実践和學 Cultural Japan heritage

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天比比岐命神社(長浜市高月町高野字丸山)〈『延喜式』天比比岐命神社〉

天比比岐命神社(あめのひひきのみことじんじゃ)は 『近江伊香郡志』には「天比々岐神社 大字高野小字丸山 祭神 天太玉命 祭日九月九日 創建は神亀元年にして昔 日置部祖神 天太玉命の御神靈を奉じて此地に來り給ひしによると傳ふ」とある 延喜式内社 近江國 伊香郡 天比比岐命神社(あめの ひひきのみことの かみのやしろ)です

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1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(Shrine name

天比比岐命神社(Ameno hihikinomikoto shrine

通称名(Common name)

・アマヒビキさん

【鎮座地 (Location) 

滋賀県長浜市高月町大字高野字丸山

  (Google Map)

【御祭神 (God's name to pray)】

《主》天太玉命(あめのふとだまみこと)

【御神徳 (God's great power)】(ご利益)

【格  (Rules of dignity) 

・『延喜式神名帳engishiki jimmeicho 927 AD.所載社

【創  (Beginning of history)】

『大日本史』一百十二 に記される内容

【抜粋意訳】

天比比岐命神社

〇今在 高野村丸山

【原文参照】

源光圀 修 ほか『大日本史』一百十二,徳川篤敬,[明治--]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1911770

『滋賀県伊香郡誌』〈明治36年〉に記される内容

【抜粋意訳】

天比比岐命神社

天太玉命

式内 無格社

高野

【原文参照】

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【由  (History)】

『式内社調査報告第十二巻』昭和59年に記される内容

【抜粋】

天比比岐命(アメヒヒキノミコトノ)神社
【由緒】

 『近江伊香郡志』によると、「天比々岐神社、大字高野小字丸山、祭神、天太玉命、祭日九月九日、創建は神亀元年にして昔、日置部神、天太玉命の御神靈を奉じて此地に來り給ひしによると傳ふ。」とある。

 近江國伊香郡内には、他に「天比比岐命神社」と稱する神社はない。各神社の末社、境内社を調べてみても同名の神社は存在しない。そこで、天比比岐命神社の書類を調べてみると、「明治地券改正社寺明細帳編制」のとき脱漏してるたので、御加列してほしい旨の文書がある。

發第四二一號

 天比々岐命神社脱漏御加列出願付副申
本村大字高野字丸山鎮座天比々岐命神社脱漏御加列出願二付右神社境内/模樣及考證等實施二着目シテ取調侯處全ク脱漏セジモノニ相違無之侯ニ付願意ノ趣御採用被成下度此段副申候也

昭治三十一年十月十四日
 滋賀縣伊香郡高時村長木村孫四郎
滋賀縣知事折田平內殿

とあり、その中の「由緒」の項には、「祭神」の所で少しふれたが、「本社原起へ古昔日置部組神天太玉命ノ神憲ヲ奉シテ此地二來リ山ニ登リ曆日ヲ掌リ給フト云フ、今モ其地ヲ稱シテ日波加里山ト字ス、然ルヲ山地ニシテ參拜便ナラザルニ 神龜元年今ノ地へ遷座セシト云フ、今古昔ノ神社ノアリシ跡ヲ存ス、社殿原宏大ナル建築ナシシモ天正ノ頃火害二罹リテ今ノ一小社トナリシト傳フ、是往古瓦礎等散在セルヲ以テ知ラル」とあり、また「考證」の項に、次のやうにある。

・・・〈中略〉・・・・

昭和二十七年の明細書を見ると、高野神社の境内末社として掲載されてゐる。境内末社となったのは、昭和十九年に天比比岐命神社の境内が高野神社の飛地境内地として認められ、昭和二十年に境内末社となつてゐる。故に現在はそのままになつてゐる。

【原文】

『式内社調査報告第十二巻』著者 式内社研究会編纂.刊行年.昭和59年.出版社 皇学館大学出版部より

神社の境内 (Precincts of the shrine)】

天比比岐命神社 社殿

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・石燈籠

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・境内

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・参道石段

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・鳥居

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・社頭

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・社号標

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神社の境外 (Outside the shrine grounds)】

高野神社(長浜市高月町高野)

天比比岐命神社(長浜市高月町高野字丸山は 現在 高野神社(長浜市高月町高野)の飛地境内社となつています

延喜式内社 近江國 伊香郡 髙野神社(たかのの かみのやしろ)です 詳しくは下記の記事を参照

・高野神社(長浜市高月町高野)

一緒に読む
高野神社(長浜市高月町高野)〈『延喜式』髙野神社〉

高野神社(たかのじんじゃ)は 社伝に人皇第四十五代 聖武天皇 神龜元年(724)創立にして靈験ある神とされたが その後 衰退し 稱徳天皇 寶龜二年(771)再興して旧に復せりと云う この地の祖 高野之祝が その始祖 大名草彦命を祀った 延喜式内社 近江國 伊香郡 髙野神社(たかのの かみのやしろ)とされます

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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています

〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
 『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています

『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉

現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態

〇『六国史(りっこくし)』
  奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称

・『日本書紀』養老4年(720)完成
『續日本紀』延暦16年(797)完成
『日本後紀』承和7年(840)完成
『續日本後紀』貞観11年(869)完成
『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
『日本三代實録』延喜元年(901)完成

〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
  平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる

『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉

延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂
その中でも910を『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)といい 当時927年12月編纂「官社」に指定された全国の神社式内社の一覧となっています

「官社(式内社)」名称「2861
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東山道 382座…大42(うち預月次新嘗5)・小340

[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)近江國 155座(大13座・小142座)

[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)伊香郡 46座(大1座・小45座)

[名神大 大 小] 式内小社

[旧 神社 名称 ] 天比比岐命神社
[ふ り が な ](あめ ひひきのみことの かみのやしろ)
[Old Shrine name]Ameno hihikinomikoto no kaminoyashiro

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

【オタッキーポイント】This is the point that Otaku conveys.

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載される「比々岐神」を祀る式内社について

該当する式内社は 二ヶ所あります 各々の論社について

延喜式内社 伊賀國 伊賀郡 比比岐神社(ひひきの かみのやしろ)の論社について

・比々岐神社(伊賀市北山)

・猪田神社(伊賀市猪田)に〈合祀〉大内天神

近江國 伊香郡 天比比岐命神社(あめの ひひきのみことの かみのやしろ)の論社について

・天比比岐命神社(長浜市高月町高野)

一緒に読む
天比比岐命神社(長浜市高月町高野字丸山)〈『延喜式』天比比岐命神社〉

天比比岐命神社(あめのひひきのみことじんじゃ)は 『近江伊香郡志』には「天比々岐神社 大字高野小字丸山 祭神 天太玉命 祭日九月九日 創建は神亀元年にして昔 日置部祖神 天太玉命の御神靈を奉じて此地に來り給ひしによると傳ふ」とある 延喜式内社 近江國 伊香郡 天比比岐命神社(あめの ひひきのみことの かみのやしろ)です

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【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

JR北陸本線 高月駅から県道279号・332号経由で約4.9km 車での所要時間は9~10分程度

天比比岐命神社(長浜市高月町高野字丸山は 現在 高野神社(長浜市高月町高野)の飛地境内社となつています

高野神社(長浜市高月町高野)経由で進みます

・高野神社(長浜市高月町高野)

一緒に読む
高野神社(長浜市高月町高野)〈『延喜式』髙野神社〉

高野神社(たかのじんじゃ)は 社伝に人皇第四十五代 聖武天皇 神龜元年(724)創立にして靈験ある神とされたが その後 衰退し 稱徳天皇 寶龜二年(771)再興して旧に復せりと云う この地の祖 高野之祝が その始祖 大名草彦命を祀った 延喜式内社 近江國 伊香郡 髙野神社(たかのの かみのやしろ)とされます

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天比比岐命神社は 高野神社(長浜市高月町高野)の鎮座する高野の集落から北方向へ500~600m程です

天比比岐命神社の参道から高野の集落を見るとこのような感じです

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参拝日は6/7で辺りは 田植えが終わった水田や休耕田があります

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この辺りから棚田の中の道を上って行き 山裾辺りに目的の天比比岐命神社が鎮座している筈です

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山裾まで上がってくると 墓地(霊園)の駐車場があり 車を停めさせてもらいました

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今上って来た道がこの道です この辺りはかなりの高台ですが なだらかな台地に棚田が広がっている様子からして 水は十分にあり 豊かな土地で 古くからの人々の住かとして 栄えていたであろうことが窺えます

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墓地(霊園)の駐車場の下の道の行き止まりに 獣除けの柵があり そこが社頭になっています

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獣除けの柵は 感電注意 の看板が付けられていて 頭の高さ辺りに電線が通っています
注意して 扉を開閉します

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獣除けの柵を抜けると あたりは一変して 神域を醸し出しています

天比比岐命神社(長浜市高月町高野字丸山に参着

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鳥居の手前には「丸山城跡」の石柱が立てられています

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一礼をしてから鳥居をくぐり抜けて 参道石段を上がります

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いしだんを上がり切ると境内があり 奥に社殿が見えてきました

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境内は こんな山の中なのに下草が刈られていて 手入れがされていることに感謝しながら

拝殿にすすみます

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賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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すると なんとカエルが跳んできて 鉄の門扉に移り 頭を垂れているような恰好でじっと とまったのです

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当方も恐縮して 鉄の門扉が壊れてハズレかけていたので 元の位置に戻し 頭を垂れてカエルにも会釈して 社殿を離れました

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社殿前の狛犬も笑っているように感じました

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境内を戻ります

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石段を下ります

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鳥居の先には先程の獣除けの柵 墓地(霊園)の駐車場があります
こちらは南方向で 子の方向に高野神社(長浜市高月町高野)があります
社殿 境内 参道石段 鳥居ともに南向きです

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東方向にも 農道なのか参道なのかわかりませんが 道が続いています

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神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承

式内社 天比々岐命神社について 所在は゛在所詳ならず゛〈所在不明〉と記しています

【抜粋意訳】

天比々岐命神社

天は前に同じ、比々岐は假宇也、

○祭神明らか也

○在所詳ならず

【原文参照】

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015

『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容

式内社 天比々岐命神社について 所在は 高野村丸山にあり、゛〈現 天比比岐命神社(長浜市高月町高野字丸山〉と記しています

【抜粋意訳】

天比比岐(アメヒヒキノ)神社

高野村丸山にあり、

【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第12−14巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815496

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承

式内社 天比々岐命神社について 所在は゛高野村〔字丸山〕(伊香郡杉野村大字高野)゛〈現 天比比岐命神社(長浜市高月町高野字丸山〉と記しています

【抜粋意訳】

天比比岐命(アメヒヒキノミコトノ)神社

祭神
祭日 二月九日
社格

所在 高野村〔字丸山〕(伊香郡杉野村大字高野)

 今按 由緖書 現今 社殿 廃絶に及びたれども 土人口陣に天比々伎ノ神社この丸山に鎭座と云り 他に本社のことを訴ふるものもあらざれば 土人の傳ふる所由緣なきにあらざるべし故今之に從ふ

【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019

天比比岐命神社(長浜市高月町高野字丸山 (hai)」(90度のお辞儀)

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近江国 式内社 155座(大13座・小142座)について に戻る

一緒に読む
近江國 式内社 155座(大13座・小142座)について

近江国(おうみのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される当時の官社です 近江国には 式内社 155座(大13座・小142座)の神々が坐します 現在の論社を掲載しています

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