 刑部社の西南に在り、十宮と云ふ、〔作州記、作州風土略、神名帳考証、作陽誌、〕
清和天皇 貞観六年八月己巳、從五位下 横見神に從五位上を授く、〔三代実録〕
凡 毎年二月十一月十三日を以て祭を行ふ、〔作陽誌〕
【原文参照】
栗田寛 著『神祇志料』第1巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815490
『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承
式内社 横見神社について 所在は゛社村 (眞庭郡湯原村大字社 )゛〈現 横見神社(真庭市社字加佐美山)〉と記しています
【抜粋意訳】
横見神社
祭神 大山津見命
神位 清和天皇 貞観六年八月十五日己巳 美作國從五位下 橫見神 授從五位上
祭日
社格 村社所在 社村 (眞庭郡湯原村大字社 )
今按 明細帳に社村にありとみゆ 又 同郡富西谷村 横見神社の方 式社なる由申傳へたれと 中古 衰替せるを以て確證なしと云り考ふへし
【原文参照】
教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019
横見神社(真庭市社字加佐美山)に「拝 (hai)」(90度のお辞儀)
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美作国 式内社 11座(大1座・小10座)についてに戻る
美作国(みまさかのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される当時の官社です 美作国には 11座(大1座・小10座)の神々が坐します 現在の論社についても記しています
美作国 式内社 11座(大1座・小10座)について