羊神社(ひつじじんじゃ)は 群馬の多胡郡の領主 羊太夫が奈良の都へ上る時 この地(現辻町)に立ち寄った屋敷があり 土地の人々が平和に暮らせるように火の神を祀り 羊神社と名付けられたと伝えら「辻町」は「ひつじ」から「ひ」をとったとも云う 延喜式内社 尾張國 山田郡 羊神社(ひつしの かみのやしろ)の論社です
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1.ご紹介(Introduction)
この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します
【神社名(Shrine name)】
羊神社(Hitsuji shrine)
【通称名(Common name)】
【鎮座地 (Location) 】
愛知県名古屋市北区辻町五丁目26番地
【地 図 (Google Map)】
【御祭神 (God's name to pray)】
《主》火之迦具土神(ほのかぐつちのかみ)
《配》天照大神(あまてらすおほかみ)
【御神徳 (God's great power)】(ご利益)
【格 式 (Rules of dignity) 】
・『延喜式神名帳(engishiki jimmeicho )927 AD.』所載社
【創 建 (Beginning of history)】
式内 羊神社由緒
御祭神 天照大神 火の迦具土神(日本神話における火の神)
鎮座地 名古屋市北区辻町5丁目26番地
由緒
創立年代は不詳なれど、平安時代第六十代醍醐天皇の御代(西暦九○一~九三○年)にまとめられた延喜式神名帳に、尾張の国 山田郡 羊神社と記され、本国帳に従三位 羊天神と有る古社である。
神社に保存されている棟札によれば、本殿は慶長十八年(一六一三)に再建されたとある。その後 天保九年(一八三八)尾張第十一代藩主 徳川斉温公の時代に改築され今日に至っている。
鎮座地「つじ町」は「ひつじ」から「ひ」をとって名付けた」ともいわれる。
里の名を辻という御社の
羊の名にし負へるとぞ聞く昔から氏子区域には極めて火災が少なく「火災除」の神として崇敬者も多い。
一、社名の由来
群馬県多野郡吉井町にある「多胡碑」(日本三古碑の一つ)に刻されている多胡郡の領主羊太夫が奈良の都へ上るときに立ち寄っていたゆかりの屋敷がこの地(現辻町)にあり、人々が平和に暮らせるように「人心を安らかに」という願いをこめて、羊太夫が祀ったといわれ、誰言うとなく「羊神社」と呼び称えるようになったと伝えられている。
尾張誌に「今、村の名を辻といえるのは羊の省かりたるやとそ」
尾張国地名考に「住昔火辻村といひしを後世火の字を忌て単に辻村と書くといふ」と記されている。
- 境内末杜
白山神社 萩葉社 津島社 御嶽社 山神社 水神社 稲荷社- 後記
太平洋戦争末期、名古屋大空襲には辻町にも多くの焼夷弾を受けたが、ほとんど火災に至らず焼失の難をのがれることが出来た。
これも氏神様の御加護によるものと終戦後、氏子の総意により感謝祭が再行された。昭和三十一年、名古屋市文化財保存調査委員会により史跡名勝箇所に指定されている。現地案内板より
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【由 緒 (History)】
羊神社
「延喜式神名帳」に山田郡羊神社、「本国帳」に従三位羊天神とあるのがこの神社で、祭神は天照大神、火迦具土命(ひのかぐつちのみこと)の二柱を祀る。
棟札に慶長十八年(一六一三)癸丑(みずのえうし)八月五日とある。またこの付近の町名、辻町の語源は「ひつじ」が転じたものといわれる。名古屋市教育委員会
現地立札より
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由緒
創立年月日は不詳なれど、第61代醍醐天皇の御代にまとめられた延喜式神名帳に、尾張の国山田郡羊神社と記され、本国帳に従三位羊天神とある古社である。
神社に保存されている棟札によれば、本殿は慶長10年に再建されたとある。その後天保9年尾張藩主徳川斉温公の時代に改築され今日に至っている。※「全国神社祭祀祭礼総合調査(平成7年)」[神社本庁]から参照
【神社の境内 (Precincts of the shrine)】
【神社の境外 (Outside the shrine grounds)】
この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)
この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています
〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています
『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉
現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態
〇『六国史(りっこくし)』
奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称
・『日本書紀』養老4年(720)完成
・『續日本紀』延暦16年(797)完成
・『日本後紀』承和7年(840)完成
・『續日本後紀』貞観11年(869)完成
・『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
・『日本三代實録』延喜元年(901)完成
〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる
『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉
『延喜式(Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂〉
その中でも巻9・10を『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』といい 当時〈927年12月編纂〉「官社」に指定された全国の神社(式内社)の一覧となっています
・「官社(式内社)」名称「2861社」
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」
[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東海道 731座…大52(うち預月次新嘗19)・小679[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)尾張國 121座(大8座・小113座)
[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)山田郡 19座(並小)
[名神大 大 小] 式内小社
[旧 神社 名称 ] 羊神社
[ふ り が な ](ひつしの かみのやしろ)
[Old Shrine name](Hitsushi no kaminoyashiro)
【原文参照】
国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
【オタッキーポイント】(This is the point that Otaku conveys.)
あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します
延喜式内社 尾張國 山田郡 羊神社(ひつしの かみのやしろ)の論社
・羊神社(名古屋市北区辻町)
羊神社(ひつじじんじゃ)は 群馬の多胡郡の領主 羊太夫が奈良の都へ上る時 この地(現辻町)に立ち寄った屋敷があり 土地の人々が平和に暮らせるように火の神を祀り 羊神社と名付けられたと伝えら「辻町」は「ひつじ」から「ひ」をとったとも云う 延喜式内社 尾張國 山田郡 羊神社(ひつしの かみのやしろ)の論社です
羊神社(名古屋市北区辻町)〈『延喜式』羊神社〉
・高牟神社(名古屋市守山区瀬古東)
高牟神社(たかむじんじゃ)は 創建は社記に「養老元年(717)鎮座 高見と云ふ名稱を賜ふ」云々と見え 『本国帳』従3位高牟天神・『尾張本国内神明帳』従3位上高見天神とする古社で 延喜式内社 尾張國 春日部郡 髙牟神社(たかむの かみのやしろ)と云う 又一説に延喜式内社 山田郡 羊神社(ひつしの かみのやしろ)とも云う
高牟神社(名古屋市守山区瀬古東)〈『延喜式』髙牟神社・羊神社〉
【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)
この神社にご参拝した時の様子をご紹介します
名鉄小牧線 上飯田駅から北西へ約550m 徒歩での所要時間8~10分程度
社殿 境内 社頭 参道は南を向いています
社頭から150m程先に参道入口があり 石の台座の上に燈籠 社号標が建てられています
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羊神社(名古屋市北区辻町)に参着
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社号標には「式内 羊神社」と刻字されています
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鳥居の手前には 由緒書きと 年間行事の案内板が設置されています
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一礼をしてから鳥居をくぐり抜けると すぐ左手に手水舎があります
参道の先は 一段高い壇に 蕃塀があり その奥に社殿が建てられています
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蕃塀を廻り込んで
拝殿にすすみます
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賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります
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拝殿の奥には祭文殿があり その奥に本殿が祀られています
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本殿の向かって右横には〈境内社〉4祠
向って右から
・ 稲荷社
・〈2社合殿〉水神社 山神社
・〈2社合殿〉御嶽社 津島社
・〈2社合殿〉秋葉社 白山社
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【神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)
この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します
『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承
式内社 羊神社について 所在は゛田中庄辻村に在す、今 明神と稱す、゛〈現 羊神社(名古屋市北区辻町)〉と記しています
【抜粋意訳】
羊神社
羊は比都之と訓べし、和名紗、〔毛群部〕羊、〔假字上の如し〕
○祭神詳ならず
○田中庄辻村に在す、今 明神と稱す、〔集説、府志、〕
集説云、按、舊事紀曰、火之産靈賀突知、云々、比都自者蓋火雷命歟、或曰、伊勢國 多氣郡火地神社 同神歟、と信がたし、
神位
國内神名帳云、從三位 羊天神、
【原文参照】
鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』上編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991014
『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容
式内社 羊神社について 所在は゛今 田中庄辻村にあり゛〈現 羊神社(名古屋市北区辻町)〉と記しています
【抜粋意訳】
羊(ヒツシ)神社、
今 田中庄辻村にあり、
【原文参照】
栗田寛 著『神祇志料』第12−14巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815496
『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承
式内社 羊神社について 所在は゛山田庄辻村〔今属 春日井郡〕(西春日井郡小秋村大字辻)゛〈現 羊神社(名古屋市北区辻町)〉と記しています
又 別説として゛安食庄瀨古村なる天神の社是なるべしと云説゛〈現 高牟神社(名古屋市守山区瀬古東)〉も挙げています
【抜粋意訳】
羊(ヒツジノ)神社
祭神 天照大御神 迦具土神
祭日
社格 村社所在 山田庄辻村〔今属 春日井郡〕(西春日井郡小秋村大字辻)
今按 同郡安食庄瀨古村なる天神の社是なるべしと云説あれども證なければ取がたしと云り
【原文参照】
教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019
羊神社(名古屋市北区辻町)に「拝 (hai)」(90度のお辞儀)
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尾張国(おわりのくに・をはりのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される当時の官社です 尾張国には 121座(大8座・小113座)の神々が坐します 現在の論社を掲載しています
尾張國 式内社 121座(大8座・小113座)について