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配祀(はいし)とは?意味・主祭神・相殿・合祀との違いを解説

SHD-0017 配祀(はいし)とは?意味・主祭神・相殿・合祀との違いを解説 Edition 1 Master Rev.1

配祀(はいし)とは、神社の祭神構成において、主祭神とともにほかの神を祀ること、またはその位置づけを示す語です。本記事では、配祀神と主祭神・相殿神の関係、相殿・合祀・同座・別殿との違い、古代史料を読む際の注意、代表的な神社の実例と祭神表の調べ方を解説します。

 

配祀の基本情報

記事番号 SHD-0017
用語 配祀
読み方 はいし
別表記 配祭・配神・配祀神・配祭神
英語表記 Co-enshrinement / Enshrinement of associated kami
意味 神社の祭神構成において、主祭神とともにほかの神を祀ること、またはその位置づけ
分類 神社祭祀/祭神構成
対概念 主祭神・単独奉斎
関連概念 相殿神・相殿・合祀・同座・別殿・勧請・遷座
制作区分 Edition 1 Official Master

第1章 配祀とは

1-1 主祭神とともにほかの神を祀ること

配祀(はいし)とは、一社に祀られる複数の神のうち、中心となる主祭神とともに、ほかの神を祀ることをいいます。また、祭神表の中で主祭神に添えて掲げられる位置づけを指す場合もあります。配祀される神は、配祀神(はいししん)と呼ばれます。

1-2 配祀神とは

配祀神は、その神社の公式な祭神構成において、主祭神と区別して掲げられる神です。主祭神の配偶神・親神・御子神、神話上の関係神、他社から勧請された神、合祀や遷座によって加わった神など、成立の事情は神社ごとに異なります。

1-3 配祀は神格の上下を表す語ではない

「主」と「配」という字から、配祀神が主祭神より神格や神威の低い神であると受け取られることがあります。しかし、主祭神・配祀神は、その神社における祭神構成上の説明です。神々の普遍的な上下関係を示す名称ではありません。

1-4 配祀・相殿・合祀の違い

配祀は主祭神との関係、相殿は奉斎する社殿、合祀は神を合わせ祀った行為や経緯に重点があります。合祀された神が配祀神となり、主祭神と同じ本殿の相殿に祀られることはありますが、三つの語は同義ではありません。

配祀・相殿・合祀の基本的な違い

用語 説明の中心 確認する点
配祀 祭神構成上の位置づけ 主祭神とどのような関係で掲げられるか
相殿 同じ社殿での奉斎 どの神が同じ社殿に祀られるか
合祀 神を合わせ祀る行為・経緯 いつ、どこから、どのように加わったか

第2章 配祀の語義と表記

2-1 「配」と「祀」が表す意味

「配」には、取り合わせる、添える、並べるという意味があります。「祀」は神をまつることです。配祀は、主として掲げる祭神に別の神を添えて祀るという意味で用いられます。

2-2 配祀神・配祭神・配神の表記

神社の公式案内や神社誌には、「配祀神」「配祭神」「配神」「御配神」などの表記があります。近い意味で使われる場合がありますが、すべての神社が同じ定義で使い分けているとは限りません。

2-3 祭神を並べる順序だけでは判断できない

祭神名が複数並んでいても、最初の神が必ず主祭神で、二番目以降が必ず配祀神とは限りません。複数の神をすべて主祭神として掲げる神社もあります。文字の大きさや掲載順だけで分類せず、公式な名称を確認します。

2-4 神社ごとの公式表記を優先する

個別神社の記事では、公式サイト、由緒書、境内案内、都道府県神社庁の祭神表などに示された名称を優先します。公式資料が単に「御祭神」として複数柱を掲げる場合、外部から主祭神と配祀神へ振り分けません。

第3章 史料から配祀を考える際の注意

3-1 『古事記』『日本書紀』は現在の祭神分類表ではない

『古事記』『日本書紀』は、神々の物語、系譜、祭祀の由来を考える重要な史料です。しかし、現在の神社案内で用いられる「主祭神」「配祀神」という分類を体系的に示す文献ではありません。神話上の配偶関係や親子関係だけを根拠として、個別神社の配祀神を決めることはできません。

3-2 『延喜式』の「二座・三座」と配祀神は同じとは限らない

『延喜式神名帳』には、神社名の後に「一座」「二座」「三座」などと記す例があります。「座」は祭祀の対象となる神を数える単位です。ただし、複数座の記載だけでは、どの神が主祭神で、どの神が配祀神であったかを確定できません。

3-3 神名の併記と配祀を区別する

六国史や神名帳に複数の神名が並んでいても、それだけで現在と同じ配祀関係が成立していたとはいえません。神階授与、奉幣、祭祀対象の列挙と、神社の祭神表における主祭神・配祀神の区分は分けて読みます。

3-4 後世の「配祀」を古代へ遡らせない

近世の地誌や近代の神社明細帳が、ある神を「配祀」と説明していても、その名称が創建時から使われていたことを意味しません。古代史料の記述、後世の社伝、現在の公式説明を成立時期ごとに整理します。

第4章 配祀という説明の歴史

4-1 古代の複数神奉斎と後世の分類を分ける

古代にも一社で複数の神を祭る例は確認できます。しかし、現在の主祭神・配祀神という説明を、そのまま古代の祭神構成へ当てはめることはできません。まず史料に記された神名・座数・祭祀内容を確認し、後世の名称とは分けます。

4-2 中世・近世の祭神構成の変化

中世から近世には、社殿の再建、他社からの勧請、領主や祭祀を担った家々の信仰、神仏習合などを背景として、祭神構成が変化することがありました。近世地誌や棟札は、その時点で祀られていた神を確認する手掛かりになります。

4-3 勧請によって加わった神

既存の神社へ他社から神を勧請し、主祭神とともに祀る場合があります。勧請された神が配祀神として整理されることもありますが、勧請と配祀は同じ意味ではありません。勧請は神を迎える行為、配祀は祭神構成上の位置づけです。

4-4 遷座・合祀によって加わった神

別の社に祀られていた神を遷座・合祀し、受け入れ先の祭神表で配祀神とする例があります。その場合も、元の社が廃止されたのか、境内社として存続したのか、祭祀がどのように継承されたのかを個別に確認します。

4-5 近代の神社明細帳と祭神表記

近代には、神社の祭神、由緒、社格、境内、建物などが行政上の書類に整理されました。神社明細帳や府県文書には、主祭神、配祀神、境内社祭神などを区別する例があります。ただし、表記方法は時期や地域で一様ではありません。

4-6 現在の配祀神が創建時から祀られていたとは限らない

現在の祭神表に配祀神として載る神が、創建時から祀られていたとは限りません。勧請、増祀、合祀、遷座、社殿再建、由緒整理などにより、祭神名や位置づけが変わることがあります。

第5章 配祀神が祀られる主な理由

5-1 主祭神と神話・系譜上の関係がある神

主祭神の配偶神、親神、御子神など、神話や系譜上の関係が深い神をともに祀る例があります。ただし、神話上の関係だけで実際の配祀理由を断定せず、各神社の由緒を確認します。

5-2 主祭神と神徳上の関係が深い神

農耕、海上安全、疫病除け、武運、学問など、主祭神と関係する神徳をもつ神を祀る場合があります。これは信仰上の説明であり、どの神を組み合わせるかは神社ごとに異なります。

5-3 他社から勧請された神

新たな守護や祭祀上の必要から、別の神社の神を勧請し、既存の祭神構成へ加えることがあります。勧請の年代や目的が社伝だけに伝わる場合は、伝承であることを明示します。

5-4 別の社から遷座・合祀された神

災害、社殿の荒廃、土地利用の変化、近代の神社整理などを背景として、別社の祭神を移すことがあります。合祀された神が配祀神になる場合もありますが、独立した神座や境内社に祀られる場合もあります。

5-5 氏族・領主・崇敬者に関係する神

祭祀を担った氏族、領主、社家、崇敬者に関係する神が加えられることがあります。歴史的な背景を説明する際は、具体的な人物・家・地域・史料を示し、漠然とした表現に置き換えません。

5-6 配祀の成立理由は神社ごとに異なる

同じ「配祀神」という表記でも、創建以来の祭神、後世の勧請神、合祀された神、由緒整理によって区分された神など、成立事情は異なります。配祀という名称だけで来歴を推測しないことが大切です。

第6章 配祀神の主な奉斎形態

6-1 主祭神と同じ本殿に祀る

配祀神を主祭神と同じ本殿に祀る例があります。この場合、祭神構成上は配祀神、奉斎場所の説明では相殿神とされることがあります。

6-2 相殿神として祀る

相殿は、主神を含む複数の神を同じ社殿に祀ること、またはその社殿を指します。主祭神と配祀神を同じ殿に祀る場合、配祀神と相殿神という二つの説明が重なります。

6-3 別の神座・区画に祀る

一棟の本殿内部に複数の神座や区画が設けられている場合があります。本殿内部は通常公開されないため、外観だけで神座配置を推測せず、神社が公開する説明に従います。

6-4 別殿に祀ると説明される場合

祭神表では配祀神として整理しながら、奉斎場所については別殿・別区画を示す例も考えられます。ただし、用語の使い方は一定ではないため、個別神社の公式表記と社殿配置を確認します。

6-5 摂社・末社の祭神とは一律に同じではない

摂社・末社は本社に付属し、それぞれの社殿と祭神をもつ神社です。同じ境内に祀られているというだけで、本社の配祀神とはいえません。公式祭神表でどのように区分されているかを確認します。

第7章 配祀と似た用語の違い

7-1 配祀神と主祭神の違い

主祭神は、その神社で中心として掲げられる祭神です。配祀神は、主祭神とともに祀られ、祭神表で異なる位置づけを与えられた神です。この区分は神格の優劣ではなく、個別神社の祭神構成を示します。

7-2 配祀神と相殿神の違い

配祀神は主祭神との関係を示し、相殿神は同じ社殿に祀られるという奉斎場所を示します。配祀神が主祭神と同じ本殿に祀られていれば、相殿神でもあると説明できます。しかし、相殿に祀られる複数神をすべて主神とする場合もあるため、「相殿神=必ず配祀神」ではありません。

7-3 配祀と合祀の違い

合祀は、別に祀られていた神を合わせ祀る行為や歴史的経緯です。配祀は、現在の祭神構成における位置づけです。合祀された神が配祀神になることはありますが、配祀神のすべてが合祀によって加わったとは限りません。

7-4 配祀と同座の違い

同座は、複数の神が同じ神座に祀られることを示す語です。配祀神が主祭神と同座する場合はありますが、配祀という名称だけで同じ神座に祀られているとは判断できません。

7-5 配祀と別殿の違い

別殿は、神を別の社殿に祀るという奉斎場所・建築配置の説明です。配祀は祭神構成の説明であり、確認する観点が異なります。

7-6 配祀神と摂社・末社の祭神の違い

摂社・末社の祭神は、それぞれの付属社に祀られる神です。本社の祭神表に配祀神として記される場合を除き、自動的に本社の配祀神とはしません。

第8章 配祀を理解する代表的な神社

8-1 溝谷神社―相殿に奈具神を配祀する例

京都府京丹後市の溝谷神社について、Shrine Heritagerの記事では、大正14年(1925)刊行の『丹波・丹後』にある「相殿に奈具神を配祀す」という記述を紹介しています。祭神構成上の「配祀」と、同じ社殿に祀る「相殿」が重なる例です。

ただし、大正期資料の記述と現在の神社公式表記は分けて確認します。

URL: https://shrineheritager.com/mizotani-shrine/

相殿に奈具神を配祀すると記される溝谷神社
溝谷神社(京丹後市弥栄町溝谷)〈相殿 船木奈具神社〉

溝谷神社(みぞたにじんじゃ)は 社伝には 四道将軍の丹波道主命が神夢を受け 山麓の水口に新宮を建て天下泰平を祈念 この水の流れるところを溝谷と云う その子 大矢田宿禰〈神功皇后に使えた新羅の鎮守将軍〉が 帰朝の無事を素戔嗚尊の神徳に願い 帰朝後に新羅大明神として祀ったと云う 相殿には〈相殿 船木奈具神社〉を祀ります

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8-2 大國魂神社―六所宮の祭神構成と配祀

東京都府中市の大國魂神社は、武蔵国の著名な六社の祭神をあわせ祀る総社として「六所宮」とも称されます。配祀された六所の神々、総社としての機能、三棟を横に連ねる現在の本殿構成を分けて見ることが重要です。

大國魂神社については、次の記事で詳しく紹介しています。

URL: https://shrineheritager.com/ohokunitama-shrine-2/

六所宮の祭神構成を伝える大國魂神社
大國魂神社(府中市宮町)〈武藏總社六所宮〉

大國魂神社(おおくにたまじんじゃ)は 景行天皇41年(111)大神の託宣によって創立と伝わり 武蔵国の守神として大國魂神が祀られます 平安時代には各諸神を合祀゛総社゛となり 平安時代末期頃 武蔵国の著名な六所の神社を合祀゛武藏總社六所宮゛と称されます 社伝には 延喜式内社 武蔵國 多磨郡 大麻止乃豆乃天神社(おほまとのつのあまつかみのやしろ)とも伝わります

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8-3 枚岡神社―後世の配祀説明と古代の四座を区別する例

大阪府東大阪市の枚岡神社は四柱を祀ります。後世の由緒では祭神が加わった経緯を説明しますが、『延喜式神名帳』の四座と、後世に用いられる「配祀」という説明は成立時期を分けて検討する必要があります。

枚岡神社の由緒と古代史料については、次の記事で確認できます。

URL: https://shrineheritager.com/hiraoka-shrine/

四柱の祭神を祀る枚岡神社
枚岡神社(東大阪市出雲井町)〈河内國一之宮〉

枚岡神社(ひらおかじんじゃ)は 神武天皇の即位 三年前 勅命を奉じ・天児屋根命・比賣御神の二柱を霊地゛神津嶽゛に祀り創建されました 白雉元年(650)現在地に奉還 神護景雲二年(768)天児屋根命・比賣御神の二神が 春日大社に分祀され「元春日」と呼ばれた後・経津主命・武甕槌命の二柱が増祀され 現在の四殿となりました

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第9章 配祀神を調べる方法

9-1 神社公式サイトと由緒書を確認する

最初に、神社公式サイト、公式由緒書、境内の祭神案内を確認します。「主祭神」「配祀神」「相殿神」など、神社自身が用いる名称を記録します。

9-2 祭神表の区分を確認する

祭神名だけでなく、見出し、括弧書き、相殿・別殿の記載を確認します。複数神が同じ欄に並んでいても、すべてが配祀神とは限りません。

9-3 どの社殿に祀られているかを確認する

主祭神と配祀神が同じ本殿に祀られているのか、別殿・別区画なのか、摂社・末社に祀られているのかを区別します。奉斎場所が分からない場合は、不明とします。

9-4 勧請・増祀・合祀・遷座の時期を確認する

いつ、どこから、どのような理由で祭神が加わったのかを調べます。「古くから」「創建以来」などの表現は、裏付けとなる史料の年代を確認します。

9-5 神社明細帳・棟札・自治体史を調べる

現在の公式説明だけで成立時期が分からない場合は、神社明細帳、棟札、社蔵文書、自治体史、府県史、近世地誌などを年代順に確認します。

9-6 建物の外観だけで配祀神を判断しない

一棟の本殿に見えても、内部の神座構成は外から確認できないことがあります。また、複数棟があっても、どの神がどの社殿に祀られるかは外観だけでは分かりません。

9-7 本殿内部の非公開部分に配慮する

本殿内部や神座は祭祀上の理由から通常公開されません。立入禁止区域へ入ったり、無断で撮影したりせず、神社が公開する情報と閲覧可能な史料を用います。

第10章 よくある質問(FAQ)

Q1 配祀は何と読みますか?

「はいし」と読みます。

Q2 配祀神とは何ですか?

一社の祭神構成において、主祭神とともに祀られ、主祭神とは異なる位置づけで掲げられる神です。

Q3 配祀神は主祭神より格が低いのですか?

神格や神威の優劣を示す名称ではありません。その神社における祭神構成上の位置づけです。

Q4 配祀神と相殿神は同じですか?

同じ意味になる場合がありますが、説明の中心が異なります。配祀神は主祭神との関係、相殿神は同じ社殿に祀られるという奉斎場所に重点があります。

Q5 配祀と合祀は同じですか?

異なります。合祀は神を合わせ祀る行為・経緯、配祀は祭神構成上の位置づけです。

Q6 配祀神は必ず本殿に祀られますか?

名称だけでは奉斎場所を確定できません。神社の公式な祭神表と社殿説明を確認します。

Q7 相殿神はすべて配祀神ですか?

限りません。相殿に祀る複数神をすべて主神とする場合があります。

Q8 摂社・末社の祭神は配祀神ですか?

通常は各摂社・末社の祭神として別に整理します。公式祭神表に配祀神と明記される場合は、その表記に従います。

Q9 『延喜式』の複数座は配祀を意味しますか?

座数だけでは、主祭神・配祀神の区分や奉斎場所を確定できません。

Q10 『古事記』の系譜から配祀神を決められますか?

神話上の系譜だけでは決められません。個別神社の由緒と祭神表を確認します。

Q11 配祀された時期はどう調べますか?

神社誌、神社明細帳、棟札、社蔵文書、自治体史、近世地誌、府県文書などを年代順に確認します。

Q12 配祀神と配祭神は違いますか?

近い意味で使われることがあります。個別神社が採用する公式表記を尊重します。

Q13 祭神が複数いれば配祀ですか?

祭神が複数記されているだけでは判断できません。複数神をすべて主祭神とする場合もあります。

Q14 建物を見れば配祀か分かりますか?

外観だけでは分かりません。公式祭神表、奉斎場所、由緒をあわせて確認します。

Q15 参拝時に配祀神の名前を唱える必要がありますか?

一律の義務はありません。神社が示す参拝作法に従い、祀られる神々へ敬意をもって参拝します。

第11章 Shrine Heritager編集部考察

11-1 祭神名の列挙だけでは配祀関係は分からない

祭神名が複数並ぶ場合でも、その関係は主祭神と配祀神、複数の主祭神、相殿神、別殿祭神などさまざまです。祭神数だけを見て配祀と判断しないことが、由緒を正確に読む第一歩です。

11-2 配祀は神々の順位表ではない

主祭神・配祀神という分類は、その神社が祭神構成をどのように説明しているかを示します。ほかの神社における同じ神の位置づけまで決めるものではありません。

11-3 配祀・相殿・合祀を一つの言葉で説明しない

配祀は位置づけ、相殿は奉斎場所、合祀は成立経緯という観点を分けると、同じ神が「合祀によって加わり、配祀神として、相殿に祀られる」という複合的な説明も理解できます。

11-4 現在の祭神構成には神社の来歴が反映される

祭神構成の変化には、勧請、合祀、遷座、社殿再建、祭祀を担った人々の変化などが関係します。現在の祭神表と過去の史料を年代順に比べることで、その神社が歩んだ歴史が見えてきます。

第12章 関連項目(See also)・内部リンク

配祀とあわせて確認したい関連記事

関連項目 URL 配祀との関係
相殿 https://shrineheritager.com/aidono/ 配祀神が主祭神と同じ社殿に祀られる場合の奉斎形態です。
分霊 https://shrineheritager.com/bunrei/ 他所へ神の御神霊を奉斎する際に用いられる語です。
大國魂神社 https://shrineheritager.com/ohokunitama-shrine-2/ 六所宮の祭神構成を確認できます。
枚岡神社 https://shrineheritager.com/hiraoka-shrine/ 古代の四座と後世の由緒を考える例です。

第13章 参考文献

13-1 一次史料

  • 『延喜式』巻九・巻十「神名帳」
  • 太田亮『丹波・丹後』磯部甲陽堂、1925年
  • 個別神社の神社明細帳・棟札・社蔵文書
  • 官報・府県告示・府県神社関係文書

13-2 二次資料・公式資料

  • 國學院大學デジタルミュージアム「相殿」
  • 國學院大學研究開発推進機構「御祭神に関する神社制度―別格官幣社配祀神 殉難戦没之将士を例として―」
  • 岡山県神社庁「神道用語集」
  • 溝谷神社・大國魂神社・枚岡神社に関する公式由緒および公開資料

第14章 External Links(外部リンク)

國學院大學デジタルミュージアム

相殿・相殿神・配祀神の関係を確認するために参照します。

URL: https://d-museum.kokugakuin.ac.jp/eosk/detail/id%3D17641

國學院大學

近代神社制度における配祀神研究を確認するために参照します。

URL: https://www.kokugakuin.ac.jp/

国立国会図書館デジタルコレクション

『延喜式』、近世地誌、近代の神社関係資料など、公開された原資料を確認できます。

URL: https://dl.ndl.go.jp/

国文学研究資料館

古典籍・歴史資料の書誌と公開画像を確認するために参照します。

URL: https://kokusho.nijl.ac.jp/

第15章 更新履歴(Revision History)

配祀記事の更新履歴

日付 更新内容
Edition 1 Official Master 2026年8月14日 Version 5.3準拠。配祀・相殿・合祀を区別し、古代史料と後世の祭神分類を分離。代表例、FAQ、内部・外部リンクを再構成しました。

 

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