相摸国(さがみのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される 相摸国の 13座(大1座・小12座)の神社です
相摸國(さがみのくに)について
相摸国(Sagaminokuni)は 令制国の一つ〈東海道に属する〉
現在の・神奈川県の大部分(北東部 川崎市・横浜市を除く)
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『古事記〈712年〉』には 「相武」と書いて「佐賀牟(さがむ)」と読まれた
建久3年(1192)源頼朝公が鎌倉に幕府を開設
相模国は 武家政権の中心地として将軍家の知行(ちぎょう)国となる
南北朝内乱以後 相模国は関東管領(かんれい)支配となり やがて北条氏の支配となった
天正18年(1590)北条氏滅亡 徳川家康公の関東入国
明治4年(1871)廃藩置県 神奈川県と足柄(あしがら)県が誕生
明治9年(1876)両県が合併 神奈川県となる
明治26年(1893)多摩三郡が東京都に移管 現在の神奈川県となる
相摸国(さがみのくに) 13座(大1座・小12座)
大社1座は 1社(大社1社は 名神大社)
小社12座は 12社
計13座は 13社
※座は神の柱数 社は神社数
郡として 5郡〈延喜式神名帳に載る〉
・足上(あしのかみ)郡・餘綾(ゆるぎ)郡・大住(おほすみ)郡・愛甲(あか)郡・高座(たかくら)郡
足上郡(あしのかみ こおり) 1座(小)と論社について
国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
寒田神社(さむたの かみのやしろ)
・寒田神社(松田町松田惣領)
餘綾郡(ゆるき こおり) 1座(小)と論社について
国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
川勾神社(かはいいの かみのやしろ)
・川勾神社(二宮町山西)
大住郡(おほすみの こおり) 4座(並小)と論社について
国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
前鳥神社(さきとりの かみのやしろ)
・前鳥神社(平塚市四之宮)
前鳥神社(さきとりじんじゃ)は 菟道稚郎子命を祀る数少ない神社の一つです この地「さきとり」には 奈良時代以前 畿内から御祭神を「氏神」とする氏人が移り住み お祀りしたものと考えられています 延喜式内社 相模國 大住郡 前鳥神社(さきとりの かみのやしろ)で 国府祭の相模五社の一つ「四之宮」です
前鳥神社(平塚市四之宮)〈『延喜式』前鳥神社〉
髙部屋神社(たかへやの かみのやしろ)
・高部屋神社(伊勢原市下糟屋)
・高森神社(伊勢原市高森)
比比多神社(ひひたの かみのやしろ)
・〈旧鎮座地〉埒免古墳・比々多神社 元宮(伊勢原市三ノ宮)
埒免古墳(らちめんこふん)・比々多神社 元宮(ひびたじんじゃ もとみや)は 比々多神社の北西500m程「埒免(らちめん)」という神聖な小高い丘の上にある延喜式内社 相模國 大住郡 比比多神社(ひひたの かみのやしろ)の旧鎮座地です 社伝に「正親町天皇 天正の初(1573年~)宮之前なる神官の居屋敷 即ち今の地に遷し奉る」とあります
〈旧鎮座地〉埒免古墳・比々多神社 元宮(伊勢原市三ノ宮)
・比々多神社(伊勢原市三ノ宮)
比々多神社(ひびたじんじゃ)は 始源は今から約一万年以上前〔付近の遺跡等から推測〕とされ 鎮座は「社伝に初代 神武天皇六年 古くから祭祀の行われていた当地を最上の地と選定し神を祀る社を建立 霊峰大山を神体山とし 豊斟渟尊を日本国霊として祀始と云う」延喜式内社 相模國 大住郡 比比多神社(ひひたの かみのやしろ)です
比々多神社(伊勢原市三ノ宮)相模國三之宮〈『延喜式』比比多神社〉
・比比多神社〈子易明神〉(伊勢原市上粕屋)
比比多神社(ひひたじんじゃ)は 創建は天平年間(729~749年)相模国の守護の任にあった染谷太郎時忠が当国安土・子宝を願い勧請したと云う 子宝と安産の神「子易明神」として かつては大山詣の往復に多くの参詣者があったと云う 延喜式内社 相模國 大住郡 比比多神社(ひひたの かみのやしろ)の論社です
比比多神社〈子易明神〉(伊勢原市上粕屋)〈『延喜式』比比多神社〉
阿夫利神社(あふりの かみのやしろ)
・大山阿夫利神社 奥社
・大山阿夫利神社 前社
・大山阿夫利神社 下社
愛甲郡(あか こおり) 1座(小)と論社について
国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
小野神社(をのの かみのやしろ)
・小野神社〈閑香明神社〉(厚木市小野)
小野神社(おのじんじゃ)は 創建は不祥ですが 延喜式内社 相模國 愛甲郡 小野神社(をのの かみのやしろ)と伝わります 閑香明神社と称されて 小野妹子の子孫と伝えらる横山氏 その分家の愛甲氏が深く崇敬し 江戸時代には小野村の鎮守社と崇敬を受け 明治6年には郷社に列しています
小野神社〈閑香明神社〉(厚木市小野)〈『延喜式』小野神社〉
・秋葉社(厚木市小野)〈小野神社古社地に祀られる祠〉
秋葉社(あきばのやしろ)は 延喜式内社 相模國 愛甲郡 小野神社(をのの かみのやしろ)の古社地(通称"神の山")に祀られている祠です 現在の小野神社〈閑香明神社〉西側の住宅街の中を西南方向に200メートル程いった所にある丘陵(通称"神の山")で 口碑には 嘉永年間(1848~1854)頃に現在地へ遷座したと伝わります
秋葉社(厚木市小野)〈『延喜式』小野神社の古社地(通称"神の山")〉
髙座郡(たかくら こおり) 6座(大1座・小5座)と論社について
国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
大庭神社(おほはの かみのやしろ)
・大庭神社(藤沢市稲荷)
・熊野神社〈大庭神社旧蹟〉(藤沢市大庭)
深見神社(ふかみの かみのやしろ)
・深見神社(大和市深見)
・御倉稲荷神社〈深見神社の古社地〉深見神社境内
宇都母知神社(うつほちの かみのやしろ)
・宇都母知神社(藤沢市打戻)
寒川神社(名神大)(さむかはの かみのやしろ)
・寒川神社(寒川町)
寒川神社(さむかわじんじゃ)は 約1600年以上の歴史を持つとされ 古くは朝廷から さらに歴代の武将〈源頼朝公 武田信玄公 徳川将軍家など〉や 民間からも幅広い信仰がありました 今でも 八方除の守護神〈全国唯一〉として 全国各地から参拝者が絶えない 相模國一之宮です
寒川神社(寒川町)〈『六国史』寒河神『延喜式』寒川神社(名神大)〉相模國一之宮
有鹿神社(ありかの かみのやしろ)
・有鹿神社 本宮(海老名市上郷)・有鹿神社 中宮(海老名市上郷)
・有鹿神社 奥宮(相模原市南区磯部 勝坂史跡公園内)
石楯尾神社(いはたてをの かみのやしろ)
・石楯尾神社(相模原市緑区佐野川)
・石楯尾神社〈名倉権現〉(相模原市緑区名倉)
・石楯尾神社(相模原市南区磯部)
・諏訪神社(大和市下鶴間)
・鈴鹿明神社(座間市入谷西)
・諏訪明神(相模原市緑区大島)
・皇大神宮(藤沢市鵠沼神明)
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『延喜式神名帳(engishiki jimmyocho)』は 延長5年(927年)に編纂されました このページは
東海道に鎮座する 731座『延喜式神名帳』の所載一覧
当時の「全国の官社」(祈年祭(毎年2月)に神祇官から幣帛を受ける神社)の一覧表が所載されています
「東海道」に鎮座する(731座…大52(うち預月次新嘗19)・小679)神社の一覧表です