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氏子(うじこ)とは?意味・氏神や崇敬者との違いを解説

氏子(うじこ)とは、氏神神社と地域的・祭祀的な関係を持つ人を指す言葉です。本記事では、古代の氏族祭祀から現在の氏子区域へ至る歴史をたどり、氏神・産子・崇敬者・氏子総代との違い、祭礼や神社維持との関係、転居時の考え方と氏神神社の確かめ方を解説します。

氏子の基本情報

用語 氏子
読み方 うじこ(歴史的仮名遣い:うぢこ)
別表記 氏児(史料・辞書による異表記)、産子(関連する歴史的呼称)
英語表記 Ujiko / parishioner of a local Shinto shrine(説明訳)
意味 本来は氏神を祀る氏族の人をいい、現在では一般に、氏神神社の鎮座する一定地域と祭祀上の関係を持つ人を指します。
分類 神社祭祀・神社奉仕・地域信仰に関する用語
対概念 特になし
関連概念 氏神、氏神神社、氏子区域、氏子中、産土神、産子、崇敬者、氏子総代、宮座

第1章 氏子とは

1-1 氏子の基本的な意味

氏子(うじこ)とは、氏神を祀る人を表す言葉です。神社本庁は、現在の一般的な氏神神社について、自らが居住する地域の氏神を祀る神社と説明し、その神社が鎮座する周辺の一定地域に居住する人々を氏子としています。この説明では、氏子は単なる参拝者の呼称ではなく、特定の神社と地域的な関係を持つ人を指します。

ただし、「一定地域に住めば、本人の意思に関係なく法律上の氏子になる」という意味ではありません。現在の氏子関係は、地域ごとの由緒、祭礼の範囲、氏子組織の慣習、神社との継続的な関わり方などによって捉えられています。全国一律の行政制度として住所から機械的に決定されるものではありません。

1-2 氏神と氏子の関係

氏神は祀られる神、氏子はその氏神を祀る側の人を表します。元来の氏神は、同じ氏を称する氏族が祖神・守護神・職掌に関係する神として祀る神でした。その氏神を祀る氏族の成員が、氏神の「子」という意味を込めて氏子と呼ばれたと説明されています。

後世には、氏神という語が鎮守神や産土神と重なって用いられ、同じ地域の神社を祀る住民も氏子と呼ばれるようになりました。このため、氏神と氏子の関係を理解するときは、氏族を基盤とする古い用法と、居住地域を基盤とする現在の一般的用法を区別する必要があります。

1-3 氏子は「信者」と同じなのか

氏子を現代語の「信者」と置き換えるだけでは、意味の一部が抜け落ちます。氏子には信仰の側面がありますが、氏神神社の祭礼、神札、氏子区域、神社の維持など、特定の土地に積み重ねられた関係も含まれるからです。一方、実際の関与の程度は人によって異なり、全員が祭礼奉仕や神社運営に参加するわけではありません。

第2章 「氏子」の語義と読み方

2-1 「氏子」は「うじこ」と読む

氏子は「うじこ」と読みます。歴史的仮名遣いでは「うぢこ」と書かれます。「氏」は古代の氏族や家筋を表し、「子」はその氏に連なる人、または神の守護を受ける人という理解につながります。

2-2 氏の子孫という原義

辞書類では、氏子の第一の意味として「氏神の子孫」「氏の子」「氏人」が挙げられます。ここでいう氏は、同じ名字を持つ現代の家族だけを意味しません。古代の氏族は、系譜的な結び付きに加えて、政治的な従属関係や職掌を共有する人々を含む場合がありました。そのため、氏子の原義を現代的な血縁家族の範囲だけで説明することはできません。

2-3 産子との関係

産子(うぶこ)は、産土神の守護を受ける土地の人を表す語です。氏神・氏子が氏族との関係を基礎としたのに対し、産土神・産子は出生地や土地との関係に重点があります。しかし、地域の鎮守や産土神を氏神と呼ぶ用法が広がるにつれて、産子も氏子と呼ばれるようになりました。現在では「氏子」の方が一般に知られていますが、両語の由来は同一ではありません。

第3章 史料にみえる氏子

3-1 古代の氏族祭祀と氏神

古代には、中臣氏・忌部氏・物部氏・藤原氏など、多くの氏族がそれぞれの由緒や職掌と結び付く神を祀りました。こうした祭祀は氏神・氏人の関係を考える基礎になります。ただし、古代史料にみえる氏族の祭祀を、そのまま現在の「氏子区域制度」と結び付けることはできません。

また、特定の神社が後世に「某氏の氏神」と説明されていても、その表現がいつ成立したのかを確認する必要があります。創建時から同じ意味で用いられていたとは限らず、中世・近世の由緒書や近代の神社明細帳によって整理された場合もあります。

3-2 「氏子」という語の中世以降の用例

『精選版 日本国語大辞典』は、「氏子」の用例として日蓮遺文「曾谷殿御返事」の弘安2年(1279)の例を挙げています。ここでは、氏子という語が中世の文献に確認できます。その後、近世の文芸や地域史料にも、堂社の造営、祭礼、寄進などに関わる人々を氏子とする用例が現れます。

このことは、氏族の子孫という語義だけでなく、同じ神を祀る人や、鎮守する土地に住む人という語義が歴史の中で展開したことを示します。ただし、全国の各地域で同じ時期、同じ方法によって変化したとは限りません。

3-3 由緒・地誌・神社明細帳の読み方

個別神社の氏子関係を調べるときは、神社の由緒だけでなく、地誌、村明細帳、祭礼記録、棟札、奉加帳、神社明細帳などを照合します。「一村の氏神」「数か村の総鎮守」「氏子何戸」といった記載は重要ですが、史料の成立年代と記録目的を明らかにして読む必要があります。

第4章 氏子の歴史

4-1 古代―氏族と氏神の祭祀

古代の氏神祭祀では、氏族が自らの祖先、守護、職掌に関わる神を祀る関係が中心でした。氏族は朝廷における政治的地位や職務とも結び付き、祭祀は氏の由緒と役割を確認する働きを持ちました。後世の地域住民を単位とする氏子関係とは、基盤が異なります。

4-2 中世―荘園・村落と鎮守祭祀

中世には、荘園、郷、村などの土地を単位として鎮守を祀る形が各地にみられます。村落の構成員が祭礼や社殿の維持に関わり、氏族に限らず、同じ土地に暮らす人々が神社祭祀を支えるようになりました。この過程で、鎮守神・産土神を氏神と呼び、その祭祀に関わる人々を氏子とする用法が広がったと考えられます。

4-3 近世―村の祭礼と氏子中

近世の村や町では、氏子中、宮座、祭礼組、若者組など、地域によって異なる組織が祭礼を担いました。神輿の渡御、神饌の準備、芸能の奉納、境内や社殿の整備などは、氏子の家々や役を担う人々によって支えられました。

ただし、宮座の資格が特定の家に限られる地域、複数の集落が一社を祀る地域、同じ村に複数の鎮守がある地域など、実態は多様です。「近世の氏子」を一つの固定制度として説明することは適切ではありません。

4-4 近代―明治初年の氏子調

明治4年(1871)、太政官は「大小神社氏子取調規則」を定め、国民を各地の神社と結び付けて出生・死亡などを把握する氏子調を構想しました。国立公文書館とアジア歴史資料センターには、「大小神社氏子調・其二」などの公文書が残されています。

しかし、氏子調は近世以来の氏子慣行をそのまま記録しただけの制度ではなく、近代国家が戸籍・神社制度を整備する過程で設けた仕組みでした。その後、制度の扱いは変更され、現在の氏子関係に直接連続する全国一律の登録制度として存続したわけではありません。

4-5 現代―地域ごとの慣習と本人の意思

現在の氏子は、法律によって全国一律に割り当てられる身分ではありません。氏子区域、祭礼、氏子会、神札頒布などを通じて神社との関係が保たれている地域もあれば、都市化や転居の増加によって区域や組織が分かりにくくなっている地域もあります。

現代に氏子関係を考える際は、地域の歴史を尊重するとともに、信教の自由と本人の意思にも配慮する必要があります。伝統的な関係を説明することと、宗教上の参加や負担を一律に求めることは別の問題です。

第5章 氏子区域とは

5-1 氏子区域の意味

氏子区域とは、特定の氏神神社と祭祀上の関係を持つとされる地域の範囲です。神社の祭礼、神札の頒布、氏子総代の選出、神輿の巡行などが、この区域を基準として行われる場合があります。

5-2 行政区画と一致するとは限らない

新潟県神社庁は、氏子区域は神社ごとに慣習的に定められ、必ずしも行政区の境界で区切られているわけではないと説明しています。現在の市町村や町名より古い村・大字・小字・集落の範囲が関係することもあります。

市町村合併、住居表示、宅地開発によって地名が変わると、現在の住所だけでは旧来の祭礼区域を判断しにくくなります。一つの町内が複数社の区域に分かれる場合や、一社が複数の旧村から氏神として祀られる場合もあります。

5-3 最寄りの神社が氏神神社とは限らない

自宅から最も近い神社が氏神神社であるとは限りません。川、旧街道、旧村境、山の尾根などを境として、近距離でも氏子区域が異なることがあります。また、地図検索で表示される神社が、兼務社で神職が常駐していない場合もあります。

距離や方角は候補を探す手掛かりにはなりますが、それだけで断定せず、神社、都道府県神社庁、氏子総代、地域の祭礼に詳しい人などに確認する方法が確実です。

5-4 一つの地域と複数の神社

地域によっては、氏神神社のほかに、産土神、鎮守、山の神、水神、稲荷社などが祀られます。また、同じ地域の中でも、祭礼や家筋によって関係する神社が異なる場合があります。氏子関係は「一住所につき必ず一社」という全国共通の単純な対応表ではありません。

第6章 氏子の祭祀上の役割

6-1 例祭と祭礼への奉仕

氏子の役割として最も目に見えやすいのが、例祭や地域の祭礼への奉仕です。祭典への参列、神輿渡御、山車・屋台の運行、獅子舞や神楽の奉納、注連縄の奉製、祭場の準備などが行われます。ただし、祭礼の内容と役割分担は神社・地域によって異なります。

6-2 神社の維持と環境整備

境内清掃、草刈り、社殿や祭具の修繕、樹木の管理、防災などに氏子が協力する例があります。神職が常駐しない神社では、氏子総代や地域の奉仕者が日常的な管理を支えることもあります。

一方、文化財修理や危険木の伐採など、専門知識と公的手続を必要とする作業もあります。伝統的な奉仕であっても、安全管理、文化財保護、所有関係を確認して行うことが大切です。

6-3 神札の頒布と氏子

年末年始に氏神神社の神札を受け、家庭の神棚に祀る習慣があります。氏子総代や地域の担当者が神札の頒布を取り次ぐ地域もありますが、方法は一様ではありません。神札を受けることの有無だけで、氏子か否かを機械的に判定することもできません。

6-4 氏子費・寄付・奉賛金

神社の祭礼や維持のため、氏子費、神社費、祭礼費、寄付、奉賛金などが集められる場合があります。これらの名称、目的、金額、集め方は地域や組織によって異なります。自治会費などと一緒に扱われている場合も、費目と使途を明らかにし、宗教上の寄付について本人の意思を尊重することが必要です。

第7章 氏子と似た言葉との違い

7-1 氏子と崇敬者の違い

氏子は主として氏神神社と居住地域との関係に基づく呼称です。これに対して崇敬者は、居住地にかかわらず、特定の神社を個人的・家系的・職業的な縁などによって崇敬する人をいいます。

一人の人が、現在住む地域の氏神神社の氏子であると同時に、故郷の神社、伊勢神宮、出雲大社、伏見稲荷大社など、別の神社の崇敬者になることは矛盾しません。両者は排他的な所属ではなく、神社と結ばれる根拠が異なります。

7-2 氏子と産子の違い

氏子の原義は氏族と氏神との関係にあり、産子は土地と産土神との関係を表します。出生地と現住所が異なる場合、出生地の産土神と現在地の氏神神社が別になるという説明も行われます。ただし、歴史的には氏神・産土神・鎮守神が重なって呼ばれ、氏子と産子も同義に近い形で用いられてきました。

7-3 氏子と氏子総代の違い

氏子総代は、氏子そのものの別称ではありません。氏子や崇敬者の代表として、宮司に協力し、祭祀、神社の維持、伝統の継承などに関わる役職です。選任方法、任期、人数、担当範囲は神社ごとに異なります。すべての氏子が総代になるわけではありません。

7-4 氏子と氏子中・氏子会の違い

氏子は一人ひとりの人を指します。氏子中は氏子の集まりを表す歴史的・慣習的な呼称で、氏子会は現代の組織名として用いられることがあります。地域によっては祭礼組、奉賛会、敬神会など別の名称が使われます。

7-5 氏子と檀家の違い

氏子は神社・氏神との関係を表し、檀家は一般に特定の寺院を護持する家や、その寺院と葬祭・供養上の関係を持つ家を表します。歴史的には同じ家が村の鎮守の氏子であり、同時に寺院の檀家であることも珍しくありません。

7-6 氏子・産子・崇敬者・氏子総代の比較

氏子と関連用語の違い

用語 関係の主な基盤 居住地との関係 要点
氏子 氏神神社との地域的・祭祀的関係 現在は居住地域を基盤とする用法が一般的 氏神を祀り、その祭礼や維持に関わる人
産子 産土神と出生地・土地との関係 出生地を重視する説明がある 歴史的には氏子と重なって用いられる
崇敬者 個人・家・職業などの信仰上の縁 区域外からも成立する 地元以外の神社も崇敬できる
氏子総代 氏子・崇敬者の代表としての役職 神社ごとの選任方法による 宮司に協力して祭祀・維持に奉仕する

第8章 氏子との関係を伝える代表的な神社

8-1 玉祖神社―高安十一か村の氏神

玉祖神社(たまのおやじんじゃ、大阪府八尾市神立)は、由緒において高安十一か村の氏神とされる神社です。一社が一つの町内だけでなく、複数の村から氏神として祀られてきた関係を考える事例になります。現在の住所表示だけでなく、旧村の範囲と神社祭祀とのつながりを確認する必要性を示しています。

Shrine Heritagerでは、玉祖神社の鎮座地、祭神、由緒、式内社との関係を詳しく紹介しています。

URL: https://shrineheritager.com/tamanoya-shrine/

高安十一か村の氏神とされる玉祖神社
玉祖神社(八尾市神立)

玉祖神社(たまのおやじんじゃ)は 和銅3年(710)周防国一之宮「玉祖神社」から分霊を勧請したもので 御祭神は櫛明玉命です 通称「高安明神」とも呼ばれていて 高安11ヶ村の氏神です 鎮座地は 生駒・信貴連山の中腹の高台にあり 社頭にある「大楠」から一望する 河内平野は絶景です

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8-2 刺田比古神社―広い地域から崇敬される氏神

刺田比古神社(さすたひこじんじゃ、和歌山県和歌山市片岡町)は、地域の氏神として崇敬されてきた神社です。城下町や町区域の形成と神社との関係を考える際には、「氏子区域」という現在の表現だけでなく、祭礼に参加した町、神札を受けた範囲、歴代の崇敬者などを分けて確認することが重要です。

Shrine Heritagerの記事では、刺田比古神社の祭神、由緒、鎮座地と歴史的背景を紹介しています。

URL: https://shrineheritager.com/sasutahiko-shrine/

和歌山の氏神信仰を伝える刺田比古神社
刺田比古神社(和歌山市片岡町)

刺田比古神社(さすたひこじんじゃ)は 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)所載の紀伊国 名草郡「刺田比古神社(さしたひこの かみのやしろ)」とされます 中古に荒廃し その後 再興され 江戸時代には 徳川吉宗公〈産土神の拾い親〉開運出世の神として 徳川八代将軍ゆかりの国家安泰の祈願の社でした

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8-3 小社神社―荒木田氏の氏神参り

小社神社(おごそじんじゃ、三重県伊勢市)は、皇大神宮(内宮)の末社です。神宮の禰宜を世襲した荒木田氏が氏神として参詣したと伝えられ、氏族と氏神との関係を考える具体例になります。現在一般に用いられる地域の氏子とは異なる、氏族を基盤とする氏神祭祀を理解するうえで重要です。

Shrine Heritagerでは、小社神社の鎮座地、祭神、神宮末社としての位置付けを紹介しています。

URL: https://shrineheritager.com/ogoso-shrine/

荒木田氏の氏神参りを伝える小社神社
小社神社〈皇大神宮(内宮)末社〉

小社神社(おごそじんじゃ)〈皇大神宮(内宮)末社〉は 『皇太神宮儀式帳(こうたいじんぐうぎしきちょう)』〈延暦23年(804)〉に所載される古社です 中世に頽廃して社地も不明となりましたが 明治13年(1880)小社村の産土神を以て本社の舊地と爲して再興されたものです

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第9章 現代の氏子関係と氏神神社の調べ方

9-1 都道府県神社庁に確認する

氏神神社を調べるときは、まず都道府県神社庁の神社検索や問い合わせ窓口を利用します。ただし、住所を入力して表示される「近くの神社」が、そのまま氏神神社を確定するとは限りません。検索結果を候補として、必要に応じて神社庁や関係神社へ確認します。

9-2 近隣神社・氏子総代・地域の祭礼関係者に尋ねる

神社庁だけで判断できない場合は、近隣神社の宮司、氏子総代、町内会や自治会の祭礼担当者、長く居住する人などに尋ねます。旧地名、祭礼の担当区域、神輿の巡行経路、神札の頒布範囲などが手掛かりになります。

9-3 地図・距離・方角だけでは断定しない

最寄りの神社、家から見た方角、郵便番号による自動検索だけで氏神神社を断定することはできません。これらは候補を探す補助資料です。氏子区域は慣習的な範囲であり、行政区画や直線距離と一致しない場合があります。

9-4 転居した場合

神社本庁の一般的な説明では、氏神神社は現在住んでいる地域の神社とされます。転居後は新しい居住地の神社との関係を大切にしながら、以前住んでいた土地や出生地の神社を崇敬神社として参拝することもできます。

9-5 地域の神社を実際に参拝する

氏神神社を調べる目的は、名称を一つ決めることだけではありません。地域の神社を参拝し、由緒書や祭礼案内を読み、境内がどのように守られているかを知ることで、神社と土地との関係が具体的に見えてきます。氏神神社の確定に至らない場合でも、地域の神社を敬い、祭礼や文化を知ることには大切な意味があります。

第10章 よくある質問(FAQ)

Q1 その地域に住めば自動的に氏子になりますか

現在の一般的説明では、氏神神社の一定地域に居住する人を氏子といいます。しかし、これは法律上の強制的な登録を意味しません。実際の氏子関係は、地域の慣習、神社との関わり、氏子組織のあり方、本人の意思を踏まえて考える必要があります。

Q2 氏子になるための申込みは必要ですか

住所に基づいて氏子と呼ぶ地域では、特別な申込みを必要としない場合があります。一方、氏子会への加入、神札の申込み、祭礼奉仕などには手続が必要な場合があります。関係する神社や氏子総代に確認してください。

Q3 氏子区域は住所や郵便番号で調べられますか

都道府県神社庁の検索で候補を探せる場合がありますが、郵便番号や現在の町名だけで確定できない地域もあります。旧村・大字・小字、祭礼区域などを確認する必要があります。

Q4 最寄りの神社が氏神神社ですか

必ずしもそうではありません。近くに複数の神社がある場合や、川・旧村境を挟んで氏子区域が異なる場合があります。距離だけで断定せず、神社庁、神社、地域の祭礼関係者に確認します。

Q5 引っ越すと以前の神社の氏子ではなくなりますか

現在の一般的用法では、転居後は新しい居住地域の氏神神社との関係が中心になります。ただし、以前の神社との信仰上の縁が失われるわけではなく、崇敬神社として引き続き参拝できます。

Q6 氏子費や寄付は必ず納めなければなりませんか

費用の名称、目的、根拠、徴収主体を確認してください。宗教上の寄付や祭礼への参加は本人の意思が尊重されるべきです。自治会費と一緒に扱われている場合も、費目と使途を明確にすることが望まれます。

Q7 氏子でなくても神社へ参拝できますか

参拝できます。神社への参拝は、原則として氏子区域の住民だけに限られません。地域外から特定の神社を敬う人は崇敬者と呼ばれる場合があります。

Q8 氏子と崇敬者を兼ねることはできますか

できます。現在住む地域の氏神神社との関係を大切にしながら、別の神社を崇敬することに問題はありません。

Q9 氏子と檀家は同じですか

異なります。氏子は神社・氏神との関係、檀家は一般に寺院との護持・葬祭・供養上の関係を表します。一つの家が氏子と檀家の両方であることもあります。

第11章 Shrine Heritager編集部考察

氏子という言葉を理解する鍵は、古代の氏族に由来する意味と、現在の居住地域を基盤とする意味を同一視しないことです。両者の間には、中世・近世の鎮守祭祀、村や町の祭礼、近代の神社制度など、長い歴史があります。

個別の神社を調査する際は、氏子戸数だけでなく、旧村名、祭礼区域、神輿の巡行範囲、氏子総代の担当区域、神札頒布の範囲などを記録することで、神社と地域の具体的な関係を残せます。一方、現代の生活環境と信仰のあり方は多様です。伝統を伝えることと、参加を強制することを分け、地域の神社を尊重する穏やかな関わり方を考える必要があります。

第12章 関連項目(See also)・内部リンク

氏子に関係する用語

項目 URL 関係
氏神 作成予定 氏子が祀る神と、氏族・地域による意味の変化
産土神 作成予定 産土神と産子、出生地との関係
鎮守神 作成予定 特定の土地・施設を守護する神と氏神との違い
崇敬者 作成予定 氏子区域外からも成立する神社との信仰上の関係
氏子総代 作成予定 氏子・崇敬者を代表して宮司に協力する役職

第13章 参考文献

13-1 基礎史料・辞書資料

  • 太政官「大小神社氏子調・其二」明治4年、国立公文書館所蔵。
  • 『精選版 日本国語大辞典』「氏子」項、小学館。
  • 『デジタル大辞泉』「氏子」項、小学館。

13-2 専門研究

  • 藤本頼生「近代の神社法令の整備過程と関係法令概説書にみられる『神社』概念―神社・氏子の意義を中心として―」『神社本庁総合研究所紀要』第14号、2009年。
  • 國學院大學日本文化研究所編『神道事典』弘文堂、1994年。
  • 井上順孝編『神道事典』弘文堂、関連項目。

13-3 神社・公的機関の資料

  • 神社本庁「氏神さまと崇敬神社」。
  • 神社本庁「よくあるご質問(FAQ)」。
  • 新潟県神社庁「よくある質問」。
  • 東京都神社庁「氏神さまについて」。
  • 国立公文書館デジタルアーカイブ「大小神社氏子調・其二」。
  • 国立公文書館アジア歴史資料センター「大小神社氏子調・其二」。

第14章 External Links(外部リンク)

神社本庁「氏神さまと崇敬神社」

現在の一般的な氏神神社・氏子・崇敬神社の関係と、氏族を基盤とする古い用法から地域を基盤とする用法への広がりを説明しています。

URL: https://www.jinjahoncho.or.jp/shinto/sukeijinja/

新潟県神社庁「よくある質問」

氏神神社の調べ方と、氏子区域が行政区画と一致するとは限らないことを具体的に説明しています。

URL: https://niigata-jinjacho.jp/q_and_a/

東京都神社庁「氏神さまについて」

氏神・氏子の古い意味と、現在の地域的な用法を東京都神社庁が解説しています。

URL: https://www.tokyo-jinjacho.or.jp/ujigamisama/

国立公文書館デジタルアーカイブ「大小神社氏子調・其二」

明治4年の氏子取調規則に関する太政官文書を確認でき、近代の氏子調を検討する基礎史料です。

URL: https://www.digital.archives.go.jp/item/3199754

国立公文書館アジア歴史資料センター「大小神社氏子調・其二」

同史料の目録情報、作成年月、作成機関などを確認できます。

URL: https://www.jacar.archives.go.jp/das/meta/A15070649500

第15章 更新履歴(Revision History)

氏子の記事更新履歴

日付 状態 変更内容
2026年8月26日 Edition 1 Reviewed Draft 公開中の記事をVersion 5.5に基づいて全面再構成。古代の氏族祭祀、中世・近世の地域祭祀、明治の氏子調、現在の氏子区域を区別し、関連語比較、代表例、FAQ、参考文献、外部リンクを再整備。
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