実践和學 Cultural Japan heritage

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長濱神社(沼津市内浦長浜)〈『延喜式』長濱神社〉

長濱神社(ながはまじんじゃ)は 『豆州志稿』などには「當社は 神集島〈神津島〉長濱神社〈阿波命神社(神津島村長浜)〉の分祠にして 阿波咩命を祭る」とあり 神津島(神集島)長浜に鎮座 阿波命神社〔名神大〕の分祀とする説がある 延喜式内社 伊豆國田方郡 長濱神社(なかはまの かみのやしろ)です

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1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(Shrine name)】

長濱神社(Nagahama shrine

【通称名(Common name)】

〈旧社号〉神明社(しんめいしゃ)

【鎮座地 (Location) 】

静岡県沼津市内浦長浜字水揚69

【地 図 (Google Map)】

【御祭神 (God's name to pray)】

《主》阿波咩命(あわのめのみこと)

【御神徳 (God's great power)】(ご利益)

【格 式 (Rules of dignity) 】

・『延喜式神名帳engishiki jimmeicho 927 AD.所載社

【創 建 (Beginning of history)】

延喜式内社 長濱神社

御祭神 阿波咩命(アハノメノミコト)

天石門別命神(アメノイハトワケノミコト)の女神(ムスメ) 阿波咩命(アハノメノミコト)なり
此命召されて事代主命(コトシロヌシノミコト)の本后となり給ふ

天石門別命(アメノイハトワケノミコト) 御門神なり 天孫降臨の時 大神の勅をこほむり 思金神(オモイカネノカミ)手力男神(タチカラヲノカミ)と共に豊葦原に降り給ひき

拝殿内の由緒書きより

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【由 緒 (History)】

『豆州志稿』巻之8〈明治21~28年〉に記される内容

神津島(神集島)長浜に鎮座 阿波命神社の分祀であると記しています

【抜粋意訳】

神明 長濱村

村社 長濵神社 祭神 阿波咩命なる可し

式内 長濱神社也〔前記〕

按するに 當社は 神集島 長濱神社の分祠にして 阿波咩命を祭るならむ〔州中神明と稱する社は概ね姫神也〕現今 社地狭隘、蚕食に係るなる可し

〇此處を麻坂(チノサカ)、其海岸を麻浜(チノハマ)と稱す 昔 此地に麻自生す 故に名くと云相傳る
俚歌に曰く

 麻坂(チノサカ)に麻蒔初(ソメ)てうみ初て磯にへさせて浪に織らせむ

【原文参照】

秋山章 著 ほか『豆州志稿』巻之8,栄樹堂,明21-28. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/765147

秋山章 著 ほか『豆州志稿』巻之8,栄樹堂,明21-28. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/765147

『伊豆の伝説』(昭和18年)に記される内容

神津島(神集島)長浜に鎮座 阿波命神社の分祀であると記しています

【抜粋意訳】

○長濱神社

 式内 長濱神社は長濱にありて、舊稱を神明社と云ふ 祭神 阿波咩命にして神集島の長濱明神の別宮分詞なるべし、
康永年中〔後村上天皇の御代〕本州官社の位階を誌したる神階帳に、正四位上 長濱明神とあり、此神社の鎮座しある所を麻坂 其側海岸を麻渓といひ、昔麻自ら生じて一夜に樹茎成長せしを以て名となすと相傳ふ、

故に俚歌に
 麻の坂に麻蒔初めてうみ初めて、いそにへさせて浪に織せん

といへり、この歌は今尙 同神社境内の石碑の側書として刻しありていと鮮に讀下し得らる。

 又、長濱に小比叡明神がある、昔時は白鬚明神と稱へ、猿田彦命を祀ったと傳ふ。附近に経塚がある、嘗て古代の土器石斧曲玉及メドアキ石〔方言〕を發掘したことがあった。

 長濱大川四郎左衛門氏の蔵する石斧は、此處で發見したのだといふ。また同明神の祠内に古石塔を蔵め、祠前より往々曲玉管玉の類を發掘する。重須區に中の坪といふ字があつて里俗 男石神といふ形ばかりの塚がある、行人塚といふのが重須にある、全國の靈地を巡拝する六部が生埋めにされた塚であるといふ。(同上)

【原文参照】

小山有言 編『伊豆の伝説』,安川書店,昭和18. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1062599

【神社の境内 (Precincts of the shrine)】

【神社の境外 (Outside the shrine grounds)】

この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています

〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
 『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています

『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉

現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態

〇『六国史(りっこくし)』
  奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称

・『日本書紀』養老4年(720)完成
『續日本紀』延暦16年(797)完成
『日本後紀』承和7年(840)完成
『續日本後紀』貞観11年(869)完成
『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
『日本三代實録』延喜元年(901)完成

〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
  平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる

『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉

延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂
その中でも910を『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)といい 当時927年12月編纂「官社」に指定された全国の神社式内社の一覧となっています

「官社(式内社)」名称「2861
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東海道 731座…大52(うち預月次新嘗19)・小679

[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)伊豆國 92座(大5座・小87座)

[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)田方郡 24座(大1座・小23座)

[名神大 大 小] 式内小社

[旧 神社 名称 ] 長濱神社
[ふ り が な ](なかはまの かみのやしろ)
[Old Shrine name]Nakahama no kaminoyashiro

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

【オタッキーポイント】This is the point that Otaku conveys.

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

神津島の三つの神社について

『三宅記』によれば
神あつめの嶋〈神津島〉におさまる后の御名は 長濱の御前 と申し〔阿波命神社の祭神〕
その御腹に 王子が二人あって
一人をば たたなひ 〔物忌奈命神社の祭神〕
一人をば たふたい と申した〔日向神社の祭神〕」とあります

延喜式内社 伊豆國賀茂郡 物忌奈命神社〔名神大〕(ものいみなのみことの かみのやしろ)

・物忌奈命神社(神津島村)

三嶋神が神集島(神津島)に置いた「長浜の御前(阿波命神社の祭神)」から生まれた長子が「たゝない王子(たたない王子)(物忌奈命神社の祭神)」

一緒に読む
物忌奈命神社(神津島村)〈『延喜式』物忌奈命神社〔名神大〕〉

物忌奈命神社(ものいみなのみことじんじゃ)は 六国史『續日本後紀』『文徳實録』に載る 延喜式内社 伊豆國賀茂郡 物忌奈命神社〔名神大〕(ものいみなのみことの かみのやしろ)です 『三宅記』には「三嶋神の本后 長浜の御前(阿波命神社の祭神)が神集島(神津島)に置かれ 生まれた長子「たゝない王子」が物忌奈命神社の祭神です

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延喜式内社 伊豆國賀茂郡 阿波神社〔名神大〕(あはの かみのやしろ)

・阿波命神社(神津島村長浜

</strong><strong><b>一緒に読む</b></strong><strong>
阿波命神社(神津島村長浜)〈『文徳実録』阿波咩命神『延喜式』阿波神社〔名神大〕〉

阿波命神社(あわのみことじんじゃ)は 延喜式内社 伊豆國賀茂郡 阿波神社〔名神大〕(あはの かみのやしろ)です 『三宅記』には「三嶋神が神集島(神津島)に「長浜の御前(阿波命神社の祭神)」を后として置かれ 生まれた長子は「たゝない王子」(物忌奈命神社の祭神) その弟 次子が「たふたい王子」(日向神社の祭神)とあります

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日向神社(神津島村榎木が沢)

三嶋神が神集島(神津島)に置いた「長浜の御前(阿波命神社の祭神)」から生まれた弟 次子が「たふたい王子(日向神社の祭神)」

一緒に読む
日向神社(神津島村多幸湾)〈『三宅記』「たふたい王子」を祀る〉

日向神社(ひゅうがじんじゃ)は 『三宅記』には「三嶋神が神集島(神津島)に「長浜の御前(阿波命神社の祭神)」を后として置かれ 生まれた長子は「たゝない王子」(物忌奈命神社の祭神) その弟 次子が「たふたい王子」(日向神社の祭神)とあり 神津島に鎮座する阿波命神社・物忌奈命神社・日向神社の3つの神社の由来が記されています

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神津島(神集島)長浜に鎮座 阿波命神社の分祀とされる式内社

延喜式内社 伊豆國田方郡 長濱神社(なかはまの かみのやしろ)

・長濱神社(沼津市内浦長浜)

</strong><strong><b>一緒に読む</b></strong><strong>
長濱神社(沼津市内浦長浜)〈『延喜式』長濱神社〉

長濱神社(ながはまじんじゃ)は 『豆州志稿』などには「當社は 神集島〈神津島〉長濱神社〈阿波命神社(神津島村長浜)〉の分祠にして 阿波咩命を祭る」とあり 神津島(神集島)長浜に鎮座 阿波命神社〔名神大〕の分祀とする説がある 延喜式内社 伊豆國田方郡 長濱神社(なかはまの かみのやしろ)です

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【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

伊豆箱根鉄道 駿豆線 伊豆長岡駅から県道130号経由で西へ約6.5km 車での所要時間は15~20分程度

内浦湾から淡島が見えます

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内浦湾の伊豆・三津シーパラダイスの南側の山の中 県道17号の三津と長浜間のトンネル〈富士見トンネル〉の真上辺りです

長濱神社(沼津市内浦長浜)に参着

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社号標には「延喜式内 長濱神社」と刻字されています

拝殿にすすみます

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賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承

延喜式 長濱神社について 所在は゛君澤郡長濱村に在す、今 神明と称す、゛〈現 長濱神社(沼津市内浦長浜)〉と記しています

【抜粋意訳】

長濱神社

長濱は奈賀波麻と訓べし

○祭神詳ならず

〇君澤郡長濱村に在す、今 神明と称す、〔國圖志、〕例祭

 伊豆志に、此ヲ麻坂(チク)ト云、海涯ヲ麻ノ谷ト云フ、古コノ 麻自ラ生ノ、一夜ニ樹ヲ為ス、故ニ名トス、相傳ル俚歌ニ「麻ノ坂ニ麻マキソメテウミソメテ磯ニヘサセテ浪ニオラセン、と云り、連胤按るに、上に倭文神社のあるも此ゆゑにやあらん、

神位
 國内神階記云、正四位上 長瀬の明神、(瀬は濱の誤歟)

【原文参照】

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015

『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容

延喜式 長濱神社について 所在は゛今 君澤郡長濱村 麻之坂にあり、゛〈現 長濱神社(沼津市内浦長浜)〉と記しています

【抜粋意訳】

長濱(ナガハマノ)神社

君澤郡長濱村 麻之坂にあり、〔豆州志、伊豆式社考證〕

【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第12−14巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815496

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承

延喜式 長濱神社について 所在は゛(田方郡内浦村大字長濱 )長濱村〔麻之坂〇属 君澤郡〕゛〈現 長濱神社(沼津市内浦長浜)〉と記しています

【抜粋意訳】

長濱(ナガハマノ)神社

祭神

 今按 豆州志に長濱神社  神明と稱すとみえ 式社考證に近頃 伊勢大神也と云るは神明の稱に因て錯ひし也 州中神明と稱する社の大方姫神なるに因て考るに賀茂郡 上津烏に坐 阿波咩命を遷し祀れるならむも知べからすと云れど 明證なければ定めがたし

祭日 一月十六日
社格 村社

所在 (田方郡内浦村大字長濱 )長濱村〔麻之坂〇属 君澤郡〕 

【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019

長濱神社(沼津市内浦長浜) (hai)」(90度のお辞儀)

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伊豆国 式内社 92座(大5座・小87座)について に戻る

一緒に読む
伊豆國 式内社 92座(大5座・小87座)について

伊豆国(いつのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される当時の官社です 伊豆国には 92座(大5座・小87座)の神々が坐します 現在の論社を掲載しています

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對馬嶋(つしまのしま)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳』に所載されている 対馬〈対島〉の29座(大6座・小23座)の神社のことです 九州の式内社では最多の所載数になります 對馬嶋29座の式内社の論社として 現在 67神社が候補として挙げられています