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合祀(ごうし)とは?意味・配祀との違い・神社合祀

SHD-0018 合祀(ごうし)とは?意味・配祀との違い・神社合祀 Edition 1 Master

合祀(ごうし)とは、複数の神や御霊を一つの神社・社殿などにあわせて祀ることです。合祀と配祀・相殿・遷座・分祀との違い、行われる理由と祭儀、明治末期の神社整理、合祀後の旧社地や祭礼の調べ方を、史料と神社の具体例に基づき、初めて調べる方にもわかりやすく解説します。

基本情報

用語 合祀
読み方 ごうし
別表記 合祭・合座(史料や辞書によって用法が異なります)
英語表記 Joint enshrinement / Consolidation of shrines(説明的訳)
意味 複数の神や御霊を一つの神社・社殿などにあわせて祀ること
分類 神社祭祀・祭神・神社沿革
対概念 分祀・分霊(ただし厳密な反対語ではありません)
関連概念 配祀・相殿・遷座・勧請・復祀・神社合祀

第1章 合祀とは

1-1 複数の神や御霊をあわせて祀ること

合祀(ごうし)とは、二柱以上の神、または複数の御霊を、一つの神社・社殿・祭祀施設などにあわせて祀ることです。「合」は一つにあわせること、「祀」は神や御霊を祀ることを表します。

神社の由緒に「明治○年、○○神社を本社に合祀した」とある場合は、もとは別の場所に祀られていた神社の祭神を受入先の神社へ遷し、その神社の祭神とともに祀ったことを示すのが一般的です。ただし、合祀後の形態は一様ではありません。旧社殿が撤去された例、旧社地に小祠や記念碑が残る例、境内社として祀られる例、のちに復祀された例があります。

また、靖国神社・護国神社などでは、新たな御霊を祭神として加えて祀る意味で「合祀」が用いられます。この用法は、独立した神社を別の神社へ統合する場合とは対象と手続が異なります。同じ語が何を指しているかは、由緒・祭神・年代・祭祀施設を確かめて判断する必要があります。

1-2 合祀は「神社の合併」だけを意味しません

合祀には、神社の祭神を別の神社へ遷してあわせ祀る場合と、一つの祭祀施設に複数の神や御霊を祀る場合があります。そのため、合祀を行政上の「神社の合併」だけに限定すると、語の用法を狭く捉えることになります。

一方で、明治末期の「神社合祀」は、多数の神社が整理・統合された政策史上の出来事を表す語として広く用いられます。本記事では、祭祀用語としての合祀と、近代の神社整理としての神社合祀を区別して説明します。

1-3 合祀と配祀の違いを先に確認する

合祀は、神や御霊を「あわせて祀る行為や経緯」に重点を置く語です。これに対して配祀は、主祭神に対して、ほかの神をあわせて祀る「祭神の位置づけ」を示す場合に用いられます。

たとえば、A神社の祭神をB神社へ遷し、B神社の本殿で主祭神とともに祀る場合、沿革では「A神社をB神社に合祀した」、現在の祭神欄では「A神を配祀する」と記されることがあります。二つの語は対立するものではなく、同じ事例を異なる観点から説明する場合があります。

第2章 「合祀」の語と読み方

2-1 「合」と「祀」が示す意味

「合祀」は「ごうし」と読みます。「祀」は神を祀ることを示すため、語義の中心は祭祀対象をあわせて奉斎することにあります。一般の辞書では、二柱以上の神を一つの神社に祀ること、または、ある神社に祀られていた神を別の神社へ移して一緒に祀ることと説明されています。

2-2 合祭・合座との関係

「合祭」「合座」は、辞書や神社関係資料で合祀に近い語として挙げられます。しかし、各神社の由緒、神社明細帳、地方行政文書では表記が一定していません。「合祭」が神をあわせて祭ることを示す例もあれば、「合併」が神社の組織・財産上の統合を含む意味で使われる例もあります。

したがって、表記だけで内容を決めず、どの神社から、いつ、どこへ祭神が遷されたのか、社殿や境内地がどのように扱われたのかを確認することが大切です。

2-3 祭神の数だけでは合祀か判断できません

現在の祭神が複数であっても、すべてが後世の合祀によって加わったとは限りません。創建時から複数の神を祀った可能性、神話上・系譜上の関係神をともに祀った可能性、勧請や配祀によって祭神が加わった可能性もあります。合祀の有無を判断するには、現在の祭神一覧だけでなく、由緒、棟札、神社明細帳、郡誌・市町村史などの沿革資料が必要です。

第3章 史料では合祀をどのように確認するか

3-1 古典史料に現代の制度用語をそのまま当てはめない

『古事記』『日本書紀』『延喜式』などの古典史料には、複数の神を祀る記事や、神を別の場所へ遷し祀る記事があります。しかし、それらをすべて現在の「合祀」という制度的な用語で説明できるわけではありません。古典本文が用いる語と、近世・近代以降の神社沿革で用いられる「合祀」は区別する必要があります。

とくに『延喜式』巻九・巻十「神名帳」に記された神社名・座数は、延長5年(927)に完成した法典における祭祀上の登録です。現在の祭神数や、後世にどの神社が合祀されたかを直接示す帳簿ではありません。式内社の祭神が現在ほかの神社に祀られている場合も、古代から同じ場所・同じ社殿で祀られてきたと直ちに判断することはできません。

3-2 神社明細帳・合併願・地方誌を照合する

近代の合祀を調べる際には、神社明細帳、神社合併願、境内官有地の処分関係文書、府県の社寺関係文書が重要です。これらには、合祀元と合祀先、年月日、祭神、社格、氏子区域、財産、社殿の処置などが記録される場合があります。

ただし、一つの資料ですべてが分かるとは限りません。行政文書では合併済みでも、現地では旧社地への祭りが続いた例があります。反対に、由緒板が簡略で、複数回の合祀や遷座が省略されている例もあります。郡誌・村誌・社寺台帳・地籍図・古地図・石碑銘を相互に照合する方法が有効です。

3-3 「合祀」「合併」「遷座」を分けて記録する

調査では、祭神をあわせ祀ったこと、神社の組織を統合したこと、御神体・御霊代を遷したこと、旧社殿を移築したことを分けて記録します。これらは同時に行われる場合がありますが、同じ行為ではありません。

たとえば、祭神は本社へ合祀されても旧社殿が境内に移築される場合があります。また、社殿を移転しても祭神構成が変わらなければ、中心となる語は遷座です。資料に記された語を尊重しながら、具体的に何が変化したかを確認します。

第4章 合祀が行われる主な理由と歴史

4-1 災害・移転・社殿維持による合祀

洪水、地震、火災、土砂災害などによって旧社地や社殿の維持が難しくなり、近隣の神社へ合祀されることがあります。河川改修、道路建設、ダム建設、区画整理、集落移転などに伴う例もあります。

また、氏子数の減少や祭祀継承者の不足、社殿修理費の確保などを背景として、複数社の祭祀を一社へまとめる場合があります。ただし、合祀の理由は事例ごとに異なります。「維持が難しかったはずだ」と推測せず、由緒や行政記録を確認する必要があります。

4-2 近世以前にも見られる神社の整理

神社の整理・統合は明治期に突然始まったものではありません。近世の藩政下でも、祭祀や社寺を整理した事例が研究されています。ただし、その目的・範囲・実施方法は藩や地域によって異なり、明治末期の全国的な行政施策と同一視することはできません。

4-3 明治39年以降の神社整理

明治39年(1906)4月30日、勅令第96号「府県社以下神社神饌幣帛料供進ニ関スル件」が公布されました。府県社以下の神社に対し、府県・市町村が神饌幣帛料を供進できる制度上の枠組みを定めたものです。同年には、合併後の神社へ旧神社の境内官有地を譲与することに関わる勅令第220号も出されました。

これらの制度と神社の財産・設備・祭祀体制を整えようとする地方行政が結びつき、各地で神社の合併・整理が進みました。一般に「神社合祀令」と呼ばれることがありますが、その名称を持つ一つの法令だけによって全国一律に行われたわけではありません。複数の法令、内務省の訓示、府県の基準、現地の申請手続を含む政策過程として捉える必要があります。

4-4 地域によって実施状況は異なります

神社整理の進み方には大きな地域差がありました。府県の方針、旧町村の構成、神社の財産、氏子側の意向、由緒の評価などが異なったためです。したがって「一町村一社」は政策傾向を説明するうえで重要ですが、全国の全神社に機械的に適用された統一結果として理解するのは適切ではありません。

4-5 現在の合祀を創建時の姿と混同しない

現在、一つの本殿に複数の祭神が祀られていても、その構成が創建時から続くとは限りません。中世・近世の勧請、近代の神社整理、災害後の遷座などによって祭神が加わった可能性があります。現在の祭神構成と、創建時または古代の祭祀を分けて考えることが重要です。

第5章 合祀の祭儀と合祀後の奉斎

5-1 合祀祭の名称と次第には違いがあります

祭神を別の神社へ合祀する際には、旧鎮座地で事情を奉告し、御神体・御霊代を遷し、新たな奉斎先で鎮座を奉告する祭儀が行われる場合があります。しかし、祭儀の名称・順序・規模は、神社、地域、時代、合祀の事情によって異なります。

そのため、「合祀祭は必ずこの順序で行う」と固定的に示すことはできません。個別事例では祭典記録、神社日誌、棟札、合祀願、神職や神社の公式説明を確認します。

5-2 合祀に伴う一般的な過程

合祀に伴って確認される主な過程

段階 主な内容 確認する資料
奉告 旧社で合祀または遷座の事情を奉告します。 祭典記録・神社日誌
奉遷 御神体・御霊代を丁重に新たな奉斎先へ遷します。 遷座記録・合祀願
鎮座の奉告 受入先で神饌・幣帛を供え、鎮座を奉告します。 祝詞・祭典次第
祭祀の継承 祭日、祭礼、旧社地祭祀などの扱いを定めます。 由緒・氏子関係記録・民俗資料

この表は一般的な確認項目を整理したもので、すべての神社に共通する固定式次第を示すものではありません。

5-3 旧社地・社殿・祭礼が残る場合

合祀後も、旧社地に鳥居、石碑、灯籠、御神木、小祠などが残る場合があります。旧社殿が受入先の境内へ移築される例、旧社地が御旅所や遥拝所となる例、旧来の祭日に参拝や祭典が続く例もあります。

したがって、合祀は旧社に関わるすべての祭祀・記憶が直ちに消えることを意味しません。反対に、社地の処分や社叢の伐採、祭礼の中断によって旧社の痕跡が失われる場合もあります。

5-4 合祀された神の神格を一律に判断しない

主祭神・配祀神・相殿神などの表記は、現在の祭神欄を整理するために用いられます。しかし、その表記だけで神の由緒、信仰上の重要性、祭礼における役割を一律に判断することはできません。合祀前には独立した神社の主祭神であった神が、合祀後の祭神欄では配祀神や相殿神として記される場合があるためです。

第6章 合祀の主な形態

6-1 別の神社の本殿へ合祀する

旧社の祭神を受入先神社の本殿へ遷し、既存の祭神とともに祀る形です。由緒には「本社に合祀」「相殿に合祀」などと記される場合があります。合祀の経緯と現在の奉斎位置を分けて読む必要があります。

6-2 境内社へ合祀する

受入先神社の境内にある末社などへ複数の祭神をまとめて祀る形です。この場合、受入先の主祭神と同じ本殿に祀られるとは限りません。「同じ神社の境内に祀られている」ことと「同じ社殿に祀られている」ことは区別します。

6-3 複数の御霊を合祀する

招魂社、護国神社、慰霊のための祭祀施設などでは、祭祀対象となる複数の御霊をあわせ祀る意味で合祀が用いられます。この場合、旧神社の社殿・境内地を統合することが中心ではありません。

6-4 合祀後に復祀・再建する

一度ほかの神社へ合祀された後、旧社地または別の場所に再び社殿を設け、祭祀を再興することがあります。これを復祀と表現する場合があります。ただし、御神体・祭神・社名・社地の扱いは事例によって異なるため、「合祀前と完全に同じ状態へ戻った」とは限りません。

第7章 合祀・配祀・相殿・遷座・分祀の違い

似た用語は、「何を説明する語か」に着目すると整理しやすくなります。

合祀と関連用語の違い

用語 中心となる意味 合祀との関係
合祀 複数の神や御霊をあわせて祀る行為・経緯 本記事の中心語です。
配祀 主祭神に添えてほかの神を祀る位置づけ 合祀された神が、現在は配祀神と記される場合があります。
相殿 同じ社殿内に複数の神を祀る奉斎形態 相殿に合祀される場合がありますが、すべての相殿が合祀によるとは限りません。
遷座 神を別の座・場所へ遷すこと 合祀に伴うことがありますが、単独移転もあります。
分祀 祭神を分けて別の場所へ祀ること 祭神を一か所へあわせる合祀とは方向が異なります。
勧請 他所の神を迎えて祀ること 新たな神を迎える点では重なりますが、旧社の統合を必ず伴いません。

7-1 行為・位置づけ・形態を混同しない

合祀は行為や沿革、配祀は祭神の位置づけ、相殿は奉斎する空間の形態を主に示します。一つの事例について「旧社を合祀し、その祭神を配祀神として本殿の相殿に祀る」と説明できる場合があります。

7-2 神社ごとの公式表記を尊重する

用語の使い分けは、時代・地域・神社・資料によって完全には統一されていません。記事では一般的な整理を示しますが、個別神社については、その神社の公式な祭神表記や由緒の文言を優先します。そのうえで、読者が経緯と現在の状態を混同しないよう補足します。

第8章 Shrine Heritager掲載神社に見る合祀の実例

8-1 味美白山神社―物部神社を合祀した例

愛知県春日井市の味美白山神社は、万治2年(1659)に白山社が現在地へ遷座した際、二子山古墳にあったと伝えられる物部神社を合祀したと説明されています。さらに大正7年(1918)には春日神社も合祀されました。異なる時期の合祀によって現在の祭神構成が形成されたことを確認できる例です。

Shrine Heritager掲載の味美白山神社の記事で、物部神社と春日神社の合祀経緯を確認できます。

URL: https://shrineheritager.com/hakusan-shrine-4/

物部神社を合祀した味美白山神社
味美白山神社(春日井市二子町)〈『延喜式』物部神社を合祀〉

味美白山神社(あじよし はくさんじんじゃ)は 元は今より南の白山藪(味鋺字堂前898)に鎮座したが 萬治二年(1659)現在地(白山神社古墳の墳丘上)に遷座 同時に 二子山古墳の墳丘にあった物部天神〈式内論社〉を合祀し建立されたと云う 延喜式内社 尾張國 春日部郡 物部神社(もののへの かみのやしろ)の論社です

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8-2 来待本宮―佐久多神社・韓國伊太弖神社を合祀した例

島根県松江市宍道町の来待本宮では、明治41年(1908)に上来待の佐久多神社と韓國伊太弖神社を合祀したと伝えられています。合祀元の二社と受入先、合祀年が確認でき、合祀後の祭神を現在の奉斎先から追跡できる例です。

佐久多神社と韓國伊太弖神社は、『出雲国風土記』や『延喜式神名帳』との関係からも検討される神社です。ただし、古代史料に記された社と現在の奉斎先との関係は、近代の合祀履歴を踏まえて考える必要があります。

Shrine Heritager掲載記事では、合祀元二社の由緒と来待本宮の現在の祭神構成をあわせて紹介しています。

URL:https://shrineheritager.com/kimachimotomiya/

佐久多神社・韓國伊太弖神社を来待本宮へ合祀した例
佐久多神社・韓國伊太弖神社〈来待本宮に合祀〉&来待本宮(松江市宍道町)

来待本宮(きまちもとみや)は、島根県松江市宍道町上来待に鎮座し、月夜見神を祀ります。勧請・創立は後奈良天皇の天文年間(1532~1555)と伝わり、明治41年(1908)には上来待佐久多に鎮座した佐久多神社と同社坐韓國伊太弖神社を本社へ合祀しました。両社は共に『出雲国風土記』『延喜式神名帳』所載社の論社とされています。

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8-3 大虫神社―複数の式内社を相殿に合祀した例

福井県越前市の大虫神社では、雨夜神社・小虫神社・雷神社が相殿に祀られています。複数の式内社に関わる祭神が一社に奉斎されているため、現在の鎮座社だけでなく、旧社名・旧社地・合祀経緯を分けて確認する必要性が分かる例です。

「相殿に祀られている」という現在の形態と、「合祀された」という歴史上の経緯を区別すると、複数の社名と祭神の関係を整理しやすくなります。

Shrine Heritager掲載の大虫神社の記事で、相殿に祀られる各社との関係を確認できます。

URL: https://shrineheritager.com/ohmushi-shrine/

複数の式内社を相殿に祀る大虫神社
大虫神社(越前市大虫町)〈『延喜式』大虫神社 名神大・雨夜神社・小虫神社・雷神社〉

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三つの合祀事例の比較

神社 合祀された神社 読み取れる点
味美白山神社 物部神社・春日神社 異なる年代の合祀が現在の祭神構成に反映されています。
来待本宮 佐久多神社・韓國伊太弖神社 合祀元・受入先・合祀年を追跡できます。
大虫神社 雨夜神社・小虫神社・雷神社 合祀の経緯と相殿という奉斎形態を分けて考えられます。

第9章 合祀された神社を調べる方法

9-1 現在の由緒と祭神欄を確認する

最初に、現地の由緒板、神社公式サイト、神社誌などから、合祀年月日、合祀元の社名、現在の祭神名を確認します。「主」「配」「合」「相殿」などの区分がある場合は、その神社独自の表記方法も記録します。

9-2 旧社名・旧村名・字名で資料を探す

合祀によって旧社名が現在の地図から消えている場合があります。合祀元の社名に加え、旧村名、字名、旧郡名を組み合わせて、郡誌、市町村史、神社明細帳、古地図を調べます。表記の異同も考慮し、「合祀」「合祭」「合併」「遷座」など複数の語で検索します。

9-3 旧社地の痕跡を確認する

旧社地には、石碑、鳥居、灯籠、手水鉢、社号標、御神木、地名などが残る場合があります。銘文から合祀年や奉納者を確認できることもあります。ただし、私有地、立入禁止区域、危険箇所には入らず、現地の案内に従います。

9-4 合祀後の祭礼を確認する

合祀後も旧社の祭日、神輿、獅子舞、講、旧社地への遥拝などが続く場合があります。祭礼の継承状況は、祭神名だけでは分からない祭祀の連続性を考える手掛かりになります。民俗調査報告、自治体史、祭礼保存会の記録、聞き取り資料などを参照します。

9-5 合祀と廃社を同じ意味にしない

合祀された結果、旧社が独立した神社として廃止される場合はありますが、合祀と廃社は同義ではありません。祭神の奉斎が別の神社で続く場合、旧社地に祭祀が残る場合、のちに復祀される場合もあります。「旧社がなくなった」とする前に、祭神・社地・社殿・祭礼のそれぞれを確認します。

9-6 『延喜式』の「二座・三座」と現在の祭神数は同じとは限らない

『延喜式神名帳』の「二座」「三座」は、同帳が編纂された古代の祭祀上の座数を示します。後世の合祀や勧請によって祭神が加わることもあるため、現在の祭神数と一致するとは限りません。式内社を調べるときは、古代の座数、後世の祭神説、合祀後の現在の祭神構成を分けて整理します。

第10章 よくある質問(FAQ)

Q1 合祀すると、もとの神社は必ずなくなりますか

必ずしもなくなりません。旧社殿が撤去される場合もあれば、旧社地に祠や石碑が残る場合、境内社・御旅所として祭祀が続く場合、のちに復祀される場合もあります。

Q2 合祀と配祀は同じですか

同じ観点の語ではありません。合祀は神や御霊をあわせて祀る行為・経緯を示し、配祀は主祭神に添えて祀られる神の位置づけを示すことが多い語です。ただし、神社や史料によって用法に重なりがあります。

Q3 相殿に祀ることは、すべて合祀ですか

すべてが後世の合祀とは限りません。相殿は同じ社殿内に複数の神を祀る形態を示します。創建時から複数の神を祀る例もあるため、合祀の有無は沿革資料から確認します。

Q4 合祀と遷座は同じですか

同じではありません。遷座は神を別の座・場所へ遷すことです。合祀に伴って遷座する場合がありますが、一社が祭神構成を変えずに移転する遷座もあります。

Q5 「神社合祀令」という一つの法律があったのですか

「神社合祀令」は明治末期の政策をまとめて指す通称として使われます。しかし、その正式名称を持つ単一の法令だけで全国の合祀が実施されたと説明するのは不正確です。明治39年の勅令第96号・第220号、内務省の方針、各府県の基準などを分けて確認する必要があります。

Q6 合祀された神社の旧社地は参拝できますか

祠や石碑が残り、参拝できる旧社地もあります。ただし、私有地や立入禁止区域になっている場合もあります。現地表示や管理者の案内を確認し、無断で立ち入らないようにします。

第11章 Shrine Heritager編集部考察

合祀を調べる際には、「祭神の継承」と「鎮座地の継続」を分ける視点が重要です。祭神が受入先神社で祀られていても、旧社地、社殿、祭礼、氏子区域が同じ形で残るとは限りません。反対に、行政上は合併された後も、旧社の祭日や旧社地への参拝が受け継がれる場合があります。

とくに式内社を検討する場合、現在の奉斎先に祭神が祀られていることと、古代からその場所で祭祀が続いたことは別の問題です。合祀年月日、旧社地、旧社名、祭神、祭礼を一組の情報として記録することで、何が継承され、何が変化したのかをより正確に捉えられます。

第12章 関連項目(See also)・内部リンク

合祀と関連する用語、および合祀の具体的な経緯を確認できる神社記事を紹介します。

合祀を理解するための関連項目

項目 URL 関係
配祀 https://shrineheritager.com/haishi/ 主祭神に添えて祀られる神の位置づけを解説します。
相殿 https://shrineheritager.com/aidono/ 同じ社殿内に複数の神を祀る奉斎形態を解説します。
分霊 https://shrineheritager.com/bunrei/ 神の御霊を分けて別の場所に祀ることと、合祀との違いを確認できます。
勧請 https://shrineheritager.com/kanjou/ 他所の神を迎えて祀ることと、旧社の祭神をあわせて祀る合祀との違いを確認できます。
味美白山神社 https://shrineheritager.com/hakusan-shrine-4/ 物部神社と春日神社が異なる時期に合祀された経緯を確認できます。
来待本宮 https://shrineheritager.com/kimachimotomiya/ 佐久多神社・韓國伊太弖神社の合祀元、合祀先、合祀年を確認できます。

第13章 参考文献

13-1 法令・公文書

  • 明治39年勅令第96号「府県社以下神社神饌幣帛料供進ニ関スル件」
  • 明治39年勅令第220号「神社寺院仏堂合併跡地ノ譲与ニ関スル件」
  • 各府県の神社明細帳、神社合併願、社寺関係行政文書

13-2 基礎文献・研究

  • 森岡清美『近代の集落神社と国家統制』吉川弘文館
  • 南方熊楠「神社合祀に関する意見」ほか神社合祀反対運動関係資料
  • 各府県郡誌・市町村史・神社誌に収録された合祀関係記事

13-3 神社・公開記事

  • Shrine Heritager「味美白山神社(春日井市二子町)〈『延喜式』物部神社を合祀〉」
  • Shrine Heritager「佐久多神社・韓國伊太弖神社〈来待本宮に合祀〉&来待本宮(松江市宍道町)」
  • Shrine Heritager「大虫神社(越前市大虫町)〈『延喜式』大虫神社 名神大・雨夜神社・小虫神社・雷神社〉」

第14章 External Links(外部リンク)

日本法令索引「府県社以下神社神饌幣帛料供進ニ関スル件」

明治39年勅令第96号の法令情報と改廃履歴を確認できます。

URL: https://hourei.ndl.go.jp/#/detail?lawId=0000008891

国立国会図書館レファレンス協同データベース「明治39年に発せられた『神社合祀の勅令』」

「神社合祀令」と呼ばれる法令について、勅令第220号を含む関係資料を確認する手掛かりになります。

URL: https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=1000061131&page=ref_view

国立公文書館デジタルアーカイブ

明治期の内務行政・社寺関係公文書を検索できます。

URL: https://www.digital.archives.go.jp/

相模原市公文書館「社寺書類と神社合祀」

旧町村文書に残る社寺書類から、地域における神社合祀の実施過程を紹介する公的資料です。

URL: https://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/shisei/1026896/shikumi/1026901/1033965/1025038.html

南方熊楠記念館「神社合祀反対」

南方熊楠が神社合祀に反対した経緯と、信仰・風俗・自然環境の保全に関する主張を紹介しています。

URL: https://www.minakatakumagusu-kinenkan.jp/kumagusu/life/goushihantai

第15章 更新履歴(Revision History)

更新履歴

日付 更新内容
2026年8月14日 Edition 1 Official Master Version 5.3に準拠して全面改稿。合祀・配祀・相殿の区別を明確化し、第8章の事例を味美白山神社・来待本宮・大虫神社に更新しました。

 

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